恋人は笑う、私の知らない顔で

鳴哉

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 結局、ハルは工房を辞めた。
 話の通じない輩と一緒に働きたくない、と宣言して。
 王様の褒章はどうするのか、と言う人もいたけど、「貴族になるのが褒美として付いてるようなもの、いらない」と一蹴して。
 流石に問題になるかも、と私が心配すると、「じゃあ、国を出て、別の国で工房を開く」と言って。
 工房で働く間に要領は掴んだらしく、小さな工房なら充分一人で回せると言う。流石、ハル。
 それから、ハルは私の父に誤解を招くようなことになったことを誠心誠意詫び(ハルは全く悪くないのに)、説明し(父も話を聞いてキレた)、私にプロポーズする許しを乞うた。
 話を聞いた父は、ハルと共に国を出て、彼が工房を開く街にパン屋を移転することを決めた。娘と離れるのは嫌だと言って。



「待って。肝心なところが抜けていると思うの」

  
 私は、ハルに詰め寄った。
 まだ、私、ハルから聞いてない。

「ごめん、ちょっと準備が間に合わなくて」

 珍しくハルが慌てている。工房から持ち帰った包みを音を立てて開いている。

「誕生日に合わせて、ちゃんと綺麗に包んでそれっぽくするつもりだったのに。あの馬鹿たちのせいで、くそ」

 誕生日?
 そう言えば、来月にはハルと私の誕生日がある。


「えいっ」

 ハルが包みから出したものを私の頭に乗せた。これは、件のティアラ?

「どうしてティアラ?」

「アニーが欲しいって言ったんじゃないか」

 ハルはにっこり笑って言う。その笑顔が幼い頃の記憶に重なる。そういえば、そんなこと、言った気がする。


 まだ私たちが恋人同士ではなかったくらい幼い頃、今は王様になった王太子様の結婚パレードを見た。その時、花嫁の被っていたティアラが欲しいと言った私に、その時も今と変わらず隣にいたハルが、じゃあ僕が作ってあげる、とか言ってくれたような。


「あの時アニーが言ったこと、覚えてない?」

 私は確かあの時。

「……それなら、私もハルの欲しいものをあげる、とか言った?」

 ハルがさらにいい笑顔になった。

「うん、覚えてくれてて良かった」

 そう言ったハルは、私の両手を取った。


「アニー、君が身につけるものは、全部俺が作る。もしくは何とかして手に入れる」


 アクセサリーの類は何でも作れるけど、服や靴はまだ技術を会得してないから、ともごもご付け足すハル。それから。


「だから、これから俺の腹に入る食べ物は、全部君に作って欲しい」


 笑顔ではあるけれど、緊張している彼の顔を見ていると、ちょっと意地悪したくなった。

「それって、つまり、どういうこと?」

 う、と一瞬言葉に詰まったハルだけど、真剣な顔でハッキリと告げられた。


「俺に、お嫁さんのアニーをください」


 自分から促したのだけど、ハルの告白のあまりの破壊力に、私も言葉に詰まる。
 誤魔化すために、彼の胸に飛び込んだ。

 私史上、最高に赤くなっていると思う顔を隠しながら、返事を返したら、苦しいほどの抱擁。私も負けじと抱きしめ返したのだった。


 私たちは隣国へと引っ越して、ハルは小さな工房を立ち上げた。私は工房兼住居の小さな家から、数軒隣の父が移転したパン屋へと毎日通う。私は工房とパン屋の売り子を兼ねているのだ。
 ハルと父の腕は確かなので、どちらも経営は順調な滑り出しで、毎日とても忙しい。

 だから風の噂で、ハルが辞めた後あの工房が衰退したとか、優秀な人材を国外へ流出させた咎で男爵家が権威を失ったとか聞いたけど、今の私たちには興味のない話。


 私たちは今とても幸せだ。




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