悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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21話

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帝国西方の肥沃な農村地帯。そこに集う村長たちの顔は、例外なく明るかった。

「今年の麦は過去十年で最高の出来じゃ!」

「北の谷では魔物が出なくなったそうな!」

「収穫祭も天候に恵まれて、事故ひとつなかったって話だ!」

そして、誰もがその“始まり”を思い出していた。  
そう、小さな花冠をかぶった、あの謎の令嬢の姿を。

「……あのお方が通った場所には、風が吹く。実りの風が」

「まさしく神の加護。いや、“迷いの巫女”様じゃ」

「帝国は祝福を得たのだ。ならば、我らは奉仕せねばなるまい」

一部の領地では、すでに“ルゥナ像”を建てる動きすら始まっていた。

一方その頃、件の本人はといえば――

「……あら、ここはぶどう畑ですのね。甘い香りがしますわ」

初夏の陽を受けて実り始めた果樹園の中、ルゥナ=フェリシェは猫を肩に乗せたまま、のんびりと歩いていた。

農夫たちは畑仕事の手を止めて、彼女を遠巻きに拝むように見守っている。  
だが、本人はその“視線”すら気づいていない。

「皆さま、本日はご機嫌よう。少し道をお借りしておりますわ」

にこやかに一礼して通り過ぎる姿に、農夫のひとりが感極まったように帽子を脱ぎ、跪いた。

「……ありがたや……この畑にも、ついに……!」

「い、いやいや! わたくし、ただ歩いておりますだけですのよ?」

ルゥナが手を振ると、村人たちは「祝福を受けた……!」と拍手を送る。

「何もしておりませんのに……」

本気で首を傾げるルゥナ。  
それを“謙虚すぎる”とさらに誤解され、伝説はさらに膨らんでいく。

その夜、隣接する三つの村では同時に“風と穀霊に感謝する祭”が催され、彼女の名前を知らぬ者は皆無となった。

その報告を受けた帝国の情報官は頭を抱えた。

「……このままでは、本当に“聖女”として崇拝されてしまうぞ」

「だが実際、何かやっているわけでもない……」

「ただの“現象”の連鎖が……すべて彼女の通過と一致している……偶然にしては出来すぎだ」

そしてその夜も、ルゥナは空を見上げていた。

「今日もたくさんの方に出会いましたわね。……ふふ、猫さん、お腹すきましたか?」

背後からは、そっと風が吹いた。  
それはどこまでも静かで、優しい――まるで、彼女が風そのものだったかのように。
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