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49話
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帝都で最も賑わう月、収穫と祝福を讃える帝国最大の祭典「金陽祭」が始まった。
通りは花と旗で埋め尽くされ、広場には屋台と劇団、音楽隊がひしめき合う。
人々は踊り、唄い、笑い、そして――今年最も注目を集めていたのは、祝祭三日目に催される“祝福劇”だった。
例年、この舞台の主役には英雄や女神を演じる俳優が選ばれる。
だが今年、その座を与えられたのは、俳優ではなかった。
招かれたのは、紅茶と迷子と天然を愛する、ひとりの令嬢――ルゥナ=フェリシェ。
「……ええと、わたくし、本日はただお菓子を買いに参っただけなのですけれど……?」
劇場裏の控え室。
ルゥナはふんわりとしたドレス姿のまま、手に持った紙を不思議そうに眺めていた。
それは脚本だったが、彼女にはまったく意味が分からない。というのも、彼女自身が演じることなど、聞かされていなかったからだ。
「“風を導く者、天より舞い降りし者”……まあ、詩的ではございますけれど、これはどなたの台詞なのでしょう?」
「……お嬢様のものでございます」
慌てて駆け寄る劇団員が深々と頭を下げた。
聞けば、“帝国の祝福たる存在に、そのままの姿で登壇いただきたい”という皇帝の勅命だという。
つまり、台本も演技指導も意味をなさなかった。
ただ、舞台に立ってくれればいい。歩くだけで、話すだけで、それが劇になるのだと。
「……そういうものでございますの?」
観念したようにルゥナは帽子を脱ぎ、猫を椅子の上にそっと乗せる。
「でしたら、少しだけご期待に添ってみましょうか」
そして夕刻。
満員となった大劇場の中心に、黄金の光を受けながら、ルゥナは舞台へと足を踏み出した。
歓声が一斉に沸き起こる。
その空気に気圧されることなく、ルゥナは歩く。
花道を抜け、観客を見回し、にっこりと微笑んだ。
「皆さま、ごきげんよう。お足元にはお気をつけくださいませ。わたくし、先ほど楽屋で紅茶をこぼしてしまいましたの」
爆笑が巻き起こった。
次に出てきたのは、戦に傷ついた兵士の役者だった。
彼が重い声で「女神よ、我に祝福を」と叫ぶと――
「まあ、お痛みがあるのですね。では、こちらの花を。わたくし、途中で摘んだものでございますのよ」
ルゥナが差し出したのは、舞台袖で偶然見つけた名もなき草花。
だが、その自然な一挙一動が観客の心を捉えた。
台詞ではない。演技でもない。
ただ、“そこにいる”という事実が、舞台を物語に変えていく。
劇中で起こる奇跡も、平和も、再会も――
彼女が一言添えるだけで、なぜか本物に見える。
まるで、その瞬間だけ、世界が本当に優しく変わっていくようだった。
役者たちは即興に必死でついていき、
観客は笑いと涙に揺れ、
ついには立ち上がって拍手を送る者が現れ始めた。
そして、幕が降りたとき。
皇帝ヴィクトールは立ち上がり、静かに手を打った。
それは、皇帝が公の場で示す最大の敬意――拍手喝采だった。
「……面白い。あれこそ、劇の神髄だ」
劇場の外は、夜の風が穏やかに吹いていた。
ルゥナは控え室に戻り、帽子のリボンを結び直しながら、ひとこと。
「……劇というより、なんだか大きなお茶会でしたわね」
その呟きが、帝国中に“伝説の即興劇”として広まるとは、まだ誰も知らなかった。
通りは花と旗で埋め尽くされ、広場には屋台と劇団、音楽隊がひしめき合う。
人々は踊り、唄い、笑い、そして――今年最も注目を集めていたのは、祝祭三日目に催される“祝福劇”だった。
例年、この舞台の主役には英雄や女神を演じる俳優が選ばれる。
だが今年、その座を与えられたのは、俳優ではなかった。
招かれたのは、紅茶と迷子と天然を愛する、ひとりの令嬢――ルゥナ=フェリシェ。
「……ええと、わたくし、本日はただお菓子を買いに参っただけなのですけれど……?」
劇場裏の控え室。
ルゥナはふんわりとしたドレス姿のまま、手に持った紙を不思議そうに眺めていた。
それは脚本だったが、彼女にはまったく意味が分からない。というのも、彼女自身が演じることなど、聞かされていなかったからだ。
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「……お嬢様のものでございます」
慌てて駆け寄る劇団員が深々と頭を下げた。
聞けば、“帝国の祝福たる存在に、そのままの姿で登壇いただきたい”という皇帝の勅命だという。
つまり、台本も演技指導も意味をなさなかった。
ただ、舞台に立ってくれればいい。歩くだけで、話すだけで、それが劇になるのだと。
「……そういうものでございますの?」
観念したようにルゥナは帽子を脱ぎ、猫を椅子の上にそっと乗せる。
「でしたら、少しだけご期待に添ってみましょうか」
そして夕刻。
満員となった大劇場の中心に、黄金の光を受けながら、ルゥナは舞台へと足を踏み出した。
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その空気に気圧されることなく、ルゥナは歩く。
花道を抜け、観客を見回し、にっこりと微笑んだ。
「皆さま、ごきげんよう。お足元にはお気をつけくださいませ。わたくし、先ほど楽屋で紅茶をこぼしてしまいましたの」
爆笑が巻き起こった。
次に出てきたのは、戦に傷ついた兵士の役者だった。
彼が重い声で「女神よ、我に祝福を」と叫ぶと――
「まあ、お痛みがあるのですね。では、こちらの花を。わたくし、途中で摘んだものでございますのよ」
ルゥナが差し出したのは、舞台袖で偶然見つけた名もなき草花。
だが、その自然な一挙一動が観客の心を捉えた。
台詞ではない。演技でもない。
ただ、“そこにいる”という事実が、舞台を物語に変えていく。
劇中で起こる奇跡も、平和も、再会も――
彼女が一言添えるだけで、なぜか本物に見える。
まるで、その瞬間だけ、世界が本当に優しく変わっていくようだった。
役者たちは即興に必死でついていき、
観客は笑いと涙に揺れ、
ついには立ち上がって拍手を送る者が現れ始めた。
そして、幕が降りたとき。
皇帝ヴィクトールは立ち上がり、静かに手を打った。
それは、皇帝が公の場で示す最大の敬意――拍手喝采だった。
「……面白い。あれこそ、劇の神髄だ」
劇場の外は、夜の風が穏やかに吹いていた。
ルゥナは控え室に戻り、帽子のリボンを結び直しながら、ひとこと。
「……劇というより、なんだか大きなお茶会でしたわね」
その呟きが、帝国中に“伝説の即興劇”として広まるとは、まだ誰も知らなかった。
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