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第7話 地下牢の異変 ― 看守の視点
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地下牢の異変 ― 看守の視点
地下牢の一角に、妙なざわめきが広がっていた。
冷たい石造りの牢獄。湿った空気、鼠の走る音、囚人たちの呻き声。いつもなら変わり映えのない陰鬱な風景のはずだった。
だが、その日、ひとりの若い看守は眉をひそめた。
「……おい。おかしいぞ」
牢の前に立ち止まったその男は、信じられないものを目にしていた。
――光。
通常なら薄暗く淀んでいるはずの独房から、柔らかな明かりがもれているのだ。いや、それだけではない。鉄格子越しに覗いた彼は、さらに衝撃を受けた。
「な、なんだ……これは……!?」
そこには、汚れた藁床も、石の冷たい壁も存在しなかった。
代わりに見えるのは、整然とした木造の床、白い壁、机の上に並べられた本の山。
牢獄の一室が、まるで貴族の書斎のように――いや、もっと生活感のある“部屋”に変貌していたのだ。
そして、その中心に座っているのは、この牢の囚人。公爵令嬢、ローゼ。
彼女はふわりとした寝巻き姿で、机に肘をつきながら熱心に本を読んでいた。頬には微笑みさえ浮かんでいる。
――ここが地下牢であることを完全に忘れたかのように。
「な、なぁ……見ろよ……」
「おいおい、幻覚じゃないのか……?」
隣の看守たちも駆け寄り、鉄格子越しにその光景を覗き込む。
「いや……幻覚じゃない。俺の目もおかしくなったわけじゃねぇ……」
青年看守は唇を震わせた。
「ど、どういうことだ……? 昨日までただの汚い牢だったのに……」
しかも、ローゼは看守たちに気づく様子もなく、本のページをめくり続けている。
その落ち着き払った様子は、罪人というよりは、気楽な屋敷暮らしの令嬢そのものだった。
「おいっ、嬢ちゃん!」
青年看守は鉄格子を叩いた。ガン、ガン、と甲高い音が牢内に響く。
しかし、ローゼは反応しない。視線は本の中。
「……無視か?」
もう一度強く叩く。ガンガンガン!
やはり、ローゼは本の世界に没頭したままだ。
「こ、これは……まるで、音が届いていないみたいだ……」
看守のひとりが青ざめて呟いた。
「そんな馬鹿な……! 鉄格子越しだぞ? 聞こえないはずがない!」
「……試してみるしかねぇな」
青年看守は腰の鍵束を取り出した。
ギィ、と鉄扉の錠を開ける。
「よし……開いた」
だが、扉を押しても動かない。
鉄格子は開いているはずなのに、まるで目に見えない壁があるかのように通れなかった。
「な、なんだこれ……っ!」
青年看守は汗をかきながら、全力で押し込んだ。
だが結果は同じ。中には一歩も入れない。
背後の同僚たちも慌てて加勢するが、誰も突破できなかった。
「おいっ! 嬢ちゃん! どうなってんだ! 返事しろ!」
扉を叩き、叫び続ける。
だがローゼは、まるで別世界にでもいるかのようにページをめくる音だけを立てていた。
「……くそっ、本当に聞こえていない……」
青年看守は鉄格子に額を押し付け、信じられない光景をもう一度見つめた。
ローゼは頬杖をつきながら本を閉じ、小さく笑っている。
そして、机の上に現れた皿から、フォークでパスタを巻き取って口に運んだ。
「なっ……!? た、食事まで出てきてるだと!?」
「ば、馬鹿な……牢屋にそんなものがあるはずが……」
「魔法か……? それとも幻術……?」
看守たちは顔を見合わせ、震えた。
「こ、これは由々しき事態だ……っ」
青年看守は立ち上がり、駆け出した。
「看守長に報告する! このままじゃ、俺たちの責任になる……!」
「お、おい! 勝手に行くな!」
「ついて行くぞ!」
数人の看守が足音を響かせ、石の廊下を駆け上がる。
残された牢の前では、鉄格子越しに残った看守がただ呆然と立ち尽くしていた。
――中の公爵令嬢は、まるで何事もないかのように笑みを浮かべ、本を読みながらパスタを口に運んでいた。
牢獄の外の喧騒など、欠片も届いていないかのように。
「看守長っ! 報告があります!」
看守詰所に飛び込んだ青年は、必死の形相で頭を下げた。
「ローゼ公爵令嬢の牢が……っ、牢が……!」
「落ち着け。牢がどうした?」
無骨な顔に傷を持つ看守長は眉をひそめた。
「部屋が……部屋が変わっているんです! 昨日までの石の独房が、まるで……屋敷の一室みたいに……! 本や机があり、灯りも暖かく、囚人は……楽しそうに本を読んでいました!」
「なに……?」
看守長の瞳が鋭く光る。
「まさか、牢屋の中で贅沢をしていたとでも言うのか? 誰かが差し入れを持ち込んだのか?」
「いえ、それが……! 差し入れなどではなく、まるで空間そのものが変わって……。我々も確かめようとしたのですが、鍵を開けても中に入れませんでした!」
「……鍵を開けても?」
看守長の顔色が変わった。
「まるで、見えない壁のようなものに阻まれているようで……。呼びかけても返事はなく、声が届いていないようなのです……!」
看守長はしばし沈黙し、椅子を軋ませて立ち上がった。
「案内しろ。直ちに確認する」
低く響いた声は、地下牢全体を震わせるような重みを持っていた。
地下牢の一角に、妙なざわめきが広がっていた。
冷たい石造りの牢獄。湿った空気、鼠の走る音、囚人たちの呻き声。いつもなら変わり映えのない陰鬱な風景のはずだった。
だが、その日、ひとりの若い看守は眉をひそめた。
「……おい。おかしいぞ」
牢の前に立ち止まったその男は、信じられないものを目にしていた。
――光。
通常なら薄暗く淀んでいるはずの独房から、柔らかな明かりがもれているのだ。いや、それだけではない。鉄格子越しに覗いた彼は、さらに衝撃を受けた。
「な、なんだ……これは……!?」
そこには、汚れた藁床も、石の冷たい壁も存在しなかった。
代わりに見えるのは、整然とした木造の床、白い壁、机の上に並べられた本の山。
牢獄の一室が、まるで貴族の書斎のように――いや、もっと生活感のある“部屋”に変貌していたのだ。
そして、その中心に座っているのは、この牢の囚人。公爵令嬢、ローゼ。
彼女はふわりとした寝巻き姿で、机に肘をつきながら熱心に本を読んでいた。頬には微笑みさえ浮かんでいる。
――ここが地下牢であることを完全に忘れたかのように。
「な、なぁ……見ろよ……」
「おいおい、幻覚じゃないのか……?」
隣の看守たちも駆け寄り、鉄格子越しにその光景を覗き込む。
「いや……幻覚じゃない。俺の目もおかしくなったわけじゃねぇ……」
青年看守は唇を震わせた。
「ど、どういうことだ……? 昨日までただの汚い牢だったのに……」
しかも、ローゼは看守たちに気づく様子もなく、本のページをめくり続けている。
その落ち着き払った様子は、罪人というよりは、気楽な屋敷暮らしの令嬢そのものだった。
「おいっ、嬢ちゃん!」
青年看守は鉄格子を叩いた。ガン、ガン、と甲高い音が牢内に響く。
しかし、ローゼは反応しない。視線は本の中。
「……無視か?」
もう一度強く叩く。ガンガンガン!
やはり、ローゼは本の世界に没頭したままだ。
「こ、これは……まるで、音が届いていないみたいだ……」
看守のひとりが青ざめて呟いた。
「そんな馬鹿な……! 鉄格子越しだぞ? 聞こえないはずがない!」
「……試してみるしかねぇな」
青年看守は腰の鍵束を取り出した。
ギィ、と鉄扉の錠を開ける。
「よし……開いた」
だが、扉を押しても動かない。
鉄格子は開いているはずなのに、まるで目に見えない壁があるかのように通れなかった。
「な、なんだこれ……っ!」
青年看守は汗をかきながら、全力で押し込んだ。
だが結果は同じ。中には一歩も入れない。
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「おいっ! 嬢ちゃん! どうなってんだ! 返事しろ!」
扉を叩き、叫び続ける。
だがローゼは、まるで別世界にでもいるかのようにページをめくる音だけを立てていた。
「……くそっ、本当に聞こえていない……」
青年看守は鉄格子に額を押し付け、信じられない光景をもう一度見つめた。
ローゼは頬杖をつきながら本を閉じ、小さく笑っている。
そして、机の上に現れた皿から、フォークでパスタを巻き取って口に運んだ。
「なっ……!? た、食事まで出てきてるだと!?」
「ば、馬鹿な……牢屋にそんなものがあるはずが……」
「魔法か……? それとも幻術……?」
看守たちは顔を見合わせ、震えた。
「こ、これは由々しき事態だ……っ」
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「看守長に報告する! このままじゃ、俺たちの責任になる……!」
「お、おい! 勝手に行くな!」
「ついて行くぞ!」
数人の看守が足音を響かせ、石の廊下を駆け上がる。
残された牢の前では、鉄格子越しに残った看守がただ呆然と立ち尽くしていた。
――中の公爵令嬢は、まるで何事もないかのように笑みを浮かべ、本を読みながらパスタを口に運んでいた。
牢獄の外の喧騒など、欠片も届いていないかのように。
「看守長っ! 報告があります!」
看守詰所に飛び込んだ青年は、必死の形相で頭を下げた。
「ローゼ公爵令嬢の牢が……っ、牢が……!」
「落ち着け。牢がどうした?」
無骨な顔に傷を持つ看守長は眉をひそめた。
「部屋が……部屋が変わっているんです! 昨日までの石の独房が、まるで……屋敷の一室みたいに……! 本や机があり、灯りも暖かく、囚人は……楽しそうに本を読んでいました!」
「なに……?」
看守長の瞳が鋭く光る。
「まさか、牢屋の中で贅沢をしていたとでも言うのか? 誰かが差し入れを持ち込んだのか?」
「いえ、それが……! 差し入れなどではなく、まるで空間そのものが変わって……。我々も確かめようとしたのですが、鍵を開けても中に入れませんでした!」
「……鍵を開けても?」
看守長の顔色が変わった。
「まるで、見えない壁のようなものに阻まれているようで……。呼びかけても返事はなく、声が届いていないようなのです……!」
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