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第3章:冒険者、始めました
第21話:冒険者ギルドへようこそ
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春だった。
長く、凍えるような冬がその支配を終え、世界が再び色と、音と、香りを、取り戻し始める季節。俺、ガク・フォン・アルベインは、人生の大きな岐路、いや、分かれ道を越え、新たな冒険への第一歩を踏み出していた。
あの、涙と鼻水と、そしてたくさんの笑い声に満ちた卒業式から一週間。
俺は王都アステリアを後にし、冒険者ギルドがあるという国境近くの街「クロスロード」を目指して、一人(と一匹)、街道を歩いていた。
「なんで王都のギルドで登録しなかったのかって?」
誰に聞かれたわけでもないが、俺は街道の石ころを蹴飛ばしながら、心の中で自問自答した。
理由は簡単だ。王都のギルドなんて行ったら、受付で名前を書いた瞬間に「ああ、あのアステリア魔法学園を何度も半壊させた伝説の……」とか、「アルベイン子爵家の……」とか、面倒な肩書きがついて回るに決まっている。
せっかく新しい世界に飛び込むんだ。俺は、親の七光りも、学園での悪名(?)も全部置いて、ただの「新人冒険者ガク」としてゼロからスタートしたかったのだ。だから俺は、王都のギルドをあえて素通りし、誰ひとり俺のことを知らないこの辺境の地を目指すことにしたわけだ。
コンラッドさんの護衛付きの豪華な馬車も、もうない。あるのは、己の足と、背中に背負った、馬鹿でかいバックパックだけだ。その中には、最低限の着替えと、レオとアンナからもらったかけがえのない宝物、そして、俺の生涯の相棒であるクロが、旅の共犯者として静かに息を潜めている。
道は決して楽ではなかった。
夜は街道沿いの安宿に泊まるか、あるいはクロと二人、焚火を囲んで野宿することもあった。食事は、卒業祝いにと母が実家から送ってくれた荷物に入っていた固パン(すでに石ころのような硬度を誇っている)をかじるか、森で捕まえたウサギを、お世辞にも上手いとは言えない俺の料理スキルで、半ば炭にして食べるかの二択だ。
だが、不思議と辛いとは全く思わなかった。
むしろ、その全てが新鮮で、楽しくてたまらなかった。
空はどこまでも高く、突き抜けるような春の青色をしていた。刷毛でさっと掃いたような真っ白な雲が、まるで巨大な船のように、ゆっくりと空の海を渡っていく。道端に目をやれば、名前も知らない黄色や紫の小さな野花が、健気に、しかし力強く咲き誇り、その蜜のように甘い香りを風に乗せて運んでくる。風そのものも、もう冬のそれとは違っていた。まだ少しだけ雪解け水の冷たさを含んではいるが、その奥には間違いなく、生命の息吹を宿した柔らかな温かさが感じられた。
湿った土の匂い。
芽吹いたばかりの、若葉の青々しい香り。
遠くの森から聞こえてくる、鳥たちの求愛のさえずり。
俺はその生命力に満ち溢れた世界を、全身で浴びていた。
深く息を吸い込むだけで、体の隅々の細胞まで力が漲っていくのがわかる。
前世、病室の窓から切り取られた四角い空だけを眺めていた俺にとって、このどこまでも続く、地平線が見える景色は、それだけで涙が出そうになるほどのご馳走だった。
「なあ、クロ」
俺は背中のバックパックに声をかけた。
「俺たち、本当に冒険者になるんだな」
バックパックがもぞりと動き、「くぅん」と小さな、しかし確かに同意する声が聞こえた。
俺は笑った。
この広大な世界に、たった一人(と一匹)かもしれない。
でも、不思議と孤独ではなかった。
胸の中には、レオとアンナとの温かい思い出がある。
そして背中には、この世界で最高の相棒がいる。
それだけで十分だった。
俺は顔を上げた。
視線の先、遥か彼方に、ようやく目的地の街の城壁が見えてきていた。
***
街の名は、クロスロード。
その名の通り、王国と隣接するいくつかの小国とを結ぶ交通の要衝に位置する巨大な商業都市であり、そして、王国で最も活気のある冒険者ギルドが存在する街でもあった。
王都アステリアが洗練された「静」の都であるならば、このクロスロードは混沌とした「動」の街だった。
城門をくぐった瞬間、俺の五感を圧倒的なまでの情報の奔流が叩きつけた。
まず、音。
様々な国や地方の訛りの強い言葉が、まるで洪水のように入り乱れて飛び交っている。屈強な傭兵たちの野太い笑い声。商人たちの客を呼び込む威勢のいい声。馬車の車輪が石畳を軋ませる音。どこかの酒場から漏れ聞こえてくる、陽気で、しかしどこか物悲しい異国の楽器の音色。
次に、匂い。
焼きたてのパンの香ばしい匂い。露店で焼かれている得体の知れない肉のスパイシーな匂い。馬や家畜の糞尿の匂い。そして、この街に集う多種多様な人々が発する、汗と土埃と安物の酒が混じり合った、むせ返るような生命の匂い。
そして、何よりも、人。
屈強な鎧に身を包んだいかにもな冒険者。背中に巨大な戦斧を背負ったドワーフの戦士。尖った耳を持つ美しいエルフの弓使い。怪しげなローブで全身を覆った胡散臭い魔術師。尾と耳を持つ獣人の商人。
俺がこれまで本の中でしか知らなかったファンタジー世界の住人たちが、今、目の前で当たり前のように息をし、生活している。
「うおおおおおおおおっ! すげええええええええっ!」
俺はもはや隠すこともなく、田舎者丸出しで叫んでいた。
前世で夢中になってプレイしたRPGゲームの世界。そのオープニングの街に、今、俺は立っているのだ。
胸が高鳴らないはずがなかった。
「おい、そこの坊主! 邪魔だ、どきやがれ!」
背後から野太い声と共に、どしん、と突き飛ばされた。俺はたたらを踏み、危うく転びそうになる。見れば、俺の背丈の倍はあろうかという傷だらけの顔の大男が、忌々しげに俺を睨みつけていた。
「す、すみません」
俺が慌てて謝ると、男は「ちっ」と舌打ちをして、人混みの中へと消えていった。
これが、この街の日常。
洗練された王都とは明らかにルールが違う。誰もが自分の力と度胸だけで生きている。
だが、その荒々しい空気が、俺にはむしろ心地よかった。
俺は道行く人に冒険者ギルドの場所を尋ねた。
誰もが俺の子供らしい見た目――十三歳にしては少し小柄で、貴族生活が長かったせいで肌も白く、おまけに童顔ときている――を奇異な目で見たが、親切に道を教えてくれた。
そして、俺はついにその建物の前にたどり着いた。
街の中央広場にひときわ巨大な存在感を放ってそびえ立つ、二階建ての木造建築。
長年の風雨に晒された黒ずんだ壁。屋根には苔が生え、壁には無数の剣や斧の傷跡がまるで勲章のように刻み込まれている。入り口には巨大な獣の頭蓋骨が飾られ、その空虚な眼窩が訪れる者たちを無言で値踏みしているかのようだった。
看板には剣と盾、そしてビアジョッキが交差する、実に分かりやすいマークが描かれている。
「冒険者ギルド、クロスロード支部」
ここが、俺の新たなスタートラインだった。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
そして、その重々しいオーク材の扉を、両手でぎいと押し開けた。
扉を開けた瞬間、俺の全身を再び圧倒的なまでの熱気と喧騒、そして匂いが包み込んだ。
広い吹き抜けのホール。
壁という壁には、お尋ね者の手配書(ウォンテッド・ポスター)や、様々な依頼(クエスト)が書かれた羊皮紙が所狭しとびっしりと貼り付けられている。
右手には巨大なカウンター。その向こう側で、数人のギルド職員らしき男女が冒険者たちの対応に忙しなく追われている。
左手は酒場(バー)になっていた。屈強な冒険者たちが昼間だというのに巨大なジョッキを呷り、大声で自慢話や下品な冗談をがなり立てている。
空気中にはエール(ビール)の芳醇な香りと肉の焼ける香ばしい匂い、そして男たちの汗と血と、ほんの少しの硝煙の匂いが混じり合って漂っていた。
それは俺がこれまで経験してきたどんな場所とも違う、混沌とした、しかし不思議な活気に満ちた空間だった。
全ての音が、全ての匂いが、全ての光景が、俺にこう語りかけてくるようだった。
「ようこそ、坊主。ここが、お前の新しい世界だ」と。
俺はその圧倒的な雰囲気に少しだけ気圧されながらも、まっすぐにカウンターへと向かった。
カウンターの向こうには一人の女性職員がいた。
年の頃は二十代半ばだろうか。少し気だるげな、しかし美しい顔立ち。長い栗色の髪を無造作に後ろで束ねている。着ているギルドの制服は胸元が少しだけ大胆に開いていた。
彼女は山積みの書類をうんざりしたような顔で処理していたが、俺がカウンターの前に立ったのに気づくと、ぱらりと書類から顔を上げた。
そして、俺の姿と、背負った不釣り合いなほど大きなバックパックを見ると、その気だるげな瞳をほんの少しだけ細めた。
「あら。可愛いお客さん。悪いけどここは託児所じゃないのよ。迷子になったんなら、あそこの衛兵さんの詰め所に行きなさい」
その声は甘く、しかしどこか疲れ切ったハスキーボイスだった。
俺はそのあまりにもテンプレ通りの対応に、思わず苦笑いを浮かべた。
やはり、この童顔が災いしたか。この世界では十三歳といえばそろそろ成人扱いされてもおかしくない年齢だが、どうやら俺の発育と顔立ちは、未だ少年の域を出ていないらしい。周りのむくつけき大男たちと比べれば、俺なんてヒヨコみたいなものだろう。
「いえ、迷子じゃありません。冒険者になりたいんです」
俺がきっぱりとそう言うと、彼女はきょとんとした顔で数回瞬きをした。
そして、次の瞬間。
「ぷっ。あはははははは!」
彼女は腹を抱えて笑い出した。
その豪快な笑い声に、周りにいた数人の冒険者たちも何事かとこちらを振り返る。そして俺の姿を見て、同じようににやにやと意地の悪い笑みを浮かべ始めた。
「冒険者になりたいですって? 坊や、冗談はよしなさい。ここはあんたみたいな育ちの良さそうなお坊ちゃまが、ままごとをしに来る場所じゃないのよ」
女性職員――リズと胸の名札には書かれていた――は、涙を拭いながら言った。
「悪いことは言わないから、お家に帰りなさい。ほら、お母さんが心配してるわよ」
「ですから、僕は本気です。冒険者登録をお願いします」
俺が食い下がると、リズは深々とため息をついた。
その顔には、「ああ、また面倒くさいのが来た」とはっきりと書かれている。
「わかった、わかったわよ。そんなに言うなら登録してあげる。でも、その前にちょっとした手続きがあるの。それをクリアできたら、ね」
リズはにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「手続き?」
「そう。冒険者になるには、自分の実力をギルドに証明する必要があるのよ。というわけで、まずはあんたの魔力量を測らせてもらうわ」
リズはそう言うと、カウンターの下からごとりと一つの古めかしい機械を取り出した。
それは俺が学園の入学試験で粉々にしたあの美しい水晶玉とは全く違う、無骨で実用性だけを追求したような魔道具だった。
鋳鉄製の頑丈そうな土台。そこから何本もの銅線が複雑に絡み合い、中央のガラス管へと繋がっている。ガラス管の中には水銀のような銀色の液体が満たされており、その上部には細かい目盛りが刻まれたメーターが付いていた。全体的にあちこちが凹んでいたり焦げ付いていたりして、長年の過酷な使用の歴史を物語っていた。
「これはギルド特製の『魔力測定器(マナ・メーター)』よ。この水晶の部分に手を触れて魔力を流すの。そうすると、あんたの魔力量に応じてこのメーターの針が振れるってわけ」
リズはぽんと、測定器の中央にある濁った水晶を叩いた。
「ちなみに、一般人の魔力量が大体10から20。見習いの魔術師で50くらい。一人前の宮廷魔術師クラスでようやく500を超えるくらいかしらね。このメーターは最大で1000まで測れる特別製よ。まあ、あんたの場合、針がピクリとも動かないかもしれないけど」
リズはくすくすと笑いながら言った。
周りの冒険者たちも、「おい、賭けようぜ。あの坊主の魔力、5を超えるか超えないか」「俺は3に銅貨一枚だ!」などと、下品な賭けを始めている。
俺はその無骨な測定器を見つめながら、ごくりと生唾を飲み込んだ。
(ま、待てよ。この展開……)
強烈な既視感(デジャヴ)が俺を襲う。
学園の入学試験。
国宝級の『星詠みの水晶』。
粉々に砕け散ったガラス片。
そして、白目を剥いて倒れたバルドル先生と、その後のマグナス教授の胃痛の日々。
(これ、完全にあの時と同じパターンじゃないか!?)
俺の本能が、警報を鳴らしていた。
いや、待て、落ち着け俺。
あの時は繊細な芸術品のような水晶だったから割れたんだ。
だが今回はどうだ? 見ろ、この無骨な鉄の塊を。見るからに頑丈そうだ。これなら、多少のオーバーロードにも耐えられるんじゃないか?
いやいや、油断は禁物だ。俺の魔力は、いつだって俺の予想の斜め上を行くんだから。
「あの」
俺はおそるおそるリズに尋ねた。
「これって、その、手加減とかってできますかね?」
俺のその弱気な発言は、完全に裏目に出た。
「手加減? ぷっ、あはははは! 坊や、あんた面白いこと言うのね! ない魔力をどうやって手加減するって言うのよ!」
リズは再び腹を抱えて大爆笑している。
ギルド中の冒険者たちも、腹を抱えて床を転げまわっている者すらいた。
「もういいからさっさとやりなさい! 私、忙しいんだから!」
リズにそう一蹴され、俺はもはや逃げ場を失った。
(くそっ、やるしかないのか。学園での悪夢を、ここでも繰り返すわけにはいかない……!)
俺は覚悟を決めた。
(いいか、俺。思い出せ。マグナス教授の苦悶の表情を。今こそその教訓を活かす時だ)
(イメージだ。とにかくイメージ。魔力を流すんじゃない。ただ指先から、ほんの一滴だけ魔力の『雫』をそっと染み込ませるような、そんな超絶繊細なイメージで……!)
俺は深呼吸を三回繰り返した。
そして祈るような気持ちで、その冷たい濁った水晶にそっと両手を触れさせた。
全神経を指先に集中させる。
体内の荒れ狂う魔力の奔流を必死に抑えつける。
そして。
ほんのわずかな、一滴の魔力を水晶へと送り込んだ。
その瞬間だった。
歴史は、残酷なまでに繰り返された。
ぴくん。
まず、測定器のメーターの針がありえない角度に跳ね上がった。
最大値の1000を軽く振り切り、メーターのストッパーにガツン! と激突し、あらぬ方向へとぐにゃりと曲がる。
次に、ガラス管の中の銀色の液体が沸騰したかのようにぶくぶくと激しく泡立ち始めた。
そして。
バチチチチチチチチチチチッッ!!!!
測定器全体から青白い火花が激しく散った。それはまるで小さな雷の嵐のようだった。
ギルド中がその異様な光景に水を打ったように静まり返る。
先ほどまで俺を嘲笑していた冒険者たちも、口をあんぐりと開けたまま固まっている。
リズの顔から笑みが消えた。
「な、なに、これ」
彼女の引きつった声が静寂の中に響き渡る。
だが、悲劇はまだ序章に過ぎなかった。
測定器は、きいいいいいいん、という耳鳴りのような甲高い警告音を発し始めた。
そしてその鋳鉄製の頑丈な土台がまるで生き物のようにがたがたと激しく震え出す。
本体のあちこちからぷすぷすと白い煙が噴き出し始めた。
(あ、やっぱりダメだった)
俺は悟った。
(これ、知ってる。俺、このパターン何回も経験したことある)
(これ、爆発する五秒前のやつだ)
「に、逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」
俺が魂の絶叫を上げるのと、
リズが状況を理解し、「ひっ!?」と悲鳴を上げてカウンターの下に飛び込むのと、
周りの冒険者たちもが我に返り、テーブルを盾にしたり蜘蛛の子を散らすように出口へと殺到するのと。
そして。
ギルド特製の頑丈なはずの魔力測定器が、その限界を完全に超え、凄まじい轟音と共に爆発四散したのは。
ほぼ同時だった。
ドッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!
凄まじい爆風と衝撃波がギルド全体を揺るがした。
カウンターは木っ端微塵に吹き飛び、天井からは埃と木の破片が雨のように降り注ぐ。冒険者たちが飲んでいたエールのジョッキは衝撃で床に落ちて砕け散り、壁に貼られていた無数の依頼書は爆風で蝶のようにひらひらと舞い上がった。
後に残されたのは、ぽっかりと口を開けた巨大な黒焦げのクレーター(カウンターがあった場所)。
そしてその中心で、爆風で髪の毛がアフロヘアーのようになっている俺、一人だけ。
しーん。
爆音の後の絶対的な静寂。
(また、やってしまった……)
俺は心の中で頭を抱えた。学園を卒業して、心機一転、平穏な冒険者ライフを送るはずだったのに。初日からこれかよ。
やがてカウンターの下から、リズが顔中煤だらけになってそろそろと顔を出した。
彼女は目の前の惨状を信じられないといった顔で見つめていた。
そして、俺のアフロヘアーを見て何かを言おうとして、口をぱくぱくとさせた。
その彼女の声にならない声が形になるよりも早く。
ギルドの奥の扉が、ばーん! と勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは一人の大男だった。
身長は二メートルを優に超えているだろう。その体は鎧など必要ないと言わんばかりの鋼のような筋肉で覆われている。顔には何本もの古い刀傷が走り、その片方の目は眼帯で覆われていた。だが、残されたもう片方の目はまるで老獪なドラゴンのように鋭く、そして深い光を宿していた。
その男が発する圧倒的な威圧感に、ギルド中の全ての人間が息を飲んだ。
男はゆっくりと部屋の中を見回した。
そしてその視線が、爆心地の中心で一人きょとんと突っ立っている俺の姿でぴたりと止まった。
ギルドマスターだ。
このクロスロード支部の長。
俺は直感的にそう理解した。
(お、終わった)
俺は思った。
(俺の冒険者人生、始まる前に終わった)
(弁償、いくらになるんだろう。俺、一生ここで皿洗いかな。いや、皿洗いじゃすまないかも……)
俺がそんな絶望的な未来を思い描いていると。
そのいかついギルドマスターは、ずかずかと俺の前に歩み寄ってきた。
そして、俺のアフロヘアーをじっと見つめた。
やがてその傷だらけの顔に深い、深い皺を刻み。
にやりと笑った。
その笑みは、まるで最高のお宝を見つけ出した海賊のようだった。
「面白い小僧が入ってきたな」
その地を這うような、しかしどこか楽しそうな声が静まり返ったギルドに響き渡った。
「その規格外の魔力、腐らせるなよ。――ようこそ、冒険者ギルドへ。合格だ」
こうして、俺、ガク・フォン・アルベインは。
冒険者になるその第一歩として。
「ギルドの特注の測定器を素手で爆破した、ヤバいアフロの新人」
という、あまりにも不名誉で、そして伝説的なあだ名を頂戴することになったのである。
俺の望む平和で穏やかな冒険者ライフへの道は、どうやらとんでもなく前途多難なものになりそうだ。
俺は降り注ぐ木の破片の中で、そっと顔を引きつらせるしかなかった。
長く、凍えるような冬がその支配を終え、世界が再び色と、音と、香りを、取り戻し始める季節。俺、ガク・フォン・アルベインは、人生の大きな岐路、いや、分かれ道を越え、新たな冒険への第一歩を踏み出していた。
あの、涙と鼻水と、そしてたくさんの笑い声に満ちた卒業式から一週間。
俺は王都アステリアを後にし、冒険者ギルドがあるという国境近くの街「クロスロード」を目指して、一人(と一匹)、街道を歩いていた。
「なんで王都のギルドで登録しなかったのかって?」
誰に聞かれたわけでもないが、俺は街道の石ころを蹴飛ばしながら、心の中で自問自答した。
理由は簡単だ。王都のギルドなんて行ったら、受付で名前を書いた瞬間に「ああ、あのアステリア魔法学園を何度も半壊させた伝説の……」とか、「アルベイン子爵家の……」とか、面倒な肩書きがついて回るに決まっている。
せっかく新しい世界に飛び込むんだ。俺は、親の七光りも、学園での悪名(?)も全部置いて、ただの「新人冒険者ガク」としてゼロからスタートしたかったのだ。だから俺は、王都のギルドをあえて素通りし、誰ひとり俺のことを知らないこの辺境の地を目指すことにしたわけだ。
コンラッドさんの護衛付きの豪華な馬車も、もうない。あるのは、己の足と、背中に背負った、馬鹿でかいバックパックだけだ。その中には、最低限の着替えと、レオとアンナからもらったかけがえのない宝物、そして、俺の生涯の相棒であるクロが、旅の共犯者として静かに息を潜めている。
道は決して楽ではなかった。
夜は街道沿いの安宿に泊まるか、あるいはクロと二人、焚火を囲んで野宿することもあった。食事は、卒業祝いにと母が実家から送ってくれた荷物に入っていた固パン(すでに石ころのような硬度を誇っている)をかじるか、森で捕まえたウサギを、お世辞にも上手いとは言えない俺の料理スキルで、半ば炭にして食べるかの二択だ。
だが、不思議と辛いとは全く思わなかった。
むしろ、その全てが新鮮で、楽しくてたまらなかった。
空はどこまでも高く、突き抜けるような春の青色をしていた。刷毛でさっと掃いたような真っ白な雲が、まるで巨大な船のように、ゆっくりと空の海を渡っていく。道端に目をやれば、名前も知らない黄色や紫の小さな野花が、健気に、しかし力強く咲き誇り、その蜜のように甘い香りを風に乗せて運んでくる。風そのものも、もう冬のそれとは違っていた。まだ少しだけ雪解け水の冷たさを含んではいるが、その奥には間違いなく、生命の息吹を宿した柔らかな温かさが感じられた。
湿った土の匂い。
芽吹いたばかりの、若葉の青々しい香り。
遠くの森から聞こえてくる、鳥たちの求愛のさえずり。
俺はその生命力に満ち溢れた世界を、全身で浴びていた。
深く息を吸い込むだけで、体の隅々の細胞まで力が漲っていくのがわかる。
前世、病室の窓から切り取られた四角い空だけを眺めていた俺にとって、このどこまでも続く、地平線が見える景色は、それだけで涙が出そうになるほどのご馳走だった。
「なあ、クロ」
俺は背中のバックパックに声をかけた。
「俺たち、本当に冒険者になるんだな」
バックパックがもぞりと動き、「くぅん」と小さな、しかし確かに同意する声が聞こえた。
俺は笑った。
この広大な世界に、たった一人(と一匹)かもしれない。
でも、不思議と孤独ではなかった。
胸の中には、レオとアンナとの温かい思い出がある。
そして背中には、この世界で最高の相棒がいる。
それだけで十分だった。
俺は顔を上げた。
視線の先、遥か彼方に、ようやく目的地の街の城壁が見えてきていた。
***
街の名は、クロスロード。
その名の通り、王国と隣接するいくつかの小国とを結ぶ交通の要衝に位置する巨大な商業都市であり、そして、王国で最も活気のある冒険者ギルドが存在する街でもあった。
王都アステリアが洗練された「静」の都であるならば、このクロスロードは混沌とした「動」の街だった。
城門をくぐった瞬間、俺の五感を圧倒的なまでの情報の奔流が叩きつけた。
まず、音。
様々な国や地方の訛りの強い言葉が、まるで洪水のように入り乱れて飛び交っている。屈強な傭兵たちの野太い笑い声。商人たちの客を呼び込む威勢のいい声。馬車の車輪が石畳を軋ませる音。どこかの酒場から漏れ聞こえてくる、陽気で、しかしどこか物悲しい異国の楽器の音色。
次に、匂い。
焼きたてのパンの香ばしい匂い。露店で焼かれている得体の知れない肉のスパイシーな匂い。馬や家畜の糞尿の匂い。そして、この街に集う多種多様な人々が発する、汗と土埃と安物の酒が混じり合った、むせ返るような生命の匂い。
そして、何よりも、人。
屈強な鎧に身を包んだいかにもな冒険者。背中に巨大な戦斧を背負ったドワーフの戦士。尖った耳を持つ美しいエルフの弓使い。怪しげなローブで全身を覆った胡散臭い魔術師。尾と耳を持つ獣人の商人。
俺がこれまで本の中でしか知らなかったファンタジー世界の住人たちが、今、目の前で当たり前のように息をし、生活している。
「うおおおおおおおおっ! すげええええええええっ!」
俺はもはや隠すこともなく、田舎者丸出しで叫んでいた。
前世で夢中になってプレイしたRPGゲームの世界。そのオープニングの街に、今、俺は立っているのだ。
胸が高鳴らないはずがなかった。
「おい、そこの坊主! 邪魔だ、どきやがれ!」
背後から野太い声と共に、どしん、と突き飛ばされた。俺はたたらを踏み、危うく転びそうになる。見れば、俺の背丈の倍はあろうかという傷だらけの顔の大男が、忌々しげに俺を睨みつけていた。
「す、すみません」
俺が慌てて謝ると、男は「ちっ」と舌打ちをして、人混みの中へと消えていった。
これが、この街の日常。
洗練された王都とは明らかにルールが違う。誰もが自分の力と度胸だけで生きている。
だが、その荒々しい空気が、俺にはむしろ心地よかった。
俺は道行く人に冒険者ギルドの場所を尋ねた。
誰もが俺の子供らしい見た目――十三歳にしては少し小柄で、貴族生活が長かったせいで肌も白く、おまけに童顔ときている――を奇異な目で見たが、親切に道を教えてくれた。
そして、俺はついにその建物の前にたどり着いた。
街の中央広場にひときわ巨大な存在感を放ってそびえ立つ、二階建ての木造建築。
長年の風雨に晒された黒ずんだ壁。屋根には苔が生え、壁には無数の剣や斧の傷跡がまるで勲章のように刻み込まれている。入り口には巨大な獣の頭蓋骨が飾られ、その空虚な眼窩が訪れる者たちを無言で値踏みしているかのようだった。
看板には剣と盾、そしてビアジョッキが交差する、実に分かりやすいマークが描かれている。
「冒険者ギルド、クロスロード支部」
ここが、俺の新たなスタートラインだった。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
そして、その重々しいオーク材の扉を、両手でぎいと押し開けた。
扉を開けた瞬間、俺の全身を再び圧倒的なまでの熱気と喧騒、そして匂いが包み込んだ。
広い吹き抜けのホール。
壁という壁には、お尋ね者の手配書(ウォンテッド・ポスター)や、様々な依頼(クエスト)が書かれた羊皮紙が所狭しとびっしりと貼り付けられている。
右手には巨大なカウンター。その向こう側で、数人のギルド職員らしき男女が冒険者たちの対応に忙しなく追われている。
左手は酒場(バー)になっていた。屈強な冒険者たちが昼間だというのに巨大なジョッキを呷り、大声で自慢話や下品な冗談をがなり立てている。
空気中にはエール(ビール)の芳醇な香りと肉の焼ける香ばしい匂い、そして男たちの汗と血と、ほんの少しの硝煙の匂いが混じり合って漂っていた。
それは俺がこれまで経験してきたどんな場所とも違う、混沌とした、しかし不思議な活気に満ちた空間だった。
全ての音が、全ての匂いが、全ての光景が、俺にこう語りかけてくるようだった。
「ようこそ、坊主。ここが、お前の新しい世界だ」と。
俺はその圧倒的な雰囲気に少しだけ気圧されながらも、まっすぐにカウンターへと向かった。
カウンターの向こうには一人の女性職員がいた。
年の頃は二十代半ばだろうか。少し気だるげな、しかし美しい顔立ち。長い栗色の髪を無造作に後ろで束ねている。着ているギルドの制服は胸元が少しだけ大胆に開いていた。
彼女は山積みの書類をうんざりしたような顔で処理していたが、俺がカウンターの前に立ったのに気づくと、ぱらりと書類から顔を上げた。
そして、俺の姿と、背負った不釣り合いなほど大きなバックパックを見ると、その気だるげな瞳をほんの少しだけ細めた。
「あら。可愛いお客さん。悪いけどここは託児所じゃないのよ。迷子になったんなら、あそこの衛兵さんの詰め所に行きなさい」
その声は甘く、しかしどこか疲れ切ったハスキーボイスだった。
俺はそのあまりにもテンプレ通りの対応に、思わず苦笑いを浮かべた。
やはり、この童顔が災いしたか。この世界では十三歳といえばそろそろ成人扱いされてもおかしくない年齢だが、どうやら俺の発育と顔立ちは、未だ少年の域を出ていないらしい。周りのむくつけき大男たちと比べれば、俺なんてヒヨコみたいなものだろう。
「いえ、迷子じゃありません。冒険者になりたいんです」
俺がきっぱりとそう言うと、彼女はきょとんとした顔で数回瞬きをした。
そして、次の瞬間。
「ぷっ。あはははははは!」
彼女は腹を抱えて笑い出した。
その豪快な笑い声に、周りにいた数人の冒険者たちも何事かとこちらを振り返る。そして俺の姿を見て、同じようににやにやと意地の悪い笑みを浮かべ始めた。
「冒険者になりたいですって? 坊や、冗談はよしなさい。ここはあんたみたいな育ちの良さそうなお坊ちゃまが、ままごとをしに来る場所じゃないのよ」
女性職員――リズと胸の名札には書かれていた――は、涙を拭いながら言った。
「悪いことは言わないから、お家に帰りなさい。ほら、お母さんが心配してるわよ」
「ですから、僕は本気です。冒険者登録をお願いします」
俺が食い下がると、リズは深々とため息をついた。
その顔には、「ああ、また面倒くさいのが来た」とはっきりと書かれている。
「わかった、わかったわよ。そんなに言うなら登録してあげる。でも、その前にちょっとした手続きがあるの。それをクリアできたら、ね」
リズはにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「手続き?」
「そう。冒険者になるには、自分の実力をギルドに証明する必要があるのよ。というわけで、まずはあんたの魔力量を測らせてもらうわ」
リズはそう言うと、カウンターの下からごとりと一つの古めかしい機械を取り出した。
それは俺が学園の入学試験で粉々にしたあの美しい水晶玉とは全く違う、無骨で実用性だけを追求したような魔道具だった。
鋳鉄製の頑丈そうな土台。そこから何本もの銅線が複雑に絡み合い、中央のガラス管へと繋がっている。ガラス管の中には水銀のような銀色の液体が満たされており、その上部には細かい目盛りが刻まれたメーターが付いていた。全体的にあちこちが凹んでいたり焦げ付いていたりして、長年の過酷な使用の歴史を物語っていた。
「これはギルド特製の『魔力測定器(マナ・メーター)』よ。この水晶の部分に手を触れて魔力を流すの。そうすると、あんたの魔力量に応じてこのメーターの針が振れるってわけ」
リズはぽんと、測定器の中央にある濁った水晶を叩いた。
「ちなみに、一般人の魔力量が大体10から20。見習いの魔術師で50くらい。一人前の宮廷魔術師クラスでようやく500を超えるくらいかしらね。このメーターは最大で1000まで測れる特別製よ。まあ、あんたの場合、針がピクリとも動かないかもしれないけど」
リズはくすくすと笑いながら言った。
周りの冒険者たちも、「おい、賭けようぜ。あの坊主の魔力、5を超えるか超えないか」「俺は3に銅貨一枚だ!」などと、下品な賭けを始めている。
俺はその無骨な測定器を見つめながら、ごくりと生唾を飲み込んだ。
(ま、待てよ。この展開……)
強烈な既視感(デジャヴ)が俺を襲う。
学園の入学試験。
国宝級の『星詠みの水晶』。
粉々に砕け散ったガラス片。
そして、白目を剥いて倒れたバルドル先生と、その後のマグナス教授の胃痛の日々。
(これ、完全にあの時と同じパターンじゃないか!?)
俺の本能が、警報を鳴らしていた。
いや、待て、落ち着け俺。
あの時は繊細な芸術品のような水晶だったから割れたんだ。
だが今回はどうだ? 見ろ、この無骨な鉄の塊を。見るからに頑丈そうだ。これなら、多少のオーバーロードにも耐えられるんじゃないか?
いやいや、油断は禁物だ。俺の魔力は、いつだって俺の予想の斜め上を行くんだから。
「あの」
俺はおそるおそるリズに尋ねた。
「これって、その、手加減とかってできますかね?」
俺のその弱気な発言は、完全に裏目に出た。
「手加減? ぷっ、あはははは! 坊や、あんた面白いこと言うのね! ない魔力をどうやって手加減するって言うのよ!」
リズは再び腹を抱えて大爆笑している。
ギルド中の冒険者たちも、腹を抱えて床を転げまわっている者すらいた。
「もういいからさっさとやりなさい! 私、忙しいんだから!」
リズにそう一蹴され、俺はもはや逃げ場を失った。
(くそっ、やるしかないのか。学園での悪夢を、ここでも繰り返すわけにはいかない……!)
俺は覚悟を決めた。
(いいか、俺。思い出せ。マグナス教授の苦悶の表情を。今こそその教訓を活かす時だ)
(イメージだ。とにかくイメージ。魔力を流すんじゃない。ただ指先から、ほんの一滴だけ魔力の『雫』をそっと染み込ませるような、そんな超絶繊細なイメージで……!)
俺は深呼吸を三回繰り返した。
そして祈るような気持ちで、その冷たい濁った水晶にそっと両手を触れさせた。
全神経を指先に集中させる。
体内の荒れ狂う魔力の奔流を必死に抑えつける。
そして。
ほんのわずかな、一滴の魔力を水晶へと送り込んだ。
その瞬間だった。
歴史は、残酷なまでに繰り返された。
ぴくん。
まず、測定器のメーターの針がありえない角度に跳ね上がった。
最大値の1000を軽く振り切り、メーターのストッパーにガツン! と激突し、あらぬ方向へとぐにゃりと曲がる。
次に、ガラス管の中の銀色の液体が沸騰したかのようにぶくぶくと激しく泡立ち始めた。
そして。
バチチチチチチチチチチチッッ!!!!
測定器全体から青白い火花が激しく散った。それはまるで小さな雷の嵐のようだった。
ギルド中がその異様な光景に水を打ったように静まり返る。
先ほどまで俺を嘲笑していた冒険者たちも、口をあんぐりと開けたまま固まっている。
リズの顔から笑みが消えた。
「な、なに、これ」
彼女の引きつった声が静寂の中に響き渡る。
だが、悲劇はまだ序章に過ぎなかった。
測定器は、きいいいいいいん、という耳鳴りのような甲高い警告音を発し始めた。
そしてその鋳鉄製の頑丈な土台がまるで生き物のようにがたがたと激しく震え出す。
本体のあちこちからぷすぷすと白い煙が噴き出し始めた。
(あ、やっぱりダメだった)
俺は悟った。
(これ、知ってる。俺、このパターン何回も経験したことある)
(これ、爆発する五秒前のやつだ)
「に、逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」
俺が魂の絶叫を上げるのと、
リズが状況を理解し、「ひっ!?」と悲鳴を上げてカウンターの下に飛び込むのと、
周りの冒険者たちもが我に返り、テーブルを盾にしたり蜘蛛の子を散らすように出口へと殺到するのと。
そして。
ギルド特製の頑丈なはずの魔力測定器が、その限界を完全に超え、凄まじい轟音と共に爆発四散したのは。
ほぼ同時だった。
ドッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!
凄まじい爆風と衝撃波がギルド全体を揺るがした。
カウンターは木っ端微塵に吹き飛び、天井からは埃と木の破片が雨のように降り注ぐ。冒険者たちが飲んでいたエールのジョッキは衝撃で床に落ちて砕け散り、壁に貼られていた無数の依頼書は爆風で蝶のようにひらひらと舞い上がった。
後に残されたのは、ぽっかりと口を開けた巨大な黒焦げのクレーター(カウンターがあった場所)。
そしてその中心で、爆風で髪の毛がアフロヘアーのようになっている俺、一人だけ。
しーん。
爆音の後の絶対的な静寂。
(また、やってしまった……)
俺は心の中で頭を抱えた。学園を卒業して、心機一転、平穏な冒険者ライフを送るはずだったのに。初日からこれかよ。
やがてカウンターの下から、リズが顔中煤だらけになってそろそろと顔を出した。
彼女は目の前の惨状を信じられないといった顔で見つめていた。
そして、俺のアフロヘアーを見て何かを言おうとして、口をぱくぱくとさせた。
その彼女の声にならない声が形になるよりも早く。
ギルドの奥の扉が、ばーん! と勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは一人の大男だった。
身長は二メートルを優に超えているだろう。その体は鎧など必要ないと言わんばかりの鋼のような筋肉で覆われている。顔には何本もの古い刀傷が走り、その片方の目は眼帯で覆われていた。だが、残されたもう片方の目はまるで老獪なドラゴンのように鋭く、そして深い光を宿していた。
その男が発する圧倒的な威圧感に、ギルド中の全ての人間が息を飲んだ。
男はゆっくりと部屋の中を見回した。
そしてその視線が、爆心地の中心で一人きょとんと突っ立っている俺の姿でぴたりと止まった。
ギルドマスターだ。
このクロスロード支部の長。
俺は直感的にそう理解した。
(お、終わった)
俺は思った。
(俺の冒険者人生、始まる前に終わった)
(弁償、いくらになるんだろう。俺、一生ここで皿洗いかな。いや、皿洗いじゃすまないかも……)
俺がそんな絶望的な未来を思い描いていると。
そのいかついギルドマスターは、ずかずかと俺の前に歩み寄ってきた。
そして、俺のアフロヘアーをじっと見つめた。
やがてその傷だらけの顔に深い、深い皺を刻み。
にやりと笑った。
その笑みは、まるで最高のお宝を見つけ出した海賊のようだった。
「面白い小僧が入ってきたな」
その地を這うような、しかしどこか楽しそうな声が静まり返ったギルドに響き渡った。
「その規格外の魔力、腐らせるなよ。――ようこそ、冒険者ギルドへ。合格だ」
こうして、俺、ガク・フォン・アルベインは。
冒険者になるその第一歩として。
「ギルドの特注の測定器を素手で爆破した、ヤバいアフロの新人」
という、あまりにも不名誉で、そして伝説的なあだ名を頂戴することになったのである。
俺の望む平和で穏やかな冒険者ライフへの道は、どうやらとんでもなく前途多難なものになりそうだ。
俺は降り注ぐ木の破片の中で、そっと顔を引きつらせるしかなかった。
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