8 / 97
第8話 看守長、牢に赴く
しおりを挟む
看守長、牢に赴く
地下牢の石段を、重々しい足音が響いた。
その歩みは規則正しく、まるで軍靴の行進のような硬さを持つ。
先を行く若い看守たちは、どこか怯えたように視線を交わしながらも、後ろに続く巨躯の男の存在に背筋を伸ばしていた。
――看守長バルド。
この牢獄で二十年もの経験を積んできた老練な男である。
片目には深い傷跡が走り、常に鋭い眼光で周囲を射抜いていた。
囚人たちにとっては悪夢の象徴であり、部下の看守にとっても畏怖すべき存在。
「……案内しろ」
低く響く声に、若い看守が「は、はい!」と声を震わせる。
彼らは地下牢の最奥へと急いだ。
そして――問題の牢前に到着する。
「看守長、こちらです!」
鉄格子の前で待機していた看守二人が直立し、敬礼を取った。
彼らの顔は蒼白だ。
バルドは無言で牢を一瞥した。
「……」
その瞬間、彼の片目が僅かに見開かれた。
「これは……」
石と鉄で囲まれたはずの独房。
そこには、まるで異国の屋敷の一室を切り取ったかのような光景が広がっていた。
木の床。白壁。机と椅子。
本棚に整然と並ぶ書物。
そして、ふかふかの寝具まで備えられている。
さらに異様なのは、その中央に腰かける一人の少女――ローゼであった。
彼女は机の上に置かれた皿からフォークで料理を取り、紅茶を口に運びながら、分厚い本に没頭している。
頬にはうっすらと幸福の笑みすら浮かんでいた。
「……馬鹿な」
バルドは思わず低く呟いた。
「看守長! 昨日までは普通の牢でした! それが突然、このような……」
「鍵を開けても中には入れません! まるで目に見えぬ壁に阻まれるようで……!」
「呼びかけも届きません! 嬢……いや、囚人は完全に別の世界にいるかのようで……!」
看守たちが次々に説明する。
バルドは耳を貸しながらも、じっと鉄格子に近づき、その目で観察した。
牢内から漏れ出る光は温かく、魔道灯のような明滅もない。
香ばしい食事の匂いまで漂ってくる。
「確かに……匂いまでは幻術で誤魔化せぬ。実体がある……か」
バルドは懐から短剣を取り出した。
鍵束を受け取り、ガチャリと錠を開ける。
「下がれ」
看守たちを後退させ、自ら鉄扉を押し開く。
――しかし。
扉の先にあったのは、見えぬ壁だった。
分厚い鉄板のような抵抗があり、一歩たりとも足を踏み入れることができない。
バルドは短剣を突き立てた。
――ギィン!
金属音とともに、透明な膜が淡く揺らめき、すぐに消えた。
「……結界、か」
短く吐き捨てるように呟いた。
中のローゼは、そんな試みを全く知らぬまま、優雅に椅子にもたれかかって本の続きを読んでいる。
バルドは片目を細めた。
「奴は、我々の声に気づいていない……いや、声そのものが届いていないのだな」
「か、看守長……これは一体……?」
「分からん。ただ言えるのは――」
バルドは背筋を伸ばし、牢内を鋭く見据えた。
「これは囚人の手によるものだ。外部の差し入れでも、魔道具の仕掛けでもない」
「囚人……本人が……!?」
「そうだ。これは自発的に展開された《結界》に他ならん。恐らく……スキルだ」
看守たちが息を呑む。
「スキル……! まさか、あの令嬢がそんなものを……?」
「公爵家の娘だ。特異な加護を持っていても不思議はない」
バルドの声は低く、しかし明確な確信に満ちていた。
「……だが、問題は別にある」
バルドは腕を組み、唸る。
「この結界、我々の権限では干渉できん。無理に破ろうとすれば、牢獄そのものが損壊する危険すらある」
「そ、それでは……」
「上へ報告するしかあるまい」
その言葉に、看守たちは戦慄した。
――上。
すなわち、この地下牢を管理する国王、今は国王が外遊中のため王子に。
「しかし、報告すれば……我らの管理責任が問われます!」
「問われようとも、隠し通せる事態ではない。いずれ噂は漏れる。ならば、早めに報告し、対応を仰ぐ方が被害は少なく済む」
バルドは静かに言い切った。
彼の判断は常に冷徹だ。私情は一切ない。
牢の中。
ローゼはページをめくり、うっとりとした声を漏らした。
「あぁ……この展開、最高……!」
まるで、外の緊張感など存在しないかのように。
バルドは鉄格子を睨みながら、低く呟いた。
「――囚人ローゼ。貴様は一体、何を隠している……?」
こうして看守長による確認は終了した。
地下牢に生じた不可解な現象は、ただの囚人管理の問題ではなく、国家的な「異常事態」として扱われることになる。
そして、それが後に大きな波乱を巻き起こすことを、この場の誰一人としてまだ知らなかった。
地下牢の石段を、重々しい足音が響いた。
その歩みは規則正しく、まるで軍靴の行進のような硬さを持つ。
先を行く若い看守たちは、どこか怯えたように視線を交わしながらも、後ろに続く巨躯の男の存在に背筋を伸ばしていた。
――看守長バルド。
この牢獄で二十年もの経験を積んできた老練な男である。
片目には深い傷跡が走り、常に鋭い眼光で周囲を射抜いていた。
囚人たちにとっては悪夢の象徴であり、部下の看守にとっても畏怖すべき存在。
「……案内しろ」
低く響く声に、若い看守が「は、はい!」と声を震わせる。
彼らは地下牢の最奥へと急いだ。
そして――問題の牢前に到着する。
「看守長、こちらです!」
鉄格子の前で待機していた看守二人が直立し、敬礼を取った。
彼らの顔は蒼白だ。
バルドは無言で牢を一瞥した。
「……」
その瞬間、彼の片目が僅かに見開かれた。
「これは……」
石と鉄で囲まれたはずの独房。
そこには、まるで異国の屋敷の一室を切り取ったかのような光景が広がっていた。
木の床。白壁。机と椅子。
本棚に整然と並ぶ書物。
そして、ふかふかの寝具まで備えられている。
さらに異様なのは、その中央に腰かける一人の少女――ローゼであった。
彼女は机の上に置かれた皿からフォークで料理を取り、紅茶を口に運びながら、分厚い本に没頭している。
頬にはうっすらと幸福の笑みすら浮かんでいた。
「……馬鹿な」
バルドは思わず低く呟いた。
「看守長! 昨日までは普通の牢でした! それが突然、このような……」
「鍵を開けても中には入れません! まるで目に見えぬ壁に阻まれるようで……!」
「呼びかけも届きません! 嬢……いや、囚人は完全に別の世界にいるかのようで……!」
看守たちが次々に説明する。
バルドは耳を貸しながらも、じっと鉄格子に近づき、その目で観察した。
牢内から漏れ出る光は温かく、魔道灯のような明滅もない。
香ばしい食事の匂いまで漂ってくる。
「確かに……匂いまでは幻術で誤魔化せぬ。実体がある……か」
バルドは懐から短剣を取り出した。
鍵束を受け取り、ガチャリと錠を開ける。
「下がれ」
看守たちを後退させ、自ら鉄扉を押し開く。
――しかし。
扉の先にあったのは、見えぬ壁だった。
分厚い鉄板のような抵抗があり、一歩たりとも足を踏み入れることができない。
バルドは短剣を突き立てた。
――ギィン!
金属音とともに、透明な膜が淡く揺らめき、すぐに消えた。
「……結界、か」
短く吐き捨てるように呟いた。
中のローゼは、そんな試みを全く知らぬまま、優雅に椅子にもたれかかって本の続きを読んでいる。
バルドは片目を細めた。
「奴は、我々の声に気づいていない……いや、声そのものが届いていないのだな」
「か、看守長……これは一体……?」
「分からん。ただ言えるのは――」
バルドは背筋を伸ばし、牢内を鋭く見据えた。
「これは囚人の手によるものだ。外部の差し入れでも、魔道具の仕掛けでもない」
「囚人……本人が……!?」
「そうだ。これは自発的に展開された《結界》に他ならん。恐らく……スキルだ」
看守たちが息を呑む。
「スキル……! まさか、あの令嬢がそんなものを……?」
「公爵家の娘だ。特異な加護を持っていても不思議はない」
バルドの声は低く、しかし明確な確信に満ちていた。
「……だが、問題は別にある」
バルドは腕を組み、唸る。
「この結界、我々の権限では干渉できん。無理に破ろうとすれば、牢獄そのものが損壊する危険すらある」
「そ、それでは……」
「上へ報告するしかあるまい」
その言葉に、看守たちは戦慄した。
――上。
すなわち、この地下牢を管理する国王、今は国王が外遊中のため王子に。
「しかし、報告すれば……我らの管理責任が問われます!」
「問われようとも、隠し通せる事態ではない。いずれ噂は漏れる。ならば、早めに報告し、対応を仰ぐ方が被害は少なく済む」
バルドは静かに言い切った。
彼の判断は常に冷徹だ。私情は一切ない。
牢の中。
ローゼはページをめくり、うっとりとした声を漏らした。
「あぁ……この展開、最高……!」
まるで、外の緊張感など存在しないかのように。
バルドは鉄格子を睨みながら、低く呟いた。
「――囚人ローゼ。貴様は一体、何を隠している……?」
こうして看守長による確認は終了した。
地下牢に生じた不可解な現象は、ただの囚人管理の問題ではなく、国家的な「異常事態」として扱われることになる。
そして、それが後に大きな波乱を巻き起こすことを、この場の誰一人としてまだ知らなかった。
2,465
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !
恋せよ恋
ファンタジー
富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。
もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、
本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。
――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。
その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、
不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。
十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。
美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、
いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。
これは、
見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、
無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 エール📣いいね❤️励みになります!
🔶表紙はAI生成画像です🤖
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
騎士団長を追放した平和ボケ王国は、七日で滅びました
藤原遊
ファンタジー
長らく戦のなかった王国で、
騎士団長の父を病で失った令嬢は、その座を引き継いだ。
だが王城に呼び出された彼女に告げられたのは、
騎士団の解体と婚約破棄。
理由はただ一つ――
「武力を持つ者は危険だから」。
平和ボケした王子は、
非力で可愛い令嬢を侍らせ、
彼女を“国の火種”として国外追放する。
しかし王国が攻められなかった本当の理由は、
騎士団長家が持つ“戦況を覆す力”への恐れだった。
追放された令嬢は、即座に隣国帝国へ迎えられ、
軍人として正当に評価され、安泰な地位を得る。
――そして一週間後。
守りを捨てた王国は、あっけなく陥落した。
これは、
「守る力」を理解しなかった国の末路と、
追放された騎士団長令嬢のその後の物語。
時が巻き戻った悪役令嬢は、追放先で今度こそ幸せに暮らしたい
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【その断罪、待っていました!】
私は侯爵令嬢オフィーリア・ドヌーブ。王太子アシル・バスチエの婚約者だった。良い国母になる為、日々努力を怠らなかった。そんなある日、聖女を名乗る女性ソネットが現れ、あっという間にアシルは彼女に夢中になってしまう。妃の座を奪われることに危機感を抱いた私は、ありとあらゆる手段でソネットを陥れようとして失敗。逆に罰として侯爵家から除籍され、辺境の地へ幾人かの使用人達と共に追放されてしまう。追放先の村での暮らしは不便だったが、人々は皆親切だった。けれど元侯爵令嬢というプライドから最後まで私は素直になれなかった。そんな自分に後悔しながら長い時を孤独に過ごしていたある日。不思議な懐中時計の力によって、何故か断罪の真っ最中に時が巻き戻っていた。聖女への嫌がらせは無かったことに出来ない。それなら今世はおとなしく追放されて和やかに過ごそう。今度こそ幸せに暮らす為に——
※他サイトでも投稿中
転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【だって、私はただのモブですから】
10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした――
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる