85 / 280
第四章 双冠の英雄
第85話 閉ざされた森
しおりを挟む
褒賞の式典が終わり、グラムベルクの街にもようやく静けさが戻ってきた。けれど俺たちの周囲だけは相変わらずざわついたままだった。
「王都に屋敷を用意するって、本気みたいですよ。第二王子直々の招待……普通なら光栄の極みですね」
エルンが、手にした茶をゆっくり口にしながら言った。
俺はうなずくでもなく、ただ暖炉の火を眺めていた。ギルドから与えられた部屋。今は一時的な滞在先だが、あまりにも落ち着きすぎていて、かえって落ち着かなかった。
「それでも……王都に行く気は今はないの?」
「ああ」
その短い返事にエルンはそれ以上は聞かなかった。彼女は察しがいい。俺が迷っているときも、決めているときも。
ドワーフ領で名誉を受け、ロルディアからも認められた。ならば、もうひとつ——俺の中にどうしても気になる場所があった。……エルフの森だ。
俺たちを追放したあの場所。セリスの故郷であり、俺とエルンが元いた場所。
森の空気は冷たく、そして静かだった。
セリスが戻ってきたのは王都からの使者が訪れたその翌日だった。グラムベルクから直接、長距離の精霊便に乗って、エルフの森との連絡をとってくれていたらしい。
俺はセリスに呼ばれ、ギルドの裏庭で話を聞くことになった。
「……駄目でした」
セリスは目を伏せ、ぽつりとつぶやいた。
「長老会には私の報告も、証言も、すべて……『偶然に過ぎない』『災厄を呼ぶ者が災厄を退けただけ』と、そう言われました」
言葉の端々に、抑えた怒りと哀しみが滲んでいた。
「カイン殿がどれほどの功績を挙げたか。グロムを退け、ヴァルディスを討ったという事実がどれほど価値のあるものか……それでも、森の保守派は争いの種がまた芽吹くだけだと」
「……そうか」
俺の返事はそれだけだった。
予想していなかったわけじゃない。だけど、胸のどこかで、少しだけ期待していたのかもしれない。
あの森に自分の居場所がまたあるんじゃないかって。
「一部の長老は外の世界で功を立てているなら、そのまま外で生きよと……」
「……閉ざされた森、か」
俺は小さく笑った。自嘲でも、憤りでもなく、ただ、冷たい現実を受け入れるための笑いだった。
セリスはこちらをまっすぐ見つめた。
「それでも、私はもう一度、あの森に戻ります。あなたの功績を偽りとして片づける人たちを、私は見返したいんです」
「……そうか」
「すみません、わがままな願いで」
「いや。セリス、お前がそうしたいなら、そうすればいい」
俺はそう言って、そっと彼女の肩に手を置いた。
「ただひとつだけ覚えておいてくれ。お前が森の中で誰に否定されても、俺はお前が信じてくれた想いを裏切るつもりはない」
セリスはわずかに目を見開いたあと、静かに頭を下げた。
「はい……必ず、また戻ってきます」
彼女は森に背を向けるような事はしない。俺はそんなセリスの性格を羨ましいと思っていた。
***
その夜、俺は一人、ギルドの書庫を訪れた。
数々の地図、報告書、研究資料が並ぶ中で、俺が探したのはあの場所——フェルシアの里に関する記録だった。
外界に開かれたエルフの里。かつて俺たちが一時避難した小さな里だ。そこならば、誰にも忖度せずに自分の足で生きていけるかもしれない。守るべき仲間のために。眠れる森の外で新しい森を作るために。
俺はページをめくる手を止めなかった。
「王都に屋敷を用意するって、本気みたいですよ。第二王子直々の招待……普通なら光栄の極みですね」
エルンが、手にした茶をゆっくり口にしながら言った。
俺はうなずくでもなく、ただ暖炉の火を眺めていた。ギルドから与えられた部屋。今は一時的な滞在先だが、あまりにも落ち着きすぎていて、かえって落ち着かなかった。
「それでも……王都に行く気は今はないの?」
「ああ」
その短い返事にエルンはそれ以上は聞かなかった。彼女は察しがいい。俺が迷っているときも、決めているときも。
ドワーフ領で名誉を受け、ロルディアからも認められた。ならば、もうひとつ——俺の中にどうしても気になる場所があった。……エルフの森だ。
俺たちを追放したあの場所。セリスの故郷であり、俺とエルンが元いた場所。
森の空気は冷たく、そして静かだった。
セリスが戻ってきたのは王都からの使者が訪れたその翌日だった。グラムベルクから直接、長距離の精霊便に乗って、エルフの森との連絡をとってくれていたらしい。
俺はセリスに呼ばれ、ギルドの裏庭で話を聞くことになった。
「……駄目でした」
セリスは目を伏せ、ぽつりとつぶやいた。
「長老会には私の報告も、証言も、すべて……『偶然に過ぎない』『災厄を呼ぶ者が災厄を退けただけ』と、そう言われました」
言葉の端々に、抑えた怒りと哀しみが滲んでいた。
「カイン殿がどれほどの功績を挙げたか。グロムを退け、ヴァルディスを討ったという事実がどれほど価値のあるものか……それでも、森の保守派は争いの種がまた芽吹くだけだと」
「……そうか」
俺の返事はそれだけだった。
予想していなかったわけじゃない。だけど、胸のどこかで、少しだけ期待していたのかもしれない。
あの森に自分の居場所がまたあるんじゃないかって。
「一部の長老は外の世界で功を立てているなら、そのまま外で生きよと……」
「……閉ざされた森、か」
俺は小さく笑った。自嘲でも、憤りでもなく、ただ、冷たい現実を受け入れるための笑いだった。
セリスはこちらをまっすぐ見つめた。
「それでも、私はもう一度、あの森に戻ります。あなたの功績を偽りとして片づける人たちを、私は見返したいんです」
「……そうか」
「すみません、わがままな願いで」
「いや。セリス、お前がそうしたいなら、そうすればいい」
俺はそう言って、そっと彼女の肩に手を置いた。
「ただひとつだけ覚えておいてくれ。お前が森の中で誰に否定されても、俺はお前が信じてくれた想いを裏切るつもりはない」
セリスはわずかに目を見開いたあと、静かに頭を下げた。
「はい……必ず、また戻ってきます」
彼女は森に背を向けるような事はしない。俺はそんなセリスの性格を羨ましいと思っていた。
***
その夜、俺は一人、ギルドの書庫を訪れた。
数々の地図、報告書、研究資料が並ぶ中で、俺が探したのはあの場所——フェルシアの里に関する記録だった。
外界に開かれたエルフの里。かつて俺たちが一時避難した小さな里だ。そこならば、誰にも忖度せずに自分の足で生きていけるかもしれない。守るべき仲間のために。眠れる森の外で新しい森を作るために。
俺はページをめくる手を止めなかった。
0
あなたにおすすめの小説
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
1つだけ何でも望んで良いと言われたので、即答で答えました
竹桜
ファンタジー
誰にでもある憧れを抱いていた男は最後にただ見捨てられないというだけで人助けをした。
その結果、男は神らしき存在に何でも1つだけ望んでから異世界に転生することになったのだ。
男は即答で答え、異世界で竜騎兵となる。
自らの憧れを叶える為に。
鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる
書仙凡人
ファンタジー
俺の名は桜木小次郎。
鬼一法眼を祖とする鬼一兵法の令和の伝承者。
だがある時、なぜか突然死してしまったのだ。
その時、自称神様の変なペンギンが現れて、ファンタジー世界の転生を持ちかけられた。
俺はヤケになって転生受け入れたら、とんでもない素性の奴にログインする事になったのである。
ログイン先は滅亡した国の王子で、従者に毒盛られて殺されたばかり。
なにこれ? クーリングオフねぇのかよ!
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
英雄の孫は今日も最強
まーびん
ファンタジー
前世では社会人だったが、死んで異世界に転生し、貧乏貴族ターセル男爵家の3男となった主人公ロイ。
前世のギスギスした家庭と違い、家族の皆から愛され、ロイはすくすくと3歳まで育った。
中でも、毎日一緒に遊んでくれるじいじは爺馬鹿全開で、ロイもそんなじいじが大好き。
元将軍で「英雄」と呼ばれる最強のじいじの血を引いたロイは、じいじ達に見守られながら、今日も楽しく最強な日々を過ごす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる