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3 山の中
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ライルが目を覚ましたのは見慣れたテントの中だった。今が何刻かは分からないが、テントの出入り口の隙間から焚き火の明かりが差し込み、楽しそうに騒ぐ声もそこかしこから聴こえる。野営地の面々が晩飯と酒盛りに興じているのだろう。
「あっ、ライル!もう起きて大丈夫なの!?」
のそりとテントを出るライルに、ヒューゴが目敏く気付いて声を掛ける。
「よぉ。やっとお目覚めか?ライル」
「昨日は随分と寝不足だったみてえからなぁ」
「討伐前に激しい運動しちゃあダメだろ」
酒精で出来上がっているハンク達が、ニヤつかながらライルを揶揄う。
「そうなの?体調が万全じゃない時は休まなきゃ。ほら、こっちに座って。お腹空いてない?スープ作ったんだ」
ライルに甲斐甲斐しく世話を焼くヒューゴの中身は、外見に反して5年前とちっとも変わっていない。
「ちょっと前に立ち寄った酒場で相席した冒険者から《赤銅の鉾》っていうパーティーにライルに似た人がいたって聞いてね。この町のギルドに向かう途中で、懇意にしている貴族から今回のゴブリン討伐の依頼をされたから、合同任務なら探しやすいかなって思って引き受けたんだよ。大正解だったよ。この街に着いて早々ライルが見つかるなんて⋯」
スープを木の椀によそい、ライルに手渡すヒューゴの碧い瞳にはじんわりと涙が滲んでいる。居た堪れなくなったライルは俯き、温かい湯気の立つスープをちびちびと飲む。
「晩飯⋯お前が作ってくれたんだな。俺の仕事なのに、悪かった⋯」
「そんなのいいんだよ。ライルは体調を崩してるんだから休んでなきゃ。ハンクさん達に聞いたんだけど、ライルは彼らのパーティーに雇われて、ご飯作ったり、サポートの仕事をしてんるんでしょ?今日は僕がライルの仕事を代わるよ!」
ヒューゴの言葉に「マジかよ、Sランク冒険者様がご奉仕してくれるってのか?」などと言ってハンク達がゲラゲラと笑い転げる。
「なんだろ?僕が代わったらおかしいのかな?」
「ああ、いや⋯そうだ、ちょっと事情があって母さんに連絡も仕送りも出来なかったんだが、今どうしてるか分かるか?」
「うん。ライルは毎月おばさんに手紙とお金を送ってたよね。それが途絶えて、ライルが怪我でもしたんじゃないかって心配したおばさんから僕に連絡が来たんだ。『ライルはちょっと特殊な依頼を受けてて、しばらく手紙を出せない』って誤魔化して、仕送りは僕がしておいたよ」
「そうか⋯悪いな。もうちょっとしたらパーティーの仕事の契約が切れるから、そうしたら冒険者に復帰して金を返すよ」
「いいんだよ、お金のことなんて。おばさんには子どもの頃からお世話になってるから、僕のもうひとりの母さんみたいに思ってるんだ。それより何年も音沙汰がないのはどんな依頼なんだっていい加減ライルのことが心配でたまらないみたいで⋯この依頼が終わり次第、いったん村に一緒に帰らない?」
「ええ⋯と、それは⋯すぐにはちょっと⋯」
言い淀むライルに、ハンクから「おーいライル、いつまでくっちゃべってんだ?酒が切れたぞ!」と横やりが入る。
「すみません。いま持ってきます」
立ち上がろうとするライルをヒューゴが制止する。
「待ってライル。お酒ならあるよ。貰い物だけど、僕はあまり飲まないから」
ヒューゴが《収納》から取り出した数本のボトルは、いわゆる銘酒と呼ばれる高価な酒ばかりで、ハンクがピュウと口笛を吹く。
「さっすがSランク様だな!これなんて俺達でも滅多にお目に掛かれねぇ幻の酒だぜ!」
ボトルをひとつ手に取ったハンクがライルに目線を寄越す。ライルはのそりと立ち上がりハンクからボトルを受け取ると、栓を開けてパーティーのメンバーに酌をして回った。最後にチラリとヒューゴを見遣ると、まさに絶句といった表情でヒューゴはライルを眺めていた。
「ラァイル。お客様も饗さなくちゃいけねえぜ。そこの御仁は本日の最大功労者で、こんな上等な酒の提供者なんだぜ」
ハンクに促されてライルがヒューゴの木の杯に酒を注ごうとすると、ハッと我に返ったようにヒューゴが慌ててそれを止めた。
「ぼ、僕はいいよ!お酌なんて、そんなの⋯幼馴染の僕相手にしなくていいから。それより病み上がりなんだから今日はもう早く休んでほしいんだ。ライルが寝ている間に野営地を囲むように結界の魔道具を起動しておいたから見張りも必要ないし、焚き火も僕が始末しておくからさ」
ヒューゴは途中からハンクに目線を向けて言っていた。
「そんじゃ、お言葉に甘えて先に休ませてもらうか?ライル。俺もお前も昨日はろくに寝てねえからな!」
そう言って酒をひと息に飲み干すと、ハンクはライルの腕を掴んで引き摺るようにテントに連れて行く。
「おやすみ、ライル。続きはまた明日話そう。ゆっくり休んでね」
気遣わしげに声を掛けてくるヒューゴを、ライルは振り返ることができなかった。
◇◇◇◇
ハンクはライルを巻き添えに寝床に倒れ込むのとほとんど同時に眠りに入った。連日の夜遊びの後で1晩中ライルを抱き、それから持久戦の討伐依頼をこなしてさすがに疲労が限界にきたのだろう。他の2人は野営地の中に馴染みの相手がいるらしくそちらへ行った。
すぐそこに幼馴染がいる場所でハンク達の相手をさせられずに済んだことに、ライルは心底安堵する。いかがわしい酒場の給仕のように酌をして回る姿を見られるだけでも苦痛だったのに、身体を好きに弄ばれているなどと知られたくない。
ヒューゴに凄い才能があることを、ライルは本当はずっと前から気づいていた。明確には村を出て冒険者を始めてすぐの頃から。気付いていて、それでもプライドが邪魔をして認めることができなかった。
破竹の勢いで昇格していく上に努力も惜しまぬヒューゴを尻目にライルは夜遊びに逃げた。最後にはヒューゴの元からも逃げ出した先で、愚かにも騙されて隷属の身に堕ちる始末だ。冒険者として最高のSランクまで登り詰め、ヒョロリとした昔と違い堂々とした男の体躯に育ったヒューゴと自分を比べれば、ライルは惨めで堪らなかった。
ヒューゴはこの依頼を終えたらすぐにでもライルを村に連れ帰りたいらしいが、隷属の契約が満了するまではハンク達の元を離れることはできない。うろ覚えだが、満了の期日まであと少しのはずだ。頼み込めば前倒しで解放してはくれないだろうか。パーティーの連中はライルの次の奴隷に当たりを付けている様であるし、Sランクのヒューゴに敵対してまでライルに拘らない筈だ。
ヒューゴには休めと言われたが、当のヒューゴのせいでライルは中々寝付けずにいた。
◇◇◇◇
翌朝。
ギルマスがあらかじめ立てていた計画では、2日目は討伐したゴブリンの死体の後始末に充てる予定だったそうだ。
通常の数匹程度のゴブリンの討伐では討伐証明の右耳を切り取る作業が発生するが、大規模な討伐の際は省略される。それでも何百もの死体の処理は半日以上かかる見込みであったが、それがヒューゴの魔法で一瞬で終わった。
ヒューゴの焔の魔法は想像もつかない高い熱で対象を燃やし尽くすものだ。後には灰も残さない。それでいて対象の周りには何も影響を及ぼさないという、焔を操る練度が相当に求められる魔法である。ライルも野営地でゴブリンに矢を放たれた時に間近で見たが、あれならばヒューゴがSランクなのも頷ける。
「昨日であらかた討伐できたと思うけど、念の為に午前中は手分けして残党狩りをしてから帰ろう」
ヒューゴの提案でパーティーごとに散り散りに山狩りをすることになり、ライルはこれ幸いとハンク達の後に着いて山に分け入る。
すっかりこの討伐作戦のリーダーとみなされたヒューゴは、周りを冒険者達に囲まれている。Sランクの冒険者と近しくなりたいという下心も多分にあるだろう。ヒューゴの周りに人が集まれば集まるほどライルには好都合だ。この隙にハンクに隷属契約を解消してもらえれば、後ろ暗い事実を幼馴染に知られずに済むのだから。
他のパーティーが近くにいなくなったのを確認して、ライルはハンクに切り出した。
「あの⋯ハンクさん。俺の隷属契約ってもうすぐ終わりますよね?それって少し早めに終わりにできませんか?えっとその⋯俺の幼馴染が⋯」
「おー。まさかお前がSランク冒険者と旧知の仲だったとはなあ。5年も探してたなんてすげえ執着ぶりじゃねーか。元カレか?」
「え?違いますよ!ヒューゴには故郷の村に婚約者がいるんです。俺とヒューゴは家が隣同士で家族ぐるみの付き合いだったから、俺と母さんを心配して⋯」
「あーそう言えば最初にヤッた時は処女だったな、お前。指で慣らしてやっても痛い痛いって泣き叫んで、あんまりキツマン過ぎて突っ込む俺のチンコも痛かったわ。それが今じゃあケツイキしまくりで育て上げた俺も感慨深いぜ」
「っ⋯あのっ!契約の期限まであと何日なんですか?せめてそれだけでも教えてください!」
「おお⋯それなんだがな、ライル」
ハンクが妙に神妙な顔付きになるので、ライルは思わず身構えてしまう。これまでの経験上、ハンクがこんな顔をする時はたいてい碌でもない目に遭ってきた。
「この5年間⋯お前は実に良い働きをしたよ。良過ぎて思わず更に5年契約延長しちまうくらいにな」
「⋯⋯は?⋯⋯延長、って」
「5年前の契約書を読まなかったお前には寝耳に水だろうが『望めば契約延長できる』って文言を入れてあったんだよ。今まで契約満了まで生き延びた奴がいなかったから、俺もつい最近まで忘れてたんだがよ。そう言やお前の契約いつまでだっけな?と見返した時に気付いて延長しといたのよ。ちなみに延長してなかったら4日前に契約切れてたんだぜ。残念だったな」
「そ⋯んな⋯酷いっ⋯」
読まなかったのではなく読めなかったのだ。残酷な事実を告げられ泣き出すライルを、ニヤつきながら眺めるハンク。少し離れた場所で煙草をふかしていた他の2人もそれに加わる。
「悪いなあライル。俺らが次の奴を探す話しちまったから期待持たせちまったんだよな?ありゃリーダーが絶倫の遅漏過ぎてヤる順番が回って来ねえからそれぞれ1人ずつ奴隷を持とうって話だったんだよ」
「そうそう。それに新しい奴がお前みたいに長生きするとは限らねえから、保険も兼ねてな。ま、これからまた宜しく頼むわ!」
絶望に膝から崩れ落ちそうになるライルの身体をハンクが抱きとめる。
「お前の雌穴が具合良過ぎるのも悪ぃよライル。お前のせいで娼婦のガバマンじゃいまいちイケなくなっちまった」
ハァハァと息を荒げるハンクが、ライルを後から抱きかかえる体勢で猛ったモノを尻に擦り付けてくる。嗜虐嗜好のあるハンクの前で泣き顔を晒してしまったのが原因だった。
「ハンクさん、ヒューゴがっ⋯ヒューゴが来るかもしれないからここじゃ嫌ですっ」
必死に身を捩って逃れようとするも、敵わないのもライルはこの5年間で散々に思い知っている。ヒューゴに情事を見られたくない一心だった。だがハンクの口から告げられたのは、更なる無情な言葉だった。
「何言ってんだ、お前の幼馴染ならさっきからそこに居るぜ」
ハンクが指差す先を見ると確かにヒューゴが立っていて、感情の乗らない表情でライルを見ていた。
「ヒューゴ⋯なんで!?さっきまでそこに誰もいなかったのに⋯」
「君達のことを探りたくて、気配を遮断してたんだ。でもライルの雇い主には気付かれてたみたいだね。Aランクなだけあるよ。素行は良くないみたいだけど」
「っ⋯ヒューゴ、俺達の話いつから⋯どこから聞いてた⋯?」
「ほとんど最初からだよなあ?Sランク。あーあ、ライルはお前さんにバレねえように必死だったってのに、可哀想にな」
ハンクはライルの問いに代わりに答えると、ライルのシャツを革の胸当てごと、首元まで一気にたくし上げた。ライルの素肌がヒューゴの眼前に露わになる。
「ちょっ⋯ハンクさん、何するんですか」
「おら、これでライルの隷属紋がよく見えるだろ?」
ライルの隷属紋は左胸の乳首をぐるりと囲むような形で、契約書の魔法によって刻まれている。黒いレース編みのような妖しげな模様に見えるそれは、魔法の呪文でライルがハンクに隷属していることや、逃亡した際の罰などが記されているらしい。ライルがハンクから逃亡したとみなされると、両足首の腱が切れて隷属紋が一生消えない入れ墨となり、どちらも治癒の魔法でも元に戻せない。
「あっ」
ハンクの指が紋様の上をくるくるとなぞり、最後に乳首を掠めたのはわざとであろう。ライルが乳首への刺激で身体をビクつかせて反応する様を、ハンクは意地悪く愉しんでいる。
「お、悪い。乳首に当たっちまったか?んっとに敏感だなココが。処女の時は豆粒みてえに小さかったのが、俺達が吸ったり噛んだりしてたらこんなエロ乳首に育っちまった」
両乳首を強めに摘まれてライルの口から「んんっ」と吐息が洩れる。
「どうせなら幼馴染に乳首でイクとこ見てもらうか?」
「やだっ⋯ぃやですっ⋯」
「そうかそうか。だったらお前の口から幼馴染に伝えろよ。『ライルはおまんこにこの人達のおチンチンを淹れて気持ち良くなるお仕事があるから帰れません』ってな」
背後からハンクにこりこりと両乳首を弄られるライルは、イヤイヤと首を振りながら与えられる快感に抗おうとする。嫌がるライルに興奮が増したハンクが、猛る股間をライルの尻に擦り付ける速度を上げた。もはやハンクとのセックスをヒューゴに観られているのも同然の状況だ。
「アッ⋯アッ⋯ヒューゴ、見ないでっ⋯も、やだあっ⋯!!」
ビクビクと身体を痙攣させてライルは果てた。ズボンの股のあたりにじんわりと精液の染みが滲む。
「ハァハァっ⋯幼馴染に乳首イキするとこ見られちまったなぁっ。おら、下脱げよ。せっかくだからちんぽハメられてケツイキするとこも見せちま」
そこまで言ったところで、ライルに纏わりついていたハンクの身体が突如として消滅した。それまでハンクに抱きかかえられるように立っていたライルは支えを失ってグラリと倒れ、それをヒューゴが抱きとめる。
今のはヒューゴの魔法だ。ゴブリンを一瞬で消したのと同じ焔の魔法で、ヒューゴがハンクを消し去った。
「えっ、Sランクてめえ、ハンクを殺しやがったな!!」
「このっ⋯人殺しが!!ギルドに訴えてやる!!」
狼狽しながらも他の2人がヒューゴにがなり立てるも、ヒューゴは淡々と「好きにしたらいいよ」と告げる。
「Sランクになると貴族みたいに犯罪者を私的に裁く権利が与えられるんだ。さっき消したやつはライルを騙して5年間もレイプしてて、これから先も飽きるまでずっとレイプするつもりだったんでしょ?じゃあ僕に死刑にされても仕方がないよ。ライルは大事な僕の幼馴染なんだから。君達もライルをレイプしてたみたいだから本当は殺したかったけど、僕はライルを連れて今すぐにでも家に帰りたいんだよね。だから他の冒険者の人達にギルドに帰って討伐達成の報告をするように伝える人が要るなって思って、だから殺すのをやめたんだ」
「ちゃんと伝えておいてね」と言い捨て、ライルを連れたヒューゴはその場から姿を消した。
「あっ、ライル!もう起きて大丈夫なの!?」
のそりとテントを出るライルに、ヒューゴが目敏く気付いて声を掛ける。
「よぉ。やっとお目覚めか?ライル」
「昨日は随分と寝不足だったみてえからなぁ」
「討伐前に激しい運動しちゃあダメだろ」
酒精で出来上がっているハンク達が、ニヤつかながらライルを揶揄う。
「そうなの?体調が万全じゃない時は休まなきゃ。ほら、こっちに座って。お腹空いてない?スープ作ったんだ」
ライルに甲斐甲斐しく世話を焼くヒューゴの中身は、外見に反して5年前とちっとも変わっていない。
「ちょっと前に立ち寄った酒場で相席した冒険者から《赤銅の鉾》っていうパーティーにライルに似た人がいたって聞いてね。この町のギルドに向かう途中で、懇意にしている貴族から今回のゴブリン討伐の依頼をされたから、合同任務なら探しやすいかなって思って引き受けたんだよ。大正解だったよ。この街に着いて早々ライルが見つかるなんて⋯」
スープを木の椀によそい、ライルに手渡すヒューゴの碧い瞳にはじんわりと涙が滲んでいる。居た堪れなくなったライルは俯き、温かい湯気の立つスープをちびちびと飲む。
「晩飯⋯お前が作ってくれたんだな。俺の仕事なのに、悪かった⋯」
「そんなのいいんだよ。ライルは体調を崩してるんだから休んでなきゃ。ハンクさん達に聞いたんだけど、ライルは彼らのパーティーに雇われて、ご飯作ったり、サポートの仕事をしてんるんでしょ?今日は僕がライルの仕事を代わるよ!」
ヒューゴの言葉に「マジかよ、Sランク冒険者様がご奉仕してくれるってのか?」などと言ってハンク達がゲラゲラと笑い転げる。
「なんだろ?僕が代わったらおかしいのかな?」
「ああ、いや⋯そうだ、ちょっと事情があって母さんに連絡も仕送りも出来なかったんだが、今どうしてるか分かるか?」
「うん。ライルは毎月おばさんに手紙とお金を送ってたよね。それが途絶えて、ライルが怪我でもしたんじゃないかって心配したおばさんから僕に連絡が来たんだ。『ライルはちょっと特殊な依頼を受けてて、しばらく手紙を出せない』って誤魔化して、仕送りは僕がしておいたよ」
「そうか⋯悪いな。もうちょっとしたらパーティーの仕事の契約が切れるから、そうしたら冒険者に復帰して金を返すよ」
「いいんだよ、お金のことなんて。おばさんには子どもの頃からお世話になってるから、僕のもうひとりの母さんみたいに思ってるんだ。それより何年も音沙汰がないのはどんな依頼なんだっていい加減ライルのことが心配でたまらないみたいで⋯この依頼が終わり次第、いったん村に一緒に帰らない?」
「ええ⋯と、それは⋯すぐにはちょっと⋯」
言い淀むライルに、ハンクから「おーいライル、いつまでくっちゃべってんだ?酒が切れたぞ!」と横やりが入る。
「すみません。いま持ってきます」
立ち上がろうとするライルをヒューゴが制止する。
「待ってライル。お酒ならあるよ。貰い物だけど、僕はあまり飲まないから」
ヒューゴが《収納》から取り出した数本のボトルは、いわゆる銘酒と呼ばれる高価な酒ばかりで、ハンクがピュウと口笛を吹く。
「さっすがSランク様だな!これなんて俺達でも滅多にお目に掛かれねぇ幻の酒だぜ!」
ボトルをひとつ手に取ったハンクがライルに目線を寄越す。ライルはのそりと立ち上がりハンクからボトルを受け取ると、栓を開けてパーティーのメンバーに酌をして回った。最後にチラリとヒューゴを見遣ると、まさに絶句といった表情でヒューゴはライルを眺めていた。
「ラァイル。お客様も饗さなくちゃいけねえぜ。そこの御仁は本日の最大功労者で、こんな上等な酒の提供者なんだぜ」
ハンクに促されてライルがヒューゴの木の杯に酒を注ごうとすると、ハッと我に返ったようにヒューゴが慌ててそれを止めた。
「ぼ、僕はいいよ!お酌なんて、そんなの⋯幼馴染の僕相手にしなくていいから。それより病み上がりなんだから今日はもう早く休んでほしいんだ。ライルが寝ている間に野営地を囲むように結界の魔道具を起動しておいたから見張りも必要ないし、焚き火も僕が始末しておくからさ」
ヒューゴは途中からハンクに目線を向けて言っていた。
「そんじゃ、お言葉に甘えて先に休ませてもらうか?ライル。俺もお前も昨日はろくに寝てねえからな!」
そう言って酒をひと息に飲み干すと、ハンクはライルの腕を掴んで引き摺るようにテントに連れて行く。
「おやすみ、ライル。続きはまた明日話そう。ゆっくり休んでね」
気遣わしげに声を掛けてくるヒューゴを、ライルは振り返ることができなかった。
◇◇◇◇
ハンクはライルを巻き添えに寝床に倒れ込むのとほとんど同時に眠りに入った。連日の夜遊びの後で1晩中ライルを抱き、それから持久戦の討伐依頼をこなしてさすがに疲労が限界にきたのだろう。他の2人は野営地の中に馴染みの相手がいるらしくそちらへ行った。
すぐそこに幼馴染がいる場所でハンク達の相手をさせられずに済んだことに、ライルは心底安堵する。いかがわしい酒場の給仕のように酌をして回る姿を見られるだけでも苦痛だったのに、身体を好きに弄ばれているなどと知られたくない。
ヒューゴに凄い才能があることを、ライルは本当はずっと前から気づいていた。明確には村を出て冒険者を始めてすぐの頃から。気付いていて、それでもプライドが邪魔をして認めることができなかった。
破竹の勢いで昇格していく上に努力も惜しまぬヒューゴを尻目にライルは夜遊びに逃げた。最後にはヒューゴの元からも逃げ出した先で、愚かにも騙されて隷属の身に堕ちる始末だ。冒険者として最高のSランクまで登り詰め、ヒョロリとした昔と違い堂々とした男の体躯に育ったヒューゴと自分を比べれば、ライルは惨めで堪らなかった。
ヒューゴはこの依頼を終えたらすぐにでもライルを村に連れ帰りたいらしいが、隷属の契約が満了するまではハンク達の元を離れることはできない。うろ覚えだが、満了の期日まであと少しのはずだ。頼み込めば前倒しで解放してはくれないだろうか。パーティーの連中はライルの次の奴隷に当たりを付けている様であるし、Sランクのヒューゴに敵対してまでライルに拘らない筈だ。
ヒューゴには休めと言われたが、当のヒューゴのせいでライルは中々寝付けずにいた。
◇◇◇◇
翌朝。
ギルマスがあらかじめ立てていた計画では、2日目は討伐したゴブリンの死体の後始末に充てる予定だったそうだ。
通常の数匹程度のゴブリンの討伐では討伐証明の右耳を切り取る作業が発生するが、大規模な討伐の際は省略される。それでも何百もの死体の処理は半日以上かかる見込みであったが、それがヒューゴの魔法で一瞬で終わった。
ヒューゴの焔の魔法は想像もつかない高い熱で対象を燃やし尽くすものだ。後には灰も残さない。それでいて対象の周りには何も影響を及ぼさないという、焔を操る練度が相当に求められる魔法である。ライルも野営地でゴブリンに矢を放たれた時に間近で見たが、あれならばヒューゴがSランクなのも頷ける。
「昨日であらかた討伐できたと思うけど、念の為に午前中は手分けして残党狩りをしてから帰ろう」
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「っ⋯あのっ!契約の期限まであと何日なんですか?せめてそれだけでも教えてください!」
「おお⋯それなんだがな、ライル」
ハンクが妙に神妙な顔付きになるので、ライルは思わず身構えてしまう。これまでの経験上、ハンクがこんな顔をする時はたいてい碌でもない目に遭ってきた。
「この5年間⋯お前は実に良い働きをしたよ。良過ぎて思わず更に5年契約延長しちまうくらいにな」
「⋯⋯は?⋯⋯延長、って」
「5年前の契約書を読まなかったお前には寝耳に水だろうが『望めば契約延長できる』って文言を入れてあったんだよ。今まで契約満了まで生き延びた奴がいなかったから、俺もつい最近まで忘れてたんだがよ。そう言やお前の契約いつまでだっけな?と見返した時に気付いて延長しといたのよ。ちなみに延長してなかったら4日前に契約切れてたんだぜ。残念だったな」
「そ⋯んな⋯酷いっ⋯」
読まなかったのではなく読めなかったのだ。残酷な事実を告げられ泣き出すライルを、ニヤつきながら眺めるハンク。少し離れた場所で煙草をふかしていた他の2人もそれに加わる。
「悪いなあライル。俺らが次の奴を探す話しちまったから期待持たせちまったんだよな?ありゃリーダーが絶倫の遅漏過ぎてヤる順番が回って来ねえからそれぞれ1人ずつ奴隷を持とうって話だったんだよ」
「そうそう。それに新しい奴がお前みたいに長生きするとは限らねえから、保険も兼ねてな。ま、これからまた宜しく頼むわ!」
絶望に膝から崩れ落ちそうになるライルの身体をハンクが抱きとめる。
「お前の雌穴が具合良過ぎるのも悪ぃよライル。お前のせいで娼婦のガバマンじゃいまいちイケなくなっちまった」
ハァハァと息を荒げるハンクが、ライルを後から抱きかかえる体勢で猛ったモノを尻に擦り付けてくる。嗜虐嗜好のあるハンクの前で泣き顔を晒してしまったのが原因だった。
「ハンクさん、ヒューゴがっ⋯ヒューゴが来るかもしれないからここじゃ嫌ですっ」
必死に身を捩って逃れようとするも、敵わないのもライルはこの5年間で散々に思い知っている。ヒューゴに情事を見られたくない一心だった。だがハンクの口から告げられたのは、更なる無情な言葉だった。
「何言ってんだ、お前の幼馴染ならさっきからそこに居るぜ」
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「ヒューゴ⋯なんで!?さっきまでそこに誰もいなかったのに⋯」
「君達のことを探りたくて、気配を遮断してたんだ。でもライルの雇い主には気付かれてたみたいだね。Aランクなだけあるよ。素行は良くないみたいだけど」
「っ⋯ヒューゴ、俺達の話いつから⋯どこから聞いてた⋯?」
「ほとんど最初からだよなあ?Sランク。あーあ、ライルはお前さんにバレねえように必死だったってのに、可哀想にな」
ハンクはライルの問いに代わりに答えると、ライルのシャツを革の胸当てごと、首元まで一気にたくし上げた。ライルの素肌がヒューゴの眼前に露わになる。
「ちょっ⋯ハンクさん、何するんですか」
「おら、これでライルの隷属紋がよく見えるだろ?」
ライルの隷属紋は左胸の乳首をぐるりと囲むような形で、契約書の魔法によって刻まれている。黒いレース編みのような妖しげな模様に見えるそれは、魔法の呪文でライルがハンクに隷属していることや、逃亡した際の罰などが記されているらしい。ライルがハンクから逃亡したとみなされると、両足首の腱が切れて隷属紋が一生消えない入れ墨となり、どちらも治癒の魔法でも元に戻せない。
「あっ」
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「お、悪い。乳首に当たっちまったか?んっとに敏感だなココが。処女の時は豆粒みてえに小さかったのが、俺達が吸ったり噛んだりしてたらこんなエロ乳首に育っちまった」
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「どうせなら幼馴染に乳首でイクとこ見てもらうか?」
「やだっ⋯ぃやですっ⋯」
「そうかそうか。だったらお前の口から幼馴染に伝えろよ。『ライルはおまんこにこの人達のおチンチンを淹れて気持ち良くなるお仕事があるから帰れません』ってな」
背後からハンクにこりこりと両乳首を弄られるライルは、イヤイヤと首を振りながら与えられる快感に抗おうとする。嫌がるライルに興奮が増したハンクが、猛る股間をライルの尻に擦り付ける速度を上げた。もはやハンクとのセックスをヒューゴに観られているのも同然の状況だ。
「アッ⋯アッ⋯ヒューゴ、見ないでっ⋯も、やだあっ⋯!!」
ビクビクと身体を痙攣させてライルは果てた。ズボンの股のあたりにじんわりと精液の染みが滲む。
「ハァハァっ⋯幼馴染に乳首イキするとこ見られちまったなぁっ。おら、下脱げよ。せっかくだからちんぽハメられてケツイキするとこも見せちま」
そこまで言ったところで、ライルに纏わりついていたハンクの身体が突如として消滅した。それまでハンクに抱きかかえられるように立っていたライルは支えを失ってグラリと倒れ、それをヒューゴが抱きとめる。
今のはヒューゴの魔法だ。ゴブリンを一瞬で消したのと同じ焔の魔法で、ヒューゴがハンクを消し去った。
「えっ、Sランクてめえ、ハンクを殺しやがったな!!」
「このっ⋯人殺しが!!ギルドに訴えてやる!!」
狼狽しながらも他の2人がヒューゴにがなり立てるも、ヒューゴは淡々と「好きにしたらいいよ」と告げる。
「Sランクになると貴族みたいに犯罪者を私的に裁く権利が与えられるんだ。さっき消したやつはライルを騙して5年間もレイプしてて、これから先も飽きるまでずっとレイプするつもりだったんでしょ?じゃあ僕に死刑にされても仕方がないよ。ライルは大事な僕の幼馴染なんだから。君達もライルをレイプしてたみたいだから本当は殺したかったけど、僕はライルを連れて今すぐにでも家に帰りたいんだよね。だから他の冒険者の人達にギルドに帰って討伐達成の報告をするように伝える人が要るなって思って、だから殺すのをやめたんだ」
「ちゃんと伝えておいてね」と言い捨て、ライルを連れたヒューゴはその場から姿を消した。
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「男を簡単に捨ててしまえるだなどと、ゆめゆめ思わないように」
──
目が覚めたら異世界転生してた外見美少女中身男前の受けが、計算高い腹黒婚約者の攻めに婚約破棄を申し出てすったもんだする話。
腹黒で策士で計算高い攻めなのに受けが鈍感越えて予想外の方面に突っ走るから受けの行動だけが読み切れず頭掻きむしるやつです。
受けが同性に性的な意味で襲われる描写があります。
給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!
永川さき
BL
魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。
ただ、その食事風景は特殊なもので……。
元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師
まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。
他サイトにも掲載しています。
娘さん、お父さんを僕にください。
槇村焔
BL
親父短編オムニバス。
色んな家族がいます
主に親父受け。
※海月家※
花蓮の父は、昔、後輩である男に襲われた
以来、人恐怖症になった父は会社を辞めて、小説家に転身する。
ようやく人恐怖症が治りかけたところで…
腹黒爽やか×気弱パパ
恋するおれは君のオモチャ
野中にんぎょ
BL
古賀真緒(18)は隣家に住む6歳年上の幼馴染・鈴村京一(24)こと「きょーちゃん」に片思い中。大学合格をきっかけに京一へ想いを伝えようとした真緒だったが、意地悪な幼馴染・林圭司(20)こと「けい君」にタイミング悪く遭遇してしまい、更には想い人の京一から「彼女ができた」と報告され呆気なく恋に破れてしまう。泣いているところに「慰めてあげる」と現れる圭司。圭司から「真緒は俺のおもちゃ」と言われ散々いじめられてきた真緒は彼の申し出を突っぱねる。が、「言うことを聞かなければ京一にお前の気持ちをバラす」と脅され、泣く泣く圭司の計画する傷心デートに向かうように。
意地悪だとばかり思っていた彼は、実は……? ハリネズミみたいな彼と紡ぐ、意地っ張りラブ。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
監獄にて〜断罪されて投獄された先で運命の出会い!?
爺誤
BL
気づいたら美女な妹とともに監獄行きを宣告されていた俺。どうも力の強い魔法使いらしいんだけど、魔法を封じられたと同時に記憶や自我な一部を失った模様だ。封じられているにもかかわらず使えた魔法で、なんとか妹は逃したものの、俺は離島の監獄送りに。いちおう貴族扱いで独房に入れられていたけれど、綺麗どころのない監獄で俺に目をつけた男がいた。仕方ない、妹に似ているなら俺も絶世の美形なのだろうから(鏡が見たい)
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