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言えない言葉
八方塞がり
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「え……?」
今の流れでそうくるとは思っていなかったんだろう。音芽が間の抜けた声を出す。
「お前ん家にも来たことあるだろ? 覚えてないか?」
問えば、思い至ったらしい。
「カナ……兄……?」
そう。音芽が今つぶやいたように、川越は、音芽の実兄奏芽の元カノだった女だ。
とはいえ、正直奏芽は女性遍歴が激しすぎて、俺自身ほぼ把握していない。
だが――。
その相手が、唯一。俺の大事な音芽を傷付けた人間ともなれば話は別だ。
俺の言葉に、音芽が一生懸命記憶の糸を手繰ろうとしているのが分かる。そうして、いつものことだがそれ絡みのことを思い出そうとしたら音芽は必ず――。
「――っ!」
予想した通り、眉根を寄せて苦悶の表情を浮かべた音芽の喉から、ヒュッと苦し気な喘鳴が聞こえてきた。頭も相当痛むんだろう。耐え切れなくなったみたいに、音芽が頭を抱えてうずくまってしまう。
(やはりダメか……)
あの事件から何年も経っている。今回はあるいは……と期待した俺だったが、今回も無理だったみたいだ。
「音芽、無理して思い出さなくていい」
俺はすぐさま音芽の手をギュッと握ると、いつもしているみたいに音芽を悪い記憶の底からそっと引き上げる。
音芽はあの女と奏芽の関係を示唆するような話をしたら、今みたいにおかしくなってしまうのだ。
きっと、学生の頃に川越から受けた傷口を抉られるようで、心が拒絶反応を起こすんだろう。
いつもなら抱きしめるところだが川越の移り香がある状態で、そんなことをすれば逆効果になりかねない。
そんなこと、できるわけがない。
俺の手にギュッとしがみつくようにすがり付きながら、音芽が涙の浮かんだ辛そうな顔で俺をぼんやりと見上げてくる。
きっと音芽のことだ。
自分がこの障壁を乗り越えられたら、俺を楽にしてやれるとでも考えているんだろう。
確かに最愛の音芽に真実を話せず、裏切っているようにも見えかねない現状を貫くのは辛い。
だからといって俺は音芽に無理をさせたいわけじゃないんだ。
俺が悪者になることで、音芽の心の負荷が軽減されるならその方がいい。
(あー。けど……俺を信じきれない状態ってのは、結局音芽もツライんだよな)
そう思ったら、あまりの八方塞ぶりに、俺自身どうしていいか分からなくてもどかしくなるんだ。
そんな風に葛藤する俺の顔を、音芽が何か言いたげな表情をして、じっと見上げていた。
***
「音芽、ごめんな。夕方はまた一緒に帰れねぇかもしんねぇけど……絶対早めに帰るから……。夜は一緒に過ごそう。――な?」
昨夜、俺たちは結局風呂を別々に済ませて……それから同じ布団で眠った。
風呂、何事もなければ一緒に入る約束をしていたんだが、正直今回みたいなキッカケはイヤだと思ってしまった。
それこそ、音芽が本心から俺と一緒に入りたいと思ってくれるようになるまで保留にした方がいい。音芽にも素直にそう伝えた。
俺の言葉に音芽が嬉しそうにうなずくから、俺は――自分の欲望を隅に追いやって――音芽との入浴をしばらくお預けにしてよかったと思ったんだ。
今の流れでそうくるとは思っていなかったんだろう。音芽が間の抜けた声を出す。
「お前ん家にも来たことあるだろ? 覚えてないか?」
問えば、思い至ったらしい。
「カナ……兄……?」
そう。音芽が今つぶやいたように、川越は、音芽の実兄奏芽の元カノだった女だ。
とはいえ、正直奏芽は女性遍歴が激しすぎて、俺自身ほぼ把握していない。
だが――。
その相手が、唯一。俺の大事な音芽を傷付けた人間ともなれば話は別だ。
俺の言葉に、音芽が一生懸命記憶の糸を手繰ろうとしているのが分かる。そうして、いつものことだがそれ絡みのことを思い出そうとしたら音芽は必ず――。
「――っ!」
予想した通り、眉根を寄せて苦悶の表情を浮かべた音芽の喉から、ヒュッと苦し気な喘鳴が聞こえてきた。頭も相当痛むんだろう。耐え切れなくなったみたいに、音芽が頭を抱えてうずくまってしまう。
(やはりダメか……)
あの事件から何年も経っている。今回はあるいは……と期待した俺だったが、今回も無理だったみたいだ。
「音芽、無理して思い出さなくていい」
俺はすぐさま音芽の手をギュッと握ると、いつもしているみたいに音芽を悪い記憶の底からそっと引き上げる。
音芽はあの女と奏芽の関係を示唆するような話をしたら、今みたいにおかしくなってしまうのだ。
きっと、学生の頃に川越から受けた傷口を抉られるようで、心が拒絶反応を起こすんだろう。
いつもなら抱きしめるところだが川越の移り香がある状態で、そんなことをすれば逆効果になりかねない。
そんなこと、できるわけがない。
俺の手にギュッとしがみつくようにすがり付きながら、音芽が涙の浮かんだ辛そうな顔で俺をぼんやりと見上げてくる。
きっと音芽のことだ。
自分がこの障壁を乗り越えられたら、俺を楽にしてやれるとでも考えているんだろう。
確かに最愛の音芽に真実を話せず、裏切っているようにも見えかねない現状を貫くのは辛い。
だからといって俺は音芽に無理をさせたいわけじゃないんだ。
俺が悪者になることで、音芽の心の負荷が軽減されるならその方がいい。
(あー。けど……俺を信じきれない状態ってのは、結局音芽もツライんだよな)
そう思ったら、あまりの八方塞ぶりに、俺自身どうしていいか分からなくてもどかしくなるんだ。
そんな風に葛藤する俺の顔を、音芽が何か言いたげな表情をして、じっと見上げていた。
***
「音芽、ごめんな。夕方はまた一緒に帰れねぇかもしんねぇけど……絶対早めに帰るから……。夜は一緒に過ごそう。――な?」
昨夜、俺たちは結局風呂を別々に済ませて……それから同じ布団で眠った。
風呂、何事もなければ一緒に入る約束をしていたんだが、正直今回みたいなキッカケはイヤだと思ってしまった。
それこそ、音芽が本心から俺と一緒に入りたいと思ってくれるようになるまで保留にした方がいい。音芽にも素直にそう伝えた。
俺の言葉に音芽が嬉しそうにうなずくから、俺は――自分の欲望を隅に追いやって――音芽との入浴をしばらくお預けにしてよかったと思ったんだ。
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