18 / 76
第三話 天才美人作家・小笠原桃子の災難
③
しおりを挟む
アパート一室に首吊り死体……衝撃的な光景と、そして臭い……。
桃子は目を見開いている……。
縁は鼻と口を手で塞ぎ桃子に言った。
「桃子さん……警察を……」
「わっ、わかった……」
桃子は死体が目に入らないように、外に行き……警察に連絡を入れた。
縁は部屋の中に入って行った。
部屋の間取りは1Kのアパートで、物は少なく片付いていた。
寝室の中央にちゃぶ台があり、その上の天井から死体がぶら下がっている。
ちゃぶ台の上にはノートPCがあり、起動している。
縁は死体がぶら下がっているのを、なるべく見ないようにして、PCを覗いた。
もちろんハンカチを使い、指紋が付かないようにマウスを操作した。
PC画面には、Wordが開いており、何かが打ち込まれていた。
『モモタンへ……先に向こうでまってるよ……』と、あった。
縁は次に死体を確認した。
足の先から順番に、膝、太もも……上半身の順番に触って確認した。
「死後硬直が行き届いている……死後12時間ってところか……うん?」
縁はちゃぶ台の上にある、眼鏡に気付いた。
「黒服に眼鏡か……部員の証言と一致するな……」
縁の頭の中では、この人物が桃子のストーカーである可能性が高まった。
すると桃子が部屋に入ってきた。
「警察には連絡した……じきにやって来るだろう……」
桃子は死体から目を逸らしている。
縁は言った。
「桃子さん……この人に心当たりは?」
桃子は険しい表情で死体を見た。
死体を見るのは初めてではないが、まだ慣れてはいないようだ。
すると桃子は言った。
「こいつは……何度か大学で、私を出待ちしていたやつだ……」
「やっぱり……どうやらストーカーの正体はこの人だったようだよ……」
縁はちゃぶ台の上のPCを指差した。
桃子は死体をなるべく見ないようにして、PCを覗いた。
「これは……遺書か?」
「みたいなもんだよ……」
縁は再び死体を確認した。
「うん?右手の人差し指の爪に、何か引っ掛かってる……」
爪の先には、黒い繊維が引っ掛かっており、その指の腹からは少し出血をしていた。
縁は人差し指をスマホのカメラで撮った。
するとちゃぶ台の上で何かが光った。
縁はその光る物を見て言った。
「なんだこれ?丸いビニールか?」
縁はそれもスマホで撮った。
するとようやく警察がやって来た。
するとその中の一人の警察官が話しかけてきた。
話しかけてきた警察官はスーツ姿で、ひょろりとした刑事だ。
その刑事は言った。
「縁君と、小笠原さん?」
縁はその刑事の顔を見て言った。
「今野刑事……」
今野洋平……百合根署の刑事で、所轄の刑事だ。
有村と同様にとある事件で知り合った、気の良い警察官だ。
今野は言った。
「第一発見者が君達かぁ……事件に縁があるねぇ……」
縁は言った。
「今野刑事が来るとは思っていたけど……」
今野は苦笑いして言った。
「ははっ、管轄だからねぇ……で、害者とはどういった?……」
縁はこれまでの経緯を今野に説明した。
説明を聞いた今野は言った。
「なるほど……小笠原さんの……それで、抗議しにここまで来たと……」
縁は言った。
「自殺予告がはったりで無かった場合も考えてね……間に合わなかったけど……」
今野は言った。
「何か後味が悪いよねぇ……」
縁は今野に言った。
「自殺で処理を?」
「現場検証をしてからだけど……多分そうなるね……」
縁は考えた。
今の時刻は午後2時過ぎ……死後硬直の感じからして、死亡推定時刻は深夜2時過ぎ……新井場邸からこのアパートまでは徒歩で約20~30分程……。
それらをふまえると、新井場邸のポストに手紙を入れた時間は深夜1時30~40分より前になる。
縁と桃子が新井場邸に戻ったのは、昨夜午後11時……と言う事は、手紙を入れたのは11時~1時40分の間と考えるのが妥当だ。
考え込んでる縁を見て、今野は言った。
「どうしたの?縁君……」
縁は今野に言った。
「いや、随分急いで自殺したと思って……」
「急いで?」
「ああ……さっき言ったけど、家に手紙が届いたのが、昨夜の11時以降……。そして死後硬直の感じから死んだのが深夜の2時頃……自殺予告を出してから死ぬまでたったの3時間……急ぎ過ぎだ……」
今野は驚いて言った。
「縁君……君、検死やったの?」
「そうだけど……」
しれっと答える縁に対して、今野は頭を抱えた。
「こまるよぉ……勝手にさわっちゃあ……」
「ごめんごめんっ!でも、変だと思わない?」
「確かに言われてみればそうだけど……こればっかりは、自殺した本人じゃないと、わからないよ……」
「確かにそうだけど……」
「それより、現場検証の邪魔になるから外へ……」
今野は縁を追い払う形で、部屋の外に出した。
縁が部屋から出されると、いつの間にか桃子も外に出ていた。
桃子の表情は悲痛な感じだった。
縁は言った。
「桃子……さん?」
桃子は下を向いて言った。
「私の……私のせいだっ!」
いつもの桃子ならこの現状に興奮するところだが……さすがに今回は自分が関わっているので、そんな気分ではないようだ。
縁は言った。
「何言ってんだよ……」
「私がイベントを断っていれば……」
すると部屋から今野がやって来た。
「君達……事情はさっき聞いたから、今日はもう帰っていいよ……」
縁が答えた。
「そうなの?」
「今日のところはね……。ただ、また呼ぶ事があるかもしれないから、その時はよろしく頼むよ……」
「うん……わかったよ……」
縁と桃子は警察から解放される事になった。
とは言っても、縁がこの場に留まると、縁と桃子が操作に首を突っ込み、警察からしてみれば現場検証がやりにくくなる。今野からすれば縁と桃子を帰すのが、最善だと判断したのだろう。
……夕方…喫茶店風の声……
縁と桃子はとりあえず風の声に着た。
ここに来るまでの間、車内で桃子は一言も話さなかった。
桃子は暗い表情で、目の前に置かれたアイスカフェを見つめている。
巧は言った。
「なるほどねぇ……確かに後味悪いな……」
桃子は黙っている。
巧は言った。
「でも先生……あんまり気にしない方がいいぜ……どうしようも無かったんだよ……」
巧の言葉に桃子は反応しない。
巧は縁に小声で言った。
「だいぶ堪えてるな……」
縁も小声で言った。
「こんな桃子さん……見た事ないよ……」
その時店のFAXに異変が起きた。
何やら機械音がピーピー鳴っている。
巧は舌打ちをした。
「んだよ……紙が無くなったんか……」
巧はFAXの紙を補充している。
それを見て縁は呟いた。
「そう言えばあの部屋……」
そう呟くと縁は何かを考え始めた。
巧が紙を補充し戻ってきたところで、桃子は言った。
「私は……イベントを辞退する……」
桃子のらしくない言葉に巧は驚いた。
「ちょっと、先生……」
桃子は言った。
「今回の事は私の責任だ……イベントを辞退しておけばこんなことには……」
巧は言った。
「先生……何もそこまで……」
桃子は声を荒げた。
「私はっ!……私のせいで人が一人死んでっ!……それなのに、サイン会なんかできないっ!」
桃子の悲痛な様子に、巧には言葉が見つからなかった。
桃子は縁や巧の想像以上に堪えている。
それもそのはず、桃子はいつもは気丈に振る舞っているが、まだ20歳の女子大生だ。
人の死を……ましてや自分の責任で死んだ人間の死を、受け止めるにはまだ若すぎる……。
すると今まで黙っていた縁が口を開いた。
「辞退する必要はないぜ……桃子さん」
桃子は縁を見た。
縁はもう一度言った。
「辞退する必要はない……サイン会は予定通りやりな……」
桃子は驚いた表情だ。
巧は言った。
「縁……それはあまりにも、酷だぜ……」
縁は言った。
「何で?」
巧もつい声を荒げてしまう。
「お前さっきの先生の言葉を聞いてなかったのか?……相手は自殺したんだぞっ!」
縁は巧に言った。
「そもそもそれが……間違っている……」
「何が間違っているんだよ?」
縁はさらりと言った。
「立花祐也は自殺なんてしてない……」
縁の言葉に一瞬だけ時間が止まったようだった。
しかし、すぐに巧は言った。
「何だって?自殺ではない?」
縁は頷いた。
桃子は訳がわからず呆然としている。
縁は言った。
「彼は……殺されたんだよ……何者かにね」
するとやっと桃子が口を開いた。
「本当か?」
縁は言った。
「ほんとさ……そもそも最初から違和感はあった……」
巧が言った。
「違和感?」
縁は桃子に言った。
「桃子さん……彼が待ち伏せしていたのはいつ頃からで何回くらいある?」
桃子は答えた。
「そうだな……2ヶ月程前から、約1ヶ月間程か……5~6回はあったと思う」
「じゃあ、尾行され始めたのは?」
「この10日間程だ……」
縁は言った。
「約1ヶ月の空白があって、さらにアプローチの仕方が2ヶ月前と10日前で、明らかに変わっている……これが最初の違和感」
縁はさらには言った。
「それと、俺の家に手紙を入れてから、自殺するまでの時間が短すぎる……自分で自分の命を絶つのに、そんなに急ぐかなぁ……。そもそもイベントを辞退するのも決行するのも、意思表示していないのに、自殺するっておかしい……これが二つ目……」
縁は手紙をヒラヒラさせた。
「あとはこれ……手紙……。今までは手紙でメッセージを発信していたのに、最後のメッセージだけはPCの画面上……これも引っ掛かる……」
二人は黙って聞いている。
縁は続けた。
「まぁそれはいいとしても……あの部屋には肝心な物が無かった……このタイプラ文字を手紙に起こすある物が……」
縁は口角を上げた。
「プリンターが無かったんだよ……この手紙を印刷するのに必要なプリンターが……」
巧が言った。
「つまり……どういう事?」
縁は言った。
「別人が印刷したんだよ……プリンターがある別の場所で……」
縁はさらに言った。
「考えられる可能性は二つ……。一つは立花祐也を口車に乗せて、共謀し桃子さんを追い詰めて……最後に立花祐也を殺害し、桃子さんをさらに追い詰めるのと同時にイベントを辞退させる……」
巧が言った。
「もう一つは?」
「もう一つは、立花祐也を利用し……ストーカーの存在をでっち上げ、桃子さんを追い詰めて……そして立花祐也を殺害しこれまたイベントを辞退させる……このどちらかだ」
桃子は言った。
「私のイベントを壊すためにこんな事を?……」
「多分ね……」
「しかし、結局は私のせいで立花は死んだのだ……イベントは……」
縁は口調を強めて言った。
「桃子さん……ここでイベントを辞めれば、殺人犯に屈した事になるぜ……」
桃子は目を見開いて縁を見た。
縁は言った。
「桃子さんはイベントを成功させるんだ……。あんたを待つ多くのファンのためにも……」
「しかし……」
桃子は煮え切らない。
縁は言った。
「俺、今日……桃子さんのファンに会っただろ?その時思ったんだ……。確かに変わった人達だったけど……桃子さんの作品や生き様が、ほんとに好きなんだなって……」
桃子は黙って縁を見ている。
縁は続けた。
「ここで屈したら、小笠原桃子じゃないぜ……」
縁の言葉に桃子は目を見開き、そして表情は少しだか和らいだ。
「フッ……そうだな……縁の言う通りだ……。ここで進まなければ小笠原桃子ではないっ!」
縁も少し笑って言った。
「それでこそ桃子さんだ……」
桃子は言った。
「縁……私はイベントを成功させる」
縁は言った。
「ああ……こっちは俺に任せろ……」
「必ず犯人を捕まえるっ!」
桃子は目を見開いている……。
縁は鼻と口を手で塞ぎ桃子に言った。
「桃子さん……警察を……」
「わっ、わかった……」
桃子は死体が目に入らないように、外に行き……警察に連絡を入れた。
縁は部屋の中に入って行った。
部屋の間取りは1Kのアパートで、物は少なく片付いていた。
寝室の中央にちゃぶ台があり、その上の天井から死体がぶら下がっている。
ちゃぶ台の上にはノートPCがあり、起動している。
縁は死体がぶら下がっているのを、なるべく見ないようにして、PCを覗いた。
もちろんハンカチを使い、指紋が付かないようにマウスを操作した。
PC画面には、Wordが開いており、何かが打ち込まれていた。
『モモタンへ……先に向こうでまってるよ……』と、あった。
縁は次に死体を確認した。
足の先から順番に、膝、太もも……上半身の順番に触って確認した。
「死後硬直が行き届いている……死後12時間ってところか……うん?」
縁はちゃぶ台の上にある、眼鏡に気付いた。
「黒服に眼鏡か……部員の証言と一致するな……」
縁の頭の中では、この人物が桃子のストーカーである可能性が高まった。
すると桃子が部屋に入ってきた。
「警察には連絡した……じきにやって来るだろう……」
桃子は死体から目を逸らしている。
縁は言った。
「桃子さん……この人に心当たりは?」
桃子は険しい表情で死体を見た。
死体を見るのは初めてではないが、まだ慣れてはいないようだ。
すると桃子は言った。
「こいつは……何度か大学で、私を出待ちしていたやつだ……」
「やっぱり……どうやらストーカーの正体はこの人だったようだよ……」
縁はちゃぶ台の上のPCを指差した。
桃子は死体をなるべく見ないようにして、PCを覗いた。
「これは……遺書か?」
「みたいなもんだよ……」
縁は再び死体を確認した。
「うん?右手の人差し指の爪に、何か引っ掛かってる……」
爪の先には、黒い繊維が引っ掛かっており、その指の腹からは少し出血をしていた。
縁は人差し指をスマホのカメラで撮った。
するとちゃぶ台の上で何かが光った。
縁はその光る物を見て言った。
「なんだこれ?丸いビニールか?」
縁はそれもスマホで撮った。
するとようやく警察がやって来た。
するとその中の一人の警察官が話しかけてきた。
話しかけてきた警察官はスーツ姿で、ひょろりとした刑事だ。
その刑事は言った。
「縁君と、小笠原さん?」
縁はその刑事の顔を見て言った。
「今野刑事……」
今野洋平……百合根署の刑事で、所轄の刑事だ。
有村と同様にとある事件で知り合った、気の良い警察官だ。
今野は言った。
「第一発見者が君達かぁ……事件に縁があるねぇ……」
縁は言った。
「今野刑事が来るとは思っていたけど……」
今野は苦笑いして言った。
「ははっ、管轄だからねぇ……で、害者とはどういった?……」
縁はこれまでの経緯を今野に説明した。
説明を聞いた今野は言った。
「なるほど……小笠原さんの……それで、抗議しにここまで来たと……」
縁は言った。
「自殺予告がはったりで無かった場合も考えてね……間に合わなかったけど……」
今野は言った。
「何か後味が悪いよねぇ……」
縁は今野に言った。
「自殺で処理を?」
「現場検証をしてからだけど……多分そうなるね……」
縁は考えた。
今の時刻は午後2時過ぎ……死後硬直の感じからして、死亡推定時刻は深夜2時過ぎ……新井場邸からこのアパートまでは徒歩で約20~30分程……。
それらをふまえると、新井場邸のポストに手紙を入れた時間は深夜1時30~40分より前になる。
縁と桃子が新井場邸に戻ったのは、昨夜午後11時……と言う事は、手紙を入れたのは11時~1時40分の間と考えるのが妥当だ。
考え込んでる縁を見て、今野は言った。
「どうしたの?縁君……」
縁は今野に言った。
「いや、随分急いで自殺したと思って……」
「急いで?」
「ああ……さっき言ったけど、家に手紙が届いたのが、昨夜の11時以降……。そして死後硬直の感じから死んだのが深夜の2時頃……自殺予告を出してから死ぬまでたったの3時間……急ぎ過ぎだ……」
今野は驚いて言った。
「縁君……君、検死やったの?」
「そうだけど……」
しれっと答える縁に対して、今野は頭を抱えた。
「こまるよぉ……勝手にさわっちゃあ……」
「ごめんごめんっ!でも、変だと思わない?」
「確かに言われてみればそうだけど……こればっかりは、自殺した本人じゃないと、わからないよ……」
「確かにそうだけど……」
「それより、現場検証の邪魔になるから外へ……」
今野は縁を追い払う形で、部屋の外に出した。
縁が部屋から出されると、いつの間にか桃子も外に出ていた。
桃子の表情は悲痛な感じだった。
縁は言った。
「桃子……さん?」
桃子は下を向いて言った。
「私の……私のせいだっ!」
いつもの桃子ならこの現状に興奮するところだが……さすがに今回は自分が関わっているので、そんな気分ではないようだ。
縁は言った。
「何言ってんだよ……」
「私がイベントを断っていれば……」
すると部屋から今野がやって来た。
「君達……事情はさっき聞いたから、今日はもう帰っていいよ……」
縁が答えた。
「そうなの?」
「今日のところはね……。ただ、また呼ぶ事があるかもしれないから、その時はよろしく頼むよ……」
「うん……わかったよ……」
縁と桃子は警察から解放される事になった。
とは言っても、縁がこの場に留まると、縁と桃子が操作に首を突っ込み、警察からしてみれば現場検証がやりにくくなる。今野からすれば縁と桃子を帰すのが、最善だと判断したのだろう。
……夕方…喫茶店風の声……
縁と桃子はとりあえず風の声に着た。
ここに来るまでの間、車内で桃子は一言も話さなかった。
桃子は暗い表情で、目の前に置かれたアイスカフェを見つめている。
巧は言った。
「なるほどねぇ……確かに後味悪いな……」
桃子は黙っている。
巧は言った。
「でも先生……あんまり気にしない方がいいぜ……どうしようも無かったんだよ……」
巧の言葉に桃子は反応しない。
巧は縁に小声で言った。
「だいぶ堪えてるな……」
縁も小声で言った。
「こんな桃子さん……見た事ないよ……」
その時店のFAXに異変が起きた。
何やら機械音がピーピー鳴っている。
巧は舌打ちをした。
「んだよ……紙が無くなったんか……」
巧はFAXの紙を補充している。
それを見て縁は呟いた。
「そう言えばあの部屋……」
そう呟くと縁は何かを考え始めた。
巧が紙を補充し戻ってきたところで、桃子は言った。
「私は……イベントを辞退する……」
桃子のらしくない言葉に巧は驚いた。
「ちょっと、先生……」
桃子は言った。
「今回の事は私の責任だ……イベントを辞退しておけばこんなことには……」
巧は言った。
「先生……何もそこまで……」
桃子は声を荒げた。
「私はっ!……私のせいで人が一人死んでっ!……それなのに、サイン会なんかできないっ!」
桃子の悲痛な様子に、巧には言葉が見つからなかった。
桃子は縁や巧の想像以上に堪えている。
それもそのはず、桃子はいつもは気丈に振る舞っているが、まだ20歳の女子大生だ。
人の死を……ましてや自分の責任で死んだ人間の死を、受け止めるにはまだ若すぎる……。
すると今まで黙っていた縁が口を開いた。
「辞退する必要はないぜ……桃子さん」
桃子は縁を見た。
縁はもう一度言った。
「辞退する必要はない……サイン会は予定通りやりな……」
桃子は驚いた表情だ。
巧は言った。
「縁……それはあまりにも、酷だぜ……」
縁は言った。
「何で?」
巧もつい声を荒げてしまう。
「お前さっきの先生の言葉を聞いてなかったのか?……相手は自殺したんだぞっ!」
縁は巧に言った。
「そもそもそれが……間違っている……」
「何が間違っているんだよ?」
縁はさらりと言った。
「立花祐也は自殺なんてしてない……」
縁の言葉に一瞬だけ時間が止まったようだった。
しかし、すぐに巧は言った。
「何だって?自殺ではない?」
縁は頷いた。
桃子は訳がわからず呆然としている。
縁は言った。
「彼は……殺されたんだよ……何者かにね」
するとやっと桃子が口を開いた。
「本当か?」
縁は言った。
「ほんとさ……そもそも最初から違和感はあった……」
巧が言った。
「違和感?」
縁は桃子に言った。
「桃子さん……彼が待ち伏せしていたのはいつ頃からで何回くらいある?」
桃子は答えた。
「そうだな……2ヶ月程前から、約1ヶ月間程か……5~6回はあったと思う」
「じゃあ、尾行され始めたのは?」
「この10日間程だ……」
縁は言った。
「約1ヶ月の空白があって、さらにアプローチの仕方が2ヶ月前と10日前で、明らかに変わっている……これが最初の違和感」
縁はさらには言った。
「それと、俺の家に手紙を入れてから、自殺するまでの時間が短すぎる……自分で自分の命を絶つのに、そんなに急ぐかなぁ……。そもそもイベントを辞退するのも決行するのも、意思表示していないのに、自殺するっておかしい……これが二つ目……」
縁は手紙をヒラヒラさせた。
「あとはこれ……手紙……。今までは手紙でメッセージを発信していたのに、最後のメッセージだけはPCの画面上……これも引っ掛かる……」
二人は黙って聞いている。
縁は続けた。
「まぁそれはいいとしても……あの部屋には肝心な物が無かった……このタイプラ文字を手紙に起こすある物が……」
縁は口角を上げた。
「プリンターが無かったんだよ……この手紙を印刷するのに必要なプリンターが……」
巧が言った。
「つまり……どういう事?」
縁は言った。
「別人が印刷したんだよ……プリンターがある別の場所で……」
縁はさらに言った。
「考えられる可能性は二つ……。一つは立花祐也を口車に乗せて、共謀し桃子さんを追い詰めて……最後に立花祐也を殺害し、桃子さんをさらに追い詰めるのと同時にイベントを辞退させる……」
巧が言った。
「もう一つは?」
「もう一つは、立花祐也を利用し……ストーカーの存在をでっち上げ、桃子さんを追い詰めて……そして立花祐也を殺害しこれまたイベントを辞退させる……このどちらかだ」
桃子は言った。
「私のイベントを壊すためにこんな事を?……」
「多分ね……」
「しかし、結局は私のせいで立花は死んだのだ……イベントは……」
縁は口調を強めて言った。
「桃子さん……ここでイベントを辞めれば、殺人犯に屈した事になるぜ……」
桃子は目を見開いて縁を見た。
縁は言った。
「桃子さんはイベントを成功させるんだ……。あんたを待つ多くのファンのためにも……」
「しかし……」
桃子は煮え切らない。
縁は言った。
「俺、今日……桃子さんのファンに会っただろ?その時思ったんだ……。確かに変わった人達だったけど……桃子さんの作品や生き様が、ほんとに好きなんだなって……」
桃子は黙って縁を見ている。
縁は続けた。
「ここで屈したら、小笠原桃子じゃないぜ……」
縁の言葉に桃子は目を見開き、そして表情は少しだか和らいだ。
「フッ……そうだな……縁の言う通りだ……。ここで進まなければ小笠原桃子ではないっ!」
縁も少し笑って言った。
「それでこそ桃子さんだ……」
桃子は言った。
「縁……私はイベントを成功させる」
縁は言った。
「ああ……こっちは俺に任せろ……」
「必ず犯人を捕まえるっ!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
しかもジュリーの母親、エリカも現われ、ランの家は賑やかになった。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる