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「今日のお昼は、庭で食事をしないか?」
朝起きて身支度をしながら、ロウガが言った。
領主を補佐する仕事で忙しい彼が、昼食にわざわざ誘ってくれたのは珍しい。そもそも1日3食、いつも一緒に食べてはいるが、昼食は簡単なものを彼の執務室に持ち込み、さっと済ませることが多い。
いつも一緒に食事してくれるのは、孤立無縁の私への配慮。私には過ぎた優しい夫だと思う。
是非もなく了承すると、彼は端正な顔にさらに麗しい笑みを乗せて「せっかくだから、おめかししてきて」と、片目を瞑った。
そういった仕草が嫌味にならないところが、彼のすごいところのひとつだと思う。
私は彼から贈られたけれど、なかなか着る機会のないドレスとアクセサリーを頭の中で見繕いながら、彼を見送った。
昼食時。
ロウガから伝えられていた東屋へ向かうと、既に彼は待ってくれていた。
「遅くなり、申し訳ありませんっ」
忙しい彼を待たせてしまったことに慌てて席に着こうとすると、ロウガはわざわざ立ち上がり、私の手を取り口付ける。
「謝る必要は全くないよ。こんなに綺麗に装って来てくれたのに」
二人きり以外の時にこんな甘い態度を取る彼を珍しく思いながら、まだ慣れない私はドキドキする胸を抑えられず、赤面する。
周りには給仕を担当する数人が控えていて、彼と私が座り直したのに合わせてテーブルに食事を並べ始めた。
「私が選んだそのドレスもネックレスも、とても似合っている」
向かいで微笑むロウガは、彼が選んでくれた中でも今日着ているドレスの差し色やアクセサリーの輝石の色が、彼を想起させるものであることに気付いているだろうか。
彼は特に意識せず贈ってくれたのだろうけれど、これを選んで身につけたのは、私の意志。私は彼のものでありたい。……叶うならば、唯一の。
「失礼いたします」
私の前にお皿を置いた女性の声に聞き覚えがあって、思わず息を呑む。顔を上げて確認できなかったけど、間違いない。
ララ様だ。
どうしてここに彼女がいて、給仕などしているのか。緊張して動けなくなりそうな自分を心の中で叱咤する。
気付くと彼女の手も僅かに震えている。
彼女の手が怒りの余り震えるのも当然だ。
本来ならば、ロウガとこんな風に昼食を共にするのは、彼女のはずだったのだから。
胸が痛い。
彼と彼女の心情を思って。
でも、痛いのはその理由だけではないとも気付いている。
私は、彼女の羨む立場にありながら、彼女を羨んでいるのだ。
ロウガと心を通わせているララ様を。
「リンカ」
名を呼ばれて、いつの間にか伏せていた顔を慌てて上げる。目の前のロウガは、少し硬い表情で溜息をついた。
「紹介しておこう。ララ、こちらへ」
心臓が嫌な音を立てた。
ララ様がテーブルの近くまでゆっくりと進み出てくる。
まさか、ロウガは私に、彼女を恋人だと紹介する気なの?
本当に愛しているのは彼女だから、これからも関係を続ける、と宣言するつもり?
私たちは所詮、政略結婚をさせられた同志でしかないのだから、恋人の存在くらい、受け入れなければいけないと思っていた。
だけど、直接それを告げられる心の準備はまだできていなかった。
「申し訳ございませんでした!!」
嫌な想像しか出来ず、動けなくなってしまった私の前で、ララ様が勢いよく頭を下げた。
何が起こったのか分からなかった。
ララ様が私に謝罪?
「昨日、リンカ様に申し上げたことは、全て嘘でございます。私はロウガ様と結婚する約束などしておらず、お付き合いしていた事実もございません。私が一方的にロウガ様をお慕い申し上げていただけにございます。
お、恐れながら、ロウガ様がリンカ様を疎んじているという噂を聞いて、付け入る隙があるのかもと浅ましいことを考えた故にございます。リンカ様に対して大変ご無礼を申し上げました!」
頭を下げたまま言い募る彼女は、ガタガタと体を振るわせていた。震えていたのは、怒りではなく恐れ?
確かに冷静に考えれば、当主の息子に横恋慕してその妻に嘘をつき罵声を浴びせたとなれば、何らかの罰は下されるべき言動だ。
私は事を荒立てたくなくて黙っていたけれど、ロウガの耳に入ってしまったのか。彼が知れば、何らかの対処をせざるを得ず、こんなことに。
今日の昼食をここで取ることにして、ララ様に給仕をさせたのは、私たちの不仲説を払拭するためでもあったのか。
「リンカ、すまない。君は受け流してくれようとしたのだろうけど、私は見過ごせなかった」
そう言って、ロウガはララ様のことを親戚筋の娘だと説明した。年が近いせいで、ロウガの結婚相手と身内たちが勝手に見込んでいたこと、それを本人やその親たちもまに受けていたことも。
「そうだったのですね」
自分の口から言葉が溢れた途端、胸の中に安堵が広がっていく。
「誤解は解けただろうか?」
ロウガの硬い表情が和らいだ。
「はい」
私が返事をすると、ロウガは手を伸ばして私の手を包むように握った。
「私の妻はリンカだけだ」
胸にまた別の温かいものが広がっていくのを実感して、私はもう一度「はい」と返したのだった。
「では、私たち夫婦と娘のララは、鉱山の村行きは免れるのですね?」
「ああ、娘がちゃんと本当のことを説明したうえで謝罪し、それを妻が受け入れたからな」
親戚の男はぺこぺこと頭を下げ謝罪し、執務室から出て行った。
妻のリンカに対する風当たりの強さには気付いている。長年のセイ家とトウ家の確執は、そう簡単に割り切れるものではない。
だけど、それをリンカ個人にあたるのは筋違いだ。この結婚を決めたのは、セイ家の当主なのだから、文句があるなら父に言えばいい。
なのに、物分かりの良過ぎるリンカは、それを当たり前のものとして受け流してしまう。
受け流したからといって、彼女が傷付かない訳ではないのに。
だから、私は当主の息子、次期当主の権限で、彼女を不当に扱う者たちを悉く排除する。
ある者は、領地の北端にある鉱山の村へ送り、ある者は、領地の南端にある過疎化が進む村へと送る。血縁の者であろうが、侍女として雇用した者であろうが、分け隔てなく。
この領都でなくてもそれぞれの場所に必要な仕事がある。ただ、皆余り行きたがらないだけで。
今回ももちろん、わざと聞こえるように偽りの話をリンカに聞かせた奴らは、左遷済みだ。
ただ、ララという娘はそのまま姿を消させてお終いにはできなかった。
排除するのは簡単だけど、それだと妻は私とあの娘の仲を誤解したままになるからだ。
ララの父親に鉱山行きをちらつかせ、彼女からリンカに直接謝罪させた。リンカの強張った表情が緩み、誤解が解けたのは確認できたので、もう用はない。行き先は鉱山以外にもいくらでもある。勝手に娘を私の婚約者気取りで振舞わさせ、それを容認した事、ただで済ますつもりはない。
だけど、リンカに気付かせないうちに彼女を軽んじる奴らの全てを排除してしまうつもりだったのに、今回の体たらく。彼女を深く傷付けてしまった自分の力不足を実感したのだった。
朝起きて身支度をしながら、ロウガが言った。
領主を補佐する仕事で忙しい彼が、昼食にわざわざ誘ってくれたのは珍しい。そもそも1日3食、いつも一緒に食べてはいるが、昼食は簡単なものを彼の執務室に持ち込み、さっと済ませることが多い。
いつも一緒に食事してくれるのは、孤立無縁の私への配慮。私には過ぎた優しい夫だと思う。
是非もなく了承すると、彼は端正な顔にさらに麗しい笑みを乗せて「せっかくだから、おめかししてきて」と、片目を瞑った。
そういった仕草が嫌味にならないところが、彼のすごいところのひとつだと思う。
私は彼から贈られたけれど、なかなか着る機会のないドレスとアクセサリーを頭の中で見繕いながら、彼を見送った。
昼食時。
ロウガから伝えられていた東屋へ向かうと、既に彼は待ってくれていた。
「遅くなり、申し訳ありませんっ」
忙しい彼を待たせてしまったことに慌てて席に着こうとすると、ロウガはわざわざ立ち上がり、私の手を取り口付ける。
「謝る必要は全くないよ。こんなに綺麗に装って来てくれたのに」
二人きり以外の時にこんな甘い態度を取る彼を珍しく思いながら、まだ慣れない私はドキドキする胸を抑えられず、赤面する。
周りには給仕を担当する数人が控えていて、彼と私が座り直したのに合わせてテーブルに食事を並べ始めた。
「私が選んだそのドレスもネックレスも、とても似合っている」
向かいで微笑むロウガは、彼が選んでくれた中でも今日着ているドレスの差し色やアクセサリーの輝石の色が、彼を想起させるものであることに気付いているだろうか。
彼は特に意識せず贈ってくれたのだろうけれど、これを選んで身につけたのは、私の意志。私は彼のものでありたい。……叶うならば、唯一の。
「失礼いたします」
私の前にお皿を置いた女性の声に聞き覚えがあって、思わず息を呑む。顔を上げて確認できなかったけど、間違いない。
ララ様だ。
どうしてここに彼女がいて、給仕などしているのか。緊張して動けなくなりそうな自分を心の中で叱咤する。
気付くと彼女の手も僅かに震えている。
彼女の手が怒りの余り震えるのも当然だ。
本来ならば、ロウガとこんな風に昼食を共にするのは、彼女のはずだったのだから。
胸が痛い。
彼と彼女の心情を思って。
でも、痛いのはその理由だけではないとも気付いている。
私は、彼女の羨む立場にありながら、彼女を羨んでいるのだ。
ロウガと心を通わせているララ様を。
「リンカ」
名を呼ばれて、いつの間にか伏せていた顔を慌てて上げる。目の前のロウガは、少し硬い表情で溜息をついた。
「紹介しておこう。ララ、こちらへ」
心臓が嫌な音を立てた。
ララ様がテーブルの近くまでゆっくりと進み出てくる。
まさか、ロウガは私に、彼女を恋人だと紹介する気なの?
本当に愛しているのは彼女だから、これからも関係を続ける、と宣言するつもり?
私たちは所詮、政略結婚をさせられた同志でしかないのだから、恋人の存在くらい、受け入れなければいけないと思っていた。
だけど、直接それを告げられる心の準備はまだできていなかった。
「申し訳ございませんでした!!」
嫌な想像しか出来ず、動けなくなってしまった私の前で、ララ様が勢いよく頭を下げた。
何が起こったのか分からなかった。
ララ様が私に謝罪?
「昨日、リンカ様に申し上げたことは、全て嘘でございます。私はロウガ様と結婚する約束などしておらず、お付き合いしていた事実もございません。私が一方的にロウガ様をお慕い申し上げていただけにございます。
お、恐れながら、ロウガ様がリンカ様を疎んじているという噂を聞いて、付け入る隙があるのかもと浅ましいことを考えた故にございます。リンカ様に対して大変ご無礼を申し上げました!」
頭を下げたまま言い募る彼女は、ガタガタと体を振るわせていた。震えていたのは、怒りではなく恐れ?
確かに冷静に考えれば、当主の息子に横恋慕してその妻に嘘をつき罵声を浴びせたとなれば、何らかの罰は下されるべき言動だ。
私は事を荒立てたくなくて黙っていたけれど、ロウガの耳に入ってしまったのか。彼が知れば、何らかの対処をせざるを得ず、こんなことに。
今日の昼食をここで取ることにして、ララ様に給仕をさせたのは、私たちの不仲説を払拭するためでもあったのか。
「リンカ、すまない。君は受け流してくれようとしたのだろうけど、私は見過ごせなかった」
そう言って、ロウガはララ様のことを親戚筋の娘だと説明した。年が近いせいで、ロウガの結婚相手と身内たちが勝手に見込んでいたこと、それを本人やその親たちもまに受けていたことも。
「そうだったのですね」
自分の口から言葉が溢れた途端、胸の中に安堵が広がっていく。
「誤解は解けただろうか?」
ロウガの硬い表情が和らいだ。
「はい」
私が返事をすると、ロウガは手を伸ばして私の手を包むように握った。
「私の妻はリンカだけだ」
胸にまた別の温かいものが広がっていくのを実感して、私はもう一度「はい」と返したのだった。
「では、私たち夫婦と娘のララは、鉱山の村行きは免れるのですね?」
「ああ、娘がちゃんと本当のことを説明したうえで謝罪し、それを妻が受け入れたからな」
親戚の男はぺこぺこと頭を下げ謝罪し、執務室から出て行った。
妻のリンカに対する風当たりの強さには気付いている。長年のセイ家とトウ家の確執は、そう簡単に割り切れるものではない。
だけど、それをリンカ個人にあたるのは筋違いだ。この結婚を決めたのは、セイ家の当主なのだから、文句があるなら父に言えばいい。
なのに、物分かりの良過ぎるリンカは、それを当たり前のものとして受け流してしまう。
受け流したからといって、彼女が傷付かない訳ではないのに。
だから、私は当主の息子、次期当主の権限で、彼女を不当に扱う者たちを悉く排除する。
ある者は、領地の北端にある鉱山の村へ送り、ある者は、領地の南端にある過疎化が進む村へと送る。血縁の者であろうが、侍女として雇用した者であろうが、分け隔てなく。
この領都でなくてもそれぞれの場所に必要な仕事がある。ただ、皆余り行きたがらないだけで。
今回ももちろん、わざと聞こえるように偽りの話をリンカに聞かせた奴らは、左遷済みだ。
ただ、ララという娘はそのまま姿を消させてお終いにはできなかった。
排除するのは簡単だけど、それだと妻は私とあの娘の仲を誤解したままになるからだ。
ララの父親に鉱山行きをちらつかせ、彼女からリンカに直接謝罪させた。リンカの強張った表情が緩み、誤解が解けたのは確認できたので、もう用はない。行き先は鉱山以外にもいくらでもある。勝手に娘を私の婚約者気取りで振舞わさせ、それを容認した事、ただで済ますつもりはない。
だけど、リンカに気付かせないうちに彼女を軽んじる奴らの全てを排除してしまうつもりだったのに、今回の体たらく。彼女を深く傷付けてしまった自分の力不足を実感したのだった。
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