1 / 13
1.捨てられた令嬢
しおりを挟む
「一体何度メアリーを泣かせる気だ。そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
クルーゲ伯爵家に怒号が響く。
怒鳴られたカタリーナは父である伯爵をじっと見つめながら、びしょ濡れの髪の毛をかき分けたて立ち上がる。
痩せ細った手には亡き母の唯一の形見が握られていた。
メアリーに無理やり奪い取られ、床に転がった真珠のブレスレット。それを拾おうとしたカタリーナの頭から、真っ赤なワインが容赦なく降り注いだのだ。
「誤解です。メアリーがお母様の形見のブレスレットを取ろうとするから、止めただけです。そうしたら私に向かってワインを……」
「お父様ぁ、お母様ぁ。お姉様が意地悪したんです。あんまり怖い顔で怒鳴るから、思わずワインを放してしまったんです。ごめんなさいっ……!」
しくしくと泣きながら伯爵に抱きつくのは、義妹のメアリー。
三年前に再婚した伯爵が夫人とともに、どこからか連れてきたのだ。
―――
『今日からお前の母親と妹だ』
『わぁ……! カタリーナです。よろしくお願いします』
幼い頃に母を亡くしたカタリーナにとって、家族が増えるのは嬉しいことだった。
だからカタリーナは喜んで二人を受け入れた。
けれど、幸せは長くは続かなかった。
『この家にあるのは、お姉様のドレスばかり! 私は今まで一着も持っていなかったのに』
『私も欲しい! お姉様と同じ物……ううん、お姉様のが欲しいのよ』
そう言ってメアリーはことあるごとにカタリーナの物を奪っていった。
その上、伯爵夫人である義母はメアリーをたしなめるどころか、常にメアリーの肩をもった。
『あぁ、可哀想なメアリー……。今まで苦労させた分、幸せにおなりなさい。カタリーナ、あなたも姉ならば分かるわよね?』
『カタリーナ、もっと妹には優しくしなさい! アクセサリーくらい貸してあげなさいよ』
父である伯爵は、伯爵夫人に夢中なようで、徐々にカタリーナへの興味を失っていた。
『カタリーナ、親の言うことは聞くものだ』
『メアリーを虐げたそうだな。何が気に食わないのか知らないが、貴族らしくあれ』
そうしてカタリーナは一つずつ、奪われていったのだ。
気がつけば、クルーゲ家にカタリーナの居場所はなくなっていた。
その上、食事すらまともに与えられなくなっていった。
もう成人を迎えるというのに、カタリーナは社交界デビューすることもなく、ガリガリの身体で使用人同然の生活を強いられていた。
―――
(私を追い出したら、幸せな家族の完成だものね)
カタリーナは頭を下げながらため息をついた。これ以上反論したって無駄だとよく分かっていた。
「これ以上家庭の和を乱すなら、出ていくんだ」
伯爵が再びカタリーナに告げる。
すると伯爵夫人が「そうだわ」と手を叩いた。
「クリーニア辺境区に私たちが以前住んでいた家があるじゃない? あそこで暮らしたら良いと思うの。カタリーナは少し一人で落ち着く必要があるでしょう?」
名案だと言わんばかりに口角を上げる夫人。
それを聞いてメアリーも目を輝かせた。
「お母様、名案ですわ! あそこはとーっても静かで、過ごしやすい所ですし、お姉様にピッタリ!」
メアリーの含みのある言い方を気にもせず、伯爵は頷いた。
「うむ……そうだな。カタリーナ、お前はこの家を出るんだ。そして別邸の管理を命じよう」
カタリーナは表情を変えず、一礼をした。
「お父様が命じるなら、そのようにいたします」
そうしてカタリーナは辺境の地で一人暮らしをすることになったのだ。
(あの人たちと離れて暮らせる? それって最高じゃない! 自由万歳!)
クルーゲ伯爵家に怒号が響く。
怒鳴られたカタリーナは父である伯爵をじっと見つめながら、びしょ濡れの髪の毛をかき分けたて立ち上がる。
痩せ細った手には亡き母の唯一の形見が握られていた。
メアリーに無理やり奪い取られ、床に転がった真珠のブレスレット。それを拾おうとしたカタリーナの頭から、真っ赤なワインが容赦なく降り注いだのだ。
「誤解です。メアリーがお母様の形見のブレスレットを取ろうとするから、止めただけです。そうしたら私に向かってワインを……」
「お父様ぁ、お母様ぁ。お姉様が意地悪したんです。あんまり怖い顔で怒鳴るから、思わずワインを放してしまったんです。ごめんなさいっ……!」
しくしくと泣きながら伯爵に抱きつくのは、義妹のメアリー。
三年前に再婚した伯爵が夫人とともに、どこからか連れてきたのだ。
―――
『今日からお前の母親と妹だ』
『わぁ……! カタリーナです。よろしくお願いします』
幼い頃に母を亡くしたカタリーナにとって、家族が増えるのは嬉しいことだった。
だからカタリーナは喜んで二人を受け入れた。
けれど、幸せは長くは続かなかった。
『この家にあるのは、お姉様のドレスばかり! 私は今まで一着も持っていなかったのに』
『私も欲しい! お姉様と同じ物……ううん、お姉様のが欲しいのよ』
そう言ってメアリーはことあるごとにカタリーナの物を奪っていった。
その上、伯爵夫人である義母はメアリーをたしなめるどころか、常にメアリーの肩をもった。
『あぁ、可哀想なメアリー……。今まで苦労させた分、幸せにおなりなさい。カタリーナ、あなたも姉ならば分かるわよね?』
『カタリーナ、もっと妹には優しくしなさい! アクセサリーくらい貸してあげなさいよ』
父である伯爵は、伯爵夫人に夢中なようで、徐々にカタリーナへの興味を失っていた。
『カタリーナ、親の言うことは聞くものだ』
『メアリーを虐げたそうだな。何が気に食わないのか知らないが、貴族らしくあれ』
そうしてカタリーナは一つずつ、奪われていったのだ。
気がつけば、クルーゲ家にカタリーナの居場所はなくなっていた。
その上、食事すらまともに与えられなくなっていった。
もう成人を迎えるというのに、カタリーナは社交界デビューすることもなく、ガリガリの身体で使用人同然の生活を強いられていた。
―――
(私を追い出したら、幸せな家族の完成だものね)
カタリーナは頭を下げながらため息をついた。これ以上反論したって無駄だとよく分かっていた。
「これ以上家庭の和を乱すなら、出ていくんだ」
伯爵が再びカタリーナに告げる。
すると伯爵夫人が「そうだわ」と手を叩いた。
「クリーニア辺境区に私たちが以前住んでいた家があるじゃない? あそこで暮らしたら良いと思うの。カタリーナは少し一人で落ち着く必要があるでしょう?」
名案だと言わんばかりに口角を上げる夫人。
それを聞いてメアリーも目を輝かせた。
「お母様、名案ですわ! あそこはとーっても静かで、過ごしやすい所ですし、お姉様にピッタリ!」
メアリーの含みのある言い方を気にもせず、伯爵は頷いた。
「うむ……そうだな。カタリーナ、お前はこの家を出るんだ。そして別邸の管理を命じよう」
カタリーナは表情を変えず、一礼をした。
「お父様が命じるなら、そのようにいたします」
そうしてカタリーナは辺境の地で一人暮らしをすることになったのだ。
(あの人たちと離れて暮らせる? それって最高じゃない! 自由万歳!)
185
あなたにおすすめの小説
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
婚約破棄を兄上に報告申し上げます~ここまでお怒りになった兄を見たのは初めてでした~
ルイス
恋愛
カスタム王国の伯爵令嬢ことアリシアは、慕っていた侯爵令息のランドールに婚約破棄を言い渡された
「理由はどういったことなのでしょうか?」
「なに、他に好きな女性ができただけだ。お前は少し固過ぎたようだ、私の隣にはふさわしくない」
悲しみに暮れたアリシアは、兄に婚約が破棄されたことを告げる
それを聞いたアリシアの腹違いの兄であり、現国王の息子トランス王子殿下は怒りを露わにした。
腹違いお兄様の復讐……アリシアはそこにイケない感情が芽生えつつあったのだ。
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
「婚約破棄された聖女ですが、実は最強の『呪い解き』能力者でした〜追放された先で王太子が土下座してきました〜
鷹 綾
恋愛
公爵令嬢アリシア・ルナミアは、幼い頃から「癒しの聖女」として育てられ、オルティア王国の王太子ヴァレンティンの婚約者でした。
しかし、王太子は平民出身の才女フィオナを「真の聖女」と勘違いし、アリシアを「偽りの聖女」「無能」と罵倒して公衆の面前で婚約破棄。
王命により、彼女は辺境の荒廃したルミナス領へ追放されてしまいます。
絶望の淵で、アリシアは静かに真実を思い出す。
彼女の本当の能力は「呪い解き」——呪いを吸い取り、無効化する最強の力だったのです。
誰も信じてくれなかったその力を、追放された土地で発揮し始めます。
荒廃した領地を次々と浄化し、領民から「本物の聖女」として慕われるようになるアリシア。
一方、王都ではフィオナの「癒し」が効かず、魔物被害が急増。
王太子ヴァレンティンは、ついに自分の誤りを悟り、土下座して助けを求めにやってきます。
しかし、アリシアは冷たく拒否。
「私はもう、あなたの聖女ではありません」
そんな中、隣国レイヴン帝国の冷徹皇太子シルヴァン・レイヴンが現れ、幼馴染としてアリシアを激しく溺愛。
「俺がお前を守る。永遠に離さない」
勘違い王子の土下座、偽聖女の末路、国民の暴動……
追放された聖女が逆転し、究極の溺愛を得る、痛快スカッと恋愛ファンタジー!
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる