霊和怪異譚 野花と野薔薇

野花マリオ

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野花怪異談集全100話

99話「黒魂(くろだま)」

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「1」ーー目覚めーー

 天井に、何かが浮いていた。

 黒い丸い塊。ゴルフボールほどの大きさで、ゆらゆらと静かに漂っている。
 私はベッドの中でぼんやりとそれを見つめ、右手を伸ばした。

 ――バチッ。

 指先が触れた瞬間、弾けるような衝撃とともに、視界が真っ暗になった。

 ⸻

「2」ーー高樹家の朝ーー

 「瑞希ー、ごはんよー!」

 母の声に目を覚ます。私はベッドから身体を起こして軽く伸びをした。
 そして――。

 天井の“それ”は、バスケットボールほどに成長していた。

 無言のまま、そいつはゆっくりと私の動きに合わせて漂う。
 ドアを開けても、階段を降りても、ぴたりと私の真上に留まり続けていた。

 ⸻

「3」ーー誰にも見えないーー

 「いただきます」

 父と母と並んで食べる朝食の間中、“それ”は私の頭の上に浮いていた。

 母も父も、何も言わない。どうやら私にしか見えないらしい。

 箸を進めながら、ときどき目線だけでそいつを見る。無音のまま、ただそこに在る。
 触れようとすると、指はすり抜ける。なのに、確かに“重い”存在感があった。

 ⸻

「4」ーー霊視ーー

 「行ってきます」

 自転車で野花高校に向かう道中も、例の黒い塊は一定の距離を保ちながら、私を追ってきた。

 教室でお昼の時間、私は同じクラスの黒木あかねに事情を話し、霊視してもらった。

 「それ、“黒魂(くろだま)”って言うのよ」

 「黒魂……?」

 「人の感情の澱。魂の抜け殻みたいなものに、霊的な虫が群がってるの。大丈夫、生きてる人間に直接の害はないわ。だいたいは数日で消えるの」

 「ほんとに?」

 「ただ、もし増殖してきたら、気をつけてね。魂の中心に根を張ろうとするから」

 私は曖昧に笑って、それ以上は深く聞かなかった。

 ⸻

「5」ーー捕食ーー

 その夜、私は眠っていた――はずだった。

 けたたましいビチビチという音で目を覚ますと、暗闇の天井に“それ”がいた。
 そこから伸びた無数の触手のようなものが、私の身体へと伸びていた。

 「やだ……!」

 叫ぼうとしたが声が出ない。身体が動かない。
 そのとき、自分の身体がベッドの上で眠っているのが見えた。

 私の魂は浮き上がっていたのだ。

 次の瞬間、“それ”が私を呑みこんだ。光も、音も、意識も、すべてが闇に溶けていった。

 ⸻

「6」ーー彼女の部屋でーー

 「……どう、瑞希の様子は?」

 ベッドに横たわる瑞希を見守る母親の声が震えている。
 傍らの黒木あかねは霊視の結果、静かに首を横に振った。

 「魂が……喰われています」

 母親は崩れ落ちるように泣き伏した。

 部屋の天井には、黒く、丸い塊が浮かんでいた。
 人間ひとり分ほどのサイズになったそれは、ビチビチと音を立てながら、静かに揺れていた。

 ⸻

 黒魂(くろだま) 完
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