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33話
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「……あら? さっきもこの角、曲がったような気がいたしますわね」
帝都南区の石造りの街並み。
ルゥナ=フェリシェは、赤い屋根の建物の合間を猫を抱えて歩いていた。
目の前には分かれ道。左の路地には、人の気配がある。右は静かで日陰。彼女が選ぶのは、いつも――
「まあ、日差しが強いですもの。こちらの陰にまいりましょう」
ただそれだけの理由だった。
だが、その陰の先にあるのは、帝国騎士団が仕掛けた“令嬢確保作戦”の包囲網だった。
「確認! 対象、東通りへ向かう!」
「隊員は南門を封鎖しろ! 北から回り込め!」
「本部に伝令! “風の巫女”、再び市街地に出現!」
帝都騎士団が誇る百名編成の追跡部隊が、全力で囲い込みを行っていた。
令嬢はすでに王国からの帰還命令を拒否した重要人物。
警護、確保、接触、すべては穏便に――が、当然、計画通りにはいかない。
なぜなら。
「……あら? またこの路地に出てきましたわね」
彼女は包囲網の“盲点”となる抜け道を、なぜか的確に選んでいた。
看板が裏返った狭い裏路地、二軒の間を結ぶ古い石橋、倉庫裏の菜園用の通路。
騎士団ですら把握していなかった迷路のような路地を、まるで風に運ばれるようにすり抜けていく。
「……この道、涼しくて歩きやすいですわね。猫さんも満足そうでなにより」
その頃、追跡部隊本部では叫び声が飛び交っていた。
「見失った!? どうしてだ、あんな目立つドレスのはずだろうが!」
「……まさか、見失ったのではなく、撒かれた……?」
「いや、そもそも彼女、気づいてすらいないのでは……?」
*
そしてその十数分後。
「ごきげんよう。お茶はいただけますかしら?」
なぜか、騎士団詰所の裏門から、涼しい顔をした令嬢が現れた。
騎士たちは全員絶句し、警戒態勢を整える間もなく、上官に呼び出される羽目となる。
「な、なぜここに……!」
「道を歩いておりましたら、香ばしいパンの香りがいたしましたので……お邪魔してしまったようですわね?」
「あ、あの……お嬢様は、われわれが追っていたことにお気づきで……?」
ルゥナは紅茶を受け取り、優雅に一口。
「まあ、誰かが遊んでくださってるのかと。久々に“かくれんぼ”というものかと……ふふ、お優しい方々ですのね」
その一言に、騎士団詰所全体が凍りつく。
「……か、かくれんぼ……?」
「我々は、帝国直属の騎士団なのだが……」
「“かくれんぼの女神”か……」
「いや、むしろ“迷いと導きの聖女”……」
「もういっそ、このまま崇めてしまった方が早くないか……?」
かくして令嬢は、“帝都騎士団の手を最も自然にすり抜けた女”として記録されることとなり、
騎士団の中でだけ密かに通じる暗号――「本日、かくれんぼ日和」が誕生する。
ルゥナ本人は、猫に問いかけていた。
「次は、もう少し難易度を上げてくださるかしら? それとも、今度は“鬼”の役に回るべきでしょうか?」
騎士たちは、その言葉を“神意の告知”として、静かに頷いたのだった。
帝都南区の石造りの街並み。
ルゥナ=フェリシェは、赤い屋根の建物の合間を猫を抱えて歩いていた。
目の前には分かれ道。左の路地には、人の気配がある。右は静かで日陰。彼女が選ぶのは、いつも――
「まあ、日差しが強いですもの。こちらの陰にまいりましょう」
ただそれだけの理由だった。
だが、その陰の先にあるのは、帝国騎士団が仕掛けた“令嬢確保作戦”の包囲網だった。
「確認! 対象、東通りへ向かう!」
「隊員は南門を封鎖しろ! 北から回り込め!」
「本部に伝令! “風の巫女”、再び市街地に出現!」
帝都騎士団が誇る百名編成の追跡部隊が、全力で囲い込みを行っていた。
令嬢はすでに王国からの帰還命令を拒否した重要人物。
警護、確保、接触、すべては穏便に――が、当然、計画通りにはいかない。
なぜなら。
「……あら? またこの路地に出てきましたわね」
彼女は包囲網の“盲点”となる抜け道を、なぜか的確に選んでいた。
看板が裏返った狭い裏路地、二軒の間を結ぶ古い石橋、倉庫裏の菜園用の通路。
騎士団ですら把握していなかった迷路のような路地を、まるで風に運ばれるようにすり抜けていく。
「……この道、涼しくて歩きやすいですわね。猫さんも満足そうでなにより」
その頃、追跡部隊本部では叫び声が飛び交っていた。
「見失った!? どうしてだ、あんな目立つドレスのはずだろうが!」
「……まさか、見失ったのではなく、撒かれた……?」
「いや、そもそも彼女、気づいてすらいないのでは……?」
*
そしてその十数分後。
「ごきげんよう。お茶はいただけますかしら?」
なぜか、騎士団詰所の裏門から、涼しい顔をした令嬢が現れた。
騎士たちは全員絶句し、警戒態勢を整える間もなく、上官に呼び出される羽目となる。
「な、なぜここに……!」
「道を歩いておりましたら、香ばしいパンの香りがいたしましたので……お邪魔してしまったようですわね?」
「あ、あの……お嬢様は、われわれが追っていたことにお気づきで……?」
ルゥナは紅茶を受け取り、優雅に一口。
「まあ、誰かが遊んでくださってるのかと。久々に“かくれんぼ”というものかと……ふふ、お優しい方々ですのね」
その一言に、騎士団詰所全体が凍りつく。
「……か、かくれんぼ……?」
「我々は、帝国直属の騎士団なのだが……」
「“かくれんぼの女神”か……」
「いや、むしろ“迷いと導きの聖女”……」
「もういっそ、このまま崇めてしまった方が早くないか……?」
かくして令嬢は、“帝都騎士団の手を最も自然にすり抜けた女”として記録されることとなり、
騎士団の中でだけ密かに通じる暗号――「本日、かくれんぼ日和」が誕生する。
ルゥナ本人は、猫に問いかけていた。
「次は、もう少し難易度を上げてくださるかしら? それとも、今度は“鬼”の役に回るべきでしょうか?」
騎士たちは、その言葉を“神意の告知”として、静かに頷いたのだった。
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