14 / 60
第14話:静かなる逆襲
しおりを挟む
アラン殿下との「偽りの逢い引き」作戦は、表面上は順調に進んでいるように見えた。
私たちは学園の公認カップルのようになり、ゼノン様は変わらず不気味な沈黙を保っている。
しかし、異変は、全く別の場所で起きていた。
「――なんだと!? ボーフォール侯爵が、横領の罪で捕らえられた!?」
アラン殿下との密談中、彼の側近である騎士がもたらした報告に、殿下は驚きの声を上げた。
「はい。今朝方、王家の監査役が突然、侯爵家を訪れ、不正の証拠を突きつけたと…」
「馬鹿な! ボーフォール侯爵は、長年、我が派閥を支えてきた清廉な人物だ! 不正など働くはずがない!」
ボーフォール侯爵は、アラン殿下の母親である王妃の実家筋にあたる、有力な貴族だ。
彼の失脚は、アラン殿下にとって大きな痛手となる。
事件は、それだけでは終わらなかった。
「殿下! 大変です! 今度はラクロワ子爵が、禁制品の密輸の容疑で拘束されました!」
「何!? ラクロワ子爵も、俺の支持者だぞ!」
「さらに、モンテスパン男爵家が、多額の負債を抱えて倒産したとの情報が…!」
次から、次へと。
まるで、ドミノ倒しのように、アラン殿下を支持する貴族たちが、スキャンダルや不運に見舞われ、失脚していく。
そのどれもが、あまりにもタイミングが良すぎる。
まるで、誰かが裏で糸を引いているかのように。
「……ゼノン、か」
アラン殿下は、奥歯をギリ、と噛みしめた。
その顔には、いつもの余裕の笑みはなく、焦りと怒りが浮かんでいる。
「奴め…! 俺と直接対決するのを避け、俺の周りの人間から、一人、また一人と潰していく気か…!」
なんて、えげつないやり方。
直接的な暴力よりも、よほど狡猾で、陰湿な攻撃だ。
私は、その手口に、背筋が凍る思いがした。
ゼノン様は、怒りを表に出さない代わりに、水面下で、静かに、しかし確実に、敵を社会的に抹殺していたのだ。
「申し訳ありません、殿下…私のせいで…」
私がアラン殿下との関係を公にしたことで、ゼノン様を刺激してしまったのかもしれない。
しかし、アラン殿下は、私の言葉に首を横に振った。
「いや、君のせいではないさ。俺が、奴を甘く見ていた。…奴は、俺が想像していた以上に、危険な男だ」
彼は、悔しそうに拳を握りしめる。
彼の派閥は、この短期間で、半壊状態に追い込まれてしまった。
このままでは、彼の王位継承の道さえ、危うくなるかもしれない。
「こうなったら、悠長なことは言っていられないな…」
アラン殿下は、決意を秘めた目で、私を見つめた。
「イザベラ嬢。もう一度だけ、君の力を借りたい。…いや、これは、命令だ」
「…殿下?」
「ゼノンの書斎に、忍び込んでもらう」
彼の言葉に、私は息をのんだ。
「ですが、危険すぎると…」
「危険は承知の上だ! だが、もうこれしか、奴を止める手立てはない! 奴の力の秘密を暴き、それを公表すれば、奴の権威は失墜する! それしか、逆転の目はないんだ!」
アラン殿下は、焦っていた。
追い詰められているのだ。
私も、同じだった。
このまま、アラン殿下が失脚すれば、私を守ってくれる盾はいなくなる。
そうなれば、私は再び、ゼノン様の鳥かごの中に戻るしかない。
今度こそ、二度と逃げられない、完全な監禁生活が待っているだろう。
『やるしかない…』
危険なのは、わかっている。
でも、もう、後戻りはできないのだ。
「…わかりましたわ。やってみます」
私がそう答えると、アラン殿下は少しだけ、安堵した表情を見せた。
「すまない、イザベラ。この埋め合わせは、必ずする」
彼はそう言って、一枚の羊皮紙を私に手渡した。
「これは、シルヴァーグ公爵邸の見取り図だ。それから、書斎にかけられているであろう、基本的な魔法防御の解き方も記しておいた。だが、これ以上の罠がある可能性も高い。くれぐれも、慎重に行動してくれ」
「はい…」
私は、震える手で、その羊皮紙を受け取った。
決行は、明日の夜。
シルヴァーグ公爵家で、月に一度の定例の晩餐会が開かれる日。
その喧騒に紛れて、書斎に忍び込むのだ。
私の運命は、この作戦にかかっている。
成功か、破滅か。
息詰まるような緊張感の中で、私は、ふと、あることに気がついた。
首にかけている、翠玉のネックレス。
ゼノン様から、一番最初に贈られたものだ。
普段は、ひんやりと冷たいこの宝石が、なぜか、ほんのりと、温かい。
『…気のせいかしら』
私は、その微かな温かさに、言いようのない胸騒ぎを覚えながら、決戦の夜に向けて、心を固めるのだった。
私たちは学園の公認カップルのようになり、ゼノン様は変わらず不気味な沈黙を保っている。
しかし、異変は、全く別の場所で起きていた。
「――なんだと!? ボーフォール侯爵が、横領の罪で捕らえられた!?」
アラン殿下との密談中、彼の側近である騎士がもたらした報告に、殿下は驚きの声を上げた。
「はい。今朝方、王家の監査役が突然、侯爵家を訪れ、不正の証拠を突きつけたと…」
「馬鹿な! ボーフォール侯爵は、長年、我が派閥を支えてきた清廉な人物だ! 不正など働くはずがない!」
ボーフォール侯爵は、アラン殿下の母親である王妃の実家筋にあたる、有力な貴族だ。
彼の失脚は、アラン殿下にとって大きな痛手となる。
事件は、それだけでは終わらなかった。
「殿下! 大変です! 今度はラクロワ子爵が、禁制品の密輸の容疑で拘束されました!」
「何!? ラクロワ子爵も、俺の支持者だぞ!」
「さらに、モンテスパン男爵家が、多額の負債を抱えて倒産したとの情報が…!」
次から、次へと。
まるで、ドミノ倒しのように、アラン殿下を支持する貴族たちが、スキャンダルや不運に見舞われ、失脚していく。
そのどれもが、あまりにもタイミングが良すぎる。
まるで、誰かが裏で糸を引いているかのように。
「……ゼノン、か」
アラン殿下は、奥歯をギリ、と噛みしめた。
その顔には、いつもの余裕の笑みはなく、焦りと怒りが浮かんでいる。
「奴め…! 俺と直接対決するのを避け、俺の周りの人間から、一人、また一人と潰していく気か…!」
なんて、えげつないやり方。
直接的な暴力よりも、よほど狡猾で、陰湿な攻撃だ。
私は、その手口に、背筋が凍る思いがした。
ゼノン様は、怒りを表に出さない代わりに、水面下で、静かに、しかし確実に、敵を社会的に抹殺していたのだ。
「申し訳ありません、殿下…私のせいで…」
私がアラン殿下との関係を公にしたことで、ゼノン様を刺激してしまったのかもしれない。
しかし、アラン殿下は、私の言葉に首を横に振った。
「いや、君のせいではないさ。俺が、奴を甘く見ていた。…奴は、俺が想像していた以上に、危険な男だ」
彼は、悔しそうに拳を握りしめる。
彼の派閥は、この短期間で、半壊状態に追い込まれてしまった。
このままでは、彼の王位継承の道さえ、危うくなるかもしれない。
「こうなったら、悠長なことは言っていられないな…」
アラン殿下は、決意を秘めた目で、私を見つめた。
「イザベラ嬢。もう一度だけ、君の力を借りたい。…いや、これは、命令だ」
「…殿下?」
「ゼノンの書斎に、忍び込んでもらう」
彼の言葉に、私は息をのんだ。
「ですが、危険すぎると…」
「危険は承知の上だ! だが、もうこれしか、奴を止める手立てはない! 奴の力の秘密を暴き、それを公表すれば、奴の権威は失墜する! それしか、逆転の目はないんだ!」
アラン殿下は、焦っていた。
追い詰められているのだ。
私も、同じだった。
このまま、アラン殿下が失脚すれば、私を守ってくれる盾はいなくなる。
そうなれば、私は再び、ゼノン様の鳥かごの中に戻るしかない。
今度こそ、二度と逃げられない、完全な監禁生活が待っているだろう。
『やるしかない…』
危険なのは、わかっている。
でも、もう、後戻りはできないのだ。
「…わかりましたわ。やってみます」
私がそう答えると、アラン殿下は少しだけ、安堵した表情を見せた。
「すまない、イザベラ。この埋め合わせは、必ずする」
彼はそう言って、一枚の羊皮紙を私に手渡した。
「これは、シルヴァーグ公爵邸の見取り図だ。それから、書斎にかけられているであろう、基本的な魔法防御の解き方も記しておいた。だが、これ以上の罠がある可能性も高い。くれぐれも、慎重に行動してくれ」
「はい…」
私は、震える手で、その羊皮紙を受け取った。
決行は、明日の夜。
シルヴァーグ公爵家で、月に一度の定例の晩餐会が開かれる日。
その喧騒に紛れて、書斎に忍び込むのだ。
私の運命は、この作戦にかかっている。
成功か、破滅か。
息詰まるような緊張感の中で、私は、ふと、あることに気がついた。
首にかけている、翠玉のネックレス。
ゼノン様から、一番最初に贈られたものだ。
普段は、ひんやりと冷たいこの宝石が、なぜか、ほんのりと、温かい。
『…気のせいかしら』
私は、その微かな温かさに、言いようのない胸騒ぎを覚えながら、決戦の夜に向けて、心を固めるのだった。
87
あなたにおすすめの小説
地味顔令嬢の私を「嘘の告白」で笑いものにするつもりですか? 結構です、なら本気で惚れさせてから逆にこっちが盛大に振ってあげます!
日々埋没。
恋愛
「お前が好きだ。この俺と付き合ってくれないか?」
学園のアイドル、マルスからの突然の告白。
憧れの人からの言葉に喜んだのも束の間、伯爵令嬢リーンベイルは偶然知ってしまう。それが退屈しのぎの「嘘の告白(ウソコク)」だったことを。
「あの地味顔令嬢が俺に釣り合うわけないだろ。ドッキリのプラカードでも用意しとくわ」
親友のミネルバと共に怒りに震える彼女は、復讐を決意する。まずは父の言いつけで隠していた「絶世の美貌」を解禁! 嘘の恋を「真実の恋(マジコク)」に変えさせ、最高のタイミングで彼を地獄へ突き落とす――。
「……今さら本気になった? 冗談はやめてください、これドッキリですよ?」
【完】婚約してから十年、私に興味が無さそうなので婚約の解消を申し出たら殿下に泣かれてしまいました
さこの
恋愛
婚約者の侯爵令嬢セリーナが好きすぎて話しかけることができなくさらに近くに寄れないジェフェリー。
そんなジェフェリーに嫌われていると思って婚約をなかった事にして、自由にしてあげたいセリーナ。
それをまた勘違いして何故か自分が選ばれると思っている平民ジュリアナ。
あくまで架空のゆる設定です。
ホットランキング入りしました。ありがとうございます!!
2021/08/29
*全三十話です。執筆済みです
転生先は推しの婚約者のご令嬢でした
真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。
ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。
ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。
推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。
ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。
けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。
※「小説家になろう」にも掲載中です
当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜
平山和人
恋愛
公爵令嬢エルナは、熱烈に追いかけていた第一王子シオンに冷たくあしらわれ、挙句の果てに「婚約者候補の中で、お前が一番あり得ない」と吐き捨てられた衝撃で前世の記憶を取り戻す。 そこは乙女ゲームの世界で、エルナは婚約者選別会でヒロインに嫌がらせをした末に処刑される悪役令嬢だった。
「死ぬのも王子も、もう真っ平ご免です!」
エルナは即座に婚約者候補を辞退。目立たぬよう、地味な領地でひっそり暮らす準備を始める。しかし、今までエルナを蔑んでいたはずのシオンが、なぜか彼女を執拗に追い回し始め……? 「逃げられると思うなよ。お前を俺の隣以外に置くつもりはない」 「いや、記憶にあるキャラ変が激しすぎませんか!?」
恋愛戦線からあぶれた公爵令嬢ですので、私は官僚になります~就業内容は無茶振り皇子の我儘に付き合うことでしょうか?~
めもぐあい
恋愛
公爵令嬢として皆に慕われ、平穏な学生生活を送っていたモニカ。ところが最終学年になってすぐ、親友と思っていた伯爵令嬢に裏切られ、いつの間にか悪役公爵令嬢にされ苛めに遭うようになる。
そのせいで、貴族社会で慣例となっている『女性が学園を卒業するのに合わせて男性が婚約の申し入れをする』からもあぶれてしまった。
家にも迷惑を掛けずに一人で生きていくためトップであり続けた成績を活かし官僚となって働き始めたが、仕事内容は第二皇子の無茶振りに付き合う事。社会人になりたてのモニカは日々奮闘するが――
時間を戻した元悪女は、私を捨てた王太子と、なぜか私に夢中の騎士団長から逃げられません
腐ったバナナ
恋愛
王太子アルベルトの婚約者であったユミリアは、前世で悪女の汚名を着せられ、騎士団長ギルバートによって処刑された。
しかし、目を覚ますと、処刑直前の自分に時間が戻っていた。
ユミリアは、静かに追放されることを目標に、悪女の振る舞いをやめ、王太子から距離を置く。
しかし、なぜか冷酷非情なはずの騎士団長ギルバートが、「貴殿は私の光だ」と異常な執着を見せ、彼女を絶対的に独占し始める。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
私の欲する愛を独占している双子に嫉妬して入れ替わったら、妹への恨み辛みを一身に受けましたが、欲しかったものは手にできました
珠宮さくら
恋愛
双子の姉妹として生まれた2人は、成長するにつれてお互いにないものねだりをしていた事に気づかないまま、片方は嫉妬し、片方は殺意を持って、お互いが入れ替わることになる。
そんな2人に振り回されたと怒り狂う人が現れたり、それこそ双子のことを振り回した人たちも大勢いたが、謝罪されても伝わることのない未来が訪れるとは思いもしなかった。
それでも、頑張っていた分の願いは叶ったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる