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第十二章 偽りの叡智と王の涙
第212話 決意と出発
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王都ロルディアに偽りの平穏が戻った。
ワイバーンロードの脅威は去り、街は復興へと向かっている。だが、俺たちの心は片時も休まることはなかった。真の敵である『混沌の使徒』が、知の殿堂『学術都市』に巣食っているという事実。それが、鉛のように重くのしかかっていた。
王への報告を終えた翌朝、俺たちは屋敷の作戦室に集まっていた。
レオンハルト王から授かった勅許状と、潤沢な活動資金。王国からの全面的な支援という、これ以上ない後ろ盾を得た今、俺たちの進むべき道は、ただ一つだった。
「状況を再確認する」
カズエルが、テーブルに広げられたアルヴェントの地図を指先でなぞりながら、冷静に口を開いた。
「俺たちの当面の目標は二つ。一つは、『学術都市』に戻り、ヴァレリウス様と再会すること。そしてもう一つは、彼に預けてきた『黒い石板』の解読を完了させ、精神操作の被害者を救うための『解呪の理式』を完成させることだ」
彼はまるで理式を組むかのように、リズミカルに指先でテーブルを叩き、論理を組み立てていく。仲間たちはその説明に静かにうなずいた。
「だが、警戒は必要だ」
レオナルドが太い腕を組み、眉間に深い皺を刻みながら付け加える。
「敵はこちらの動きを把握している。次に『学術都市』に足を踏み入れた時、セイオンがどんな罠を仕掛けてくるか予測がつかない」
「ですが、行かねばなりません」
セリスは騎士らしく背筋をピンと伸ばし、自身の胸に手を当てて言った。その瞳には揺るぎない意志が宿っている。
「心を壊されたまま、苦しんでいる人々がいるのですから。見捨てることはできません」
「それに……」
エルンが愛用の杖をギュッと両手で握りしめ、祈るように言葉を続ける。
「カイラン様を救う手がかりも、あの石板にあるかもしれない。私はあきらめません」
「うん! みんなで行けば、ぜったい大丈夫だよ!」
ルナが椅子から飛び降り、小さな拳を天井に突き上げて元気よく宣言した。その屈託のない笑顔が、張り詰めた空気を和らげる。
俺はそんな頼もしい仲間たちの顔を見回した。
「ああ。王の勅命も、混沌の使徒の陰謀も、俺にとっては戦うための理由の一つにすぎない。俺が本当に戦う理由はもっとシンプルだ」
俺は自分の胸に手を当て、仲間たち一人一人と視線を合わせた。
「苦しんでいる仲間がいる。それを見過ごせない。ただ、それだけだ。そのために俺たちはもう一度、あの偽りの叡智の巣窟へ行く」
俺の言葉に、仲間たちの間に、これまでにないほど強く、そして温かい結束の空気が流れた。
***
出発の朝。俺たちは屋敷を出て、まずは冒険者ギルドへと向かった。ギルドマスターのヴェルナーに最後の挨拶と報告をしておくためだ。
ギルドマスターの執務室に通された俺たちを、ヴェルナーは温かい眼差しで迎えてくれた。
「王からの勅命、受けたそうだな。……無茶をするとは思っていたが、いよいよ、とんでもない領域に首を突っ込む気らしい」
彼は口元をニヤリと歪めたが、その声には心配と、そして俺たちへの信頼がにじんでいた。
「ご心配をおかけします。ですが、行かねばなりません」
「わかっている」
ヴェルナーは短くうなずくと、身を乗り出して俺の目をのぞき込んだ。
「アーカイメリアにはギルドの力も及ばん。お前たちだけの孤独な戦いになるだろう。だが覚えておけ。もし、この王都や周辺で、何か人手が必要になったり、物資が必要になったりした場合は、いつでも俺に言え。ギルドはお前たち英雄への協力を惜しまん。王国が動かせんことでも、ギルドなら『裏技』を使ってでも動かせることもあるからな」
「……心強いです。ありがとうございます」
「礼など言うな。生きて帰って土産話の一つでも聞かせてくれれば、それでいい」
彼はぶっきらぼうに手を振って、俺たちを送り出した。
ヴェルナーからの力強い言葉を受け、俺たちは今度こそ、本当に出発の途についた。
王都の民からの喝采を避けるように、裏門から静かに街を出る。今度の旅は英雄の凱旋ではない。世界の闇に挑む、隠密の任務なのだから。
目指すは、再び、学術都市アーカイメリア。
***
その日の夜、俺たちは街道を外れた森で最初の野営をしていた。
焚き火の赤い光が、仲間たちの顔を照らし出す。レオナルドとセリスは黙々と武器の手入れをしながら周囲の警戒にあたり、エルンとルナは手際よく食事の準備をしている。カズエルは地図と睨めっこしながら、ブツブツと最短ルートの計算を続けていた。
その光景は、ごくありふれたものだったが、今の俺には何よりも尊いものに思えた。
(セイオン……待っていろ。今度こそ、お前の立てた『理屈』を俺たちが終わらせてみせる)
俺はパチパチと爆ぜる炎の向こうに、まだ見ぬ敵の顔を思い浮かべ、拳を固く握りしめた。
ワイバーンロードの脅威は去り、街は復興へと向かっている。だが、俺たちの心は片時も休まることはなかった。真の敵である『混沌の使徒』が、知の殿堂『学術都市』に巣食っているという事実。それが、鉛のように重くのしかかっていた。
王への報告を終えた翌朝、俺たちは屋敷の作戦室に集まっていた。
レオンハルト王から授かった勅許状と、潤沢な活動資金。王国からの全面的な支援という、これ以上ない後ろ盾を得た今、俺たちの進むべき道は、ただ一つだった。
「状況を再確認する」
カズエルが、テーブルに広げられたアルヴェントの地図を指先でなぞりながら、冷静に口を開いた。
「俺たちの当面の目標は二つ。一つは、『学術都市』に戻り、ヴァレリウス様と再会すること。そしてもう一つは、彼に預けてきた『黒い石板』の解読を完了させ、精神操作の被害者を救うための『解呪の理式』を完成させることだ」
彼はまるで理式を組むかのように、リズミカルに指先でテーブルを叩き、論理を組み立てていく。仲間たちはその説明に静かにうなずいた。
「だが、警戒は必要だ」
レオナルドが太い腕を組み、眉間に深い皺を刻みながら付け加える。
「敵はこちらの動きを把握している。次に『学術都市』に足を踏み入れた時、セイオンがどんな罠を仕掛けてくるか予測がつかない」
「ですが、行かねばなりません」
セリスは騎士らしく背筋をピンと伸ばし、自身の胸に手を当てて言った。その瞳には揺るぎない意志が宿っている。
「心を壊されたまま、苦しんでいる人々がいるのですから。見捨てることはできません」
「それに……」
エルンが愛用の杖をギュッと両手で握りしめ、祈るように言葉を続ける。
「カイラン様を救う手がかりも、あの石板にあるかもしれない。私はあきらめません」
「うん! みんなで行けば、ぜったい大丈夫だよ!」
ルナが椅子から飛び降り、小さな拳を天井に突き上げて元気よく宣言した。その屈託のない笑顔が、張り詰めた空気を和らげる。
俺はそんな頼もしい仲間たちの顔を見回した。
「ああ。王の勅命も、混沌の使徒の陰謀も、俺にとっては戦うための理由の一つにすぎない。俺が本当に戦う理由はもっとシンプルだ」
俺は自分の胸に手を当て、仲間たち一人一人と視線を合わせた。
「苦しんでいる仲間がいる。それを見過ごせない。ただ、それだけだ。そのために俺たちはもう一度、あの偽りの叡智の巣窟へ行く」
俺の言葉に、仲間たちの間に、これまでにないほど強く、そして温かい結束の空気が流れた。
***
出発の朝。俺たちは屋敷を出て、まずは冒険者ギルドへと向かった。ギルドマスターのヴェルナーに最後の挨拶と報告をしておくためだ。
ギルドマスターの執務室に通された俺たちを、ヴェルナーは温かい眼差しで迎えてくれた。
「王からの勅命、受けたそうだな。……無茶をするとは思っていたが、いよいよ、とんでもない領域に首を突っ込む気らしい」
彼は口元をニヤリと歪めたが、その声には心配と、そして俺たちへの信頼がにじんでいた。
「ご心配をおかけします。ですが、行かねばなりません」
「わかっている」
ヴェルナーは短くうなずくと、身を乗り出して俺の目をのぞき込んだ。
「アーカイメリアにはギルドの力も及ばん。お前たちだけの孤独な戦いになるだろう。だが覚えておけ。もし、この王都や周辺で、何か人手が必要になったり、物資が必要になったりした場合は、いつでも俺に言え。ギルドはお前たち英雄への協力を惜しまん。王国が動かせんことでも、ギルドなら『裏技』を使ってでも動かせることもあるからな」
「……心強いです。ありがとうございます」
「礼など言うな。生きて帰って土産話の一つでも聞かせてくれれば、それでいい」
彼はぶっきらぼうに手を振って、俺たちを送り出した。
ヴェルナーからの力強い言葉を受け、俺たちは今度こそ、本当に出発の途についた。
王都の民からの喝采を避けるように、裏門から静かに街を出る。今度の旅は英雄の凱旋ではない。世界の闇に挑む、隠密の任務なのだから。
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***
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