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第10章 秘密
第3話(1)
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王都が間近に迫ったところで、シリルは解除していたブラック・バードの安全装置を作動させた。計器類の表示が立ち上がり、ひととおりの機能が使えるようになる。
「通信、借りるぞ」
助手席のマティアスに短く言うなり、シリルは回線を繋いだ。
時刻は明け方。午前5時前。だが相手は、シリルの呼び出しに即座に応じた。
「ご無事ですか?」
画面上に姿を現したイヴェールに、寝ていた気配は見当たらなかった。
「まあな。ところで、マティアスから例の話を聞いた。事実か?」
単刀直入に用件を切り出したシリルに、イヴェールはすべてを承知しているように即答した。
「事実です。もちろん私が知るかぎりにおいて、ではありますが」
「……それでおまえは、それをどう見る?」
シリルの問いかけに、黄色い丸眼鏡の奥に表情を隠した情報屋は淡然と応えた。
「あなたが推察しているとおりかと」
シリルは無言で奥歯を噛みしめた。
ローレンシア陸軍王室師団所属の近衛兵。先王の信任厚かったノエラ・チェンバレン准尉は、26年前、その先王じきじきによるある密命を受けて部隊から姿を消したという。
『そういや兄ィ、イヴェールの旦那が妙なこと言ってましたぜ』
マティアスがそう切り出したのは、襲撃の虞が完全になくなった頃合いを見てのことだった。
先王イアン・アルフレッドには、隠し子の噂があった、と。
その噂を知る者自体、殆どいない。だが、先王の身辺に、一時期おかしな動きがあったことは否めなかったという。
女性ながら若くして王室師団に所属し、准尉という地位にあったノエラ・チェンバレン。その彼女があるとき、単身、王の許に呼ばれた。公務をおこなう時間帯ではなく、呼ばれた場所も、王の私室であったという。人払いがされたその部屋で、しばしの時が経過した後に退室した彼女は、その翌日、陸軍に辞表を提出して姿を消した。
国王の寵を受けた女性士官が、子を身籠もった事実が発覚することを怖れて軍を辞した。
王室師団の中では、そんな噂もまことしやかに流れた時期があった。しかし、聖人君子として知られる国王の艶聞は長くはつづかず、ほどなく立ち消えとなった。噂される女性士官の、軍を辞するタイミングが召された翌日ということで、妊娠説と合わなかったことも要因のひとつといえる。
だが、軍除隊後、王都から姿を消したノエラに、ある人物との長期間にわたる接触の形跡が見られることが判明した。それが、ユリウス・グライナーだった。イヴェールがマティアスに言づてしたのは、そのことだった。
ノエラの情報からユリウスにたどり着いたのではない。シリルがリュークに関する情報の詳細について探りを入れさせたことでユリウスの名前が浮上し、その中にノエラの情報も絡んできた。ついで、そのノエラから芋づる式に王室師団にいた経歴と噂とが引き上げられ、関係者の中にシリルの名前も挙がってきた、という次第だった。なにより、軍を辞したはずのノエラは、14年後の死亡時に『殉職』の扱いを受けていた。
「――どこでその結論にたどり着いた?」
尋ねたシリルに、イヴェールは変わらず、淡然とした口調のまま抑揚のない声で答えた。
「あなたのリングに、例の石を細工したのは私ですから」
依頼を受け、細工を施した時点でその真価がわからぬはずもない。と同時にそれは、一連の情報からひとつの結論を導き出すのに、なんら不足のない値打ちを有していた。つまりは、そういうことだった。
「通信、借りるぞ」
助手席のマティアスに短く言うなり、シリルは回線を繋いだ。
時刻は明け方。午前5時前。だが相手は、シリルの呼び出しに即座に応じた。
「ご無事ですか?」
画面上に姿を現したイヴェールに、寝ていた気配は見当たらなかった。
「まあな。ところで、マティアスから例の話を聞いた。事実か?」
単刀直入に用件を切り出したシリルに、イヴェールはすべてを承知しているように即答した。
「事実です。もちろん私が知るかぎりにおいて、ではありますが」
「……それでおまえは、それをどう見る?」
シリルの問いかけに、黄色い丸眼鏡の奥に表情を隠した情報屋は淡然と応えた。
「あなたが推察しているとおりかと」
シリルは無言で奥歯を噛みしめた。
ローレンシア陸軍王室師団所属の近衛兵。先王の信任厚かったノエラ・チェンバレン准尉は、26年前、その先王じきじきによるある密命を受けて部隊から姿を消したという。
『そういや兄ィ、イヴェールの旦那が妙なこと言ってましたぜ』
マティアスがそう切り出したのは、襲撃の虞が完全になくなった頃合いを見てのことだった。
先王イアン・アルフレッドには、隠し子の噂があった、と。
その噂を知る者自体、殆どいない。だが、先王の身辺に、一時期おかしな動きがあったことは否めなかったという。
女性ながら若くして王室師団に所属し、准尉という地位にあったノエラ・チェンバレン。その彼女があるとき、単身、王の許に呼ばれた。公務をおこなう時間帯ではなく、呼ばれた場所も、王の私室であったという。人払いがされたその部屋で、しばしの時が経過した後に退室した彼女は、その翌日、陸軍に辞表を提出して姿を消した。
国王の寵を受けた女性士官が、子を身籠もった事実が発覚することを怖れて軍を辞した。
王室師団の中では、そんな噂もまことしやかに流れた時期があった。しかし、聖人君子として知られる国王の艶聞は長くはつづかず、ほどなく立ち消えとなった。噂される女性士官の、軍を辞するタイミングが召された翌日ということで、妊娠説と合わなかったことも要因のひとつといえる。
だが、軍除隊後、王都から姿を消したノエラに、ある人物との長期間にわたる接触の形跡が見られることが判明した。それが、ユリウス・グライナーだった。イヴェールがマティアスに言づてしたのは、そのことだった。
ノエラの情報からユリウスにたどり着いたのではない。シリルがリュークに関する情報の詳細について探りを入れさせたことでユリウスの名前が浮上し、その中にノエラの情報も絡んできた。ついで、そのノエラから芋づる式に王室師団にいた経歴と噂とが引き上げられ、関係者の中にシリルの名前も挙がってきた、という次第だった。なにより、軍を辞したはずのノエラは、14年後の死亡時に『殉職』の扱いを受けていた。
「――どこでその結論にたどり着いた?」
尋ねたシリルに、イヴェールは変わらず、淡然とした口調のまま抑揚のない声で答えた。
「あなたのリングに、例の石を細工したのは私ですから」
依頼を受け、細工を施した時点でその真価がわからぬはずもない。と同時にそれは、一連の情報からひとつの結論を導き出すのに、なんら不足のない値打ちを有していた。つまりは、そういうことだった。
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