天才・新井場縁の災難

陽芹孝介

文字の大きさ
62 / 76
エピローグ①

しおりを挟む
 ……東京拘置所……


  部屋の中央にある、無数の小さな穴が付いている、透明の壁……部屋を中央で分断させているその壁は、同じ空間でありながら、世界の違いを感じさせる。
  縁と桃子はそこである人物を待っていた。
  しばらく待つと、監守に連れられその人物がやって来た。
  その人物は縁と桃子の姿を確認すると、目を丸くした。おそらく面会に来るには、意外だったのだろう。
  縁は言った。
 「久しぶりだね……天菜……」
  縁と桃子が会いに来た人物は……窟塚天菜……。窟塚村の象徴だった女性……。
  何故拘置所にいるかというと、彼女が所有している窟塚村で大麻が精製されており、その罪で拘置所にいるわけだが……。
  村で会った時は、目元以外布で覆われていたため、顔はわからなかったが、目は相変わらず儚い感じを醸し出していたので、すぐに天菜とわかった。
 「久しいな少年……私に何の用だ?」
  天菜は愛想なしに言った。
  縁はそんな天菜を気にせず言った。
 「村の状況を伝えに来た……あんたには命を救われたからな……」
  天菜はニヤリとした。
 「フッ……それで……翔は村をまとめているのか?」
  桃子が言った。
 「風間はしっかりやっている……」
 「そうか……翔ならば問題はないだろう。よかった……」
  桃子は言った。
 「しかし……ずっと独りで村を守るつもりはないようだ……」
  天菜の表情は険しくなった。
 「なんだと?」
 「風間は……いや、村人達は天菜……貴女が村に帰るのを待っているそうだ」
  天菜は言葉を失い黙っている。
  縁が言った。
 「あんたが村に帰ってこそ……窟塚村だそうだ……」
  天菜は呟いた。
 「翔……」
  桃子が言った。
 「福島はもういない……。罪を償い、村に戻ってやり直すんだな……。村人や、心に傷を持つ者のために……」
  縁は立ち上がった。
 「伝える事は……伝えたぜ。じゃあな……」
  去り際の縁に天菜は言った。
 「少年……いや、縁……過去を精算しなければ、現在いまを平穏に暮らすことは、できないぞ……。私に言えた義理ではないが……」
 「ご忠告どうも……」
  そう言うと縁は、桃子を置いて部屋から出ていった。
  部屋に残された桃子は天菜に言った。
 「どうして……縁にあんな事を?」
 「村に来た時から感じていた……彼が持つ瞳が、何かに捕らわれていると……訴えているようだった」
  桃子は苦笑いをした。
 「フンッ……さすがは元カリスマ教祖様だ……人心掌握はお手のものか……」
  天菜は桃子の嫌味を聞き流した。
 「小笠原桃子……」
  名前で呼ばれた桃子は、少し動揺した。
 「なっ、何だ?」
 「彼は……望んでいなくても、儚く美しく……そして、危険に好かれるようだ……」
  桃子は怪訝な表情をした。
 「何が言いたい?」
 「決して……離すなよ……」
  天菜の言葉に桃子は目を丸くしたが……すぐにニヤリとした。
 「フンッ……言われずとも……」


  拘置所からの帰りの車内で、桃子は少し考え事をしながらハンドルを握っていた。
  縁の過去……祖父……キャメロンやアンリなどのかつての仲間……そして縁の育った施設……。
  縁は帰国するまでの事を話したがらない……具体的な理由は知らないが、話したがらない理由はだいたいわかる。
  それは余り良い思い出がないからだ。
  それはキャメロンやジャンに再会した時の、縁の反応を見ていれば、察しがついた。
  桃子はチラリと縁を見た。縁は窓に肘をついて、外を見ている。おそらく天菜の言葉の意味について考え事をしているのだろう。
  桃子は言った。
 「縁……」
 「何だよ?」
 「私と一緒にいるのは……嫌か?」
  縁は目を丸くした。
 「やぶからぼうに……何だよ?」
 「お前は……普通に暮らしたくて帰国したのだろ?……しかし私といることによって、普通ではなくなっている……」
  縁は苦笑いをした。
 「ははっ……今さらだな……」
 「私は真剣に言っているのだっ!」
  桃子の真剣な表情に、縁はさらに目を丸くしたが……すぐにニヤリとした。
 「今は……結構楽しいぜ……」
  今度は桃子が目を丸くした。
  縁は言った。
 「確かに最初は、「なんて女だっ!」って思ったけど……適度な刺激に、今はそれなりに楽しいよ。それはあの頃にはなかったものだ」
 「縁……お前……」
  縁は言った。
 「天菜のいう通り……『過去を精算』しなきゃならねぇかも……」
 「縁……心配するな……お前の気持ちはわかった」
  桃子に険しい表情はすでになく、今度は自信に満ちている。
  縁は怪訝な表情で言った。
 「表情の変化が激しいな……」
 「火の粉は私が振り払ってやる……」
  縁は苦笑いをした。
 「ははっ……そんな表情してる時は、桃子さんが火の粉になる場合があるんだけど……」
  桃子は縁の言葉を気にせず言った。
 「私と縁の、幸せな生活のためにも……邪魔物には消えてもらう」
  縁は頭を抱えた。
 「物騒だし……さりげなく何か言ってるし……」
  桃子はハンドルを持つ手に、力を込めた。
 「私と縁にかかれば、どんな困難な事も解決できるっ!」
  縁は呆れた様子で、窓に肘をついて外を見た。
 「まぁ……いいか……」
  二人を乗せた車は、秋道を疾走した。
  つい最近まで感じた、夏の面影はいつの間にか消えており、冬に向けて季節も動き出していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...