乗っ取られた悪役令嬢

F.conoe

文字の大きさ
1 / 2

私はアマンダ

しおりを挟む
なんだか体が軽いわ。
最初に思ったことはそれ。次に気がついたのは自分が宙に浮いているということ。
そして今まで[私]だった体が、私の視界の下にいること。

幽体離脱

その言葉を知らない幼い私は、空を飛んでるー! と嬉しくなったり、自分がもう1人いることがよく分からなくて首をかしげるばかりだった。
とりあえず屋根を突き抜け、朝もやの中を飛ぶ鳥と並んで空を楽しんでいると『はぁ!? なにこれ!?』という声が聞こえた。

自分の体の声だとなぜか分かって自室に戻れば
私の体は青ざめた顔でぶつぶつと不気味にひとりごとを言っていて、うわぁとドン引きしながら内容を聞いた。

いわく
私アマンダ公爵令嬢はレディ・アマンダと呼ばれる悪役令嬢で
将来、王子様と婚約するが、その王子様が子爵家の庶子の女に心変わりしていくのを見ていられず嫉妬して、その女をいじめ抜き、王子に嫌われ、婚約破棄され、すっごく歳上で辺境にお住まいのおじさんのところに嫁がされることになる。らしい。

婚約とかよくわからない。それどころかほとんど言ってることがよく分からなかったけど、王子様が危険ってことはよく分かった。なんだか私の体を動かしているなにかがとっても「婚約を避けなければ!」とか言っているから。

しかし彼女の努力むなしく婚約はなされた。でも婚約を破棄されるのが怖い、だから婚約したくないと激しい抵抗をした[私]の意思を無下にしてのものだからと、もし万が一婚約破棄などということになった場合には、王家が素敵な婚約者を見繕うという約束ができた。
そのときに、すでに婚約者がいる方から王命で奪うような真似はしないとお約束を、と[私]が言って、それも約束に加わった。
私はそこまで考えがおよばなかったから私の中の[私]はすごいのねぇと感心していた。今なら、年の功だとわかるけれど。

私は今も宙に浮いている。

[私]が寝入った夜の、すこしの間だけ私は私の体を取り戻す。
眠気にやられてすぐベッドに入ることになるけれど、その短い間に私はお父様とお母様のところへ行って「また来たの?」とか「もう寝なさい」とか言われながらも存分に甘えてから寝落ちる。ということをしたりしていた。

2人が「急にしっかりしてしまったが、やはりまだまだ子供だね。かわいい」と言っているのが聞こえながら眠りに落ちる。そして幽体離脱した私の代わりにお父様が私の体をベッドへ運ぶの。

そうして15になった。体を乗っ取られてから7年。もうすぐ私より[私]の方が私である時間が長くなる。
夜中、私がお父様とお母様に甘える日は減り、代わりに庭園に出て月夜の散策をしたり読書をする日が増えた。私は[私]と違って料理に興味はないけど花に興味があり、人とのおしゃべりよりも1人静かに時を感じるのが好きだ。いつも1人で漂っているからかもしれないけれど。

誰かとおしゃべりしたいという気持ちは、かつてはあったけれど、夜中の少しの時間だけでもお母様とお父様、執事やメイドとお話しして満足するように心がけていたから、そのくらいで十分という性格になったのだと思う。

[私]は順調に私を生きていた。

悪役令嬢にはいなかったらしい友達が増え、悪役令嬢では嫌われていたらしい王子様とも仲良くなって。
婚約破棄なんてされそうにない。
いまだに心配しているけれど、それは杞憂というものでしょう。はたから見ていると馬鹿らしいくらい仲がいい。

では私は、なぜここにいるのだろう。
いつまでここにいるのだろう。
このままこうしてふよふよしていたら、私は性教育を受けた時のいたたまれなさを超えるいたたまれない事態、そう[私]の性行為を見学するという苦行を課されることになるわ……!
それは、それだけは避けたい!
だって私、空を飛んでいても[私]の声が聞こえましてよ!?
このままではどこにも逃げ場はないわ……!

けれど私として人間関係を構築している[私]を追い出すのはなんだか罪悪感がわく。
そもそも私が乗っ取られているのだから、なにも悪くはないのだけれど。

もし私が体を乗っ取り返したとして、そのとき王子様はどう思うのかしら。
性格のまるで違う私に失望して、そして婚約破棄になるのでは?

体を取り戻す試行錯誤は、幼いうちにいろいろ試して無意味に終わったけれど、もし今取り戻せるとして取り戻すのは得策だとは思わない。私は[私]にくっついて授業を受けたりはしてきたけれど、見るとやるとは大違いだろうし、サボってその辺ウロウロしていたことは多かった。

貴族とかしきたり多すぎてめんどくさいし、体に戻っても[私]がいなくなったという不本意な悲劇の渦中に投げ込まれることになっていやすぎる。それにもうこれは別人の人生だもの。この体の人生はもう私であって私じゃないもの。私はもう望まれていない。
身を引くのが正しいこと。それがみんなのため。

いいえ、違うわね。そんな綺麗な話じゃないわ。正直に言いましょう。

私はもう、諦めたの。




諦めてからの私は[私]のそばにいることが減った。
遠くにいても声だけが聞こえる。もうそれも雑音のように聞き流せるようになった。

獣や犯罪者に襲われる心配のない幽体だから、暗い森の中へも好奇心のまま入り込む。
冬の妖精が住まい万年雪の降る氷雪の森、春の妖精が住む常春とこはるの山。季節の名を冠する妖精は、それぞれの季節ごとに血が繋がった家族だと聞いている。生まれ方は分からないけれど、数は少ないそうだから人間とは繁殖方法が違うのかもしれない。

今日訪れたのは氷雪の森
季節の妖精以外にも、花の妖精、風の妖精、陽光の妖精などさまざまな妖精が存在する。ここには白一色の雪の妖精がたくさんいたけれど、誰も私には気づかない。
妖精と幽体は別次元の生き物なのだなぁと、妖精とならお話できるかもと期待していた頃の私は落ち込んだものだ。

「おや、奇妙な気配がするね」

雪解けの雫の音のような、静かで耳に響く声が聞こえた。
見回すと、しゅるりと雪が集まって美しい人の形になる。背に白いしもでできたような羽のある人だけれど。

「ふむ? この辺りかな?」

水色の髪の美しい妖精、毛先は雪に変わって空気に舞う。人間くらいの大きさのそれは、もしかして冬の妖精だろうか。髪が長いから女性に思えるけれど、声の感じは男性にも思える。妖精に性別はないのだろうか?

そんなことを思って見ていると、白い指先が私のいるあたりでくるりと円を書く。とたん、わぁんと、耳に入り込んでいた水が抜けたみたいな、そんな開かれるような感覚がした。

「やはり。迷える幼子よ、よくきたね。僕は冬の妖精。君は何者か分かっているかな?」

「私が見えるの…?」

「見えるよ。君がいる場所は我々に近いからね。見えるようにするのは簡単。ふふ」

「私……」

いきなりのことに頭が追いつかない。ただ、なにか、言わなければ、と口だけが急いで、あの、とか、私よくわからなくて、と大して意味のないことばかり話してしまう。

「落ち着きなよ。時間はたっぷりあるんだ」

「はい。あの。ありがとうございます」

「ふふ、僕はまだお礼を言われるようなことはしていないけどな? どういたしまして」

冬の妖精の、黄色と水色のまじる不思議な目にやさしく見つめられて、胸にぎゅっと熱いものがしみた。

「こうして今の私を見てもらえるだけで、とても、嬉しくて」

「泣くほどつらかったか。どれだけの間その状態だったんだ?」

「もう7年になります」

「7年? 長いな。君は死霊ではないだろう? 本体はどうしているんだい?」

「なにか別の誰かが動かしているみたいで」

「ああ、乗っ取られたのか。たまにあるね、確定された未来に拒否反応を示した魂が抜け出て、変えることのできる何者かが入り込むんだ。直に見るのは初めてだが。ふうん」

アゴに指をあてて考え込む秀麗な妖精は、少ししてからニコッと私に笑いかけた。

「時に非条理な運命を背負う人がいる。君は運命にあらがったんだね」

そうなのだろうか。あの[私]が言うような悪役令嬢の未来はたしかに悲しいものだと思うけれど。

「私は運命なんて知らなかったのに」

「本能というのかな、運命の人に出会うと直感でそれと分かるように、己の未来も直感で理解するものなのだよ、とくに邪気のない幼子のうちはね。君は無意識にそれを拒否したんだ」

「運命……不幸になる運命なんて、何のためにあるの?」

「さぁ、僕は神ではないし、神がいるかも知らないし。予想するに、ただの不具合ではないかな?」

「不具合?」

「人間の作ったものに完璧はない。王妃教育なんてあるようだけど、そうして人の性質を強制された人は自分の幸せが何か分かるのかな? 人は政略結婚も作ったが、人は恋もする。そういった事象の間にうまれた不具合が、君の避けられない運命だったのだろう。それでも幸せを願った君は体を手放したのさ。その環境でも幸せになれる適任者にね」

「私がゆずったということですか……」

「ただの予想だよ? そうと決まっているわけではないよ」

「いえ、でも、なんだかしっくりします。ふに落ちました。逆恨みせず諦めがついたのも無意識にそれを覚えていたからかなって」

「ふふ。君は素直な子だね」

「でも、それでは私はこれからずっとこのままなの…?」

「ふふ」

同情でもなくあわれみでもなく、面白がる妖精の声に首をかしげました。まだなにかこのかたは知っているのかしら?

「君はいま選択の場にいる」

すっと真面目になった声は、雪解けの雫のように耳にしみる。

「小さな妖精は二つの生まれ方をする。一つは自然の気が寄り集まっての自然発生。もう一つが、行き場をなくした魂が妖精の気をまとってなる作為的な発生。作為的発生をできるのは僕のような季節の妖精の力によってだけだ。僕は君を妖精にしてあげられる。妖精になればもう寂しい思いはしなくてすむけれど、本体とのつながりは消える。どうする?」

「私が妖精に?」

「そう。いや?」

「いやではないですけれど」

急に言われても決断ができない。でも、心はもう答えを出している気がする。

「ふふ。妖精になりたくなったらまたおいで」

「あの、もし、このままいることにした場合私はどうなるのですか?」

「聞いたところによると、本体の死亡と同時に死霊となってあるべき流れに戻るそうだよ」

「そう、ですか」

「ふふ。またおいで」

ふらふらと空を飛んで、いつの間にか自室に戻ってきていた。冬の妖精に別れの挨拶もしないまま。無礼なことをしてしまったけれど、気にしていないだろうともなんとなく思う。

誰もいない自室。耳には雑音にしていた[私]の声がとどく。

『もう! もう! なんなのよ殿下ったわ。シナリオだとアマンダのこと嫌いなはずなのに、あんな思わせぶりなことして! 好きになっちゃうじゃない! それでヒロインが来たらそっちに惚れるの? とんだ浮気者ね!』

プリプリ怒りながらも嬉しそうな声。
人生を生きる明るい声。
それに背中を押された気がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イジメられっ子は悪役令嬢( ; ; )イジメっ子はヒロイン∑(゚Д゚)じゃあ仕方がないっ!性格が悪くても(⌒▽⌒)

音無砂月
ファンタジー
公爵令嬢として生まれたレイラ・カーティスには前世の記憶がある。 それは自分がとある人物を中心にイジメられていた暗黒時代。 加えて生まれ変わった世界は従妹が好きだった乙女ゲームと同じ世界。 しかも自分は悪役令嬢で前世で私をイジメていた女はヒロインとして生まれ変わっていた。 そりゃないよ、神様。・°°・(>_<)・°°・。 *内容の中に顔文字や絵文字が入っているので苦手な方はご遠慮ください。 尚、その件に関する苦情は一切受け付けませんので予めご了承ください。

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

転落王太子…しかし?

越路遼介
ファンタジー
平和な王国セントエベールの王太子オルソンは男爵令嬢のミランダにたぶらかされて婚約者である公爵令嬢に婚約破棄を告げてしまう。そこから始まる彼の転落人生。 悪役令嬢転生ものを読んで思いついた短編です。主人公である悪役令嬢の痛快な逆転劇でめでたしめでたしと終わるのが定番ですが、本編の主人公は婚約者である王太子の方です。1話だけの短編で、後半まではダイジェストっぽいです。

悪役令嬢だから知っているヒロインが幸せになれる条件【8/26完結】

音無砂月
ファンタジー
※ストーリーを全て書き上げた上で予約公開にしています。その為、タイトルには【完結】と入れさせていただいています。 1日1話更新します。 事故で死んで気が付いたら乙女ゲームの悪役令嬢リスティルに転生していた。 バッドエンドは何としてでも回避したいリスティルだけど、攻略対象者であるレオンはなぜかシスコンになっているし、ヒロインのメロディは自分の強運さを過信して傲慢になっているし。 なんだか、みんなゲームとキャラが違い過ぎ。こんなので本当にバッドエンドを回避できるのかしら。

悪役とは誰が決めるのか。

SHIN
恋愛
ある小さな国の物語。 ちょっとした偶然で出会った平民の少女と公爵子息の恋物語。 二人には悪役令嬢と呼ばれる壁が立ちふさがります。 って、ちょっと待ってよ。 悪役令嬢だなんて呼ばないでよ。確かに公爵子息とは婚約関係だけど、全く興味は無いのよね。むしろ熨斗付けてあげるわよ。 それより私は、昔思い出した前世の記憶を使って色々商売がしたいの。 そもそも悪役って何なのか説明してくださらない? ※婚約破棄物です。

悪役令嬢が行方不明!?

mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。 ※初めての悪役令嬢物です。

ど天然で超ドジなドアマットヒロインが斜め上の行動をしまくった結果

宝月 蓮
ファンタジー
アリスはルシヨン伯爵家の長女で両親から愛されて育った。しかし両親が事故で亡くなり叔父一家がルシヨン伯爵家にやって来た。叔父デュドネ、義叔母ジスレーヌ、義妹ユゲットから使用人のように扱われるようになったアリス。しかし彼女は何かと斜め上の行動をするので、逆に叔父達の方が疲れ切ってしまうのである。そしてその結果は……? 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 表紙に素敵なFAいただきました! ありがとうございます!

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

処理中です...