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【番外編SS】溺愛Domは甘やかしたい
お仕置きされたい1
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午後五時、終業時間間際──社内の空気はピリついていた。深見が修正を頼んだはずの企画書にいくつもミスを見つけたからだ。進捗は大幅に遅れ、今日はまともに休憩をとっていない。三度、四度と、完璧に仕上がらないものを持ってこられる度に、深見の目はつり上がる。
「上司……同期でもいいから、ダブルチェックを頼むように」と、深見はなるべく部下を萎縮させないように指示を出した。深見の叱責を受けて、部下もやさぐれているように見える。それでもきっちり一時間、呑気に昼休憩を取っていたのを深見は知っている。
──僕なんか……今日は汐きゅんに触れてすらいないのに!
イルカの汐きゅんはデスクの背後で、深見の仕事を見守ってくれている。
後ろを振り返り、汐きゅんに手を伸ばしかけたところで……ぐっと堪えた。
夏の旅行には結局行けていない。深見が何度も断った縁談の末に、選んだSubのパートナー。しかも大人だったら誰もが名前を知っているような元子役。何百といる親戚中に話は広がり、全員が集まる日をお披露目会に選ばざるを得なかった。自社のコマーシャルに起用する予定が、落下事故により急遽別の子役にすり替わってしまい、深見もあのときの事故で、汐を庇ったほうの腕を折る怪我をした。
汐が無事だと聞いて安堵した……が、後日に全国のテレビニュースで引退報道を見たときは血の気が引いた。自分のした選択は誤ったものだったのだと。
それから深見は骨が繋がらないうちに、何度も天使家を訪れては謝罪をした。Subが弱ったときのフェロモンに誘われて、狭い通路にある資材を引き抜いて汐の元へ向かったこと。責められるのも殴られるのも覚悟の上だった。
両親は深見の行動を一切非難することはなかった。謝罪に来た深見よりも低く頭を下げ、「汐の命を助けてくださりありがとうございます」と言った。
酷く罵られたほうがどれほど楽だったか。サロンで再会した十七歳下の彼も、両親と同じような反応で、さらに深見のことを好きだと──恋人兼パートナーになって欲しいと。腕の中で汐はRewardを溢した。まだ誰の色にも染まっていないSubを自分のものにしたいと、深見はその告白に頷く気でいた。そのSubが天使 汐と知るまでは。
罪悪感が募りもう会いたくない、会うべきではないと、深見はサロンを退会しようと考えていた。それと同時に、他のDomとパートナーになるのでは、とよく分からない焦燥感にも悩まされた。
結局諦められなくて、深見はその後仕事が終わると毎夜汐の姿を探した。汐に会いに行く訳じゃない。柄の悪いDomに危害を加えられないか影で見守るために。汐の顔を思い出す度に、恋慕を抱かないように自身に言い聞かせていたものだ。
紆余曲折あって今は大切なパートナーとして、深見の側にいる。抑えていた気持ちは、何度「好き」と言葉にしてみても足りない。
当初の時間よりかなり遅れて、部下がデータを送ってきた。深見のデスクの前まで来て、すみません、と何度も頭を下げた。
それと同時に、プライベート用のスマホにメッセージが入る。
「失礼」
一応目だけ通しておこうと、深見は通知を確認する。
「えっ! 汐君っ!?」
他愛のない話だったら、こんなに驚くこともなかった。
『お疲れさまー。講義早く終わったー』
『今から誠吾さんの会社に行く。一緒に帰ろ』
心臓がどっどと早鐘を打つ。行くって……一緒に帰ろ、って。
『今電車に乗ったところ』
汐の通う大学から今いるオフィスまでの時間を、瞬時にアクセスサイトで計算した。
「君佳。用事を頼みたい」
「はっ、はい!」
普段は「汐君」にかこつけて、深見にちょっかいを出す君佳が、溌剌に返事をする。今朝からまともに休憩をとっていない上司の機嫌を荒れさせないよう、君佳はすぐさま深見の元へ走った。
「急な来客が入ったから何か甘いものを買ってきてくれ。一人分でいい」
「は……はい。甘いものというのは具体的に」
「そうだな……ケーキとかがいいな」
一万円札を財布から取り出すと、君佳に渡した。
「えぇ? 二千円くらいで足りますよ」
これだからお坊ちゃんは……喉まで出かかった言葉を、君佳は慌てて飲み込んだ。
「お釣りは取っておいてくれていいぞ」
「本当ですかっ? 部長太っ腹ですねー! ありがとうございます!」
「今から三十分以内で頼む。あと、ついでにコーヒーもテイクアウトで買ってきてくれ」
汐の訪問までに何としてでも終わらせなければ。深見はモニターを凝視しながら、頼んだ急用にあれやこれやと付け足す。君佳は半ばやけくそ気味に「分かりましたっ!」と吐き捨てて、オフィスを出て行った。
深見のデスクに来客を知らせる内線が入る。よほど懇意にしている相手でなければ、非常識極まりないアポなしの訪問などもてなさない。君佳を含め部下達は、神妙な面持ちで受話器を取る深見を見つめる。今日は特に、深見には融通というものが利かない。
「ああ、通してくれ」
内線を切ると、深見は「はあ……」と物憂げな表情をして、溜め息をついた。時々、思い出したかのように、幸せそうな笑みを浮かべながら。
「上司……同期でもいいから、ダブルチェックを頼むように」と、深見はなるべく部下を萎縮させないように指示を出した。深見の叱責を受けて、部下もやさぐれているように見える。それでもきっちり一時間、呑気に昼休憩を取っていたのを深見は知っている。
──僕なんか……今日は汐きゅんに触れてすらいないのに!
イルカの汐きゅんはデスクの背後で、深見の仕事を見守ってくれている。
後ろを振り返り、汐きゅんに手を伸ばしかけたところで……ぐっと堪えた。
夏の旅行には結局行けていない。深見が何度も断った縁談の末に、選んだSubのパートナー。しかも大人だったら誰もが名前を知っているような元子役。何百といる親戚中に話は広がり、全員が集まる日をお披露目会に選ばざるを得なかった。自社のコマーシャルに起用する予定が、落下事故により急遽別の子役にすり替わってしまい、深見もあのときの事故で、汐を庇ったほうの腕を折る怪我をした。
汐が無事だと聞いて安堵した……が、後日に全国のテレビニュースで引退報道を見たときは血の気が引いた。自分のした選択は誤ったものだったのだと。
それから深見は骨が繋がらないうちに、何度も天使家を訪れては謝罪をした。Subが弱ったときのフェロモンに誘われて、狭い通路にある資材を引き抜いて汐の元へ向かったこと。責められるのも殴られるのも覚悟の上だった。
両親は深見の行動を一切非難することはなかった。謝罪に来た深見よりも低く頭を下げ、「汐の命を助けてくださりありがとうございます」と言った。
酷く罵られたほうがどれほど楽だったか。サロンで再会した十七歳下の彼も、両親と同じような反応で、さらに深見のことを好きだと──恋人兼パートナーになって欲しいと。腕の中で汐はRewardを溢した。まだ誰の色にも染まっていないSubを自分のものにしたいと、深見はその告白に頷く気でいた。そのSubが天使 汐と知るまでは。
罪悪感が募りもう会いたくない、会うべきではないと、深見はサロンを退会しようと考えていた。それと同時に、他のDomとパートナーになるのでは、とよく分からない焦燥感にも悩まされた。
結局諦められなくて、深見はその後仕事が終わると毎夜汐の姿を探した。汐に会いに行く訳じゃない。柄の悪いDomに危害を加えられないか影で見守るために。汐の顔を思い出す度に、恋慕を抱かないように自身に言い聞かせていたものだ。
紆余曲折あって今は大切なパートナーとして、深見の側にいる。抑えていた気持ちは、何度「好き」と言葉にしてみても足りない。
当初の時間よりかなり遅れて、部下がデータを送ってきた。深見のデスクの前まで来て、すみません、と何度も頭を下げた。
それと同時に、プライベート用のスマホにメッセージが入る。
「失礼」
一応目だけ通しておこうと、深見は通知を確認する。
「えっ! 汐君っ!?」
他愛のない話だったら、こんなに驚くこともなかった。
『お疲れさまー。講義早く終わったー』
『今から誠吾さんの会社に行く。一緒に帰ろ』
心臓がどっどと早鐘を打つ。行くって……一緒に帰ろ、って。
『今電車に乗ったところ』
汐の通う大学から今いるオフィスまでの時間を、瞬時にアクセスサイトで計算した。
「君佳。用事を頼みたい」
「はっ、はい!」
普段は「汐君」にかこつけて、深見にちょっかいを出す君佳が、溌剌に返事をする。今朝からまともに休憩をとっていない上司の機嫌を荒れさせないよう、君佳はすぐさま深見の元へ走った。
「急な来客が入ったから何か甘いものを買ってきてくれ。一人分でいい」
「は……はい。甘いものというのは具体的に」
「そうだな……ケーキとかがいいな」
一万円札を財布から取り出すと、君佳に渡した。
「えぇ? 二千円くらいで足りますよ」
これだからお坊ちゃんは……喉まで出かかった言葉を、君佳は慌てて飲み込んだ。
「お釣りは取っておいてくれていいぞ」
「本当ですかっ? 部長太っ腹ですねー! ありがとうございます!」
「今から三十分以内で頼む。あと、ついでにコーヒーもテイクアウトで買ってきてくれ」
汐の訪問までに何としてでも終わらせなければ。深見はモニターを凝視しながら、頼んだ急用にあれやこれやと付け足す。君佳は半ばやけくそ気味に「分かりましたっ!」と吐き捨てて、オフィスを出て行った。
深見のデスクに来客を知らせる内線が入る。よほど懇意にしている相手でなければ、非常識極まりないアポなしの訪問などもてなさない。君佳を含め部下達は、神妙な面持ちで受話器を取る深見を見つめる。今日は特に、深見には融通というものが利かない。
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