50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第十章 混沌の呼び声

第181話 魔族の集落

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 ドワーフの都を後にして数日、俺たちが踏み入れた魔族領の辺境は想像を絶するほどに荒涼としていた。
 空は常に薄暗い雲に覆われ、大地は赤茶けた岩と生命力の乏しい灰色の土ばかり。
 時折、風に削られた奇妙な形の岩が墓標のように点在している。
 何より、空気が違う。エルンによれば、精霊の気配が極端に希薄で、代わりに静かで重い魔力が満ちているのだという。

(……いつ何かが襲ってきてもおかしくない)

 俺は常に短剣の柄に手を置き、警戒を怠らなかった。俺の中にある魔族のイメージは暴力と破壊の化身そのものだ。戦うこと自体を目的としていた獣魔族グロム・ザルガス。不死の野望のためにエルフを実験材料にしたヴァルディス・ノクターン。彼らのような、話の通じない圧倒的な力を持つ存在が、この土地のどこにでもいる。そう思っていた。

「カイン、あれ……」

 ルナが俺のローブのすそをくいと引いた。
 彼女が指差す先、谷間の窪地に小さな集落が見えた。ドワーフのギルドで教わった『灰の集落』に違いない。
 黒っぽい石を積み上げただけの飾り気のない家々。いくつかの煙突から、か細い煙が立ち上っている。
 防御柵も見張り台も見当たらない。そのあまりに無防備な様に俺はかえって警戒を強めた。

「罠かもしれん。全員、気を抜くな」

 レオナルドの低い声に俺たちは静かにうなずき、ゆっくり、集落へと近づいていった。

 集落の中は静かだった。
 通りを歩く者たちの姿がある。だが、俺が想像していたような、角や牙を生やした異形の姿ではなかった。肌の色や瞳の色が人間とは少し異なる者もいるが、そのほとんどが人間と大差ない容姿をしている。
 彼らは俺たち旅人の姿を認めると一瞥いちべつをくれるだけ。好奇心も、敵意も、歓迎の素振りすら見せず、すぐに自らの仕事へと戻っていく。
 道具を修繕する男、水を運ぶ女、石ころで遊ぶ子供たち。その光景は驚くほどに普通だった。

「……なんだ、ここは」

 俺はあまりの拍子抜けに戸惑いを隠せない。もっと殺伐として、いつ誰に襲われるか分からないような場所だと思っていたのに。

「彼らは我々に一切干渉してこないな。まるで、我々が存在しないかのように振る舞っている」

 レオナルドもまた、眉をひそめて周囲を観察している。

 俺たちは集落で唯一の宿屋と思われる建物を見つけ、その扉を押した。
 中は薄暗く、客は誰もいない。カウンターの奥で無口そうな宿の主人が黙々とさかずきを磨いている。

「……すまない。一晩泊めてもらえるか? 食事も頼みたい」

 俺が声をかけると主人はこちらをちらりと見て、指でテーブルを二度叩いた。

「一部屋、銀貨二枚。食事は一人、銅貨五枚。先払いだ」

 それだけだった。俺たちが何者で、どこから来て、どこへ行くのか。一切の興味を示さない。
 俺が言われた通りの銀貨をカウンターに置くと、主人は無言で鍵を一つ、こちらへ滑らせた。

 その夜、俺たちは宿の一室で、質素だが温かい煮込み料理を囲んでいた。

「……全然、思ってたのと違う。もっとこう……『がおー!』って感じかと思ってた」

 ルナがスプーンを口に運びながら不思議そうに言う。

「ええ。彼らはただ静かに暮らしているだけのように見えます。他人へ干渉することを極端に避けているような……。それに、この土地の闇の魔力も、ヴァルディスやネフィラが使っていた禍々しいものとは違う。ただ静かで、冷たいだけ」

 エルンはこの土地の魔力の質の違いを分析していた。

 俺は窓の外に広がる灰色の集落の静かな夜景を見つめた。
 グロムやヴァルディスは魔族の中でも異常な存在だったのかもしれない。俺が出会ってきた魔族が、彼らの全てではなかったのだ。
 俺が抱いていた偏見は、この静かな集落に足を踏み入れた瞬間、音もなく崩れ去っていた。

 この土地を、この民を、俺はまだ何も知らない。
『混沌』の手がかりを探しに来たはずのこの場所で、俺はまず、自らの無知と向き合わねばならないようだった。
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