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10.謁見
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数ヶ月過ごした辺境の小屋を後にし、馬車に揺られること数日。
カタリーナの目の前に現れた王都の光景は、眩いばかりに輝いていた。
石畳の道。行き交う豪華な馬車。そして天を突くようにそびえ立つ王宮。
(実家にいた時だって、王宮なんて遠くから眺めていただけなのに)
辺境での質素ながらも温かな暮らしから一転、カタリーナは「貴族の世界」へとやってきてしまったのだ。
「いかがでしょうか」
王宮の一室。
最高級の絹のドレスに身を包んだカタリーナは、侍女たちに囲まれながら鏡に映る自分を見て目を見開いた。
「これが、私……?」
そこには見目麗しい令嬢がいた。瑞々しく潤った肌、艶やかな髪、そして意志を宿した瞳。
ガリガリの身体でボロボロの服をまとっていた面影はまったくなかった。
「準備できたようだな。緊張しているか?」
扉が開かれ、正装に身を包んだギル――ギルベルトが現れた。
王族の衣装を纏った彼は、以前よりもずっと近寄りがたいほどの威厳に満ちている。
けれどカタリーナに向ける眼差しだけは、いつもの「ギル」のままだった。
「緊張してるに決まってるでしょう。……でも、大丈夫よ」
「そうか。兄上が、君に会いたがっている。行こうか」
ギルベルトに導かれ、向かったのは謁見の間だった。
そこには新たに即位したばかりの新王・ホルストが待っていた。彼はギルベルトによく似た面影を持つが、オレンジ色の瞳が穏やかで、包容力のある雰囲気を持っていた。
「よく帰ってきた、ギルベルト。……そして君が、弟の命を救ってくれたカタリーナ嬢か」
「お初にお目に掛かります、陛下。カタリーナ・クルーゲでございます」
カタリーナが完璧な礼法で挨拶をすると、ホルスト王は満足げに頷いた。
「素晴らしい。君のような賢明な女性が弟の傍にいてくれたこと、心から感謝する。……さて、ギルベルト。今回の魔獣退治の功績と、長年の苦労に報い、君に『公爵』の地位を授けることに決めた。今後は公爵として、私の右腕となって国を支えてほしい」
公爵。
それは王族に次ぐ、国内最高位の爵位だ。
ギルベルトが公爵になるということは、彼と添い遂げるカタリーナは「公爵夫人」になることを意味する。
その言葉を聞いた瞬間、カタリーナの胸に喜びよりも先に、冷たい不安がよぎった。
(公爵、夫人……。私が?)
謁見が終わり、客間に戻ると深いため息が出た。
向かい合って座ったギルベルトが、心配そうにカタリーナを見つめる。
「どうした、カタリーナ? 顔色が悪いな」
「……ギル。私、嬉しいのよ。あなたが正当に評価されたことは、本当に嬉しい。だけど少し不安なの」
「何がだ?」
「私が公爵夫人になるなんて大々的に発表されたら……私を捨てた実家の父や義母が、黙っているはずがないわ。きっと公爵家の権力やお金を目当てに、恥も外聞もなく飛んでくるに違いないもの。あの人たちが私の前に現れると思うと……怖いの。あなたに迷惑をかけるわ」
傲慢な父の顔。嘲笑う義母と妹。そして、どうしようもなく無力な自分。
過去のトラウマがカタリーナの心に影を落とす。
するとギルはなにもかも分かっているかのように頷いた。
「そうだな。だから、今日はもう一人紹介したい人がいるんだ」
その言葉とともに扉がノックされる。
入ってきたのは初老の紳士だった。
仕立ての良い衣服に知的な光を宿した瞳。その胸元に輝く紋章は、名門中の名門である辺境伯家のものだ。
「はじめまして、カタリーナ嬢」
「シュミット辺境伯だ。カタリーナの力になってくれる」
カタリーナは慌てて立ち上がり深くお辞儀をする。
「カタリーナ・クルーゲと申します……!」
「ははは、緊張なさるな。貴女にとって悪くない提案を持ってきただけです」
そう言って辺境伯は意味ありげに微笑んだ。
カタリーナの目の前に現れた王都の光景は、眩いばかりに輝いていた。
石畳の道。行き交う豪華な馬車。そして天を突くようにそびえ立つ王宮。
(実家にいた時だって、王宮なんて遠くから眺めていただけなのに)
辺境での質素ながらも温かな暮らしから一転、カタリーナは「貴族の世界」へとやってきてしまったのだ。
「いかがでしょうか」
王宮の一室。
最高級の絹のドレスに身を包んだカタリーナは、侍女たちに囲まれながら鏡に映る自分を見て目を見開いた。
「これが、私……?」
そこには見目麗しい令嬢がいた。瑞々しく潤った肌、艶やかな髪、そして意志を宿した瞳。
ガリガリの身体でボロボロの服をまとっていた面影はまったくなかった。
「準備できたようだな。緊張しているか?」
扉が開かれ、正装に身を包んだギル――ギルベルトが現れた。
王族の衣装を纏った彼は、以前よりもずっと近寄りがたいほどの威厳に満ちている。
けれどカタリーナに向ける眼差しだけは、いつもの「ギル」のままだった。
「緊張してるに決まってるでしょう。……でも、大丈夫よ」
「そうか。兄上が、君に会いたがっている。行こうか」
ギルベルトに導かれ、向かったのは謁見の間だった。
そこには新たに即位したばかりの新王・ホルストが待っていた。彼はギルベルトによく似た面影を持つが、オレンジ色の瞳が穏やかで、包容力のある雰囲気を持っていた。
「よく帰ってきた、ギルベルト。……そして君が、弟の命を救ってくれたカタリーナ嬢か」
「お初にお目に掛かります、陛下。カタリーナ・クルーゲでございます」
カタリーナが完璧な礼法で挨拶をすると、ホルスト王は満足げに頷いた。
「素晴らしい。君のような賢明な女性が弟の傍にいてくれたこと、心から感謝する。……さて、ギルベルト。今回の魔獣退治の功績と、長年の苦労に報い、君に『公爵』の地位を授けることに決めた。今後は公爵として、私の右腕となって国を支えてほしい」
公爵。
それは王族に次ぐ、国内最高位の爵位だ。
ギルベルトが公爵になるということは、彼と添い遂げるカタリーナは「公爵夫人」になることを意味する。
その言葉を聞いた瞬間、カタリーナの胸に喜びよりも先に、冷たい不安がよぎった。
(公爵、夫人……。私が?)
謁見が終わり、客間に戻ると深いため息が出た。
向かい合って座ったギルベルトが、心配そうにカタリーナを見つめる。
「どうした、カタリーナ? 顔色が悪いな」
「……ギル。私、嬉しいのよ。あなたが正当に評価されたことは、本当に嬉しい。だけど少し不安なの」
「何がだ?」
「私が公爵夫人になるなんて大々的に発表されたら……私を捨てた実家の父や義母が、黙っているはずがないわ。きっと公爵家の権力やお金を目当てに、恥も外聞もなく飛んでくるに違いないもの。あの人たちが私の前に現れると思うと……怖いの。あなたに迷惑をかけるわ」
傲慢な父の顔。嘲笑う義母と妹。そして、どうしようもなく無力な自分。
過去のトラウマがカタリーナの心に影を落とす。
するとギルはなにもかも分かっているかのように頷いた。
「そうだな。だから、今日はもう一人紹介したい人がいるんだ」
その言葉とともに扉がノックされる。
入ってきたのは初老の紳士だった。
仕立ての良い衣服に知的な光を宿した瞳。その胸元に輝く紋章は、名門中の名門である辺境伯家のものだ。
「はじめまして、カタリーナ嬢」
「シュミット辺境伯だ。カタリーナの力になってくれる」
カタリーナは慌てて立ち上がり深くお辞儀をする。
「カタリーナ・クルーゲと申します……!」
「ははは、緊張なさるな。貴女にとって悪くない提案を持ってきただけです」
そう言って辺境伯は意味ありげに微笑んだ。
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