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5 昔話(ヒューゴ視点①)
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山間にある故郷の村は、魔獣や野生動物、野盗や人買いの脅威に対抗する為、村の周りをぐるりと石壁で囲み、男児は物心つく頃には剣や弓の訓練が始まる。
幼い頃は同年代の中で1番背が高く、剣も弓も誰よりも上手かったライルは同年代の憧れの存在だった。ヒューゴはそんなライルと隣同士の家に住む幼馴染であることが何より誇らしく、ライルのことが村の誰より好きだった。ヒューゴが村長の娘のメリンダと婚約したのも、大人になってもずっとライルの傍に居たいが故だ。
しかし成長していくにつれ、徐々に状況が変わっていく。誰よりも大きかったライルは背が伸び悩み、誰よりも背が低く貧弱だったヒューゴの背はじわりじわりと伸びた。結果、同じくらいの背丈となったヒューゴとライルは、ぐんぐん育つ同年代の中で普通もしくはちょっと低めの背丈となる。
『俺も成長が遅かったからお前も成人近くなったらぐっと伸びるぞ』と、ヒューゴはよく父から気休めの言葉をかけられた。ヒューゴの父は身の丈2mの筋骨隆々とした大男で、怪我をして引退するまでは傭兵稼業をしていたそうだ。たおやかな美人の母と結婚したのを機に故郷の村に戻って狩りで生計を立てて暮らしていた。
ヒューゴは別に大きくなりたいとは思わなかった。
13歳になったあたりから、ヒューゴはライルよりも自分のほうが強くなっているのを確信していた。特に木剣の打ち合いに於いては、ライルの剣撃を軽く感じるほどだ。
だが、ヒューゴがライルに勝ちそうになるとライルが泣きそうな顔をする。それを見ると可哀想になってしまうヒューゴは、ライルとの手合わせではバレないように態と負けた。
ヒューゴがライルを打ち負かしてしまったら、ライルはきっと悔しくて泣いてしまうだろう。それで嫌われたりするくらいなら、ヒューゴは弱くて頼りないやつのままで良かった。父の様に大きくなりたいと思わないのも同様の理由であった。
◇◇◇◇
『お~ライル。お前だけ他の兄妹と違って、死んだお前の親父にそっくりだなあ。あいつは妙に色気があったもんだから、しょっちゅう村の男に夜這いをかけられちゃあ人気のねえとこでめそめそ隠れて泣いてたんだ。今のうちから鍛えとかねえと、お前も親父みてえになるぞ?』
いつだったか村の祭りの宴会で、酔っぱらった村の大人の誰かがライルにそう言ったことがあった。その時はまだ幼かったヒューゴとライルには意味が分からなかったが、その酔っ払いは周りの大人達にめちゃくちゃに怒られていたし、ヒューゴも何だかすごく嫌な気持ちになったのを覚えている。ライルだけがきょとんと首をかしげて祭りのご馳走を頬張っていた。
あの酔っ払いの言葉の意味をヒューゴが再び思い出したのは、14歳の夏の盛りだ。
夏の間は狩りや訓練や家の手伝いの合間に、村の子ども達は泉で水遊びをして涼を取る。狭い村なので全員が顔見知りで、その中に2つ歳上のテッドという男がいた。
テッドはヒューゴが生まれて初めて嫌った人間だった。何故ならライルと一緒に水遊びをしていると必ずといっていいほどテッドが現れ、ヒューゴとライルの2人の時間の邪魔をするからだ。
そして裸同然の下着姿で水遊びに興じるライルのことを見る時の、テッドの舐め回すような視線が不快だった。テッドは彼の世代では腕っぷしが強いので有名で、そんなテッドにふざけて抱き着かれたりされたライルが、構われて嬉しそうにしていることもヒューゴは気に入らなかった。
テッドはライルの身体に触った後『ちょっとションベン』と言って木陰に消え行くことがしばしばあった。ある日、訝しんだヒューゴがこっそり後をつけると、テッドが木陰でライルの名を連呼しながら股間を激しく擦っていてーー
その後のヒューゴの記憶はおぼろげだ。気づいたら顔をボコボコに腫らし気絶したテッドがヒューゴの足元に転がっており、ライルが呼んできただろう大人達によって治癒師の家に連れて行かれた。
テッドに酷い怪我を負わせたヒューゴはしかし、誰からも怒られなかった。気絶していたテッドの股間が精液に塗れていたことで、テッドがヒューゴに悪戯しようとして殴られたのだと大人達が誤解したからだ。村長の娘の許嫁であるヒューゴに手を出したと噂が流れたテッドは、翌年から麓の街の大工に弟子入りするのが決まっていたのを前倒しにして逃げるように村を去った。
ヒューゴは小さな頃に『ねえママ。僕ね、ライルの裸を見るとおチンチンか痛くなるんだ。何でだろう?』と母親に訊ねたことがある。そのとき彼女はひどく驚いて『ライルがヒューゴの大好きなお友達だからそうなってしまうのね。だけどお友達の裸を見るのはとてもいけないことだから、なるべく見ないようにしましょうね。それと、これはママとヒューゴだけの内緒のお話よ。他の誰にも言っては駄目』と答えた。
その頃にはヒューゴはメリンダと婚約していたから母はそう言うしかなかったのだとヒューゴは大人になってから理解した。
だが14歳のヒューゴにとっては、幼いライルに絡んでいやらしい言葉を吐いた酔っ払いも、ライルの裸で自慰に耽ったテッドも、ライルに『とてもいけないこと』をする極悪人で、自分はそういった輩からライルを守るべき存在なのだと信じて疑わなかった。
◇◇◇◇
15歳でライルに付き添って街へ出てからのヒューゴの生活は、暫くの間は薔薇色だった。
村を出たばかりでお金も乏しく、2人で狭い下宿を借り、パーティーを組んでいるので仕事中も一緒だ。読み書きのできないライルに何かと頼られるヒューゴは人生最高に浮かれていた。このまま村に帰らず冒険者として生きて行く選択肢も視野に入れ、鍛錬や魔法の習得に励むうち、ギルドでも異例の速さでランクが上がっていった。
厳しい山村育ちのヒューゴもライルも、堅牢な高い壁に囲まれた安全な街育ちの冒険者とはそもそも鍛え方の素地が違う。もしライルが読み書きができ単身で冒険者になっていたのなら、凄い新人が現れたとライルが持て囃されていたことだろう。ライルにはじゅうぶんその実力があった。
ヒューゴが規格外過ぎてライルの存在が霞んだのと、ライルの実力や、ヒューゴと組んでいることへの嫉妬からライルを『ヒューゴのおまけ』と揶揄する冒険者が増えていき、ライルが逃げるように夜遊びをするようになった。ヒューゴはライルの馴染みの娼館や酒場に金を握らせてライルに怪しい人間を近づけさせないように細心の注意を払っていたものの、もっと直截的にライルの行動を把握できる術を求めて、希少な魔法書を取り寄せて読み漁ったり、優秀な魔道具職人への仲介をギルマスに頼んだりした。
その頃には何部屋もある住居を2人で借りて暮らせるほどの稼ぎがあった。ライルは1人で家を借りたがったが、読み書きのできないライルは偽の契約書を出されても判らないからとヒューゴが押し切った形での同居生活だった。
ある日、ヒューゴはライルに初めての彼女を紹介された。結婚を視野に入れているとはにかむライルに比べ、彼女のディディエはどうにも様子が違っていた。あの薄汚いテッドの下心にもいっさい気付いていなかったライルだ。ディディエも怪しいものだと、ヒューゴは密かに彼女に接触した。
2人きりで会うと彼女は『ライルは子どもっぽくて我儘』とか『夜の営みが下手』だとかライルの愚痴を言い募った挙句、ヒューゴに色目を使う始末だった。ヒューゴはライルを騙していた女狐の本性をライルの為に暴いてあげた善行をしたつもりだったが、次の日、烈火の如く怒り狂ったライルに罵られた。
「ヒューゴてめえ、ディディエに俺が近いうちに冒険者を辞めて故郷の村に帰るって嘘言いやがったな!?おかげでディディエに振られちまったじゃねえか!!」
ディディエはヒューゴ狙いでライルに近付いた女だ。ヒューゴに粉をかけて袖にされたのが露見すると不味いから上手いことを言ってライルと別れようとしているだけだろうが、そんな事実をライルに伝えるわけにもいかなかった。
「嘘なんて言ってないよ?だってライルは数年稼いだら帰るって条件で僕と村を出たんじゃないか。ディディエにライルと結婚するならいずれ村に住むことになるけどいいの?って確認しただけだよ」
「あ⋯いや、それは⋯あの村に帰っても勤め先も無いし⋯お前は先に帰ったらどうだ?メリンダを待たせてるだろ?」
「⋯⋯は?何それ⋯まさかライル、自分だけ帰らないつもり!?」
ヒューゴは怒りのあまりライルの両の二の腕を強く掴んでいた。
「痛っ⋯ちょ、力強ぇってヒューゴっ」
「あっ、ごめんっ⋯!」
すぐに離したのだが、ライルは痛そうに掴まれた箇所をさすっていた。
「ねえライル⋯ちょっと痩せた?」
掴んだ腕が思いのほか細くて驚いた。背も以前は同じくらいだったのが、ヒューゴのほうが僅かに目線が高くなっている。ヒューゴは何故だかドキドキした。
「ばっ⋯お前がちょっとデカくなったんだよ!!昔はドチビだった癖に地味にちょっとずつ伸びやがって!!」
「ご、ごめん⋯」
「チッ。てかもうすぐ出発の時間じゃねえのか?今日からだろ?指名依頼の貴族の護衛だかってのは」
「う、うん。そうだけど」
「そんならさっさと行けよ。他のやつ待たせちまったら悪いだろ」
その会話を最後に、ライルはヒューゴの元から居なくなった。バレたら怒られて今以上に嫌われてしまうかもしれないと、追跡の魔法や魔道具をライルに施せずにいたことをヒューゴは死ぬ程後悔した。
ライルを探す為に虱潰しに街を移動しながら冒険者を続け、ようやく有力な手がかりを得られたのは彼が行方をくらましてから5年間が経とうとする頃だ。
画家に依頼したそっくりな絵姿をヒューゴは常に持ち歩いていて、酒場やギルドで見覚えがないか尋ねて歩くのが日常となっていた。
「そう言えば、ちょっと前に生まれ育った街に里帰りした時にそこのギルドで手が足りねえからって依頼に駆り出されたことがあってよ。そん時にこの絵姿に似てる兄ちゃん見たぜ。そいつも確かライルって呼ばれてた」
「っ⋯本当か!?」
「ああ。たがこんなに短髪じゃなくって背中くらいまでの長髪だったぜ。それに冒険者じゃなく《赤銅の鉾》ってAランクパーティー専属の男娼っぽかったぜ」
「⋯⋯は?」
「んな凄むなって、おっかねえな。合同依頼の夜営の時に、余興がわりに皆の前で犯されてたんだよ。泣いちゃいたが何度もイってて男とするの慣れた感じだったぜ。色気のある身体付きしてたし、ありゃ男娼に違いねえよ」
「そんな⋯」
そんなのどうせ人違いに決まっている。
そう思いながらも、ヒューゴはライルに『いけないこと』をした酔っ払いやテッドのことを思い出していた。ヒューゴは念の為、そのパーティーが拠点にしているギルドへ向かうことに決めた。
幼い頃は同年代の中で1番背が高く、剣も弓も誰よりも上手かったライルは同年代の憧れの存在だった。ヒューゴはそんなライルと隣同士の家に住む幼馴染であることが何より誇らしく、ライルのことが村の誰より好きだった。ヒューゴが村長の娘のメリンダと婚約したのも、大人になってもずっとライルの傍に居たいが故だ。
しかし成長していくにつれ、徐々に状況が変わっていく。誰よりも大きかったライルは背が伸び悩み、誰よりも背が低く貧弱だったヒューゴの背はじわりじわりと伸びた。結果、同じくらいの背丈となったヒューゴとライルは、ぐんぐん育つ同年代の中で普通もしくはちょっと低めの背丈となる。
『俺も成長が遅かったからお前も成人近くなったらぐっと伸びるぞ』と、ヒューゴはよく父から気休めの言葉をかけられた。ヒューゴの父は身の丈2mの筋骨隆々とした大男で、怪我をして引退するまでは傭兵稼業をしていたそうだ。たおやかな美人の母と結婚したのを機に故郷の村に戻って狩りで生計を立てて暮らしていた。
ヒューゴは別に大きくなりたいとは思わなかった。
13歳になったあたりから、ヒューゴはライルよりも自分のほうが強くなっているのを確信していた。特に木剣の打ち合いに於いては、ライルの剣撃を軽く感じるほどだ。
だが、ヒューゴがライルに勝ちそうになるとライルが泣きそうな顔をする。それを見ると可哀想になってしまうヒューゴは、ライルとの手合わせではバレないように態と負けた。
ヒューゴがライルを打ち負かしてしまったら、ライルはきっと悔しくて泣いてしまうだろう。それで嫌われたりするくらいなら、ヒューゴは弱くて頼りないやつのままで良かった。父の様に大きくなりたいと思わないのも同様の理由であった。
◇◇◇◇
『お~ライル。お前だけ他の兄妹と違って、死んだお前の親父にそっくりだなあ。あいつは妙に色気があったもんだから、しょっちゅう村の男に夜這いをかけられちゃあ人気のねえとこでめそめそ隠れて泣いてたんだ。今のうちから鍛えとかねえと、お前も親父みてえになるぞ?』
いつだったか村の祭りの宴会で、酔っぱらった村の大人の誰かがライルにそう言ったことがあった。その時はまだ幼かったヒューゴとライルには意味が分からなかったが、その酔っ払いは周りの大人達にめちゃくちゃに怒られていたし、ヒューゴも何だかすごく嫌な気持ちになったのを覚えている。ライルだけがきょとんと首をかしげて祭りのご馳走を頬張っていた。
あの酔っ払いの言葉の意味をヒューゴが再び思い出したのは、14歳の夏の盛りだ。
夏の間は狩りや訓練や家の手伝いの合間に、村の子ども達は泉で水遊びをして涼を取る。狭い村なので全員が顔見知りで、その中に2つ歳上のテッドという男がいた。
テッドはヒューゴが生まれて初めて嫌った人間だった。何故ならライルと一緒に水遊びをしていると必ずといっていいほどテッドが現れ、ヒューゴとライルの2人の時間の邪魔をするからだ。
そして裸同然の下着姿で水遊びに興じるライルのことを見る時の、テッドの舐め回すような視線が不快だった。テッドは彼の世代では腕っぷしが強いので有名で、そんなテッドにふざけて抱き着かれたりされたライルが、構われて嬉しそうにしていることもヒューゴは気に入らなかった。
テッドはライルの身体に触った後『ちょっとションベン』と言って木陰に消え行くことがしばしばあった。ある日、訝しんだヒューゴがこっそり後をつけると、テッドが木陰でライルの名を連呼しながら股間を激しく擦っていてーー
その後のヒューゴの記憶はおぼろげだ。気づいたら顔をボコボコに腫らし気絶したテッドがヒューゴの足元に転がっており、ライルが呼んできただろう大人達によって治癒師の家に連れて行かれた。
テッドに酷い怪我を負わせたヒューゴはしかし、誰からも怒られなかった。気絶していたテッドの股間が精液に塗れていたことで、テッドがヒューゴに悪戯しようとして殴られたのだと大人達が誤解したからだ。村長の娘の許嫁であるヒューゴに手を出したと噂が流れたテッドは、翌年から麓の街の大工に弟子入りするのが決まっていたのを前倒しにして逃げるように村を去った。
ヒューゴは小さな頃に『ねえママ。僕ね、ライルの裸を見るとおチンチンか痛くなるんだ。何でだろう?』と母親に訊ねたことがある。そのとき彼女はひどく驚いて『ライルがヒューゴの大好きなお友達だからそうなってしまうのね。だけどお友達の裸を見るのはとてもいけないことだから、なるべく見ないようにしましょうね。それと、これはママとヒューゴだけの内緒のお話よ。他の誰にも言っては駄目』と答えた。
その頃にはヒューゴはメリンダと婚約していたから母はそう言うしかなかったのだとヒューゴは大人になってから理解した。
だが14歳のヒューゴにとっては、幼いライルに絡んでいやらしい言葉を吐いた酔っ払いも、ライルの裸で自慰に耽ったテッドも、ライルに『とてもいけないこと』をする極悪人で、自分はそういった輩からライルを守るべき存在なのだと信じて疑わなかった。
◇◇◇◇
15歳でライルに付き添って街へ出てからのヒューゴの生活は、暫くの間は薔薇色だった。
村を出たばかりでお金も乏しく、2人で狭い下宿を借り、パーティーを組んでいるので仕事中も一緒だ。読み書きのできないライルに何かと頼られるヒューゴは人生最高に浮かれていた。このまま村に帰らず冒険者として生きて行く選択肢も視野に入れ、鍛錬や魔法の習得に励むうち、ギルドでも異例の速さでランクが上がっていった。
厳しい山村育ちのヒューゴもライルも、堅牢な高い壁に囲まれた安全な街育ちの冒険者とはそもそも鍛え方の素地が違う。もしライルが読み書きができ単身で冒険者になっていたのなら、凄い新人が現れたとライルが持て囃されていたことだろう。ライルにはじゅうぶんその実力があった。
ヒューゴが規格外過ぎてライルの存在が霞んだのと、ライルの実力や、ヒューゴと組んでいることへの嫉妬からライルを『ヒューゴのおまけ』と揶揄する冒険者が増えていき、ライルが逃げるように夜遊びをするようになった。ヒューゴはライルの馴染みの娼館や酒場に金を握らせてライルに怪しい人間を近づけさせないように細心の注意を払っていたものの、もっと直截的にライルの行動を把握できる術を求めて、希少な魔法書を取り寄せて読み漁ったり、優秀な魔道具職人への仲介をギルマスに頼んだりした。
その頃には何部屋もある住居を2人で借りて暮らせるほどの稼ぎがあった。ライルは1人で家を借りたがったが、読み書きのできないライルは偽の契約書を出されても判らないからとヒューゴが押し切った形での同居生活だった。
ある日、ヒューゴはライルに初めての彼女を紹介された。結婚を視野に入れているとはにかむライルに比べ、彼女のディディエはどうにも様子が違っていた。あの薄汚いテッドの下心にもいっさい気付いていなかったライルだ。ディディエも怪しいものだと、ヒューゴは密かに彼女に接触した。
2人きりで会うと彼女は『ライルは子どもっぽくて我儘』とか『夜の営みが下手』だとかライルの愚痴を言い募った挙句、ヒューゴに色目を使う始末だった。ヒューゴはライルを騙していた女狐の本性をライルの為に暴いてあげた善行をしたつもりだったが、次の日、烈火の如く怒り狂ったライルに罵られた。
「ヒューゴてめえ、ディディエに俺が近いうちに冒険者を辞めて故郷の村に帰るって嘘言いやがったな!?おかげでディディエに振られちまったじゃねえか!!」
ディディエはヒューゴ狙いでライルに近付いた女だ。ヒューゴに粉をかけて袖にされたのが露見すると不味いから上手いことを言ってライルと別れようとしているだけだろうが、そんな事実をライルに伝えるわけにもいかなかった。
「嘘なんて言ってないよ?だってライルは数年稼いだら帰るって条件で僕と村を出たんじゃないか。ディディエにライルと結婚するならいずれ村に住むことになるけどいいの?って確認しただけだよ」
「あ⋯いや、それは⋯あの村に帰っても勤め先も無いし⋯お前は先に帰ったらどうだ?メリンダを待たせてるだろ?」
「⋯⋯は?何それ⋯まさかライル、自分だけ帰らないつもり!?」
ヒューゴは怒りのあまりライルの両の二の腕を強く掴んでいた。
「痛っ⋯ちょ、力強ぇってヒューゴっ」
「あっ、ごめんっ⋯!」
すぐに離したのだが、ライルは痛そうに掴まれた箇所をさすっていた。
「ねえライル⋯ちょっと痩せた?」
掴んだ腕が思いのほか細くて驚いた。背も以前は同じくらいだったのが、ヒューゴのほうが僅かに目線が高くなっている。ヒューゴは何故だかドキドキした。
「ばっ⋯お前がちょっとデカくなったんだよ!!昔はドチビだった癖に地味にちょっとずつ伸びやがって!!」
「ご、ごめん⋯」
「チッ。てかもうすぐ出発の時間じゃねえのか?今日からだろ?指名依頼の貴族の護衛だかってのは」
「う、うん。そうだけど」
「そんならさっさと行けよ。他のやつ待たせちまったら悪いだろ」
その会話を最後に、ライルはヒューゴの元から居なくなった。バレたら怒られて今以上に嫌われてしまうかもしれないと、追跡の魔法や魔道具をライルに施せずにいたことをヒューゴは死ぬ程後悔した。
ライルを探す為に虱潰しに街を移動しながら冒険者を続け、ようやく有力な手がかりを得られたのは彼が行方をくらましてから5年間が経とうとする頃だ。
画家に依頼したそっくりな絵姿をヒューゴは常に持ち歩いていて、酒場やギルドで見覚えがないか尋ねて歩くのが日常となっていた。
「そう言えば、ちょっと前に生まれ育った街に里帰りした時にそこのギルドで手が足りねえからって依頼に駆り出されたことがあってよ。そん時にこの絵姿に似てる兄ちゃん見たぜ。そいつも確かライルって呼ばれてた」
「っ⋯本当か!?」
「ああ。たがこんなに短髪じゃなくって背中くらいまでの長髪だったぜ。それに冒険者じゃなく《赤銅の鉾》ってAランクパーティー専属の男娼っぽかったぜ」
「⋯⋯は?」
「んな凄むなって、おっかねえな。合同依頼の夜営の時に、余興がわりに皆の前で犯されてたんだよ。泣いちゃいたが何度もイってて男とするの慣れた感じだったぜ。色気のある身体付きしてたし、ありゃ男娼に違いねえよ」
「そんな⋯」
そんなのどうせ人違いに決まっている。
そう思いながらも、ヒューゴはライルに『いけないこと』をした酔っ払いやテッドのことを思い出していた。ヒューゴは念の為、そのパーティーが拠点にしているギルドへ向かうことに決めた。
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