悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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婚約編

67話

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帝都の空気が変わったのは、まだ日が昇りきる前だった。  
王国よりの急使が、夜明けとともに帝国城門をくぐり、封印された文書を携えて皇宮に届けられた。

その書面は、王国側からの“正式な奪還命令”――  
内容は明確だった。

「侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェを、ただちに帝国より帰国させよ。  
長期にわたる不在と政治的混乱を招いたことへの責任は、王国が負う」

婉曲な文言の裏に滲むのは、強い圧力と外交的恫喝。  
王国議会の苛立ち、そして王族たちの思惑が透けて見えた。

帝国宮廷は瞬時に緊迫する。  
議会では「これは内政干渉だ」と声が上がり、  
「令嬢が帰れば帝国はひとつの“奇跡”を失う」と激論が交わされた。

一方、皇帝ヴィクトールは、書簡を一読したのち、静かに封を閉じ、  
たったひとつの命を下した。

「その件については、ルゥナ嬢の意志を最優先とする。  
彼女が望まぬ限り、帝国は彼女を手放すことはない」

その宣言が、帝国中を駆け巡った。

王国からの奪還命令。  
帝国からの拒絶。  
そして、両国の間に置かれたのは――たったひとりの少女。

庭園にて、その知らせを受けたルゥナは、特に驚いた様子もなく、  
むしろ少し困ったように、紅茶を見つめていた。

「……まあ、また“帰れ”と仰られてしまいましたのね。  
わたくし、そんなに大事にされておりましたのかしら」

膝の猫が尻尾を揺らす。

「けれど、今さら帰るなんて、ちょっと不思議ですわ。  
だって――わたくし、いまここで、こうして紅茶を飲んでいますのに」

その目は、確かに“今”を見ていた。  
過去でも、出発点でもなく、彼女自身の“居場所”としての“ここ”を。

その日、リヒャルトは何も言わなかった。  
ただ彼女のそばにいて、護るようにその場に立っていた。

けれど、彼の背中には確かな決意が宿っていた。  
再び手放さない。  
たとえ相手が王国であろうと。

――帰るのか、残るのか。

その選択が、ついにルゥナ=フェリシェの手に託された。

その答えが国を動かし、風の向きを決める。  
そして、恋の行方をも導くことになるのだと、  
誰もが、まだ知らなかった。
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