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第2話 ローゼ、前世の記憶を思い出す。
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地下牢編
石造りの廊下を、硬い靴音が響いていた。
近衛兵に両腕を掴まれ、ローゼは引きずられるように歩かされていた。
「……放して……放しなさい!」
必死に抵抗しても、鍛え上げられた兵士の腕はびくともしない。
祝宴の光に包まれていた大広間とは打って変わり、城の奥深くへ進むほどに空気は重く、冷たさが肌を刺した。
「どうして……わたしが……」
悔しさと恐怖が胸を締め付ける。
あの場で一言でも王子が耳を貸してくれれば、きっと誤解は解けたはずなのに。
いや、そもそも――あれは誤解などではなかった。周到に仕組まれた罠。
アルベルト殿下。
あの方は、わたしを捨てるために、すべてを仕組んだのだ。
「着いたぞ」
無骨な声とともに、重い鉄扉が軋む音を立てて開いた。
鼻を突く湿気と、かび臭い匂いが流れ込んでくる。
そこは、地下牢だった。
薄暗い通路に並ぶ鉄格子。奥からは、呻き声や鎖の擦れる音が聞こえる。
罪人や反逆者だけが入れられる最下層。そこへ、公爵令嬢である自分が落とされたのだ。
「ここだ」
指示に従って兵士が鉄格子を開け、ローゼを乱暴に押し込んだ。
ごとり、と背後で鍵がかけられる音。
「用はそこで済ませろ」
無造作に投げ込まれたのは、鉄製の小さな容器と、泥で濁った水の入った瓶だけだった。
「なっ……」
息を呑む。
広さは六畳ほど。石壁は冷たく、天井から滴る水が絶えず音を立てていた。寝台もなく、藁がわずかに散らされているだけ。
かつて煌びやかな宮廷の一室に暮らしていた自分には、到底信じがたい環境だった。
「……こんな……公爵令嬢に、こんな扱い……」
声が震える。
怒りよりも、恐怖と屈辱が胸を満たしていく。
やがて兵士が足音を響かせて立ち去ると、独房にはローゼひとりきりが残された。
その静寂が、かえって恐ろしかった。
鉄格子の向こうは闇。
誰も助けに来ない。
自分は、ここに閉じ込められ、忘れ去られるのだ。
「いや……こんなところで生きていけるわけがない……」
ローゼは膝を抱え、ぽろぽろと涙を零した。
冷たい石の床が肌を刺し、嗚咽が反響して自分を追い詰める。
「わたしは悪くない……何もしていない……なのに、どうして……」
思わず口を突いて出る。
必死に否定しなければ、心が壊れてしまいそうだった。
「どうして……こんな……死んでしまいたい……」
その呟きとともに、胸の奥から激しい痛みが走った。
頭を押さえ、呻き声を漏らす。
「っ……ああ……っ!」
割れるような頭痛。
視界が白く染まり、記憶の断片が流れ込んでくる。
――あの時、みたい。
言葉にならない感覚が蘇る。
暗い部屋。積み上がった段ボール。閉め切られたカーテン。
モニターの青白い光に照らされ、やつれた顔が映っていた。
「これは……わたし……?」
知らないはずの映像。
だが確かに、自分の過去であると心が告げていた。
ブラック企業。
終わらぬ残業、罵倒する上司、崩れていく健康。
やがて職を失い、社会から逃げるように部屋に閉じこもった日々。
孤独と絶望の中で、ただ時間を浪費し、心も体も壊していった。
――それが、わたしの前世。
「そんな……わたし、死んだはずじゃ……」
涙が溢れる。
なぜ思い出してしまったのか。
いや、なぜ今、この瞬間に蘇ったのか。
絶望に沈みかけた心に、その記憶は鋭く突き刺さった。
同じだ。
あの時と、何も変わらない。
閉じ込められ、見捨てられ、居場所を失って――。
ぐしゃりと胸を掴み、ローゼは崩れ落ちる。
「いや……いやだ……こんなの……」
嗚咽とともに、体の奥から何かがざわめいた。
熱とも冷たさともつかぬ感覚が全身を駆け巡り、心臓を強く打ち鳴らす。
その瞬間、ローゼの内に眠っていた“何か”が目を覚ました。
――スキル《引きこもり》。
それは前世で培われた、逃避と孤立の果てに生まれた異能。
社会から身を隠し、外界を拒絶し、自分だけの領域に籠もる力。
誰も気づかないまま、その力が静かに発動した。
石造りの独房の中で、ローゼの周囲に見えない境界が広がっていく。
外の音が遠ざかり、冷気が薄れ、まるで世界から切り離されるかのように。
涙に濡れた頬を両手で覆いながら、ローゼは小さく震えていた。
「……いや……わたしは……」
その声は、もはや誰にも届かない。
届かせる必要もない。
彼女は今、完全に「籠もる」ことで、自分を守り始めたのだから。
――こうして、公爵令嬢ローゼは絶望の中で前世を思い出し、新たな力を得た。
それが彼女を救うのか、それともさらなる孤独に追いやるのか。
まだ、その答えを知る者はいなかった。
石造りの廊下を、硬い靴音が響いていた。
近衛兵に両腕を掴まれ、ローゼは引きずられるように歩かされていた。
「……放して……放しなさい!」
必死に抵抗しても、鍛え上げられた兵士の腕はびくともしない。
祝宴の光に包まれていた大広間とは打って変わり、城の奥深くへ進むほどに空気は重く、冷たさが肌を刺した。
「どうして……わたしが……」
悔しさと恐怖が胸を締め付ける。
あの場で一言でも王子が耳を貸してくれれば、きっと誤解は解けたはずなのに。
いや、そもそも――あれは誤解などではなかった。周到に仕組まれた罠。
アルベルト殿下。
あの方は、わたしを捨てるために、すべてを仕組んだのだ。
「着いたぞ」
無骨な声とともに、重い鉄扉が軋む音を立てて開いた。
鼻を突く湿気と、かび臭い匂いが流れ込んでくる。
そこは、地下牢だった。
薄暗い通路に並ぶ鉄格子。奥からは、呻き声や鎖の擦れる音が聞こえる。
罪人や反逆者だけが入れられる最下層。そこへ、公爵令嬢である自分が落とされたのだ。
「ここだ」
指示に従って兵士が鉄格子を開け、ローゼを乱暴に押し込んだ。
ごとり、と背後で鍵がかけられる音。
「用はそこで済ませろ」
無造作に投げ込まれたのは、鉄製の小さな容器と、泥で濁った水の入った瓶だけだった。
「なっ……」
息を呑む。
広さは六畳ほど。石壁は冷たく、天井から滴る水が絶えず音を立てていた。寝台もなく、藁がわずかに散らされているだけ。
かつて煌びやかな宮廷の一室に暮らしていた自分には、到底信じがたい環境だった。
「……こんな……公爵令嬢に、こんな扱い……」
声が震える。
怒りよりも、恐怖と屈辱が胸を満たしていく。
やがて兵士が足音を響かせて立ち去ると、独房にはローゼひとりきりが残された。
その静寂が、かえって恐ろしかった。
鉄格子の向こうは闇。
誰も助けに来ない。
自分は、ここに閉じ込められ、忘れ去られるのだ。
「いや……こんなところで生きていけるわけがない……」
ローゼは膝を抱え、ぽろぽろと涙を零した。
冷たい石の床が肌を刺し、嗚咽が反響して自分を追い詰める。
「わたしは悪くない……何もしていない……なのに、どうして……」
思わず口を突いて出る。
必死に否定しなければ、心が壊れてしまいそうだった。
「どうして……こんな……死んでしまいたい……」
その呟きとともに、胸の奥から激しい痛みが走った。
頭を押さえ、呻き声を漏らす。
「っ……ああ……っ!」
割れるような頭痛。
視界が白く染まり、記憶の断片が流れ込んでくる。
――あの時、みたい。
言葉にならない感覚が蘇る。
暗い部屋。積み上がった段ボール。閉め切られたカーテン。
モニターの青白い光に照らされ、やつれた顔が映っていた。
「これは……わたし……?」
知らないはずの映像。
だが確かに、自分の過去であると心が告げていた。
ブラック企業。
終わらぬ残業、罵倒する上司、崩れていく健康。
やがて職を失い、社会から逃げるように部屋に閉じこもった日々。
孤独と絶望の中で、ただ時間を浪費し、心も体も壊していった。
――それが、わたしの前世。
「そんな……わたし、死んだはずじゃ……」
涙が溢れる。
なぜ思い出してしまったのか。
いや、なぜ今、この瞬間に蘇ったのか。
絶望に沈みかけた心に、その記憶は鋭く突き刺さった。
同じだ。
あの時と、何も変わらない。
閉じ込められ、見捨てられ、居場所を失って――。
ぐしゃりと胸を掴み、ローゼは崩れ落ちる。
「いや……いやだ……こんなの……」
嗚咽とともに、体の奥から何かがざわめいた。
熱とも冷たさともつかぬ感覚が全身を駆け巡り、心臓を強く打ち鳴らす。
その瞬間、ローゼの内に眠っていた“何か”が目を覚ました。
――スキル《引きこもり》。
それは前世で培われた、逃避と孤立の果てに生まれた異能。
社会から身を隠し、外界を拒絶し、自分だけの領域に籠もる力。
誰も気づかないまま、その力が静かに発動した。
石造りの独房の中で、ローゼの周囲に見えない境界が広がっていく。
外の音が遠ざかり、冷気が薄れ、まるで世界から切り離されるかのように。
涙に濡れた頬を両手で覆いながら、ローゼは小さく震えていた。
「……いや……わたしは……」
その声は、もはや誰にも届かない。
届かせる必要もない。
彼女は今、完全に「籠もる」ことで、自分を守り始めたのだから。
――こうして、公爵令嬢ローゼは絶望の中で前世を思い出し、新たな力を得た。
それが彼女を救うのか、それともさらなる孤独に追いやるのか。
まだ、その答えを知る者はいなかった。
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