天才・新井場縁の災難

陽芹孝介

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第一話 京都へ

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  血を流して倒れている弘子の元へ、縁は駆け寄った。
  トイレの中に入った縁はすぐに異変に気付いた。
 「うん?この臭い……」
  何かの臭いを感じながら、縁はすぐさま弘子の脈を確認した。
  すると、ようやく桃子と、小林もトイレ前に到着した。
  桃子と小林は中の様子を見て、驚愕した。
  桃子はその光景に目を見開き、小林は叫んだ。
 「ひ、弘子ぉーっ!」
 「縁……これは!?」
  桃子と小林がトイレに入ろうとすると、縁が大声で言った。
 「入るなっ!」
  縁の大声に桃子と小林は怯んだ。
  縁は続けた。
 「小林さんは、今すぐに救急車をっ!そして、桃子さんは警察を……それとホテルの出入口を封鎖するよう、すぐにホテルの責任者にっ!」
 「あ、ああ……わかった」
  桃子はそう言うと、走ってこの場を去り、縁の指示通りにした。
  小林は呆然として呟いてる。
 「弘子…弘子………弘子…」
  縁は言った。
 「小林さんっ!弘子さんはまだ生きているっ!しっかりしてくれっ!」
 「えっ!?……わ、わかりましたっ!」
  縁の声に我に帰ったのか、小林は慌てて携帯で救急車を呼んだ。
  弘子は左の腹部と右肩から血を流している。
  縁は自分の着ていたシャツを破り、それを肩にくくりつけて、肩の止血をした。
  腹部は残りのシャツを傷口に押さえつけて、懸命に止血をしている。
  出血量からして、2箇所とも動脈を傷つけている訳では無さそうだか、放っておくと危ない。
  止血していると、縁は何かに気付いた。
 「ん?ブレスレットが一つしか無い……」
  縁の言うように弘子の手首にはブレスレットが一つだけあった。
  弘子は確かにブレスレットを3つしていたはずだ。
  しばらくすると救急車が到着し、救急隊員に担架で運ばれて行った。
  小林もその後を追った。
  縁は言った。
 「後は医者に任せるしかないな……」
  そう言った縁の姿は血まみれだった。
  縁はトイレから出ようとすると、足元に見覚えのある財布が落ちているのに、気付いた。
  縁はその財布を、指紋が付かないように、ハンカチを使って拾った……弘子の財布だ。
 「現金が抜き取られている……」
  縁が言うように、財布の中身はカード類を残して、お札だけが抜き取られていた。
  縁はその場に財布を置き、トイレを出て、トイレの入口の隅で震えている、女性客に聞いた。
 「トイレには入りましたか?」
  女性客は黙って首を横に振った。
  すると、桃子が戻って来た。
 「縁っ!小林夫人は?」
 「今、救急車で運ばれたよ……」
 「そうか……まだ生きているのだな…」
  桃子は少しほっとした表情だ。
  縁は言った。
 「これだけの騒ぎなのに……あまり野次馬がいないな……」
  桃子は言った。
 「責任者に頼んで、野次馬対策をしてもらった。で……何かわかったか?」
  縁は言った。
 「その話は警察が来てからするよ……」
  数分後、地元の警察がようやく到着した。
  現場に到着した警察はさっそく、現場検証のために、鑑識がトイレに入った。
  すると、鑑識ではない二人のスーツ姿の刑事が、縁たちに聞き込みをした。
  二人いる刑事の内の一人が言った。
 「京都府警のとどろきです」
  轟刑事は背が高く、肩幅も広い……黒のスーツを羽織っているが、無精髭のせいで、清潔感はあまりない。年齢は30代後半といったところだ。
  すると、もう一人の刑事も言った。
 「京都府警の川村です……よろしゅう…」
  川村刑事は腰が低そうな人物で、見た目は定年前の刑事と、いった感じだ。
  轟刑事が言った。
 「現場を検証したが、財布の中身が空でしたわ……物取りの線が濃いかも…」
  川村刑事は轟刑事の言葉に黙って頷いている。
  すると縁が二人の刑事に言った。
 「決めつけは良くないですよ……。確かに財布の中身は空でしたが、弘子さんは高価なネックレス等も身に付けていました。物取り目的なら、何故それらを残すのですか?」
  二人の刑事は血塗れで話す縁の言葉に、呆気にとられている。
  縁は続けた。
 「それに、時刻はまだ午後3時……こんな時間に強盗なんてしますか?」
  轟刑事は憮然とした表情で言った。
 「何や君は?子供が何を……」
  縁は続けた。
 「ホテルの責任者に頼んで、ホテルの出入口を封鎖しました……」
  轟刑事は言った。
 「何を勝手な……」
 「すぐに硝煙反応をとって下さい……」
  川村刑事は縁に聞いた。
 「報告があったから、犯人が銃を所持してるのは知ってるけど……」
 「俺が、トイレに入った時に微かに硝煙の臭いがしました……犯人が内部の人間の場合、硝煙反応が出る可能性があります」
  轟刑事は興奮気味に言った。
 「そんなん、君に言われんでもわかってるわっ!」
  川村刑事は轟刑事に言った。
 「まぁまぁ、川村……。それにしても君……何者や?」
  すると、桃子が言った。
 「ふふふ……凄いだろ?うちの縁は」
  川村刑事は言った。
 「何や?あんた……」
  桃子は偉ぶって言った。
 「私か?私は天才推理作家の小笠原桃子だ……そして、彼がその助手の新井場縁だ」
  縁は頭を抱えた。
 「自分で天才って言うなよ……。それに、俺はいつからあんたの助手になったんだ?」
  桃子を見て川村刑事は言った。
 「そう言えば……あんたの事、最近テレビで見たわ……」
  しかし、轟刑事は鼻で笑った。
 「ふんっ……小説と実際の事件は違うぞ」
  桃子は激昂した。
 「何だと!貴様っ!私たちはこれまで数多くの事件を解決してきたんだぞっ!」
  縁は桃子を抑えた。
 「まぁまぁ、桃子さん……。それより刑事さん、とにかく硝煙反応を……銃声が聞こえなかったので、おそらくサイレンサー付きの銃でしょう……。因みに僕には硝煙反応が出るかもしれません、トイレに入って弘子さんを応急処置していたので」
  川村刑事が言った。
 「すると、君以外の人間から硝煙反応が出たら、容疑者の可能性が高いわけやな……」
  縁は言った。
 「はい……しかし、外部犯の可能性も捨てきれませんので、付近に厳重警戒を……」
  轟刑事が言った。
 「また勝手な事を……君に言われんでもわかってるわっ!」
  縁は言った。
 「それと……川村刑事…」
 「何や?……」
 「着替えたいのですが……」
  川村は血まみれの縁を見て言った。
 「ああ…かまへん、着替えてきぃ……。その代わりすぐに戻ってきてや」
 「ええ、もちろんです」
  そう言うと縁は自分の部屋に戻った。
  部屋に戻った縁は色々考えた。
 「おそらく内部犯だな……どう考えても白昼堂々、強盗するのは……おかしい」
  縁は洗面所で血塗れの手を、丹念に洗い、鞄から翌日着るための服を取り出した。
  黒い星柄のシャツを白のTシャツの上から羽織り、現場に向かった。
 「しかし、いったい何故弘子さんが?……気になるのはバーテンの順ちゃんと呼ばれる男……弘子さんの知り合いのようだが……」
  縁が現場に戻ると、事件の関係者らしき者たちがいた。
  順ちゃんと呼ばれるバーテンダーに、バーテンダーを平手打ちした女性客……それに、桃子に……スーツ姿の年配の男性がいる。
  おそらくは……ホテルの責任者か……。
  縁に気付いた桃子は手を振った。
 「縁……こっちだ……」
  縁は桃子の隣に行った。
  縁が並んだのを確認すると、轟刑事が言った。
 「では一人づつ伺います……。まずはあなた、名前と年齢は?」
  バーテンは轟刑事に聞かれて少し動揺しながら答えた。
 「及川順矢おいかわじゅんや27歳……このホテルのビリヤードバーの従業員です」
 「あんた、被害者と知り合いのようですねぇ」
 「はい、大学時代の友人ですけど……」
 「なるほど……あの時間は何処に?」
 「店の奥で夜の仕込みをしていました……」
  轟刑事は手帳にメモをしている。
  轟刑事は女性客に言った。
 「ほな、次はあんた……第一発見者の……」
  女性客は言った。
 「中村絵莉なかむらえり……24歳……」
  絵莉も少しは落ち着いたのか、顔色も少しだが元に戻っていた。
  轟刑事は続けて質問した。
 「このビリヤード場に何をしに?」
  すると絵莉は激昂した。
 「はぁ?私を疑ってんの?」
  川村刑事がフォローした。
 「すんませんなぁ……一応決まりなんで……気ぃ悪ぅせんといて下さい。あんさんからは硝煙反応は出んかったから……犯人やないと思うけど、一応な……」
  絵莉は表情は不機嫌そうだが、仕方なく答えた。
 「そこのバーテンの順ちゃんに会いに来たんや……でも順ちゃん、カウンターに出できてくれんから……」
  絵莉の話にバーテンの順矢はバツが悪そうな表情をしている。
  それ見て轟刑事は「コホンッ」と軽く咳払いをして、質問をした。
 「それで?トイレに?」
 「そう……トイレに行ってから、帰ろうとしたら……女の人が倒れてたから、思わず悲鳴をあげたん……」
  現場の状況を思い出したのか……絵莉の表情は怒りから、再び恐怖に変わっていった。
  轟は納得したのか、次の人物に話をした。
 「次は……あんたや。名前と年齢は?」
  話を振られたのは、スーツ姿の年配の男性だ。
 「はい…大塚信五おおつかしんごと申します……年は60歳です」
 「あんたは……このホテルの支配人ですね?」
 「はい、私はずっと支配人室にいたんですが、そこの女性に言われて……ホテルの出入口を封鎖していました」
  大塚は桃子を見ると、刑事たちも納得したようだった。
 「以上か……」
  轟刑事がそう言うと、桃子が言った。
 「私たちは、いいのか?」
  轟刑事は言った。
 「あんたらはもうええ……さっき聞いた」
  桃子は少し残念そうにした。
  そして川村刑事が言った。
 「それでは、申し訳ないですが……しばらくこの場で待機しといて下さい」
  そう言うと二人の刑事この場をあとにした。
  すると、支配人の大塚は言った。
 「どうしてこんな事に……」
  みんなの表情はそれぞれ暗い。当然だ、今さっきこの場所で強盗事件が発生したのだから。
  縁は現場であるトイレに行った。
  それを見て桃子も後を追う。
 「待て、縁……私も行くぞ……」
  縁はトイレの入口でトイレを見渡した。
  入口から見て個室の部屋が4つに用具入れが一つ、対面に大きな長方形の鏡があり、前に椅子が4つある。
  中央には、弘子の血痕が生々しく残っていた。
  桃子が言った。
 「婦人は無事だろうか?」
  縁は言った。
 「肩の弾丸は貫通していたが……腹部は貫通していない。おそらく体内に残っている……」
 「大丈夫なのか?」
 「出来るだけの事はしたよ……後医者に任せるしかないよ」
  桃子は寂しそうに言った。
 「そうか……無事だといいがな……」
 「それより桃子さん、どう思う?」
 「どうって?」
 「犯人だよ……強盗だと思うか?」
  桃子は表情を険しくした。
 「今のところは、何とも言えないな……」
  縁は言った。
 「おそらく警察は、ホテルに残っている他の人間の硝煙反応を調べているだろうけど……ここにいる人間はどうだった?」
  桃子は言った。 
 「私も含めて硝煙反応はでなかったよ……」
 「だろうね……だとしたら、絵莉って人は白だよ」
 「何故だ?」
 「第一発見者の彼女が犯人だったら硝煙反応はでるよ……それを確かめるために、トイレに誰も入れなかったんだから…」
 「なるほど……」
  感心している桃子をよそに、縁はトイレを調べ始めた。
  縁は用具入れを開けた。
  中は整頓されている様子はなく、ゴチャゴチャしている。
  中を見て縁は何かを見つけた。
 「これは?……ふっ、なるほど……」
  縁はそれらをスマホのカメラに納めた。
  次に縁は血痕が広がっている箇所を調べた。
  桃子は血痕を見て少し立ちくらみをしている。それ程に弘子の出血量が多かったのが伺える。
 「何か手がかりは……ん?これは……」
  縁はハンカチを使いそれを拾った。
 「パワーストーン……」
  縁は青く輝くパワーストーンをハンカチにくるんで、保管した。
  縁と桃子はトイレを出た。
  縁はそのまま絵莉の元へ向かった。
 「あの、少しいいですか?……」
  絵莉は縁に言った。
 「ああ……男前のお兄さんか……何や?」
 「あの時、バーテンさんを平手打ちした理由はなんですか?」
  とっぴようしもない質問に、絵莉は苦笑して言った。
 「何や……刑事みたいやなぁ……まぁええわ」
  絵莉は話出した。
 「私な……順ちゃんと付き合っててん……」
  どうやら恋人同士だったようだ。
 「せやねんけど……忘れられへん女がいるから、別れてくれって言ったんや」
  桃子が言った。
 「浮気か?」
 「ううん……そやない……その女が久しぶりに京都に来たから、気持ち伝える言うて」
  縁が言った。
 「それでモールの前で……」
 「そう……あの時は興奮して、平手かましたけど……やっぱり私順ちゃんが好きやから、謝って考え直してもらおうと思って……」
  桃子が言った。
 「それでここに来たのか……」
 「そうや……でも、あかんな。順ちゃんのあの顔見てたら、順ちゃんの忘れられん女って、あの撃たれた人やろ?」
  桃子が言った。
 「よくわかったな……」
 「そらわかるわぁ……私はずっと順ちゃんを見てきたんや……」
  順矢をずっと追っていたからこそ、絵莉は言えるのだ。順矢は弘子の事が好きだと。
  絵莉は順矢の事が好きだからこそ、順矢の好きな人がわかってしまう……絵莉からすれば、やりきれないだろう。

  ……30分経過……

  桃子はビリヤード台に腰をかけて、ボールを転がしたりして遊んでいた。
  他の3人も時間をもて余している感じだった。
  縁は順矢の様子を見ていた。
 「惚れた女か……」
  惚れた女は既に、他の男の妻になっている。ドラマなどでよくある話だが……。
  その時だった、順矢が髪をかき上げた時にそれが見えた。
 「あれって……」
  するとその時桃子が誤って、ボールを床に落としてしまった。
  ボールはコンクリートの床を、コーンという音を鳴らして跳ねた。
  それを見て縁は言った。
 「そうか……」
  そう言うと縁は勢いよく走り出した。
  縁が走った先はビリヤード場出入口で、縁が出ようとした時に、戻ってきた二人の刑事と遭遇した。
  縁は言った。
 「あっ!刑事さんたち……」
  川村刑事が言った。
 「ん?どうしたんや?」
 「目撃証言はありましたか?」
  轟刑事が言った。
 「君には関係ないやろっ!」
  川村刑事は轟刑事を抑えた。
 「まぁまぁ轟……ええやないか。残念ながら今のところは……あらへんなぁ…」
 「やっぱりそうですか……。それと少しお願いが……」
 「何や?…」
  縁は川村刑事に頼み事を言った。
  それを聞いた轟刑事は激昂した。
 「何やとっ!?何でそんな事をせなあかんねんっ!」
  縁は言った。
 「大事な事です……。鑑識に聞いたらすぐにわかるでしょ?」
  轟刑事はさらに怒った。
 「そんな事を言うてるんやないっ!何で、それを君に指図されな、いかんのやっ!」
  川村刑事はまたもや轟刑事を抑えた。
 「まぁ落ち着け……。確かに君の言う通り簡単やけど、それでほんまに犯人がわかるんか?」
  縁は言った。
 「ええ……」
  川村刑事は言った。
 「よしっ!わかったっ!儂が聞いたる……。ちょっとすまんけど、引き続きこの場で待機しとってくれ」
  轟刑事は言った。
 「いいんですか?川村さん……」
 「かまへん……事件が解決するんやったら……何でもええやないか」
  川村刑事がそう言うと、轟刑事は仕方なさそうに従った。
  縁は桃子のところへ戻った。
  桃子が言った。
 「いったいどうしたんだ?縁……」
  縁は言った。
 「ピースは揃った……」
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