177 / 198
川越筑紫
彼女の名前を呼んでやりたかった
しおりを挟む
俺としては音芽の横を歩きたいんだが、学年主任という立場上、新入りの川越に色々説明する義務がある。
努めて淡々と事務的な会話を交わしながら並んで歩いていたら、いつの間にか音芽が半歩ばかり後ろに下がってしまっていた。
話していて分かったのだが、川越はどうやら昨日の昼間、鶴見の入院先へ校長と一緒に出向いたらしい。
そこで鶴見本人からクラスの子たちのことや授業の進捗状況など、ある程度の説明を受けていたようで、実際それほど俺から伝えなきゃいけないことはなかった。
ま、そりゃそうだよな。
いくら何でも今朝初めて学校へ来て、朝礼後のほんの少しの時間にあれこれ言われただけで子供たちと接するほど、この女も厚顔無恥ではなかったらしい。
「あ、あのっ」
そんなことを思いながらも、川越が受け持ちクラスのことをどのくらい理解しているか確認がてら色々質疑応答を繰り返していたら、突然後ろから音芽が切羽詰まったような様子で声を掛けてきた。
いつも控え目で場の空気を読む音芽が、他者の会話を断ち切るようなタイミングで話しかけてくることは珍しい。
俺は音芽を見遣りながら、「どうしました?」と問いかけずにはいられなかった。
本音を言えば(何かあったのか?)と問い掛けて優しく肩を抱いてやりたい。
そうしてやれないもどかしさを視線に込めたつもりだったのだが……。
見詰めた先、音芽が所在なげにオロオロと瞳を揺らせる様は今にも泣き出しそうに見えて……俺は胸をギュッと握りつぶされたような気持ちになった。
「わ、私っ、ちょっとやりたいことがあるので先に教室に行きますね、すみませんっ。川越先生、何かありましたら隣の2組にいますので遠慮なく声をかけてください」
一気にまくし立てるようにそう言って、俺たちの顔をまともに見ないままに会釈だけすると、小走りに階段を駆け上がっていく。
「あ、おいっ」
そんな音芽を慌てて呼び止めたけれど、聞こえないふりをされてしまった。
思わず職場なことも忘れて、本来なら〝鳥飼先生〟と呼びかけるべきところを思わず、「おい」とか声かけしてしまったが、本音を言うと〝音芽〟と、彼女の名前を呼んでやりたかった。
遠ざかっていく音芽の後ろ姿を見送りながら、俺はグッと拳を握りしめる。
そんな俺の様子を見た川越が、ふっと小さく笑ったのには敢えて気付かないふりをした。
***
放課後。
今日は一斉下校の日で……2年生の子供らを一旦グラウンドに集めて話をしてから、迎えのあった子らは保護者とともに、そうでない子らは地区別に固まらせて一気に下校をさせた。
その、児童らの送り出しの際、音芽とは一度顔を合わせていたのだが……。
努めて淡々と事務的な会話を交わしながら並んで歩いていたら、いつの間にか音芽が半歩ばかり後ろに下がってしまっていた。
話していて分かったのだが、川越はどうやら昨日の昼間、鶴見の入院先へ校長と一緒に出向いたらしい。
そこで鶴見本人からクラスの子たちのことや授業の進捗状況など、ある程度の説明を受けていたようで、実際それほど俺から伝えなきゃいけないことはなかった。
ま、そりゃそうだよな。
いくら何でも今朝初めて学校へ来て、朝礼後のほんの少しの時間にあれこれ言われただけで子供たちと接するほど、この女も厚顔無恥ではなかったらしい。
「あ、あのっ」
そんなことを思いながらも、川越が受け持ちクラスのことをどのくらい理解しているか確認がてら色々質疑応答を繰り返していたら、突然後ろから音芽が切羽詰まったような様子で声を掛けてきた。
いつも控え目で場の空気を読む音芽が、他者の会話を断ち切るようなタイミングで話しかけてくることは珍しい。
俺は音芽を見遣りながら、「どうしました?」と問いかけずにはいられなかった。
本音を言えば(何かあったのか?)と問い掛けて優しく肩を抱いてやりたい。
そうしてやれないもどかしさを視線に込めたつもりだったのだが……。
見詰めた先、音芽が所在なげにオロオロと瞳を揺らせる様は今にも泣き出しそうに見えて……俺は胸をギュッと握りつぶされたような気持ちになった。
「わ、私っ、ちょっとやりたいことがあるので先に教室に行きますね、すみませんっ。川越先生、何かありましたら隣の2組にいますので遠慮なく声をかけてください」
一気にまくし立てるようにそう言って、俺たちの顔をまともに見ないままに会釈だけすると、小走りに階段を駆け上がっていく。
「あ、おいっ」
そんな音芽を慌てて呼び止めたけれど、聞こえないふりをされてしまった。
思わず職場なことも忘れて、本来なら〝鳥飼先生〟と呼びかけるべきところを思わず、「おい」とか声かけしてしまったが、本音を言うと〝音芽〟と、彼女の名前を呼んでやりたかった。
遠ざかっていく音芽の後ろ姿を見送りながら、俺はグッと拳を握りしめる。
そんな俺の様子を見た川越が、ふっと小さく笑ったのには敢えて気付かないふりをした。
***
放課後。
今日は一斉下校の日で……2年生の子供らを一旦グラウンドに集めて話をしてから、迎えのあった子らは保護者とともに、そうでない子らは地区別に固まらせて一気に下校をさせた。
その、児童らの送り出しの際、音芽とは一度顔を合わせていたのだが……。
10
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる