辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯

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4.提案

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「はい、おしまい。これでひとまずは大丈夫なはずよ」

 一番大きな脚の傷に、清潔な布で包帯を巻き終わると、カタリーナはふぅと短く息を吐いて立ち上がった。
 庭に自生していた薬草をすり潰し、止血と消毒を施しただけだが、男は感心したように眺めていた。

「手慣れているな」
「まあね」

(実家にいた時から自分の手当ては自分でやってたもの)

 怪我をしても誰にも頼れなかったカタリーナにとって、自分の傷を自分で治す技術は生き延びるために必須のスキルだった。


「助かった。礼を言う」

 男は立ち上がろうとするが、傷口が疼くのか、わずかに眉を寄せていた。
 それでも重い腰を上げてそのまま玄関の扉へと向かおうとする。その背中には、どこか「自分のような者が長く留まってはいけない」という頑なな決意のようなものが滲んでいる。

 カタリーナは思わず、彼のたくましい腕を掴んでいた。

「待って。もう帰る気? まだ脚も痛むんでしょう? ごはんがまだなら、食べていきなさいよ」
「は? お前、正気か?」

 男は信じられないものを見るような目でカタリーナを振り返った。

「お前、自分がどれだけ危ういことをしているのか分かっているのか。俺が毒でも盛るような悪党だったらどうする」
「毒を盛る人は、そんなに丁寧なご説明しません。それに、怪我人を放り出したら寝覚めが悪いの。いいから座って」

 カタリーナは半ば強引に彼を椅子に座らせると、竈の方へと向かった。
 小さな土鍋の中には、朝作った野菜スープが残っている。そこに村人から分けてもらったチーズと硬いパンを添えれば、立派な夕食だ。

 木製のボウルにスープを注ぐと、湯気とともにハーブと根菜の優しい香りが部屋中に広がった。

「はい、どうぞ。これしかないけれど」

 料理をテーブルに差し出すが、男はそれを見つめたまま動こうとしない。
 やがて、彼は絞り出すような声で言った。

「……これは、お前の分だろう」
「え?」
「この家のどこを見ても、食料が豊富にあるようには見えない。このスープだって、貴重な食料のはずだ」

 彼の指摘は正しい。カタリーナの備蓄は決して多くない。
 村の人から分けてもらった食材と、自分で育てたわずかな収穫。それを考えれば、見ず知らずの男に与える余裕など、本来はないはずだった。

(でも……この人は私よりお腹がすいているはずよ)

「そうね。じゃあ、こうしましょう」

 カタリーナはもう一つの空のボウルを持ってくると、男の前に置かれたスープを迷うことなく半分に分けた。

「……何をしている」
「はんぶんこ。これがこの家のルールなの。今決めたんだけどね」

 カタリーナは、半分になったスープとパンを自分の手元に引き寄せ、にっこりと微笑んだ。

「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」

 カタリーナの言葉に男はしばらく絶句していた。

「どうしたの? 手当てのお礼、してくれないの?」
「……本当に、お前は」

 男は低く呟くと、諦めたようにスプーンを手に取った。
 男が一口、スープを口に運ぶ。それを見たカタリーナもスープに口をつけた。
 野菜の甘みと、丁寧に処理されたハーブの香りが、口いっぱいに広がる。

「……旨い」
「そう? 良かった。裏の小さな畑で採れた野菜よ。不格好だけど味だけは良いでしょ」

 カタリーナはふぅと幸せそうに息をつく。
 ただのスープ。
 けれど向かい合わせに座って食べる誰かがいるだけで、それは実家で見ていたご馳走よりも美味しいに違いないのだ。

「お前、一人で暮らしているのか?」
「そうよ。この家も畑も私が管理しているの。土をいじっていると嫌なことも忘れられるから、結構気に入っているわ」

 カタリーナの言葉に、男は何かを言いかけて飲み込んだ。


 食後の沈黙は、不思議と気まずいものではなかった。

「……世話になったな」

 男が再び立ち上がったとき、その瞳からは最初の鋭い雰囲気が消えていた。

(帰ってほしくない)

 カタリーナは急に寂しさを感じた。
 誰かとゆっくりと過ごすなんて久しぶりだったからだろう。

「ねえ、今日はこの後雨が降るわ。だから……」
「……」

 カタリーナの言葉に、男は小さくため息をついて再び席に着いた。

「本当に用心という言葉を知らないな。まったく……俺はギルだ。今夜は世話になる」
「……! 私はカタリーナよ。よろしく」
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