悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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6話

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「ふむふむ……この花、見たことがありませんわね」

朝露に濡れた小さな花弁を、ルゥナ=フェリシェは興味深げに覗き込んでいた。  
名も知らぬ草花に囲まれた、帝都郊外の野道。誰もいないと思われたその地に、ひとり優雅な令嬢の姿があった。

「花弁が星の形をしていて……可愛らしいですわ」

摘んだ花を髪に挿し、くるりとその場で回る。  
その姿は、誰がどう見てもただの旅人。いや――“ただの”というには、あまりに浮世離れしている。

その一方、帝都では――

「緊急報告! 黒鉄の塔から脱獄者が発生!」

「脱獄者!? あの塔から!? で、手がかりは?」

「……これです」

差し出されたのは、一輪の野草と、砂糖漬けの果物の包装紙。  
それが何を意味するのか、誰にも分からない。だが確実に、謎の脱獄者は帝都方面に向かっている。

「目撃情報多数! 花を片手に日傘を差した“令嬢風の女”が郊外を移動中とのこと!」

「……優雅な脱獄犯!? 聞いたことないわ!!」

慌ただしく集結する治安部隊。  
情報が錯綜するなか、次第に噂は膨らみ、帝都中が「脱獄犯フェリシェを捕らえよ!」の空気一色に染まっていった。



「……まあ。こんなところに小川が」

そのころの本人は、小川のほとりで靴を脱ぎ、足を浸していた。  
清流の冷たさにくすぐったく笑い、魚に指をつつかれては「ひゃっ」と楽しげに声を上げている。

「……平和ですわねえ」

どこまでものんびりした声でつぶやき、空を仰ぐ。

その上空では、捜索隊の飛行鷹が旋回していた。  
だが木陰に座るルゥナの姿は、まるで風景と同化してしまっていて、誰の目にも映らない。



「おい! 足跡発見! 野草が無残に踏まれてる!」

「よし、追え! 方向は――南西!」

「そっちは沼地だ! この時期にあんな場所を選ぶとは、策士か!? 脱獄犯、恐るべし!」

「違いますわよ。たまたま花が咲いていただけですの」

と、偶然通りかかった帝国兵に声をかけたのが、件の令嬢本人。  
その瞬間――

「「「……!?」」」

見張り兵たちは、条件反射のように剣を構えた。

「ま、まさか……本物!? 令嬢風の……脱獄犯ッッッ!!」

「いえ、わたくし、ただ散歩をしておりますのですが?」

ルゥナの無垢な言葉に兵たちは揺れる。だが上官の号令とともに、一斉に突入――

「失礼、ですがこの野草、踏まないでいただけます?」

その一言で、兵士たちの足がピタリと止まった。

「……い、いかん、動けん……この女、何者だ……!」

野草の守護者と化したルゥナの存在に、追手は次々と混乱し始める。  
誰も彼女を捕らえることができず、逆に気づけば癒やされているという異常事態。

こうして、脱獄犯として帝都に名を轟かせた令嬢は――  
その実、何の悪意もなく散歩と花摘みに興じているだけだった。

“逃げる気のない脱獄犯”と“本気の追手”による、かみ合わない逃走劇は、まだまだ続く。
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