辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯

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3.怪我人

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 金色の鋭い瞳が、射抜くような鋭さでカタリーナを睨みつける。
 一瞬、肌がピリつくような殺気が放たれた。まるで森の奥で冬眠を邪魔された獣と対峙したような圧迫感に、カタリーナは思わず息を呑む。
 しかし、男は目の前の少女がひどく痩せっぽちで、手には洗濯物のシーツを抱えているだけの無害な存在だと気づくと、わずかに肩の力を抜いて殺気を収めた。

(この辺の人じゃないわね。それに、ただの旅人でもなさそう……)

 カタリーナは動悸を抑えながら、その男を静かに見つめ返した。
 短い黒髪は乱れ、額には汗が滲んでいる。着ている服は一見飾り気がないが、仕立ての良さが素人目にもわかる上質な生地だ。それが今は泥に汚れ、あちこちが裂けてしまっている。
 険しい森を強行突破してきたのだろうか。

 何より異質なのは、彼の腰に下げられた剣だった。
 鞘には細かな銀細工が施され、使い込まれた風格がありながらも気品を放っている。

(盗賊ではなさそう。……むしろ、どこかの騎士様か、あるいは)

 カタリーナが黙っていると、男はひどく喉が渇いているのか、唇を戦慄かせながら顎で家を指した。

「……ここ、お前の家なのか?」

 意外にも、その声に威圧感はなかった。むしろ、ひどく疲れ果てたような、掠れた響き。
 カタリーナは警戒を解き、素直に頷いた。

「そうよ。良かったら、中にどうぞ。お水も、少しなら食べ物もあるわ」
「……は?」

 男が呆気にとられたように声を漏らす。当然だろう。
 怪我をした武装した男を、こんな辺境の一軒家に住む女が、初対面で招き入れるなど正気の沙汰ではない。

「さっきも言ったけど、その井戸水そのまま飲まない方がいいわよ。沸かさないとお腹を壊すわ。それに……あなた、脚を怪我しているでしょう?」

 カタリーナの視線が、彼の右脚に止まる。ズボンの裾が血で黒ずみ、泥と混じってひどい状態だ。

「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?それとも、俺がどんな人間か想像もつかないほど世間知らずなのか」
「さあ、どうかしらね」

 カタリーナは男に背を向け、軽やかな足取りで家の方へと歩き出した。

「こんなボロ屋、盗っていくような宝物なんて一つもないでしょう? あるのは村の人からもらったお古の家具と、私の不格好な手料理くらいよ」

 冗談めかして言うと、男はしばしの沈黙の後、引きずるような足取りでカタリーナの後を追ってきた。

「……勝手な女だ」

 玄関の扉を開け、彼を迎え入れる。

(急なお客様だと思えばいいのよ。……部屋を掃除しておいてよかったわ)

 一週間かけて磨き上げた室内は、狭いながらも清潔だった。ハーブの香りが微かに漂い、実家の屋根裏部屋よりもずっと居心地が良い。
 男は玄関で一瞬だけ立ち止まり、品定めするように室内を見渡した。そして、一歩、また一歩とカタリーナに近づく。

 ――次の瞬間。

「きゃあっ……!」

 ドン、と鈍い音が響き、カタリーナは壁と男の分厚い胸板の間に閉じ込められた。
 まるで恋人同士の逢瀬のようだが、甘い雰囲気は微塵もない。男の腕は丸太のように太く、放たれる体温と鉄の匂いがカタリーナを圧倒する。

「不用心だと言っただろう。俺が何もしないとでも思ったのか?」

 見上げるほど高い位置から、金色の瞳が冷たく見下ろしてくる。

 けれど、カタリーナは震えなかった。
 実家の父や義母から浴びせられた、冷酷で悪意に満ちた視線に比べれば、彼の瞳にあるのが悪意ではない。

「私みたいなガリガリ、何の使い道もないでしょう?」

 カタリーナは自嘲気味に笑い、彼の胸元にそっと手を添えた。
 彼は黙ったままだった。

「あなたは何もしないわ。見れば分かる」

 男は毒気を抜かれたように目を見開き、やがて力なく肩を落とした。

「……お前、本当に変な奴だな」

 彼は短いため息をつくと、そっとカタリーナから離れた。壁を背にずるずると座り込み、負傷した脚を投げ出す。その顔には、隠しようのない疲労が色濃く浮かんでいた。

「手当を……してくれるんだろう? 頼む。このままでは動けそうにない」
「ええ、もちろん! 今すぐ準備するから、そこで待っていて」

 カタリーナはにっこりと、心からの微笑みを浮かべた。
 誰かに頼られる。誰かの役に立てる。
 それはカタリーナにとってはじめての経験だ。彼女は自分でも気がつかない内に心が躍っていた。
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