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八木怪異談集全18話
13話「子猫のワル通ー2 八木楓視点side」
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1
ーー「10年前、石山県・旧八木家屋敷」ーー
石山県には奇妙な伝承があった。町を包むように、いつも湿った空気と灰色の雲が低く垂れ込める。そしてその中央にある旧家、八木家は、代々この地を“語り”によって治めてきた。
古びた屋敷には、雨音を吸い込んだ木材の匂いが染みついていた。昭和初期に建てられたその屋敷は、すでにひとつの時代の影を内包していた。
「もう一度、最初からやり直しなさい」
母・**八木美月(やぎ みづき)の声は冷たく、鋭い。娘の楓(かえで)**は、小さな手をきゅっと握りしめる。
「あれは……そう、私が体験した……」
「違う。感情が抜けてる。八木の語りは、怪異を“語る”ことで現実にするの。覚悟を持って語りなさい」
八木家は“怪異を語り、統べる”家系。八年に一度、石山県の支配権をかけた怪異談合戦が開かれる。美月はその全てに勝ち続けてきた。だからこそ、娘・楓に対しても容赦はなかった。
「……はい、お母様」
ただ、楓の心は、幼いながらに静かに削られていた。誰にも褒められず、愛されている実感もないまま、ただ“語り手”としての鍛錬を続ける日々。
彼女には、友達がいなかった。
⸻
2
孤独に苛まれた楓は、やがて鏡の中にだけ、語りかける“誰か”の姿を見出すようになる。
「ねぇ、カエデちゃん。今日の語り、上手だった?」
「……うん、楓ちゃんはすごく上手だったよ」
それは、自分自身の映り込み。しかし楓には、鏡の中の“もうひとりのカエデ”が、唯一の友達だった。現実の誰にも打ち明けられない不安や寂しさも、カエデだけには話せた。
楓が“語り”から解放されるのは、母が別室で八木家の儀式文書に没頭する時間だけ。鏡の前で、ひそやかな秘密の遊びが続いていた。
⸻
3
ーー「八木夫妻の寝室」ーー
「ねぇ……楓、最近変じゃない?」
夜、美月は夫の**鮫長(さめなが)**に語りかける。
「どう変なんだい?」
「いつも鏡の前でひとり言を。……“カエデちゃん”と喋ってるの」
「空想遊びの一種では?でも……少し自由にさせてあげた方がいいのかもしれませんね。厳しすぎたのかも」
美月は黙り込む。胸に残るのは、次期当主としての期待と、母としての罪悪感。その夜、決断を下すことはなかった。だが――その迷いが、怪異の“隙”を生んでしまった。
⸻
4
それは、湿った雨の晩。
両親は妹・瑠奈を病院へ連れて行き、楓はひとりで留守番をしていた。洗面台の鏡の前で、いつものように“カエデ”と会話していたその時――
「じゃあ、次は楓ちゃんの番ね」
「うん……そろそろ寝る時間だから……」
楓が立ち上がろうとした瞬間――
ガシッ。
「!?っ」
鏡の中から、もう一人のカエデの手が飛び出し、楓の腕を強くつかんだ。
「遊ぼうよ、もっともっと……一緒に遊ぼうよ、ずっと……」
カエデの声が、耳元でささやくように繰り返される。鏡の中の“もうひとりの自分”は、もはやただの幻ではなかった。
「はなして!! やだやだやだ!!」
楓の叫び声が屋敷中に響き渡る。帰宅した美月はその声を聞き、洗面所に駆け込む。
その光景に、背筋が凍った。
「楓!」
咄嗟に鏡を拳で叩き割り、少女を引き離した。
「お母様ぁぁ!!」
泣きじゃくる楓を、はじめて美月は優しく抱きしめた。
「もう、いいのよ……あなたは、もう一人じゃないわ」
その夜を境に、美月はすべてを変えた。
⸻
5
ーー「八木家・夜」ーー
「……やはり、厳しすぎたのね」
「私たちが“語り”に縛られて、娘の声を聞けてなかったのかもしれません」
その晩、寝室に小さなノックの音が響いた。
「……一緒に、寝てもいいですか?」
楓は、小さな山羊のぬいぐるみを抱えていた。
「いらっしゃい」
母は微笑み、布団の端をめくった。楓はすっと潜り込んで、安心したように眠りについた。
瑠奈もあとからやってきて、静かな夜が訪れた。はじめて家族四人が、ひとつの“夢”を見る夜だった。
⸻
6
ーー「10年後」ーー
「はっ……寝てた?」
家事の合間、こたつでうたた寝してしまった美月は、ふと昔の夢を見ていたことに気づく。だが詳細は霞んでいて、思い出せない。
夕方、鮫長と居候の虫男が帰宅してくる。
「美月、またイタズラされたわよ」
「え?なに?」
洗面台へ行くと、鏡にはクレヨンで描かれた落書きが。誰かが、へんな顔を描いている。
「まったく……やったわね?」
美月は思わず微笑む。かつて鏡に引きずり込まれそうになったあの少女も、今では立派な“語り手”に育ちつつある。
そんな美月はピリッと静電気を発生してイタズラした子猫さんたちの部屋に向かった。
そんな子猫のワル通ーー。
子猫のワル通ー2八木楓視点side 完
ーー「10年前、石山県・旧八木家屋敷」ーー
石山県には奇妙な伝承があった。町を包むように、いつも湿った空気と灰色の雲が低く垂れ込める。そしてその中央にある旧家、八木家は、代々この地を“語り”によって治めてきた。
古びた屋敷には、雨音を吸い込んだ木材の匂いが染みついていた。昭和初期に建てられたその屋敷は、すでにひとつの時代の影を内包していた。
「もう一度、最初からやり直しなさい」
母・**八木美月(やぎ みづき)の声は冷たく、鋭い。娘の楓(かえで)**は、小さな手をきゅっと握りしめる。
「あれは……そう、私が体験した……」
「違う。感情が抜けてる。八木の語りは、怪異を“語る”ことで現実にするの。覚悟を持って語りなさい」
八木家は“怪異を語り、統べる”家系。八年に一度、石山県の支配権をかけた怪異談合戦が開かれる。美月はその全てに勝ち続けてきた。だからこそ、娘・楓に対しても容赦はなかった。
「……はい、お母様」
ただ、楓の心は、幼いながらに静かに削られていた。誰にも褒められず、愛されている実感もないまま、ただ“語り手”としての鍛錬を続ける日々。
彼女には、友達がいなかった。
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孤独に苛まれた楓は、やがて鏡の中にだけ、語りかける“誰か”の姿を見出すようになる。
「ねぇ、カエデちゃん。今日の語り、上手だった?」
「……うん、楓ちゃんはすごく上手だったよ」
それは、自分自身の映り込み。しかし楓には、鏡の中の“もうひとりのカエデ”が、唯一の友達だった。現実の誰にも打ち明けられない不安や寂しさも、カエデだけには話せた。
楓が“語り”から解放されるのは、母が別室で八木家の儀式文書に没頭する時間だけ。鏡の前で、ひそやかな秘密の遊びが続いていた。
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ーー「八木夫妻の寝室」ーー
「ねぇ……楓、最近変じゃない?」
夜、美月は夫の**鮫長(さめなが)**に語りかける。
「どう変なんだい?」
「いつも鏡の前でひとり言を。……“カエデちゃん”と喋ってるの」
「空想遊びの一種では?でも……少し自由にさせてあげた方がいいのかもしれませんね。厳しすぎたのかも」
美月は黙り込む。胸に残るのは、次期当主としての期待と、母としての罪悪感。その夜、決断を下すことはなかった。だが――その迷いが、怪異の“隙”を生んでしまった。
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それは、湿った雨の晩。
両親は妹・瑠奈を病院へ連れて行き、楓はひとりで留守番をしていた。洗面台の鏡の前で、いつものように“カエデ”と会話していたその時――
「じゃあ、次は楓ちゃんの番ね」
「うん……そろそろ寝る時間だから……」
楓が立ち上がろうとした瞬間――
ガシッ。
「!?っ」
鏡の中から、もう一人のカエデの手が飛び出し、楓の腕を強くつかんだ。
「遊ぼうよ、もっともっと……一緒に遊ぼうよ、ずっと……」
カエデの声が、耳元でささやくように繰り返される。鏡の中の“もうひとりの自分”は、もはやただの幻ではなかった。
「はなして!! やだやだやだ!!」
楓の叫び声が屋敷中に響き渡る。帰宅した美月はその声を聞き、洗面所に駆け込む。
その光景に、背筋が凍った。
「楓!」
咄嗟に鏡を拳で叩き割り、少女を引き離した。
「お母様ぁぁ!!」
泣きじゃくる楓を、はじめて美月は優しく抱きしめた。
「もう、いいのよ……あなたは、もう一人じゃないわ」
その夜を境に、美月はすべてを変えた。
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ーー「八木家・夜」ーー
「……やはり、厳しすぎたのね」
「私たちが“語り”に縛られて、娘の声を聞けてなかったのかもしれません」
その晩、寝室に小さなノックの音が響いた。
「……一緒に、寝てもいいですか?」
楓は、小さな山羊のぬいぐるみを抱えていた。
「いらっしゃい」
母は微笑み、布団の端をめくった。楓はすっと潜り込んで、安心したように眠りについた。
瑠奈もあとからやってきて、静かな夜が訪れた。はじめて家族四人が、ひとつの“夢”を見る夜だった。
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ーー「10年後」ーー
「はっ……寝てた?」
家事の合間、こたつでうたた寝してしまった美月は、ふと昔の夢を見ていたことに気づく。だが詳細は霞んでいて、思い出せない。
夕方、鮫長と居候の虫男が帰宅してくる。
「美月、またイタズラされたわよ」
「え?なに?」
洗面台へ行くと、鏡にはクレヨンで描かれた落書きが。誰かが、へんな顔を描いている。
「まったく……やったわね?」
美月は思わず微笑む。かつて鏡に引きずり込まれそうになったあの少女も、今では立派な“語り手”に育ちつつある。
そんな美月はピリッと静電気を発生してイタズラした子猫さんたちの部屋に向かった。
そんな子猫のワル通ーー。
子猫のワル通ー2八木楓視点side 完
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