嫌われ令嬢とダンスを

鳴哉

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嫌われ令嬢とダンスを

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 上司に無理難題を強いられた。
 「夜会に出席してダンスを踊って来い」と。

 正直言って、騎士になった自分に社交の類は必要ないと思っている。剣の鍛錬は欠かしたことはないが、自分が何者になるのかわからなかった伯爵家の三男としては必須だったダンスの練習など、とうの昔にやめてしまっている。

 だけど、上司である騎士団副団長の言い分は違った。
 俺が過度に女性を苦手としているのは、今後騎士としての職務の支障になりかねないと言うのだ。
 それを払拭するための、「夜会でのダンス」。
 いや、面白がっているだけだろ、とは流石に上司に向かって言えなかった。


 仕方なく手頃な夜会に出席した。
 ただの参加者としては、久しぶりの夜会だ。騎士団の中には、社交のため普段から夜会に出席している者もいるが、俺は騎士になってからは全く出席していなかった。
 服装は騎士の正装で問題ない。夜会用の衣装など既にサイズが合わなくなっているし、女性ほどではなくとも流行というものもあるし。

 夜会に出席してダンスを踊る。

 そう難しい話ではない、と自分に言い聞かせる。会場にいる女性に声をかけて一曲お相手いただくだけのことだ。
 同僚たちには調子に乗っていると言われてしまうが、母親譲りの俺の見た目は良い方なのだと思う。その見目だけに興味を示し、過度に化粧や香水の臭いを撒き散らせながら言い寄ってくる女性に対して、どうしても苦手意識はあるが、踊るくらい俺にだってできる。できるはず。相手に恥をかかせてはいけないので、ダンスの復習はしてきた。難しい曲でなければ、無難には踊れるだろう。

 エスコートしてきた相手もいないし、そもそも知り合いのご令嬢などいない。誰かからの誘いを待っているような女性がいないか、会場を見渡す。
 騎士の職務の一環で行っている夜会の警備担当として見るのとは違う世界のそこには、華やかに着飾った女性たちが溢れるほど存在しているが、エスコートしている男性が隣にいたり、複数で固まって談笑していたり、と声をかけるハードルはかなり高い。
 そもそもこういった場に苦手意識があって目指した騎士でもあるのだ。上司も酷いことを強いる。

 いや、負けてなるものか、と自分を鼓舞して顔を上げた先、壁を背に遠くに視線を向ける女性が目に入る。
 凛としたその立ち姿は、例えが適当ではないのかも知れないが、戦いに挑まんとする騎士に通じるものがあって、勝手に親近感を覚える。

 一部を残し結い上げられた、さらさらと流れる水のような白銀の髪。遠目に見える瞳は、貴石のような紫色。固く引き締められた口元は淡い桃色で、透き通るように白い肌の上で控えめに主張している。

 女性の美醜に疎い俺でも、とても美しい人だと思った。

 その女性は、一人きりだった。周りにはエスコートする者も歓談する者もいない。その様子に、何か訳ありだと気付けば良かったのだが、俺の足は既にそちらに向かって踏み出していた。


「失礼いたします」

 その女性に声をかけると、周りの喧騒が一瞬静かになる。俺はその時、彼女が周りから一定の距離を置かれ、注目されていたことに気付く。
 今更後には引けないので、女性のリアクションを待つが、彼女はこちらを見ようともしない。まずい相手に声をかけてしまったと後悔しながら、聞こえていなかったのかもと思いもう一度声をかける。一瞬肩を震わせただけの彼女に代わるように、周囲から密やかに悪意のこもった声が聞こえてくる。

「せっかく声をかけていただいているのに、答えもしないなんて、本当に思い上がっているのね」

「姉が王太子殿下の婚約者だからって、自分が偉くなった訳ではないのに」

「騎士風情が声をかけるなとでも思っているのかしら」

 聞こえてくる話が本当なら、少し問題のある女性のようだ。潔く断られて、他の女性に声をかけることにしようと、彼女の前に回り込んだ。

「私と踊っていただけないでしょうか?」

 そう声をかけたが、リアクションはない。先程までまっすぐに前を向いていた視線は足元を彷徨っている。

 そう思っていたら、何かに耐えかねたように彼女はいきなり立ち去ろうとした。急な動きに側にいた給仕にぶつかりそうになる。
 咄嗟に手が出て、彼女の腕を掴んだ。

「離してっ!」

 鋭い悲鳴のような拒絶に、慌てて手を放す。振り返りもせず、走り去る彼女を呆気に取られながら見送る。

 確かに、断りもなく淑女の腕に触れたのは不躾だったかも知れないが、過度な拒絶に傷付きもしたし、怒りさえ湧いてきた。
 周りからの彼女を非難する声も、彼女に声をかけた自分に向けられたもののようで、気分が悪かった。




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