霊和怪異譚 野花と野薔薇

野花マリオ

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野薔薇怪異談集全100話

93話「削鬼(けずき)」

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【1】

ーー鐘技高校・2年3組ーー

 終礼のチャイムが鳴ると、生徒たちはざわめきながら帰路や部活へと散っていく。

「ねぇ、今日このあとさ、駅前にできた新しい甘味処行かない?」
 そう声をかけたのは、クラスのムードメーカー・恵だった。

「いくわよ」「うまそう」「わしも行く」
 友紀たちは次々に賛同し、ワイワイと盛り上がる。

 だが──ひとりだけ首を横に振った者がいた。

「……あたいは今日はパスしとく」

「えぇぇ!? 食いしん坊番長の馬具野ちゃんが断るなんて!?」
 恵が盛大に目を見開いた。

 その名は馬具野絵瑠胃奈(ばぐの・えるいな)。
 並外れた食欲と巨体な大雑把な性格で知られていたが、その日ばかりは違った。

「今日はね……スケッチしたい気分なの。ごめん、また今度」

「……そっか、ならしょうがないね」
 恵はあっさりと引き下がり、馬具野はカバンにスケッチブックを入れ帰路についた。



【2】

ーー馬具野家ーー

 帰宅後すぐに部屋へ上がると、馬具野は鉛筆とスケッチブックを取り出した。
 彼女の画力は美術部顧問も驚くほど。とくに植物や鳥のスケッチは、まるで写真のようだと言われていた。

 今日描くのは「野薔薇」。
 細かな花弁の陰影をじっくり鉛筆で描き起こしていく。一本の鉛筆が削れ尽きると、使い慣れた鉛筆削りで丁寧に尖らせる。

 数時間後には、彼女の手元に繊細なスケッチが出来上がっていた。

 それをひと目見た母が言う。
「これ、玄関に飾ろうかしら」
「えー、恥ずかしいよ~……でも、いいよ」



 数日後、馬具野に小さな奇跡が起きた。
 SNSアニメ『PAKURINA』の公式キャンペーンで、彼女が応募していたグッズが当選したのだ。

「うおおおおおお!!やったー!!」
 あまりの喜びに、馬具野が雄叫びをあげた瞬間──

バキィィィン!!!

 部屋の窓ガラスが破裂音と共に砕け散った。
 その直後、怒鳴り込んできた母に正座させられる羽目となった。

 届いたのは、アニメコラボの特製鉛筆削り機だった。
 特徴は、6本同時に削れるという“超効率仕様”。
 普段から何十本も鉛筆を消費する馬具野にとっては、まさに神アイテムだった。

「……これで描き放題や!」



【3】

 その日から、馬具野のスケッチ生活は加速した。
 風景、動物、校舎、クラスメイト。
 スケッチブックは瞬く間に埋まり、削られる鉛筆の山も右肩上がりだった。

 だが、古くから使っていた愛用の鉛筆削りは、机の隅に押しやられていた。



 ある夜、異変が起きた。

 夢の中、馬具野は見知らぬ黒い空間に立っていた。
 そこへ、無数の鉛筆が弾丸のような速度で襲いかかってくる。
 彼女は叫び、身をよじりながら逃げ惑った。

 だが、避けきれない。

 最後に現れたのは、等身大の“自分自身”。
 巨大な自分が、小さな馬具野をひょいとつまみ、
 あの古い鉛筆削りの芯の穴に押し込もうとする──

 その瞬間、馬具野はベッドの上で跳ね起きた。

「はっ……!?」

 息を整える間もなく、視界に飛び込んできたのは、異常な光景だった。

 ──部屋の壁、床、天井、ベッド周囲……無数の鉛筆が突き刺さっていた。

 寝ていた自分の枕のまわりを囲むように。
 さらには、壁に飾っていた小鳥のスケッチには“バカ”と落書きがされていた。

 新しい鉛筆削りのそばには、無数の爪で引っかいたような傷跡が残っていた。

 そして、何よりもぞっとしたのは、古い鉛筆削りがなくなっていたことだった。



【4】

 馬具野は、朝まで眠れなかった。

 ……犯人は、わかっている。

 あれは“怒ってる”。
 ポイ捨てされた古い鉛筆削りが、嫉妬して復讐してきた──そうとしか思えなかった。

 翌日、古い鉛筆削りは机の引き出しの奥で見つかった。
 ただし、内側の芯受け部分がボロボロに擦り減っていた。

 彼女はそれを壊そうと一瞬手に取ったが、
 ふと、小さな記憶がフラッシュバックした。

 小学校低学年のころ──
 はじめてスケッチを褒められた日のこと。
 そのとき、初めて使った鉛筆削りが、これだった。

「……ごめんね」
 馬具野はそれを机の上にそっと戻した。

 その夜以降、不思議な現象はピタリと止んだ。



【5】

「ちょっと動かないでよー!」
「ううう、なんか恥ずかしいんだけど……!」

 数日後、友紀たちが馬具野の部屋に呼ばれていた。
 アニメ『PAKURINA』のコスプレをさせられ、ポーズを取らされている。

「動いたら線がブレるの!ちゃんとして!」

 馬具野は笑いながら言い、鉛筆を走らせる。

 彼女の横には、新しい鉛筆削りと、あの古い削り機が並んで置かれていた。
 それぞれの役割がある。今は、ちゃんと使い分けている。

 そして、部屋の壁にはあの小鳥のスケッチがまだ飾られていた。
 「バカ」の落書きは、もうそのままにしてある。

 ……その横に、自分で書き足した文字がある。

「アホ」──と、馬具野の手書きで。

 削鬼(けずき)   完
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