愛されSubは尽くしたい

リミル

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愛されSubは尽くしたい

水族館デート1

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「お茶するくらいでいいよ。……それで、会おうって言ってくれたんだよね?」
「あ……いや。今日はその件ではなくて。純粋に汐君に会いたかったから」

汐の目の前にいるのは、果たして本当に深見なのだろうか。普段と対応が違いすぎて、甘い台詞に舞い上がるどころか、変に勘繰ってしまう。

──埋め合わせ……って感じだよね。

Glareと自制心をコントロール出来ずに、汐の前でDefence状態に陥ってしまったこと──ハイランクのDomである深見からすれば、羞恥的な出来事だったのだろう。深見なりに考えがあって、けじめをつけたいのだと、汐は解釈した。本庄に隙を見せてしまった自分にも責任があるし、深見が望んでいるのなら言うとおりにしたい。

「じゃあね……水族館に行きたい」
「水族館か。いいな」

汐の希望を聞くと、深見は嬉しそうに顔を綻ばせた。夏休みに一人で展示を見に行こうと計画していた場所だ。汐がスマートフォンでサイトを検索し、アクセスページを見せた。最寄りの駅から巡回するバス一本で行ける。早速行こうという話になり、汐は駅の中へ、深見は何故かロータリーの方向へ歩き出す。噛み合わない歩みに、離れたところでお互い苦笑を浮かべる。

「よかったらこっちで行かないか」

深見が手の内で車のキーを鳴らす。ロータリーには、汐でも一目で分かる黒い高級車が停まっていた。助手席のドアを開けられ、汐は軽く頭を下げてから乗った。

慣れた手つきでナビの目的地を設定すると、車が発進する。

──何か……流れで、一緒に出かけることになっちゃったけど。

今までの汐だったら、デートのような今の状況に浮かれていたことだろう。

──でも、僕のことは好きにならない、って言われた。

汐がまだ十分に年を重ねていないから、この気持ちが本気ではなくて軽いものだと思われているのだ。

「今日の汐君は大人しいな」
「……普段はうるさいってこと?」

汐の言い返しに対して、深見は鷹揚に答える。

「元気があっていいなって。僕はどっちも好きだな」

何気ない「好き」に心臓が跳ね上がる。汐がぴりついた返事をしたから、角が立たないように深見は言い添えただけなのに。

背を浮かせていた汐も時間が経つと、心地よい硬さのシートにもたれていた。高速を走り出し、流れる景色に変化がなくなると退屈になる。運転している隣で眠ってしまうのに気が引けて、汐はうとうとしながらも何とか意識を繋いでいた。

「寝ててもいいよ。次のサービスエリアで僕も休憩するから」
「ん……ん。寝ない……」

深見のために起きていようとしていたのに、当の本人が唆してくる。

──知られたくなかったのにな。明日が楽しみで全然眠れてないってこと。

結局、サービスエリアに着いたとき深見に起こされ、汐はむくれてしまった。油断するとまだ欠伸を出してしまいそうだ。途中で買ったチュロスを齧りながら、開けた景色のほうに目を向ける。

高速を降りた先では、懐かしい潮の香りに満ちていた。離れ島だった土地に護岸工事を行い、行き来しやすいように橋がつくられ半分ほど人の手がかけられた場所だ。生まれてから小学校へ入るまで過ごした、汐の故郷だった。

「暑いな。でも風が気持ちいい」

久しぶりの景色は汐を懐かしく、そして切ない気持ちにさせた。汐がきょろきょろと周りを歩き回っているうちに、深見はいつの間にか手にした入館チケットを、一枚汐に渡した。

「え、あっ、半分払うからっ。行きたいって言ったの僕だし」
「年下に払わせるわけないだろう。水族館なんていつ以来だろうな。成人してから一度も行ってない気がする」

チケットと一緒にパンフレットも受け取る。
平日ということもあり、館内は静かで人も疎らだ。近くに海水浴場があるため、夏場は特に客足はそちらのほうへ散ってしまう。

河川と森のコーナーで、キューキューと鳴き声が聞こえ、汐は首を傾げた。

「なに、こいつ……かわいい。誠吾さん、誠吾さんっ」

去年の夏にも訪れていたが、コツメカワウソの親子と会うのは初めてだった。湿地帯を再現したエリアで、小さい子供のカワウソがじゃれ合っている。

「可愛いねぇ……こんな可愛くて自然で生きていけるのかな」

斜め上の心配に、隣の深見はくすっと笑う。

「だな。汐君みたいだ」
「……カワウソに似てるなんて初めて言われた。誠吾さん、例えが下手なんじゃない?」

自分から深見のことを呼んでおいて、すぐ隣に来られると緊張で胸が高鳴る。深見への恋心はまだ冷めていない。どうせなら楽しもうと思っていたのに、これで最後だという事実で幸せは少し萎む。叶わない恋があるなんて、初めて知った。

水槽の内側と外側。それぞれ違う世界があって違う幸せがある。汐も年齢でいえば成人の枠組みだけれど、外の世界を知らない。深見のことも結局何も知らないのだ。

カワウソの生態を展示している横では、触れ合いコーナーなるものがあり、ちょうど餌やりの時間らしく人の集まりが出来ている。透明なアクリルに数センチ開けられた穴から、必死に短い前足を伸ばしていた。思わず立ち止まり、汐は目を輝かせながら、小学生がカワウソに餌をやる光景を眺めていた。

「汐君、やりたいの?」
「子供じゃないんだし、別にいいよ……」
「そう? 僕はあげてこようかな」
「えっ、え!? じゃあ、僕も行く!」

深見が乗り気なのが意外だった。秒で発言を撤回し、汐も深見の隣へ並ぶ。餌のやり方の説明を受け、汐はおずおずと餌待ちをしている可愛い動物へ、団子状の餌をやった。

触れ合いたい汐の気持ちを無視して、指先に乗せた餌だけをさらっていく。人慣れしてない子なのかなぁ……としょんぼりするも、最後は何も持っていない汐とハイタッチをしてくれた。ツンデレだけど、神対応だ。

肉球の柔らかさと愛くるしさに、汐のテンションはきゅううんと上昇する。

「可愛い、かわいいぃ……。もう、ご飯ないんだよ? ごめんねぇ……」

深見も別のカワウソに気に入られているようで、キュウ、と鳴いて餌を強請られている。表情も心なしか穏やかで、口角は明らかに上がっていた。

汐は好きな人の最高の笑顔を、写真の中に収めた。
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