辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯

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9.突然の訪問者

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「……っ、ギル!」
「大丈夫だ」

 ギルは冷静に扉を見据え、ゆっくりと鍵を開けた。

 夜の冷気とともに、銀色の鎧を纏った三名の騎士が姿を現した。数は少ないが、一目で鍛え上げられた精鋭だとわかる風格を漂わせていた。

 ギルが彼らを招き入れると、彼らはギルの前で一斉に跪いた。

「ギルベルト殿下、お迎えに上がりました。王都の準備がすべて整いました」

(ギルベルト、殿下……?)

 聞き慣れない響き。
 カタリーナが呆然とする中、先頭にいた騎士が顔を上げ、言葉を継いだ。

「吉報にございます。第一王子ホルスト殿下が正式に新王として即位されました。貴方様への不当な嫌疑はすべて晴らされ、今は新王自ら、弟君である貴方様のお帰りを心待ちにしておられます」

 ギル――ギルベルトは短く息を吐くと「そうか」と呟いた。
 彼はカタリーナの方を向き、深く頭を下げる。
 その姿に騎士たちがギョッとしているのも視界の端に入った。

「俺の本当の名はギルベルト・フォン・グロゼル。この国の第三王子だった男だ」

 カタリーナは小さく息を呑んだ。

(第三王子? ど、どういうこと? 何故王子がこんな辺境に……? っていうか、そんな人が私なんかと一緒にいたの?)

 唖然としているカタリーナに、ギルはゆっくりと説明をしてくれた。

 彼はこの国の第三王子であり、王位継承にまつわる陰謀から身を守るため、あえてこの辺境に身を隠していたのだ。
 数名の騎士とともに辺境の魔獣退治という名目で――。

「だがある日、俺は怪我をして彼らとはぐれてしまったんだ。そこで君に助けられた」
「そ、そうだったの……」
「怪我が軽くなってからは彼らと再び合流して、魔獣退治をしながらこの生活をしていた。……俺がそうしたかったから」

 カタリーナは目を見開いた。

「どうして……」
「カタリーナが好きになったからだ。さっきも言っただろう?」

 目を細めて微笑む彼は、カタリーナのよく知る「ギル」の顔だった。

「でも……王都に戻るのね」

 せっかく心が通じ合ったのに、もうお別れしなければならない。
 カタリーナは痛む胸をギュッと押さえた。

 するとギルはカタリーナの手を取った。

「だから一緒に来てくれないか?」
「え?」
「彼らが素性を調べたんだ。カタリーナ・クルーゲ。君の家の問題も、もうすぐ解決する」
「それって……」

 懐かしいフルネームを呼ばれ、カタリーナは動揺した。

(いつから知っていたの?)

「わ、私と一緒にいたのは同情だったの?」
「違う! そんなつまらない感情で好きになったりしない。俺は優しくてたくましいカタリーナに惚れたんだ。だが、君を不当に扱った伯爵家を許せるほど心の広い男でもない」

 段々とギルの声に怒りの色が混じる。

「カタリーナ、君と出会えた事には感謝するが、君の家族を許しはしない」

 カタリーナの手を握る力が強くなる。
 彼の金色の瞳には、真剣な色が滲んでいた。その嘘偽りの無い表情に、カタリーナの卑屈な気持ちが消えていく。

「もし君がここで暮らしたいなら、俺もここに残る。辺境区を守る仕事だって重要だ。それに、俺はカタリーナとこの地で暮らすのが結構気に入っていたんだ」

 部屋を見回しながらギルは目を細める。
 その表情を見ていると、カタリーナの緊張がほぐれていく。

「王子様がこんなボロ家で一生を終えてもいいなんて……本気?」

 カタリーナの問いに、ギルは迷いなく頷いた。

「ああ。君と過ごせれば俺はどこでだって幸せだ」

 その言葉がカタリーナの胸に深く突き刺さる。
 王位も、富も、すべてを投げ出してもいいと言ってくれる。これほどまでに自分を愛してくれる人がいるのだ。ならば、自分も勇気を出さなくてはいけない。

(……逃げてばかりじゃダメね。ギルが私のために怒ってくれるなら、私も私の人生を取り戻したい)

 震えていた足が、ゆっくりと地面を捉えた。


「私、あなたに着いていくわ。ここでの暮らしは大好きだけど、お母様が残してくれたブレスレットだけでも取り戻したいもの」
「そうか……そうと決まれば、出発の支度をしよう」

 ギルは素早く騎士たちに命令を出す。
 カタリーナも必要な荷物をかき集めることにした。
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