辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯

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8.プロポーズ

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 ギルとの共同生活が始まってから、数ヶ月が過ぎた。

 二人での生活は驚くほど円滑だった。
 ギルが森で獣を狩ってきてくれるお陰で食料にも困らなくなったし、生活に余裕ができた。時折魔獣を狩ってくるので驚いたが、食べてみると案外美味しく、カタリーナとしては魔獣でも野獣でも構わなかった。

 彼は日中の間、森に行くことも多かったが、時折カタリーナとともに村人の手伝いをおこなったりしていた。
 お陰で、肉以外の食料も調達しやすくなっていた。

 カタリーナは肉体労働を減らし、ハーブや薬草の栽培に力を入れ始め、村の薬師に買い取ってもらえるようにまでなっていた。

「お嬢ちゃんが薬草を栽培してくれたんだって? 薬が安くなって助かったよ」
「この間、うちの夫が魔獣にやられてね……。でも傷がちゃんと塞がって仕事にも復帰できたんだ!」

 その上、このクリーニア辺境区を治めている辺境伯からもお礼の手紙をいただいたりしたのだ。

(この地で認められたみたいで嬉しいわ。ここで生きていいんだって思えるもの)



 少しずつ豊かになってきた生活の証は、カタリーナの身体に最も顕著に現れていた。

(……あら。私の顔、少しふっくらしたかしら)

 窓に映る自分の姿を見たカタリーナは、肉がついた自分の頬を撫でる。
 カサカサだった肌や髪も、今や健康的な輝きを取り戻している。「ガリガリ」と揶揄されていた面影は消えつつあった。

「自分に見惚れているのか?」
「ギル、おかえりなさい。そうなの。ガリガリじゃなくなったなーって。ふふふ、ギルのおかげ」

 狩りから戻ってきたギルに微笑みかけると、彼はかすかに口角をあげた。

(喜んでる。意外とギルって分かりやすいわ)

「いつまで笑ってるんだ。ほら、食事にするぞ」
「そうね。ふふふ」



 そんなある日。
 カタリーナが仕事を求めて村の広場へと向かうと、ざわざわと落ち着かない空気を感じた。

「聞いたか? 王都で、陛下が崩御されたらしいぞ」
「ああ。跡継ぎを巡って王宮ではかなり揉めているらしいな。何せ、行方不明の王子もいるっていうじゃないか」
「へえ! そりゃ大変だ。ま、この辺りには関係ない話さ」
「それもそうだ」

 風の噂。
 彼らの言う通り、辺境の庶民の暮らしにさほど変化は無い。

 けれどその噂を聞いた瞬間、隣で荷物を持っていたギルの身体が一瞬だけ石のように硬直したのを、カタリーナは見逃さなかった。
 彼の金色の瞳は見たこともないほど深く、暗い陰を宿している。

「……ギル? どうしたの、顔色が悪いわよ」
「なんでもない。……帰ろう、カタリーナ。今日はめぼしい仕事もなさそうだ」


 その日の帰路、ギルはいつもよりずっと寡黙だった。
 家に戻ると、彼は黙々と薪を割り始めた。その動きには、もはや一寸の淀みもない。

(……足、もうあんなに動くのね)

 薪を割る斧の鋭い音を聞きながら、カタリーナの胸にツンとした痛みが走る。
 彼をこの家に留めていた「怪我」という理由は、もうすぐ消えてしまう。

(もうすぐギルはここを去ってしまう)


 その日の夕食。
 カタリーナはいつも通り温かいスープと肉料理を並べたが、喉を通りそうになかった。

「……ギル。あなたの脚、もうほとんど治っているわね」
「ああ。お前の手当てと、食事が良かったんだろう」

 ギルは淡々と答え、最後の一口を飲み干した。
 今にも、「じゃあ、明日出ていく」と言われるのではないか。そう思うと、カタリーナの手がわずかに震えた。

「そう……よかったわ。おめでとう」
「……」
「でも、そうなると……もうすぐお別れね。ちょっと寂しくなるわ」

 精一杯の笑顔でそう告げたカタリーナの瞳が、潤んでいることに自分では気づかなかった。
 すると、ギルがゆっくりと椅子を引き、彼女の方を向き直った。

「カタリーナ。俺は、ここを出ていく気はない」
「えっ?」

 ギルが真剣な眼差しでカタリーナを見つめる。
 彼は大きな手を伸ばし、カタリーナの震える手を包み込んだ。その手の温かさがじんわりとカタリーナの手に伝わってくる。

「俺は、お前とともに生きたい。……カタリーナ、俺と結婚してくれないか」

(け、結婚?)

 心臓が跳ねるように脈打った。
 捨てられたはずの自分が、誰かに必要とされ、人生を共に歩もうと言われている。

「……私、でいいの?宝石もドレスもない、辺境のボロ屋敷に住んでいる素性の知れない女よ?」
「それは俺も同じだろう? まずは君の気持ちを知りたい」
「それは……私もギルと結婚したいわ!」

 カタリーナの瞳から、こらえきれずに涙がこぼれ落ちた。
 ずっと隠していた気持ちを吐き出せたという安堵だった。

(これからもギルと暮らせるの?)

 嬉しさが込み上げてきたその時。

 ――ドンドンドン!!

 静かな夜の空気を切り裂くような、激しく重いノックの音が鳴り響いた。
 村人たちの軽いノックとは違う。威圧的な響きだった。

「……っ!」

 ギルの表情が、一瞬にして鋭くなる。
 彼はカタリーナを庇うように自分の背後へと引き寄せ、部屋長い間置いてあるだけだった剣をを手に取った。

「……来たか」

 低く呟いたギルの声は、これまでに聞いたことのない冷たさを帯びていた。
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