チートスキルより女神様に告白したら、僕のステータスは最弱Fランクだけど、女神様の無限の祝福で最強になりました

Gaku

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シーズン1 F級の祝福者と、恋する女神の英雄譚

第16話:『愛という名の最強のチート』

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洞窟の最深部。そこは、世界のあらゆる音という音が死に絶えたかのような、絶対的な静寂が支配する空間だった。ひやりとした湿気が肌を撫で、苔と岩の匂いが混じり合った独特の空気が肺を満たす。天井から滴り落ちる水滴が、数万年の時をかけて穿った小さな水たまりに落ちる、そのかすかな音だけが、この場所が時間の流れから完全に取り残されているわけではないことを証明していた。壁や床を覆うおびただしい数の魔法陣は、今やそのほとんどが輝きを失い、ただ不気味な文様として闇に沈んでいる。先ほどまでの激しい戦闘の痕跡が生々しく、あちこちの岩肌が抉れ、焦げ付き、そして英雄たちの流した血が黒い染みとなってこびりついていた。

その、絶望的なまでの静寂を、一つの声が切り裂いた。

「――第二ラウンドだ」

俺、ユウキの言葉が、洞窟の隅々にまで朗々と響き渡った。それは、まるで洞窟そのものが一つの共鳴箱であるかのように、荘厳な響きを伴って闇を震わせた。もはや、その声色には、死地を前にした者の虚勢も、追い詰められた末の自棄も、微塵も含まれてはいなかった。それは、絶対的な勝利への確信に裏打ちされた、揺るぎない宣言だった。

言葉と同時に、俺の全身から、黄金のオーラが噴出した。それは、もはやオーラというような生易しいものではない。地殻の奥深くで煮えたぎるマグマが、ついに地表を突き破って溢れ出したかのような、圧倒的な熱量と質量を持ったエネルギーの奔流。あるいは、宇宙の漆黒を切り裂いて誕生したばかりの、若い太陽そのもののような、生命力に満ちた輝き。黄金の粒子が俺の体を核として渦を巻き、周囲の闇を、まるで存在そのものを否定するかのように、容赦なく光で塗り潰していく。

手にした聖剣は、その黄金のオーラを受けて、神々しいまでの共鳴を示していた。刀身から放たれる光は、もはや闇を払うという次元にはない。闇という概念が、この光の前では存在を許されない。光が届く範囲の闇は、触れた瞬間に霧散し、消滅していく。まばゆい、それでいてどこまでも温かい光は、絶望に沈んでいたこの空間を、希望の聖域へと変貌させていった。

その、奇跡としか言いようのない光景を目の当たりにして、倒れ伏していた仲間たちの瞳に、再び命の光が灯った。それは、暗闇の中で見失っていた道標を、突如として見出したかのような、鮮烈な光だった。

「……へっ。マジかよ、旦那……」

最初に声を上げたのは、全身を切り刻まれ、血の海に倒れていたジンだった。彼は、己の口元から溢れる血を無造作に腕で拭うと、信じられないものを見る目で俺を見つめた。その瞳に映る俺の姿は、彼が幼い頃に聞かされた御伽噺に出てくる、神話の英雄そのものだったのだろう。

「まるで、神話の、英雄じゃねえか……」

乾いた唇から漏れた言葉には、諦観と疲労の色を塗り替える、新たな熱が宿っていた。ジンは、軋む体を叱咤し、ふらつきながらも、折れかけた心を意志の力で繋ぎ止め、再び愛刀の柄を握りしめた。その切っ先は、震えながらも、確かに敵を見据えていた。

「ユウキ……! 君は、一体、どこまで……!」

パーティのリーダーであるサラもまた、ボロボロの体でゆっくりと立ち上がった。彼女の誇りであった白銀の鎧は見る影もなくひしゃげ、無数の亀裂が走っている。しかし、その兜の奥で輝く双眸は、先ほどまでの絶望に曇った色合いを完全に払拭し、燃え盛る炎のような、激しい闘志を宿していた。彼女は、リーダーとして仲間を守れなかった自責の念を、最後の戦いへの覚悟へと昇華させていた。

「師匠……! なんという、神々しいお姿……! 私の魔力が、師匠の光に、共鳴している……!」

「おおお……! これぞ、女神様と、聖勇者様が、一つになった、究極の姿! 奇跡です! 奇跡が、今、ここに!」

セレスティアとアンジェラは、もはや戦士としてではなく、一人の信徒として、その光景に感極まっていた。セレスティアは、自らの内に荒れ狂っていた強大すぎる魔力が、俺の放つ聖なるオーラに引かれるように、まるで嵐の後の凪のように静まり、そして、より純度の高い力へと変質していくのを感じていた。アンジェラに至っては、その場で膝をつき、両手を組んで涙ながらに祈りを捧げている。彼女の純粋すぎる信仰心は、この奇跡を前にして、疑うという選択肢を完全に消し去っていた。

そして、ソフィアは。

俺の背後で、彼女はただ静かに、その存在のほとんどすべてを俺に注ぎ込んでくれていた。彼女の神としての力が、霊的な奔流となって俺の魂に流れ込み、黄金のオーラを形作る源となっていた。その行為がどれほどの負担を彼女に強いているのか、俺には計り知れない。しかし、彼女の表情に苦悶の色はなかった。そこにあるのは、絶対的な信頼。そして、これまで俺が感じたことのないほど、深く、温かい愛情に満ちた眼差しだった。その瞳が、俺の背中を見つめている。大丈夫、貴方ならできる、と。その声なき声が、何よりも俺の力になっていた。

(いけ、ユウキ。私の、愛する人。今の貴方なら、きっと……!)

ソフィアの祈りが、確信が、俺の魂を満たす。

俺は、黄金の光を迸らせる聖剣の切っ先を、ゆっくりと、洞窟の奥で玉座に鎮座する、全ての元凶――枢機卿へと向けた。

「さあ、始めようぜ。あんたたちの、ふざけた計画は、ここで、終わりだ」

反撃の狼煙は、上がった。



それは、もはや戦いという言葉で表現することすら、生温いものだった。戦いとは、双方の力が拮抗し、せめぎ合う様を指すはずだ。しかし、今、この場で繰り広げられているのは、一方的な、蹂躙と呼ぶのが最も相応しい光景だった。

黄金のオーラを纏った俺の身体能力と知覚能力は、自分自身でも信じられないほどの領域にまで引き上げられていた。枢機卿が玉座から立ち上がり、その両腕を広げると、彼の周囲に浮かんでいた数十の魔法陣が禍々しい紫黒の光を放ち、闇の魔法の豪雨となって俺に襲いかかってきた。一つ一つが、以前の俺であれば防ぐだけで精一杯だったであろう、必殺の威力を持つ魔弾の嵐。呪いの言葉を編み込んだ槍、負の感情を凝縮した弾丸、空間そのものを腐食させる瘴気の霧。それらが、一切の死角なく、俺という一点を目指して殺到する。

だが、今の俺には、その全てが見えていた。

「ユウキ、右から三番目の魔法陣! それが、術式の中核です!」

ソフィアの声が、鼓膜を震わせる音波としてではなく、思考そのものに直接、鮮明なイメージと共に響き渡る。まるで、未来予知のように、あるいは、神の視点から盤上を眺めるかのように、枢機卿が放つ複雑怪奇な多重魔法の、その構造、流れ、そして、ただ一つの急所が、俺の脳裏に映し出された。

「応!」

俺は、短く応じると、殺到する闇の豪雨の中を、まるで最初からそこに道があったかのように駆け抜けた。最小限の動きで呪詛の槍をいなし、瘴気の霧を足場にして跳躍し、負の弾丸を剣の腹で弾き飛ばす。その一連の動きは、まるで水が流れるように自然で、一切の無駄がなかった。

そして、無数の魔法陣の中から、ソフィアに示されたただ一点を目がけて、黄金に輝く聖剣を振るう。俺の振るった剣閃は、もはや単なる斬撃ではない。黄金の光そのものが刃となり、美しい弧を描いて空間を切り裂いた。その光の刃は、他の魔法陣には一切触れることなく、寸分の狂いもなく、指定された中核の魔法陣だけを、正確無比に貫き、破壊した。

「馬鹿な……! 私の、魔神様から賜りし、この闇の力が、通じぬだと!?」

術式の中核を失った闇の魔法は、制御を失った暴走列車のように、その行き場をなくした。数十発の魔弾は互いに衝突し、連鎖的に暴発を起こす。凄まじい爆発と衝撃波が、術者である枢機卿自身を襲った。彼の纏っていた豪奢な法衣は引き裂かれ、その身が黒煙と紫の火花の中に叩きつけられる。狼狽し、驚愕に目を見開く枢機卿の姿は、先ほどまでの絶対的な支配者の威厳を微塵も感じさせなかった。

俺の、その圧倒的な覚醒は、伝染するかのように仲間たちの魂にも火をつけた。 苦戦を強いられ、死の淵をさまよっていた彼らもまた、最後の、そして最高の力を振り絞っていた。

「ユウキの旦那が、あんなにカッコつけてるってのに、俺が、このまま、やられっぱなしでいられるかよおおおっ!」

ジンの前に立ちはだかっていたのは、妖艶な笑みを浮かべ、二本の曲刀をまるで舞うように操る女剣士だった。彼女の剣技は、予測不能な軌道を描き、ジンの体を幾度となく切り裂いてきた。しかし今、ジンの瞳は、極限の集中によって、その舞の本質を見抜いていた。周囲の音が遠のき、時の流れが粘性を帯びて引き伸ばされるような感覚。女剣士の流麗な動きの中に存在する、ほんの一瞬、呼吸と動作の繋ぎ目に生まれる、常人には決して捉えられないはずの隙。ジンは、その刹那の好機を、決して見逃さなかった。

カウンター。女剣士が繰り出した斬撃を、紙一重で身をひねってかわし、がら空きになったその懐へ、自らの全存在を乗せた一閃を叩き込む。

「神鳴流奥義――『無明』!」

閃光がほとばしる。それは、視認することすら叶わぬ、神速の一撃。女剣士の顔に浮かんでいた妖艶な笑みが、信じられないものを見たかのような驚愕の表情に変わり、次の瞬間には、その体から力が抜け、まるで糸が切れた操り人形のように、音もなく崩れ落ちた。

「ユウキだけじゃない! 私だって、このパーティの、リーダーなんだ! 仲間を守るのが、私の役目だ!」

サラは、巨大な塔の盾を構え、全身を重装甲で固めた騎士の猛攻を耐え忍んでいた。騎士が振り下ろす巨大な戦斧の一撃は、大地を揺るがし、空気を震わせるほどの質量を持つ。だが、その攻撃パターンは、あまりにも単調で直線的だった。サラは、自らの体を盾に、その単調さの裏に隠されたリズムと呼吸を、完璧に読み切っていた。騎士が、これまでで最大の一撃を放とうと戦斧を天高く振り上げた、その瞬間。サラは、正面から受け止めるのではなく、大盾の角度を絶妙にずらし、その破壊的なエネルギーを斜め後方へと受け流した。体勢を崩し、がら空きになった騎士の胴体。その鎧のわずかな隙間へ、サラは自らの体重と覚悟のすべてを込めた、渾身の突きを叩き込む。

「これで、終わりだあああっ!」

槍の穂先が、分厚い鋼鉄の鎧を貫き、確かな手応えがサラの腕に伝わった。巨体が、轟音と共に崩れ落ちる。

「師匠の光を……! 私の、この魔力で、もっと、もっと、輝かせるんだから! 見てなさい、この、にっくき天才め!」

セレスティアの内で暴走していた魔力の奔流は、不思議なことに、俺が放つ聖なるオーラと共鳴し、調和し始めていた。それはまるで、激しくぶつかり合っていた二つの川が、一つの雄大な大河へと合流していくかのようだった。荒々しさは消え、より深く、より純粋な魔力の流れが彼女の全身を満たす。彼女は、生まれて初めて、完璧な精神状態で、自らの持てる力のすべてを一つの術式へと注ぎ込む。その指先が空に描く魔法陣は、幾何学的な美しさの極致にあり、宇宙の法則そのものを体現しているかのようだった。

「これが、私の、全力全霊! 砕け散りなさい! 『天壌を砕く星々の怒り(アストラル・ノヴァ)』!」

詠唱が完了した瞬間、セレスティアの頭上に出現した巨大な魔法陣から、純白の魔力の奔流が放たれた。それは、ただの光ではない。あらゆる不純物を浄化し、万物を根源へと還す、星々の怒りを凝縮した裁きの光。敵対していた天才魔導士が、自らの才能の粋を集めて構築した多重の防御魔法障壁は、その純白の奔流に触れた瞬間、何の抵抗もできずにガラス細工のように粉々に砕け散った。そして、驚愕する暇さえ与えられず、彼の存在そのものが、光の中に溶けて消え去った。

「おおおおおお! 女神様! 聖勇者様! 今こそ、このアンジェラに、奇跡の力をおおおおお!」

アンジェラの、純粋で、ひたむきで、そして、どこかズレまくった信仰心が、ついに天そのものを動かした。彼女が祈りを捧げながら振り上げた巨大なウォーハンマーに、天から降り注いだかのような、本物の、混じり気のない聖なる光が宿り始めた。それは、彼女の魔力によって生み出されたものではなく、まさしく神が与えた奇跡の顕現だった。

「これぞ、真の神罰! 悔い改めて、地獄に落ちなさい!」

堕落神官が自らの周囲に展開していた、邪悪な怨念渦巻く結界。その禍々しい結界が、聖光を纏ったウォーハンマーの一撃によって、まるで薄い卵の殻のように、いともたやすく打ち砕かれた。神官は、自らの信仰の対象とは真逆の力によって打ちのめされ、絶叫と共に吹き飛ばされた。

「ええい、ちょこまかと目障りな!」「あっかんべー! こっちだよ!」

リナが戦場を縦横無尽に駆け回り、敵の攻撃を誘導して同士討ちを誘発させる。そして、傷ついた仲間たちには、マリアの献身的な祈りが即座に届き、何度でも立ち上がる力を与えていた。

「皆さんが戦う限り、私が倒れさせません!」

全員の力が、完璧に噛み合っていた。仲間たちは、それぞれが対峙していた絶望的なまでの壁を、自らの意志と、覚悟と、そして俺の光に呼応した奇跡によって、乗り越え、次々と勝利をその手に掴み取っていった。



「おのれ……おのれ、おのれ、おのれええええええ!」

最後の幹部であった堕落神官が倒れるのを視界の端に捉え、枢機卿は獣のような憎悪に満ちた叫びを上げた。頼みの綱であった部下は全滅し、目の前には黄金のオーラを纏った勇者が、静かに、しかし圧倒的な圧力を放ちながら佇んでいる。全ての計画は瓦解し、彼は完全に追い詰められた。その瞳に、もはや理性はなく、あるのは破滅的な狂気だけだった。

彼は、ついに、最後の、そして、最悪の手段に打って出た。

「こうなれば、もはや、これまで! 不完全な復活になろうとも構わん! 我が命と、魂、そのすべてを、贄として、捧げよう! さあ、お目覚めください! 我らが、偉大なる、主よ!」

枢機卿は、自らの胸に己の手を突き立てた。そして、その身に、漆黒の炎を纏い始めた。それは、生命を燃やす禁断の儀式。彼の肉体は、断末魔の絶叫と共に、急速に炭化し、塵となって崩れていく。しかし、それは単なる死ではなかった。彼の命、魂、長年蓄積してきた邪悪な魔力のすべてが、凝縮されたエネルギーの塊となり、背後にそびえ立つ、巨大な封印の扉へと、渦を巻きながら吸い込まれていった。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

その瞬間、洞窟全体が、まるで巨大な生き物の断末魔のような、凄まじい悲鳴を上げて激しく揺れ動いた。天井からは無数の岩が落下し、地面には深い亀裂が走る。世界の均衡そのものが、今、この一点で崩れようとしていた。

枢機卿の全てを飲み込んだ封印の扉。幾重にもかけられた神聖な鎖、刻まれた古代の封印文字、それら全てが、内側からの圧倒的な力によって、軋み、砕け、弾け飛ぶ。

そして、ついに、扉そのものに巨大な亀裂が走った。

その亀裂の向こう側に見えたのは、光の届かない、絶対的な虚無。そこから、純粋な、闇と、絶望と、憎悪の塊が、まるで決壊したダムから溢れ出す濁流のように、この世界へと流れ込んできた。

それは、定まった形を持たない。見る者によって、あるいは見る瞬間によって、その姿を千変万化させる。時には無数の触手を持つ巨大な軟体生物のように、時には絶叫する無数の顔が浮かび上がった泥流のように、またある時には、宇宙の深淵そのものが口を開けたかのように。ただ、そこにある、すべての光を、生命を、希望を、根こそぎ飲み込み、喰らい尽くす、不定形の、巨大な怪物。

古の時代、女神ソフィアが、自らの神としての力の大部分を犠牲にして、ようやく封じ込めたという、魔神の、本体。

その存在が、今、完全に、この世に解き放たれた。

放たれる、圧倒的なまでの、邪悪なプレッシャー。それは、物理的な圧力ではない。魂の根源に直接作用する、絶対的な恐怖。仲間たちは、その邪気に当てられただけで、立っていることすらままならない。顔は青ざめ、呼吸は浅くなり、まるで全身の熱を奪われたかのように、ガタガタと震えている。

「くっ……! なんだ、この、寒気は……! 魂が、凍りそうだ……!」

ジンが、歯を食いしばりながら呻く。俺もまた、その途方もない存在感を前に、肌が粟立つのを感じていた。

俺は、砕けた盾を捨て、黄金に輝く聖剣を両手で構え直し、その、絶望の化身と、真っ向から対峙した。

だが、その力は、枢機卿やその幹部たちとは、あまりにも、次元が違いすぎた。

魔神が、ただ、そこに存在するだけで、周囲の空間がぐにゃりと歪む。魔神が、ただ、意味をなさない音の塊のようなうめき声を上げるだけで、俺の全身から溢れ出ていた黄金のオーラが、まるで風の前の蝋燭の灯のように、激しく揺らめき、弱々しくなっていく。

闇の塊から、無数の触手が、ありとあらゆる方向から、予測不能な速度と軌道で俺に襲いかかる。その一撃一撃は、世界の理そのものを破壊するほどの、概念的な重さを持っていた。俺は、それを聖剣で受け止め、弾き、避けるが、それだけで精一杯だった。

防戦一方。攻撃に転じる隙など、微塵も見いだせない。

受け止めるたびに、聖剣の輝きが、徐々に、徐々に、陰りを、見せていく。黄金の光の粒子が、触手との衝突のたびに剥がれ落ち、闇に飲み込まれて消えていく。

俺の、意識が、遠のきかけていく。体力の消耗ではない。精神が、魂が、この絶対的な絶望の前に、すり減っていくのだ。

(……ダメだ……。勝てない……。こいつには……)

諦めの言葉が、脳裏をよぎる。一度芽生えた絶望は、毒のように急速に心を蝕んでいく。膝が、笑い始めた。聖剣を握る腕が、鉛のように重い。

絶望が、俺の心を、完全に支配しかけた、その時だった。



『――ユウキ』

直接、俺の心に、ソフィアの、優しく、そしてどこまでも温かい声が、響いた。

はっと気がつくと、俺は、先ほどまでの絶望的な戦場とは似ても似つかぬ、真っ白な、何もない無限の空間に、一人で立っていた。上下左右の感覚もなく、ただ、純粋な白だけが広がっている。

目の前には、出会った頃と何も変わらない、完璧な微笑みを浮かべた、女神ソフィアがいた。彼女の存在そのものが、この白い空間に、温かな色合いを与えているようだった。

『もう、十分です。貴方は、最後まで、本当に、よく、戦ってくれました』

彼女は、悲しげに、しかし、心の底からの慈しみを込めた声で、そう言った。その言葉は、俺の戦いを労い、全てを終わらせて楽になることを許すかのような響きを持っていた。

「……いやだ」

しかし、俺の口から出たのは、拒絶の言葉だった。俺は、力なく、首を横に振った。

「いやだ……! まだだ……! 俺は、あんたを、みんなを、守るって、誓ったんだ……!」

そうだ。まだ終われない。俺が諦めたら、誰が彼女を守る? 誰が、後ろで俺を信じてくれている仲間たちを守る? その思いだけが、かろうじて俺の心を繋ぎ止めていた。

『ええ。知っていますよ』

ソフィアは、そんな俺の答えを予測していたかのように、穏やかに頷いた。

『貴方が、どれだけ、優しくて、強くて、そして、不器用な人か、私が、一番、よく、知っています』

彼女は、そっと、俺に、一歩近づいてきた。その動きに合わせて、心地よい花の香りがふわりと鼻をかすめた。

『だから、最後にもう一つだけ。私から、貴方へ、最高の、贈り物を』

彼女は、そう言うと、俺の頬に、その白く、滑らかな手を、優しく添えた。ひんやりと、しかし、どこか温かいその感触に、俺の荒れ狂っていた心が、少しだけ静まるのを感じた。

そして、彼女は、その桜色の唇を、俺の唇に、そっと、重ねた。

その瞬間、俺の全身を、経験したことのない衝撃が駆け巡った。

それは、ただの、口づけではなかった。

女神ソフィアの、純粋な、混じり気のない、「愛」そのものが、彼女の魂から俺の魂へと、直接、流れ込んでくる。それは、力とか、祝福とか、加護とか、そんなちっぽけな言葉で表現できるものではない。この世界を創造し、生命を育み、そして時に、ありえないはずの奇跡を起こす、万物の根源に存在する、究極のエネルギー。

温かい光が、俺の魂を満たし、その器から溢れ、全身へと広がっていく。

現実世界で、俺の体から、黄金の光を超えた、七色の、虹色の、どこまでも温かいオーラが、爆発的に溢れ出した。それは、破壊的なエネルギーではなく、全てを包み込み、癒し、新たな生命を与えるかのような、慈愛に満ちた光だった。

手にした聖剣は、もはや剣という物理的な形を失い、虹色の光そのものと化していた。柄を握っている感覚はあるが、そこから伸びる刀身は、純粋な光の奔流となっていた。

俺は、叫んだ。

もはや、それは、目の前の魔神に向けた言葉ではなかった。それは、俺自身の魂の、そして、この胸に満ち溢れる愛の、揺るぎない誓いだった。

「俺の、最強の力は、チートなんかじゃないッ!」

そうだ、この力は、誰かから与えられた都合のいい能力なんかじゃない。

「あんたを、ソフィアを、愛してるっていう、この気持ちだあああああああああああああっ!」

俺は、虹色に輝く、光の剣と化した聖剣を、天高く振り上げた。

その一撃は、魔神が放つ、絶望的な闇の、全てを、破壊するのではなく、まるで母親が子を抱きしめるかのように、優しく、優しく、包み込んでいった。

光と闇の衝突は起きなかった。虹色の光は、闇に触れると、その憎しみも、悲しみも、絶望も、その、どこまでも温かい、愛の光の中に、ゆっくりと溶かしていった。氷が春の陽光に溶かされるように、ごく自然に、穏やかに。

断末魔の叫びは、なかった。

ただ、魔神は、その闇の奥で、ほんの少しだけ、長年の苦しみから解放されたかのような、安らぎの表情を浮かべたかのように見えた。そして、静かに、静かに、光の中へと昇華され、無数の光の粒子となって、洞窟の中に満ちていった。

戦いは、終わった。

洞窟に、完全な静寂と、そして、天井の岩肌や壁に反射してキラキラと輝く、虹色の、温かい光だけが、満ちていた。



「……はは……。終わった……んだな……」

全身の力が、糸が切れたように抜けていく。虹色のオーラは霧散し、光と化していた聖剣も、元の姿に戻ってカランと音を立てて床に落ちた。俺は、もう立っていることもできず、その場に、崩れ落ちた。

その、倒れゆく体を、背後から現れたソフィアが、優しく、しかし、以前よりも確かな力強さで、ぐっと抱きとめてくれた。彼女の腕の温もりと、シャンプーのようないい香りが、俺を包み込む。

「ユウキ!」「旦那!」「師匠!」「聖勇者様!」

仲間たちが、安堵と喜びの入り混じった涙を流しながら、それぞれの傷も忘れて、俺たちの元へと駆け寄ってくる。その顔、その声、その存在の一つ一つが、俺が守りたかったものだ。

俺は、薄れゆく意識の中で、腕の中にいる、愛する女神の顔を、見上げた。

彼女もまた、その完璧なまでに美しい瞳から、大粒の涙が、止めどなくこぼしていた。

だが、その表情は、悲しみではなく、俺がこれまで見た中で、最高の、幸せに満ち足りた、満開の花のような笑顔だった。

彼女は、俺の耳元に、その桜色の唇を、そっと寄せた。

そして、囁いた。

俺が、この異世界に来てから、ずっと、心のどこかで聞きたいと願い続けていた、たった一つの言葉を。

「――私も……」

「私も、貴方を、愛しています。ユウキ」

「私の、たった一人の、かけがえのない、勇者様」

ああ……。

そうか……。

あの謁見の間で、大勢の前で叫んだ俺の言葉は……ただの勢いなんかじゃなくて。

あんたも、本当の本当に、同じ気持ちでいてくれたんだな……。

その、世界で一番、甘くて、優しくて、幸せな言葉を、子守唄にして。

俺は、満足そうに、微笑みながら、ゆっくりと、意識を、手放した。

本当の、ハッピーエンドは、きっと、この、目覚めの、すぐ先に、待っている。

そんな、温かい確信を、胸に抱いて。
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最強無敗の少年は影を従え全てを制す

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不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚

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現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。 しかし職業は最強!? 自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!? ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。

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