悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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41話

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帝都、金の尖塔を背にした評議の間――  
帝国の上層貴族たちは、一枚の報告書に目を走らせながら、静かにざわめいていた。

「王国からの正式な通達だ。  
ルゥナ=フェリシェ令嬢を直ちに帰還させよ、とのことだ」

「理由は“王家の名誉”と“公序の回復”……まったく、今さら何を言っているのか」

「だが困ったことに、我が国には“彼女を捕らえる”という発想がもはや存在しない。  
何せ――彼女がどこにいるか、誰にも分からんのだからな」

そう。  
どんな封鎖線を引こうと、どれだけ使者を差し向けようと、  
ルゥナは毎回、その意図とは真逆の方向にふらりと歩いていた。

しかも、その理由が――

「……ええ。風が気持ち良い方へ向かっているだけですの」

という、到底政治的とは思えないものだった。

その一言を、彼女は“使者三人、将軍二名、神殿の預言官一人”を前にして、まったく悪びれる様子もなく告げたのである。

「風が……?」

「はい。風は、気まぐれなようでいて、とても正直でございますの。  
暑い日には涼しく、寂しい時には柔らかく、危ない時には方向を変えてくださいますのよ」

それは理屈ではなかった。  
だが、彼女の声には一点の曇りもなく、誰もが言葉を継げなかった。

その話を聞いた帝国議会の一角では、真顔で次のような仮説が交わされていた。

「もはや“風”そのものが、彼女の意思ではないのか?」

「彼女が向かった先では経済が動き、民が安堵し、収穫が倍になったと報告されている。  
偶然では、もはや済まされぬ」

「これは……風の巫女の“巡礼”なのだ」

一方、王国では侯爵家を中心に焦燥が広がっていた。

「帝国は娘を“宝”とまで言い出した。  
このままでは、我らの威信が丸ごと奪われることになる」

「あの子が、なぜそこまで……!」

「いや……それが“意図”でないからこそ、怖いのだ。  
あれは何も狙ってなどいない。ただ、風に任せて歩いているだけだ」

国の威信も、政治も、戦略も、  
すべてを超えてしまった“迷子”の一歩一歩が、  
今や両国の均衡をわずかに、確実に、揺らしていた。

そんな騒ぎの最中、ルゥナ本人は小高い丘の上に座っていた。  
麦の波が揺れる音に耳を傾けながら、猫の背をなでる。

「……次は、もう少し甘い風を探しに行きたいですわね」

空は高く、雲はゆっくりと流れていた。  
彼女の歩く先を、誰も予測できない。  
けれど、彼女はただ確かに歩いていた。

わたくしの行き先は、風が決めますの。  
それは、もはや誰にも止められない“迷子の意志”であり、  
この世界に最も自由な、たったひとつの選択だった。
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