私を虐げた人には絶望を ~貧乏令嬢は悪魔と呼ばれる侯爵様と契約結婚する~

香木陽灯

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魔王からの呼び出し

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「え? 今なんと……」
「魔王がお前に会いたいそうだ」

 どうやら聞き間違いではなさそうだ。

「ど、どうして」
「人間界での披露宴が終わっただろう? それで魔界にも挨拶に来いと。人間の王には挨拶したのに、自分にはないのが不満なのだろう」

 確かに、挨拶に行かないのは不義理とみなされるのかもしれない。
 魔界のことはクラウスに全て任せきりだったし、人間界の事で頭がいっぱいだったから失念していた。

「ま、魔王様は、怒っていらっしゃる……?」

 恐る恐る聞いてみると、クラウスは首を横に振った。

「いいや、人間界云々は表向きの理由だ。どうせ興味が湧いただけだろう。相手が魔族と知りながら婚姻を結ぶ人間なんて珍しいからな。……嫌なら断っても良い」

(怒りを買った訳でないのね。良かった)

 魔王から怒りを買ったら、私なんてすぐ塵となってしまいそうだ。
 ただ会いたいだけなら、こちらも断る理由はない。

「いえ、行きましょう。ご挨拶に伺わないのは失礼ですので」

(断ったらクラウスの立場が危うくなるかもしれない)

 クラウスは魔王に作られた存在だ。どんなに小さなことでもクラウスから拒否されたら、良い気分はしないだろう。

「カレンは度胸があるな」

 私が断ると思っていたのか、クラウスは少し驚いていた。

「クラウスと一緒なら怖くありません」
「そうか……。ありがとう」

 本当は少し怖い気持ちもあったけれど、クラウスがいてくれれば大丈夫だと思ったのも本当だ。

 魔界のことは分からないけれど、今回は私の問題でもある。
 指名された以上、怖くたって私が対応すべきだ。

「あの、お聞きしていいのか分かりませんが、魔王様とはどのような人なのですか? クラウスの主観で構わないので教えてきただきたいのですが」

 挨拶をする前にどんな相手なのか、知っておきたい。
 以前魔王の話を聞いた時は詳しく聞けなかったが、今は遠慮している場合ではない。

 クラウスは私の質問にしばらく考え込んでいたが、やがてぽつりと呟いた。

「俺の主ではあるが、俺を疎ましく思っている」
「どうしてですか?」
「俺の力が想定以上に強くなり過ぎたことが一因だろう」

(クラウスの強さが原因なの?)

「魔王様にとって、それは喜ばしいことではないのですか? クラウスにとって、ティルが強くなってくれる、みたいなことですよね?」

 ティルを見ていると、クラウスのために全てを捧げているのがよく分かる。
 もしクラウスと魔王も同じような関係なら、魔王に拒絶されることがどれほど苦痛だろうか。

(しかも理由が強すぎるから、だなんて……)

「まあ関係性は似ているが、少し違う。魔王は誰であろうと強い魔族を警戒しているのさ。自分が倒されるかもしれないからな」
「そんな……ご自分の臣下を信頼していないのですか?」

 クラウスは「いいや」と首を振った。

「人間と違って魔王は世襲制ではないんだ。誰かを指名して引退するか、倒されるか、その二択だ。今の魔王は歴代最長だが、引退するつもりもないらしい。だから強い奴を常に警戒しているんだ」

 国王だって暴虐な者は反逆される。
 だけど魔王という立場は、それ以上に不安定なものなのかもしれない。

「今の魔王様が倒されれば、クラウスのお立場も変わってしまうのですか?」
「そんな奴がいればな。今のところは誰も魔王に刃向かえない。まあ、俺の結界すら破れないような奴に魔王が倒せる訳がないからな」

 そう言うクラウスはどこか誇らしげだった。
 クラウスは自分の強さに自信を持っている。そんな姿はとても格好良かった。

 だけど魔王を守る結界を張っているのに、肝心の魔王に疎まれているというのは、何とも言い難い状況だ。

「やはり怖いか?」
「いいえ。ただ、気難しそうな方なので、言動には十分注意したいと思います」
「あまり警戒する必要はない。何かあったら俺が対処する。心配するな」

 クラウスは私の頭をぽんぽんと撫でた。



――――――――――

 クラウスの部屋を退出した私は、再び書庫に来ていた。

(魔王の情報をもっと知りたい。なにか手がかりになるような本はないかしら?)

 たくさんの本のタイトルを確認しながら、魔王について書かれていそうな本を手に取っていく。
 本棚を上から下まで調べて行くと、下の方には雑誌やファイルが収納されていることに気がついた。

「ん? このファイル……これは?」

 それは雑誌の切り抜きだった。
 クラウスが集めたのだろう。魔王の功績を称えるような記事や、インタビューなどが纏められていた。
 魔界の日付をみてもどれくらい前か分からないが、紙の古さが随分前であることを物語っていた。

「これなら魔王がどんな考えをしていたか分かりそうね」

 丁寧な切り抜きには、クラウスの魔王への気持ちがこもっていた。
 今はどうか分からないけれど、嫌いだったらこんなに丁寧にやらないだろう。
 そう思うと「疎まれている」と言っていたクラウスの顔が浮かんで、胸がちくりと痛んだ。

「とにかく! 今はちゃんと魔王のことを調べないと……!」

 今は彼の気持ちを勝手に想像している場合ではない。クラウスに失礼だ。
 まずは目先の課題への対策をしないと。

「どれどれ……」

 どうやら今の魔王は人間界への影響を強めたいと考えているらしい。
 魔界と人間界には古くからの盟約がある。国のトップに値する者は、魔界と人間界の行き来が出来ないようになっているのだとか。
 争いを防ぐ目的で定められた盟約だが、それが不要だと考えている。
 また、先代は人間界に興味がなかったようで、それを批判している。

(クラウスのエネルギー供給を負の感情にしたのは、クラウスを人間界へ干渉させるためかもしれないわ)

 その上、世を統べる者に世代交代は必要ないという思想だ。
 強く指導力のある者が永久的に魔王でいることが最良と考えているようだ。

 クラウスも私も魔王の座に興味がないということを態度で示さないと、怒りを買うかもしれない。

(クラウスは本当に権力に興味がなさそうだし、魔王がそれを信じてくれれば一番平和よね)

 魔王の座に興味がなく、人間界への影響も極小だと示せれば、私への興味はなくなるだろう。

「よしっ! 魔王への挨拶、乗り切ってみせる!」

 拳を振り上げて自分自身を鼓舞する。絶対に成功させる。



(だって……)

『本当は行かせたくない』

 私の去り際にそう呟いていたクラウスの顔が、頭から離れなかったから。
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