悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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47話

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王国王都、中央議事堂。  
重厚な石造りの天井の下、いま議会史上稀に見る混乱が巻き起こっていた。

「帝国が我が国の貴族令嬢を“国の宝”と宣言!? 冗談ではない!」

「ルゥナ=フェリシェ令嬢は侯爵家の長女であり、れっきとした王国籍の民だ! これは国家への侮辱に等しい!」

「しかし、本人が帰還を望んでいないという報告もありますぞ」

「望んでいない!? それを許していては国家が保たん!」

議場の中央で怒号が飛び交い、帰国派と自由派が激しく対立していた。  
一方は「外交的威信の回復」を叫び、他方は「個人の意思の尊重」を掲げて譲らない。

だが、誰もが知っていた。  
この騒ぎの発端が、たったひとりの“家出”であったことを。

「……そもそも、なぜ令嬢は家を出たのだ?」

「王子殿下が、婚約破棄の話をなさる予定だった日だと聞いております」

「まさかそれを察して逃げたのか? それとも、偶然か……?」

「偶然にしては、その後の騒ぎが大きすぎる。  
帝国全土で彼女がもたらした“奇跡”の数々、既に神話の域に達しておる」

「その“神話”が、王国から出たというのに、それを他国に取られた形なのだぞ!」

「もはやこれは――外交崩壊の序曲だ!」

机が叩かれ、議員が立ち上がり、空気は緊張の極みに達しようとしていた。

その隅で、ただひとり。  
第一王子レオニス=フォン=シュトラールは、議場の喧騒に耳を傾けながら、静かに頬を染めていた。

「……“国の宝”、か」

その響きが、どこかくすぐったかった。

婚約破棄のはずだった令嬢は、いまや他国の民から愛され、守られ、語られ、信じられる存在となっていた。

彼女が笑っただけで土地が潤い、言葉を紡げば人の縁が繋がる。  
誰もが奪いたがり、誰もが手を出せずにいる。

それでも、彼の脳裏には、ただ一言――  
以前どこかで聞いた、彼女の何気ない言葉が残っていた。

「……風が気持ち良い方へ歩くだけですのよ」

たぶん、あのときもそうだった。  
婚約の意味も、国家の都合も背負わず、ただ“今日の空気”に従って、  
彼女はふらりと歩き出したのだ。

彼女にとって、この騒ぎは紅茶の香りよりも軽い。  
その無重力さに、なぜか心が惹かれる。

「……本当に、愉快な人だ」

小さく呟いた声を、誰も聞かなかった。

議会は混乱を極め、決議は先送りにされ、  
王国は“ひとりの迷子”によって、根幹から揺さぶられていた。

だがその中心にいる本人は、今この瞬間も猫と共に――  
「この村のジャム、とても美味しゅうございますわね」  
などと言いながら、パンに甘い果実を乗せていた。
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