霊和怪異譚 野花と野薔薇

野花マリオ

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鐘技怪異談集全18話

07話「彼女のアイは殺されても監視する」

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 ――語り手:鐘技 友紀(かねわざ・ゆき)

 ⸻

「1」

「愛してます」って、冗談で言っていい言葉かな。

 放課後の映画館、ポップコーンの匂いがまだ残るシートの中で、黒岩が突然そう言った。

 しかもラブロマンス映画のエンディングロールが流れるタイミングで。

 振り返った私の顔を見て、黒岩は軽く肩をすくめた。

「冗談ですよ。映画に引きずられないよう信じないでください友紀」

 それを聞いた瞬間、胸が痛くなって、私は息が詰まった。

 体温が奪われるみたいに視界が霞んで、気づけば私は――
 その場で、気を失っていた。

 けど、それは私の話じゃない。

 もっと、ずっと重い“アイ”にまつわる怪異の話。

 愛されすぎた女の子と、愛されたくなかった男の末路。

 いや、“男”と呼ぶのも憚られるグズ、テルキの話。

 ⸻

「2」

 テルキ。
 人懐っこい笑顔に、チャラい軽口。
 けれどその実態は、女の子の“アイ”を餌にするクズだった。

 告白されると、即OK。
 体目当てで、感情は使い捨て。
 最後には「お前との未来は考えられない」と、いつも他人事みたいに別れを切り出す。

 そして今回の獲物が、ある意味で運命だった。

 名を、間宮 あい。

 本当に“愛”の名前を背負った女の子だった。

 テルキは、会社の重役の娘との婚約が決まった途端、あいをあっさり切り捨てた。

「君のことは好きだったよ。最初だけね」

 そう言って、鍵を返し、メッセージをブロックした。

 彼はそれで終わったつもりだった。

 けれど、彼女の“アイ”は、終わらなかった。

 ⸻

「3」

 テルキの周囲で、奇妙な現象が始まった。

 誰もいない夜道で、ふと振り向くと背後に“目”。

 会社のエレベーターの天井に、無数の“目”。

 スマホを起動すると、カメラに瞳だけが写っている。

 誰かが自分を“見ている”。
 そう思うたびに、心臓が軋むように痛む。

 そしてとうとう、夢に“彼女”が出てきた。

 ただ立っている。目がない。

 けれど、語りかけてくる。

「どうして、見てくれないの?」
「どうして、“私のアイ”を殺したの?」

 目のない彼女の“声”が、視界のすべてを覆っていく。

「私の“アイ”は、あなたを愛するために生きてるのに」

 ⸻

「4」

 ある日、テルキは会社に現れなかった。

 婚約者の父親の会社に無断欠勤。
 最初はスキャンダル、後に「失踪」と報道された。

 でも、真相は違う。

 私と黒岩くんが映画館からの帰り道に立ち寄った、とある廃ビル。
 そこの地下階に“何か”がいた。

 壁いっぱいの目玉。
 床を這う眼球。
 天井からぶら下がる、まばたきする肉塊。

 それはまるで、全身が“目”で構成された人間のなれの果て。

 ……いや、もう“人”じゃなかった。

 その中央の“瞳”が、私たちを見つめて囁いた。

「見て、愛して、殺してくれて、ありがとう」

 あれは、テルキの“なれの果て”だ。
 あいの愛が、彼を形作った“怪異”だ。

 見られることを恐れていた彼は、最終的に見る者にされた。

 すべてを。
 一生、何もかもを“見て”しまう存在に。

 愛とは、逃げられない視線だった。

 ⸻

「5」

 その夜、黒岩がふと、言った。

「さっきの映画は。……私なら、あんなふうに死ねませんね」

「……どんなふうに?」

「最後まで、アイしてるって言い切ってますよね? ヒロイン。あれ、本物だった」

 私は黙っていた。

 でも、そんな私に、彼は少しだけ声を低くして言った。

「愛してます――なんてな。冗談、冗談」

 ……私の脳内で、赤く警報が鳴った。
 まただ。視界が歪む。音が遠のく。

 ――気づけば私は、また気を失っていた。

 愛とは、冗談にしてはいけない呪いだ。
 愛とは、たとえ殺されても、残る“視線”だ。

 愛とは――
 きっと、どこまでも“監視”してくるものなのだ。

 ⸻

 「6」

 彼女のアイ(愛/I/eye)は、殺されても監視する。

 彼女はもういない。
 でも、どこかで「見ている」。
 その視線が、私たちの中にも“棲みついている”。

 そして――
 私の目にも、ふと映ることがある。

 “目”だけの女が、遠くから、こっちを見ているのを。

 彼女のアイは殺されても監視する  完
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