2 / 2
私もアマンダ
しおりを挟む
私の羽は冬の妖精のような、霜で作られたような白で、形は蝶の羽と同じ。
小さくなった体で、たくさんの妖精に挨拶をした。私は雪の花の妖精らしい。雪の花は氷雪の森にしか咲かない花で、雪が3年積もったままの場所に咲き始める白い花だ。
ひらひら、夜の王都の空を王城目指して飛んでいく。
お城の中の隙間をぬってぬって、目的の部屋にたどり着いた。
まだ魔法灯の光るその部屋では、金の髪の美しい青年が書類に目を通している。
「王子様」
一度も、私のままでは会うことのなかった婚約者。
呼びかければピクリと反応して周囲を見回す「アマンダ?」私の声はそのまま彼女の声らしい。本体のアマンダを探す王子の目が私を見つけた。本体そのままの姿形で妖精になった私に、彼は目を丸くする。
「アマンダ? え、ちいさ、え、小さくないか? はは、また何か変なことをしたのかい?」
私を[私]だと思っている王子様に、私はふっと微笑み返す。
人間はあまり妖精を見ることがないから、私を見てすぐ妖精とは思わないようだ。
「アマンダ…?」
「王子様。一度、お話ししてみたかったのです。私はアマンダ。レディ・アマンダ。あなたの知るアマンダとは別のアマンダですわ」
「別の?」
「私が本当のアマンダ。でも、彼女もアマンダ。だから、もう、よくわからないわね」
「どういう意味?」
美しい顔で、美しい青い瞳で私を見る王子様。
私が私として生きたなら、私はあなたに恋をしたのかしら。
「一度、直接お話したかったの」
「一度?」
私の結婚するはずだった人。私を捨てたかもしれない人。
深い理由はない。でも、話してみたかった。なんとなくね。
「そう、一度。難しいことは考えないで、たった一度だけの不思議な夢と思って。私とお話いたしましょう? 王子様」
「……君は、俺を殿下と呼ばないのだね」
「ふふ。そうですね」
なぜか切ないような顔をして、王子はそっとその長い指で私の小さな頰にふれた。
「なぜだろう。その願いを叶えてやらないといけない気がする。いいよ。話をしよう。何を話す?」
「お優しい王子様。ありがとうございます」
いろいろなことを話した。
かつて好きだったお菓子の話。好きな花の話。人々の寝静まった夜に空中散歩すると見える、月夜に照らされた静かな街の景色の中で、ぽつりと灯る夜勤の兵のいる兵舎の明かりのなんと幻想的なことか。
「君はずいぶんおしとやかだな」
「そうですか? 私よりあっちのアマンダの方が勉強もなんでも真面目にこなしていますよ」
「はは! アマンダは努力家だよね」
そう言う王子様の目は愛しさで染まっている。
「少しだけ私も王妃教育を見ていましたけれど、私があれをするのはとても厳しいと思いましたわ。きっと、そのうち癇癪を起こしたのではないかしら。つらくて、つまらなくて、苦しくて」
「王妃教育を詳しく知らないんだが、そんなに?」
「ええ、もっと、気を強く持って、自分の意見を強く主張しなくてはいけなくて、でも人の話を全く聞かないのもいけなくて、でも人の意見ばかり聞くのもいけなくて。もうよくわからないわ」
「はは! 王もそんなものだよ。結局は自分で考えろということさ」
「そうなのですね。でも、きっと私には耐えられなかった。私は空を飛ぶのが楽しいし、静かな時の流れを感じるのが楽しいし、みんなが楽しそうにしているのを見ているのが楽しい、そう、まるで脇役のような性格なの」
「向かなくもないと思うけどな? 指導的な王妃ではないけど、みんなを支えるいい王妃になりそうだよ。ああ、でも」
「それが許される時流ではないですね」
王妃教育、という確固とした求められる形がある。
そこから逸脱して変えるには相応のカリスマ性がいるが、そのカリスマ性こそ私に不足している。
「そうだな。でも、なんとかしてみせるよ、アマンダのためなら、がんばるさ」
そう言う彼はきっと、私がもし私のままで婚約者となり、苦しみもがき彼の好意を得ようとあがいていたとしても、好意を持ってはくれなかったのだろう。今の言葉を言うことはきっとない。なぜかその確信がある。
そして婚約破棄へたどり着くのだ。
そのもしもの世界でも彼が私に好意を抱いてくれる可能性が高かったなら、私はこうなっていなかったと思うのよ。
……実際に失恋したわけではないのに、なんだか悲しい気持ちになってしまったわ。
結局、この人が望むのは私ではない。
「お話ありがとうございました、王子様。どうかお元気で」
もしかしたら愛したかもしれない人。
乞い求めたかもしれない人。
今は、よく知らない赤の他人。
「ああ。君はどこにいくんだ? もう来ることはないのか?」
「仲間たちのところへ。たぶんもうこないと思います」
「妖精のところ?」
「はい。空を飛んだり、月明かりを浴びたり、光る花の中で踊ったり。朝露をあつめたり。妖精は自由で楽しくて、みんな優しくて。とっても居心地がいいんです」
「そうか。どうして妖精は人を嫌うのかな? 仲良くできればいいんだが」
「さぁ、どうしてかしら。でも私もあまり人に関わりたくない気がします」
「そうなのか。本能なのかな? もう会えないのは残念だけど、君も健やかに。妖精のアマンダ」
「はい。ありがとうございます」
この人に望まれる未来はきっと私にはなかったけれど、幸せを願われたことがなぜかとても嬉しかった。憎しみのこもった目で見られないことが、なぜかとても嬉しかった。
王子が窓を開けてくれて、そこから夜の王都に躍り出る。
青い月明かりは世界を神秘的に照らしている。城の周りに珍しく妖精が複数集まっていて、月光を反射しきらきらと輝いていた。
「アマンダー無事ー?」
「王子と話せたー?」
「すっきりしたー?」
「はい。いっぱい話して、満足です!」
「よかったー! じゃあ森に帰ろう! そろそろ祭りの時間だよ!」
「そうそう! 明日は春の妖精の誕生日だから、もう祭りが始まるんだよー!
雪の妖精、陽光の妖精、花の妖精に、雫の妖精。みんなに連れられて森へ帰る。
振り返った王城では、開いた窓辺に金の髪の王子が立っていた。後ろ髪引かれる思いを、ふっと振り切って背を向ける。
春祝いの祭りで、決まりなどない自由なステップでみんな思い思いにダンスを踊り、歌を歌って花の蜜を舐める。
人からあぶれて妖精になって、私は今幸せです。
小さくなった体で、たくさんの妖精に挨拶をした。私は雪の花の妖精らしい。雪の花は氷雪の森にしか咲かない花で、雪が3年積もったままの場所に咲き始める白い花だ。
ひらひら、夜の王都の空を王城目指して飛んでいく。
お城の中の隙間をぬってぬって、目的の部屋にたどり着いた。
まだ魔法灯の光るその部屋では、金の髪の美しい青年が書類に目を通している。
「王子様」
一度も、私のままでは会うことのなかった婚約者。
呼びかければピクリと反応して周囲を見回す「アマンダ?」私の声はそのまま彼女の声らしい。本体のアマンダを探す王子の目が私を見つけた。本体そのままの姿形で妖精になった私に、彼は目を丸くする。
「アマンダ? え、ちいさ、え、小さくないか? はは、また何か変なことをしたのかい?」
私を[私]だと思っている王子様に、私はふっと微笑み返す。
人間はあまり妖精を見ることがないから、私を見てすぐ妖精とは思わないようだ。
「アマンダ…?」
「王子様。一度、お話ししてみたかったのです。私はアマンダ。レディ・アマンダ。あなたの知るアマンダとは別のアマンダですわ」
「別の?」
「私が本当のアマンダ。でも、彼女もアマンダ。だから、もう、よくわからないわね」
「どういう意味?」
美しい顔で、美しい青い瞳で私を見る王子様。
私が私として生きたなら、私はあなたに恋をしたのかしら。
「一度、直接お話したかったの」
「一度?」
私の結婚するはずだった人。私を捨てたかもしれない人。
深い理由はない。でも、話してみたかった。なんとなくね。
「そう、一度。難しいことは考えないで、たった一度だけの不思議な夢と思って。私とお話いたしましょう? 王子様」
「……君は、俺を殿下と呼ばないのだね」
「ふふ。そうですね」
なぜか切ないような顔をして、王子はそっとその長い指で私の小さな頰にふれた。
「なぜだろう。その願いを叶えてやらないといけない気がする。いいよ。話をしよう。何を話す?」
「お優しい王子様。ありがとうございます」
いろいろなことを話した。
かつて好きだったお菓子の話。好きな花の話。人々の寝静まった夜に空中散歩すると見える、月夜に照らされた静かな街の景色の中で、ぽつりと灯る夜勤の兵のいる兵舎の明かりのなんと幻想的なことか。
「君はずいぶんおしとやかだな」
「そうですか? 私よりあっちのアマンダの方が勉強もなんでも真面目にこなしていますよ」
「はは! アマンダは努力家だよね」
そう言う王子様の目は愛しさで染まっている。
「少しだけ私も王妃教育を見ていましたけれど、私があれをするのはとても厳しいと思いましたわ。きっと、そのうち癇癪を起こしたのではないかしら。つらくて、つまらなくて、苦しくて」
「王妃教育を詳しく知らないんだが、そんなに?」
「ええ、もっと、気を強く持って、自分の意見を強く主張しなくてはいけなくて、でも人の話を全く聞かないのもいけなくて、でも人の意見ばかり聞くのもいけなくて。もうよくわからないわ」
「はは! 王もそんなものだよ。結局は自分で考えろということさ」
「そうなのですね。でも、きっと私には耐えられなかった。私は空を飛ぶのが楽しいし、静かな時の流れを感じるのが楽しいし、みんなが楽しそうにしているのを見ているのが楽しい、そう、まるで脇役のような性格なの」
「向かなくもないと思うけどな? 指導的な王妃ではないけど、みんなを支えるいい王妃になりそうだよ。ああ、でも」
「それが許される時流ではないですね」
王妃教育、という確固とした求められる形がある。
そこから逸脱して変えるには相応のカリスマ性がいるが、そのカリスマ性こそ私に不足している。
「そうだな。でも、なんとかしてみせるよ、アマンダのためなら、がんばるさ」
そう言う彼はきっと、私がもし私のままで婚約者となり、苦しみもがき彼の好意を得ようとあがいていたとしても、好意を持ってはくれなかったのだろう。今の言葉を言うことはきっとない。なぜかその確信がある。
そして婚約破棄へたどり着くのだ。
そのもしもの世界でも彼が私に好意を抱いてくれる可能性が高かったなら、私はこうなっていなかったと思うのよ。
……実際に失恋したわけではないのに、なんだか悲しい気持ちになってしまったわ。
結局、この人が望むのは私ではない。
「お話ありがとうございました、王子様。どうかお元気で」
もしかしたら愛したかもしれない人。
乞い求めたかもしれない人。
今は、よく知らない赤の他人。
「ああ。君はどこにいくんだ? もう来ることはないのか?」
「仲間たちのところへ。たぶんもうこないと思います」
「妖精のところ?」
「はい。空を飛んだり、月明かりを浴びたり、光る花の中で踊ったり。朝露をあつめたり。妖精は自由で楽しくて、みんな優しくて。とっても居心地がいいんです」
「そうか。どうして妖精は人を嫌うのかな? 仲良くできればいいんだが」
「さぁ、どうしてかしら。でも私もあまり人に関わりたくない気がします」
「そうなのか。本能なのかな? もう会えないのは残念だけど、君も健やかに。妖精のアマンダ」
「はい。ありがとうございます」
この人に望まれる未来はきっと私にはなかったけれど、幸せを願われたことがなぜかとても嬉しかった。憎しみのこもった目で見られないことが、なぜかとても嬉しかった。
王子が窓を開けてくれて、そこから夜の王都に躍り出る。
青い月明かりは世界を神秘的に照らしている。城の周りに珍しく妖精が複数集まっていて、月光を反射しきらきらと輝いていた。
「アマンダー無事ー?」
「王子と話せたー?」
「すっきりしたー?」
「はい。いっぱい話して、満足です!」
「よかったー! じゃあ森に帰ろう! そろそろ祭りの時間だよ!」
「そうそう! 明日は春の妖精の誕生日だから、もう祭りが始まるんだよー!
雪の妖精、陽光の妖精、花の妖精に、雫の妖精。みんなに連れられて森へ帰る。
振り返った王城では、開いた窓辺に金の髪の王子が立っていた。後ろ髪引かれる思いを、ふっと振り切って背を向ける。
春祝いの祭りで、決まりなどない自由なステップでみんな思い思いにダンスを踊り、歌を歌って花の蜜を舐める。
人からあぶれて妖精になって、私は今幸せです。
145
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
イジメられっ子は悪役令嬢( ; ; )イジメっ子はヒロイン∑(゚Д゚)じゃあ仕方がないっ!性格が悪くても(⌒▽⌒)
音無砂月
ファンタジー
公爵令嬢として生まれたレイラ・カーティスには前世の記憶がある。
それは自分がとある人物を中心にイジメられていた暗黒時代。
加えて生まれ変わった世界は従妹が好きだった乙女ゲームと同じ世界。
しかも自分は悪役令嬢で前世で私をイジメていた女はヒロインとして生まれ変わっていた。
そりゃないよ、神様。・°°・(>_<)・°°・。
*内容の中に顔文字や絵文字が入っているので苦手な方はご遠慮ください。
尚、その件に関する苦情は一切受け付けませんので予めご了承ください。
悪意には悪意で
12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。
私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。
ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。
転落王太子…しかし?
越路遼介
ファンタジー
平和な王国セントエベールの王太子オルソンは男爵令嬢のミランダにたぶらかされて婚約者である公爵令嬢に婚約破棄を告げてしまう。そこから始まる彼の転落人生。
悪役令嬢転生ものを読んで思いついた短編です。主人公である悪役令嬢の痛快な逆転劇でめでたしめでたしと終わるのが定番ですが、本編の主人公は婚約者である王太子の方です。1話だけの短編で、後半まではダイジェストっぽいです。
悪役令嬢だから知っているヒロインが幸せになれる条件【8/26完結】
音無砂月
ファンタジー
※ストーリーを全て書き上げた上で予約公開にしています。その為、タイトルには【完結】と入れさせていただいています。
1日1話更新します。
事故で死んで気が付いたら乙女ゲームの悪役令嬢リスティルに転生していた。
バッドエンドは何としてでも回避したいリスティルだけど、攻略対象者であるレオンはなぜかシスコンになっているし、ヒロインのメロディは自分の強運さを過信して傲慢になっているし。
なんだか、みんなゲームとキャラが違い過ぎ。こんなので本当にバッドエンドを回避できるのかしら。
悪役とは誰が決めるのか。
SHIN
恋愛
ある小さな国の物語。
ちょっとした偶然で出会った平民の少女と公爵子息の恋物語。
二人には悪役令嬢と呼ばれる壁が立ちふさがります。
って、ちょっと待ってよ。
悪役令嬢だなんて呼ばないでよ。確かに公爵子息とは婚約関係だけど、全く興味は無いのよね。むしろ熨斗付けてあげるわよ。
それより私は、昔思い出した前世の記憶を使って色々商売がしたいの。
そもそも悪役って何なのか説明してくださらない?
※婚約破棄物です。
悪役令嬢が行方不明!?
mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。
※初めての悪役令嬢物です。
ど天然で超ドジなドアマットヒロインが斜め上の行動をしまくった結果
宝月 蓮
ファンタジー
アリスはルシヨン伯爵家の長女で両親から愛されて育った。しかし両親が事故で亡くなり叔父一家がルシヨン伯爵家にやって来た。叔父デュドネ、義叔母ジスレーヌ、義妹ユゲットから使用人のように扱われるようになったアリス。しかし彼女は何かと斜め上の行動をするので、逆に叔父達の方が疲れ切ってしまうのである。そしてその結果は……?
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
表紙に素敵なFAいただきました!
ありがとうございます!
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
幸せになれて良かったね!
お幸せに!
感想ありがとうございます!
作者は不幸にしようとしてたのですが精霊さんがポロッと降りてきて助けてくれました!よかったよかった!