50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第十一章 混沌の使徒

第210話 偶然と必然

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 王宮から屋敷へと戻る頃には、王都の空は深い藍色に染まっていた。

 戦いの熱狂は去り、代わりに、破壊された街並みを修復する槌の音と、人々の静かな息遣いが聞こえてくる。俺たちは談話室の暖炉の前に集まり、それぞれのカップから立ち上る湯気を、ただ黙って見つめていた。

 勝利の代償として、全員が深い疲労をその身に刻んでいる。だが、それ以上にこの場の空気を重くしているのは、この勝利が、果たして本当の意味での「勝利」だったのかという、ぬぐい切れない疑念だった。

 その沈黙を俺の問いが破った。

「皆に聞きたいんだが……今回の魔獣襲来、本当に『混沌の使徒』の仕業だと断言できるか? 俺たちは奴らを追うあまり、何でもかんでも結びつけて考えてはいないだろうか?」

 俺が、あえて一度立ち止まるように投げかけた問い。それに最初に答えたのはカズエルだった。彼はカップを乱暴にテーブルに置くと、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「その可能性は俺も最初に考慮した。バグの原因を特定するには、あらゆる可能性を疑うのが鉄則だからな。……だが、タイミングが作為的すぎる」

 カズエルの瞳に冷たい怒りの光が宿る。

「俺たちが封印書庫で核心に触れた、まさにその瞬間に、王都で災害が起きたと連絡が届く。……偶然として処理するには統計的にありえない確率だ。これは明らかに、俺たちの行動をトリガーとして発動した『プログラム』だよ」

 彼の論理的な分析にエルンが魔法的な見地から付け加える。

「騎士団の報告によれば、あの魔獣は通常の生態系には存在しない、極めて魔術的な存在だったそうです。まるで、何かの目的のために人工的に生み出されたかのように……。それは人の心を操るのと同じ、ことわりを捻じ曲げる思想に通じます」

「敵の目的が我々を『学術都市アーカイメリア』から引き離すことであったと考えれば、全ての辻褄が合う。これほど効果的な陽動ようどうは他にない」

 レオナルドもまた、戦術的な視点で、これが仕組まれたものであることを断定した。

 三者三様の、しかし同じ結論を指し示す分析。それを聞き、俺は自らの懸念が払拭されたことを確認した。

「……そうか。皆の言う通りだ。これは偶然じゃない。奴らが仕掛けた必然の罠だったんだな」

 俺の言葉にセリスが険しい表情で続けた。

「だとすれば問題は、敵がどうやって私たちの行動を把握したか、です。私たちが封印書庫の最奥部にたどり着いたことをなぜ知ることができたのか……」

 その時、ソファの隅で膝を抱えていたルナが、震える声でつぶやいた。

「……ずっと、見てたの」

 その言葉に全員の視線が集まる。ルナは顔を上げると、怯えた瞳で窓の外の闇を見つめていた。

「アーカイメリアにいた時……ううん、ここに戻ってくる時も、ずっと。べとべとする、嫌な視線がいっぱいあった。誰かが見てるの。お空の上から、地面の下から……私たちのこと、ずーっと見てたの……」

 その言葉に室内の温度が一気に下がったような気がした。

 ルナの『感知の魔眼センス・アイ』が捉えていた違和感。それは比喩ではなく、物理的な監視の目だったのだ。

「……都市の内部に奴らの協力者がいる。それも、かなり高い地位のな」

 カズエルが忌々しげに結論づける。

「ヴァレリウス様が『賢人会議けんじんかいぎにも息のかかった者がいる』と言っていた通りだ。俺たちの行動は筒抜けだったと考えるべきだろう」

 その事実は俺たちをぞっとさせた。

 俺たちが追うべき敵は『学術都市アーカイメリア』そのものに、広く根を張り巡らせているのだ。

「……厄介なことになったな」

 レオナルドが深く息を吐く。

「これまでは我々が追う側だった。だが、これからは、我々もまた、追われる側になる」

 その言葉が、この戦いの性質が根本から変わってしまったことを俺たち全員に理解させた。
 俺たちは、もはや未知の脅威を調査する冒険者ではない。
 その存在を、思想を、完全に把握した敵から、明確な敵意をもって狙われる当事者なのだ。

 談話室は再び静寂に包まれた。だが、それは先ほどまでの疲労による沈黙とは違う。
 すぐ側にある脅威を感じ、次なる戦いへの覚悟を決めるための、重く、そして濃密のうみつな静寂だった。

 俺は暖炉の炎の向こうに、まだ見ぬ敵の冷徹な瞳が揺らめいているような気がして、思わず拳を握りしめた。
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