1 / 9
嫌われ令嬢とダンスを
1
しおりを挟む
上司に無理難題を強いられた。
「夜会に出席してダンスを踊って来い」と。
正直言って、騎士になった自分に社交の類は必要ないと思っている。剣の鍛錬は欠かしたことはないが、自分が何者になるのかわからなかった伯爵家の三男としては必須だったダンスの練習など、とうの昔にやめてしまっている。
だけど、上司である騎士団副団長の言い分は違った。
俺が過度に女性を苦手としているのは、今後騎士としての職務の支障になりかねないと言うのだ。
それを払拭するための、「夜会でのダンス」。
いや、面白がっているだけだろ、とは流石に上司に向かって言えなかった。
仕方なく手頃な夜会に出席した。
ただの参加者としては、久しぶりの夜会だ。騎士団の中には、社交のため普段から夜会に出席している者もいるが、俺は騎士になってからは全く出席していなかった。
服装は騎士の正装で問題ない。夜会用の衣装など既にサイズが合わなくなっているし、女性ほどではなくとも流行というものもあるし。
夜会に出席してダンスを踊る。
そう難しい話ではない、と自分に言い聞かせる。会場にいる女性に声をかけて一曲お相手いただくだけのことだ。
同僚たちには調子に乗っていると言われてしまうが、母親譲りの俺の見た目は良い方なのだと思う。その見目だけに興味を示し、過度に化粧や香水の臭いを撒き散らせながら言い寄ってくる女性に対して、どうしても苦手意識はあるが、踊るくらい俺にだってできる。できるはず。相手に恥をかかせてはいけないので、ダンスの復習はしてきた。難しい曲でなければ、無難には踊れるだろう。
エスコートしてきた相手もいないし、そもそも知り合いのご令嬢などいない。誰かからの誘いを待っているような女性がいないか、会場を見渡す。
騎士の職務の一環で行っている夜会の警備担当として見るのとは違う世界のそこには、華やかに着飾った女性たちが溢れるほど存在しているが、エスコートしている男性が隣にいたり、複数で固まって談笑していたり、と声をかけるハードルはかなり高い。
そもそもこういった場に苦手意識があって目指した騎士でもあるのだ。上司も酷いことを強いる。
いや、負けてなるものか、と自分を鼓舞して顔を上げた先、壁を背に遠くに視線を向ける女性が目に入る。
凛としたその立ち姿は、例えが適当ではないのかも知れないが、戦いに挑まんとする騎士に通じるものがあって、勝手に親近感を覚える。
一部を残し結い上げられた、さらさらと流れる水のような白銀の髪。遠目に見える瞳は、貴石のような紫色。固く引き締められた口元は淡い桃色で、透き通るように白い肌の上で控えめに主張している。
女性の美醜に疎い俺でも、とても美しい人だと思った。
その女性は、一人きりだった。周りにはエスコートする者も歓談する者もいない。その様子に、何か訳ありだと気付けば良かったのだが、俺の足は既にそちらに向かって踏み出していた。
「失礼いたします」
その女性に声をかけると、周りの喧騒が一瞬静かになる。俺はその時、彼女が周りから一定の距離を置かれ、注目されていたことに気付く。
今更後には引けないので、女性のリアクションを待つが、彼女はこちらを見ようともしない。まずい相手に声をかけてしまったと後悔しながら、聞こえていなかったのかもと思いもう一度声をかける。一瞬肩を震わせただけの彼女に代わるように、周囲から密やかに悪意のこもった声が聞こえてくる。
「せっかく声をかけていただいているのに、答えもしないなんて、本当に思い上がっているのね」
「姉が王太子殿下の婚約者だからって、自分が偉くなった訳ではないのに」
「騎士風情が声をかけるなとでも思っているのかしら」
聞こえてくる話が本当なら、少し問題のある女性のようだ。潔く断られて、他の女性に声をかけることにしようと、彼女の前に回り込んだ。
「私と踊っていただけないでしょうか?」
そう声をかけたが、リアクションはない。先程までまっすぐに前を向いていた視線は足元を彷徨っている。
そう思っていたら、何かに耐えかねたように彼女はいきなり立ち去ろうとした。急な動きに側にいた給仕にぶつかりそうになる。
咄嗟に手が出て、彼女の腕を掴んだ。
「離してっ!」
鋭い悲鳴のような拒絶に、慌てて手を放す。振り返りもせず、走り去る彼女を呆気に取られながら見送る。
確かに、断りもなく淑女の腕に触れたのは不躾だったかも知れないが、過度な拒絶に傷付きもしたし、怒りさえ湧いてきた。
周りからの彼女を非難する声も、彼女に声をかけた自分に向けられたもののようで、気分が悪かった。
「夜会に出席してダンスを踊って来い」と。
正直言って、騎士になった自分に社交の類は必要ないと思っている。剣の鍛錬は欠かしたことはないが、自分が何者になるのかわからなかった伯爵家の三男としては必須だったダンスの練習など、とうの昔にやめてしまっている。
だけど、上司である騎士団副団長の言い分は違った。
俺が過度に女性を苦手としているのは、今後騎士としての職務の支障になりかねないと言うのだ。
それを払拭するための、「夜会でのダンス」。
いや、面白がっているだけだろ、とは流石に上司に向かって言えなかった。
仕方なく手頃な夜会に出席した。
ただの参加者としては、久しぶりの夜会だ。騎士団の中には、社交のため普段から夜会に出席している者もいるが、俺は騎士になってからは全く出席していなかった。
服装は騎士の正装で問題ない。夜会用の衣装など既にサイズが合わなくなっているし、女性ほどではなくとも流行というものもあるし。
夜会に出席してダンスを踊る。
そう難しい話ではない、と自分に言い聞かせる。会場にいる女性に声をかけて一曲お相手いただくだけのことだ。
同僚たちには調子に乗っていると言われてしまうが、母親譲りの俺の見た目は良い方なのだと思う。その見目だけに興味を示し、過度に化粧や香水の臭いを撒き散らせながら言い寄ってくる女性に対して、どうしても苦手意識はあるが、踊るくらい俺にだってできる。できるはず。相手に恥をかかせてはいけないので、ダンスの復習はしてきた。難しい曲でなければ、無難には踊れるだろう。
エスコートしてきた相手もいないし、そもそも知り合いのご令嬢などいない。誰かからの誘いを待っているような女性がいないか、会場を見渡す。
騎士の職務の一環で行っている夜会の警備担当として見るのとは違う世界のそこには、華やかに着飾った女性たちが溢れるほど存在しているが、エスコートしている男性が隣にいたり、複数で固まって談笑していたり、と声をかけるハードルはかなり高い。
そもそもこういった場に苦手意識があって目指した騎士でもあるのだ。上司も酷いことを強いる。
いや、負けてなるものか、と自分を鼓舞して顔を上げた先、壁を背に遠くに視線を向ける女性が目に入る。
凛としたその立ち姿は、例えが適当ではないのかも知れないが、戦いに挑まんとする騎士に通じるものがあって、勝手に親近感を覚える。
一部を残し結い上げられた、さらさらと流れる水のような白銀の髪。遠目に見える瞳は、貴石のような紫色。固く引き締められた口元は淡い桃色で、透き通るように白い肌の上で控えめに主張している。
女性の美醜に疎い俺でも、とても美しい人だと思った。
その女性は、一人きりだった。周りにはエスコートする者も歓談する者もいない。その様子に、何か訳ありだと気付けば良かったのだが、俺の足は既にそちらに向かって踏み出していた。
「失礼いたします」
その女性に声をかけると、周りの喧騒が一瞬静かになる。俺はその時、彼女が周りから一定の距離を置かれ、注目されていたことに気付く。
今更後には引けないので、女性のリアクションを待つが、彼女はこちらを見ようともしない。まずい相手に声をかけてしまったと後悔しながら、聞こえていなかったのかもと思いもう一度声をかける。一瞬肩を震わせただけの彼女に代わるように、周囲から密やかに悪意のこもった声が聞こえてくる。
「せっかく声をかけていただいているのに、答えもしないなんて、本当に思い上がっているのね」
「姉が王太子殿下の婚約者だからって、自分が偉くなった訳ではないのに」
「騎士風情が声をかけるなとでも思っているのかしら」
聞こえてくる話が本当なら、少し問題のある女性のようだ。潔く断られて、他の女性に声をかけることにしようと、彼女の前に回り込んだ。
「私と踊っていただけないでしょうか?」
そう声をかけたが、リアクションはない。先程までまっすぐに前を向いていた視線は足元を彷徨っている。
そう思っていたら、何かに耐えかねたように彼女はいきなり立ち去ろうとした。急な動きに側にいた給仕にぶつかりそうになる。
咄嗟に手が出て、彼女の腕を掴んだ。
「離してっ!」
鋭い悲鳴のような拒絶に、慌てて手を放す。振り返りもせず、走り去る彼女を呆気に取られながら見送る。
確かに、断りもなく淑女の腕に触れたのは不躾だったかも知れないが、過度な拒絶に傷付きもしたし、怒りさえ湧いてきた。
周りからの彼女を非難する声も、彼女に声をかけた自分に向けられたもののようで、気分が悪かった。
104
あなたにおすすめの小説
ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた
玉菜きゃべつ
恋愛
確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。
なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話
【完結】遅いのですなにもかも
砂礫レキ
恋愛
昔森の奥でやさしい魔女は一人の王子さまを助けました。
王子さまは魔女に恋をして自分の城につれかえりました。
数年後、王子さまは隣国のお姫さまを好きになってしまいました。
【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。
西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。
私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。
それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」
と宣言されるなんて・・・
駄犬の話
毒島醜女
恋愛
駄犬がいた。
不幸な場所から拾って愛情を与えたのに裏切った畜生が。
もう思い出すことはない二匹の事を、令嬢は語る。
※かわいそうな過去を持った不幸な人間がみんな善人というわけじゃないし、何でも許されるわけじゃねえぞという話。
真実の愛の祝福
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
皇太子フェルナンドは自らの恋人を苛める婚約者ティアラリーゼに辟易していた。
だが彼と彼女は、女神より『真実の愛の祝福』を賜っていた。
それでも強硬に婚約解消を願った彼は……。
カクヨム、小説家になろうにも掲載。
筆者は体調不良なことも多く、コメントなどを受け取らない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
運命の強制力が働いたと判断したので、即行で断捨離します
下菊みこと
恋愛
悲恋になるのかなぁ…ほぼお相手の男が出番がないですが、疑心暗鬼の末の誤解もあるとはいえ裏切られて傷ついて結果切り捨てて勝ちを拾いに行くお話です。
ご都合主義の多分これから未来は明るいはずのハッピーエンド?ビターエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
誤解ありきのアレコレだからあんまり読後感は良くないかも…でもよかったらご覧ください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる