50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

文字の大きさ
146 / 280
第七章 森のざわめき

第146話 賢者の選択、森の総意

しおりを挟む
 暖炉の火が静かに燃える部屋。昨夜の激しい議論の熱は重い沈黙となって俺たちの間に残っていた。どの道を選んでも何かが失われる。その現実が俺の肩に重くのしかかっていた。

 俺はゆっくりと立ち上がり、窓の外で白み始めた空を見た。そして、仲間たち一人一人の顔を見回して、静かに口を開いた。

「昨日は、みんなの本当の気持ちが聞けてよかった」

 俺の言葉に仲間たちは顔を上げる。

「みんなの意見を聞いて、俺に足りなかったものが分かったよ。俺たちはあの方をどうすべきか、ということばかりを考えていた。まるで、解決すべき『問題』みたいに。でも、一番大事なことを忘れていたんだ」

 俺は仲間たちの目を真っ直ぐに見つめた。

「契約の当事者である、あの大精霊自身の気持ちを、俺たちはまだ聞いていない」

 その瞬間、部屋の空気が変わった。

「だから、俺は決めたよ。何かをする前に、まず、あの方と対話しなければならない。もし俺たちの先祖が犯した過ちが、あの気高い魂を縛り付けているのなら……。賢者として、この森の代表として、心から詫びるべきだ、と」

 俺の決意に仲間たちは静かにうなずいた。

 その日の昼前、俺は再び議事堂にいた。俺の要請で広場には多くの森の民が集まっていた。壇上に立った俺は集まった民衆の視線を一身に受け、かつて経験したことのない重圧に足がすくむのを感じた。

(こんなに大勢の前で話すなんて……。ものすごく緊張してきた……)

 手のひらにじっとりと汗がにじむ。言葉に詰まりそうになった、その時だった。
 広場の隅に立つ仲間たちの顔が目に入った。真っ直ぐに自分を信じるエルン、セリス、ルナ、そしてカズエルの視線。そうだ、俺は一人じゃない。彼らのために、この森のために、俺はここに立っているんだ。

 俺は一度、深く息を吸い、覚悟を決めて口を開いた。声はわずかに震えている。

「……俺は皆が思うような立派な賢者じゃない。……それでも、この森やこの世界を良くしたいと思って頑張ってきた。そして今、この森で認めてもらえるまでになった」

 俺は自分の出自を隠さなかった。

「もとは異世界の人間だから、何も知らないくせにと思う者もいるだろう。だけど、そんな俺だからこそ、この森の常識に縛られない俺だからこそ、間違っていることには、間違っているとはっきり言えるんだ」

 声に力がこもる。
 俺は神殿の地下で見た真実をありのままに語った。森の繁栄が創始者の気高い自己犠牲の上に成り立っていたこと。そして今、その魂の灯火が、忘れ去られたまま消えゆこうとしていることを。

 民衆の間に衝撃と悲しみが広がる。そのざわつきが最高潮に達した時、俺は静かに続けた。

「俺はこれから祭壇へ向かい、あの大精霊様と対話を試みる。そして、この森の祖先の過ちと、我々の永きにわたる忘却を森の総意として謝罪したい」

 俺は深く頭を下げた。

「だから、皆に頼みたい。俺に皆の心を託してほしい。この儀式は俺一人でやるものじゃない。この森に生きる全員で成し遂げるものだ」

 保守派の一部から「大それたことを」とささやきが漏れる。だが、多くの民の心には別の感情が灯っていた。カインの完璧さではない、その不器用で正直な熱意。そして、彼が歩んできた道のり。

 やがて、一人の若いエルフが声を上げた。

「俺は信じる! この人は一度は森を追放されながら、それでもこの世界のために戦ってくれた英雄だ!」

 その声が次々と伝播していく。

「そうだ、異世界の人間だからこそ、我らの過ちを正してくれるのかもしれない!」
「我らの想いを託そう!」
「どうか、大精霊様と、この森を……!」

 民衆の声がひとつの大きなうねりとなって議事堂を包み込む。長老たちも、その光景を前に、もはや何も言うことはできなかった。

 俺は民衆の顔を見渡した。
 彼らが託してくれた信頼。それが今、何よりも強い力となって、俺の背中を押していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

1つだけ何でも望んで良いと言われたので、即答で答えました

竹桜
ファンタジー
 誰にでもある憧れを抱いていた男は最後にただ見捨てられないというだけで人助けをした。  その結果、男は神らしき存在に何でも1つだけ望んでから異世界に転生することになったのだ。  男は即答で答え、異世界で竜騎兵となる。   自らの憧れを叶える為に。

鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる

書仙凡人
ファンタジー
俺の名は桜木小次郎。 鬼一法眼を祖とする鬼一兵法の令和の伝承者。 だがある時、なぜか突然死してしまったのだ。 その時、自称神様の変なペンギンが現れて、ファンタジー世界の転生を持ちかけられた。 俺はヤケになって転生受け入れたら、とんでもない素性の奴にログインする事になったのである。 ログイン先は滅亡した国の王子で、従者に毒盛られて殺されたばかり。 なにこれ? クーリングオフねぇのかよ!

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

英雄の孫は今日も最強

まーびん
ファンタジー
前世では社会人だったが、死んで異世界に転生し、貧乏貴族ターセル男爵家の3男となった主人公ロイ。 前世のギスギスした家庭と違い、家族の皆から愛され、ロイはすくすくと3歳まで育った。 中でも、毎日一緒に遊んでくれるじいじは爺馬鹿全開で、ロイもそんなじいじが大好き。 元将軍で「英雄」と呼ばれる最強のじいじの血を引いたロイは、じいじ達に見守られながら、今日も楽しく最強な日々を過ごす。

処理中です...