悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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42話

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帝国宮殿、陽光を反射する白亜の広間。  
そこに集められたのは、宰相、将軍、外交使節、神殿代表、そして王国からの高位使者たち。  
重々しい空気のなか、玉座に座する皇帝ヴィクトールが、静かに口を開いた。

「本日、帝国としての立場を明言する」

その一言で、場の空気が引き締まる。  
誰もが固唾を飲んで次の言葉を待っていた。

「ルゥナ=フェリシェ侯爵令嬢に対し、王国より帰還命令が出されたことは承知している。  
だが――我が帝国は、その帰還要請を拒否する」

一瞬、空気が止まった。  
やがて、王国使節が目を見開き、怒りとも焦燥ともつかぬ声を上げる。

「それは、明確なる外交拒絶でございますぞ……!  
令嬢は、あくまで我が王国の貴族、その娘……帝国に属する立場にはないはず……!」

だが、ヴィクトールは微動だにせず、ただ静かに笑んだ。

「彼女は、国に属していない。  
風に属しているのだ。  
ならば、風が望む場所が、彼女のいるべき場所だろう?」

その発言に、帝国側の高官たちですら息を呑む。  
それは一見、詩的な戯言のようでありながら、絶対君主としての“宣言”に他ならなかった。

そして、皇帝はもう一言、こう付け加えた。

「それに――」

視線を軽く逸らし、笑みを深める。

「彼女、見ていて飽きぬのだ」

その言葉は、あまりに個人的で、あまりに子供じみていた。  
だが、そこに込められたのは純然たる“支配者の独占欲”だった。

政治でも、戦略でもない。  
ましてや愛情などではない。  
ただ、面白いものを手放したくない。世界で最も退屈を憎む絶対者の、あまりにも無邪気な本音。

「次に何をするか分からぬ。誰も止められぬ。  
それが、良い」

その場にいた全員が、その言葉の重みを知っていた。  
“皇帝の興味”――それは、臣下よりも制度よりも、国境よりも優先されるものだった。

王国の使者は蒼白となり、反論を飲み込む。  
これ以上何を言っても無意味だと、痛いほど分かっていた。

会議の後、皇帝は庭園に出て、ただ一人、薔薇の手入れをしていた。  
その手元に、ルゥナが落としていったと思われる小さな布花の飾りがある。  
彼はそれを摘み上げ、陽にかざして笑う。

「……あれほど純粋に、騒動を撒いて歩ける者が、この帝国に何人いるだろうな」

その頃、当の本人は、港町の小さな屋台で焼き魚に塩を振っていた。

「……この香り、たまりませんわね。皇帝陛下にも、おすすめしたいくらいですの」

帝国の主と“風の旅人”が、それぞれの場で微笑む。

だが、その間に横たわるのは、静かに揺れ始めた二国の均衡。  
皇帝が「帰すな」と口にした、その瞬間から――  
ルゥナ=フェリシェの存在は、ただの“迷子”ではなくなっていた。
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