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第16話 男爵令嬢ミーア視点 ― 鏡に映る絶望
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ミーア視点 ― 鏡に映る絶望
その日、わたしは王宮の舞踏室に呼ばれた。
理由は簡単――王子殿下との朝の顔合わせである。
いつものことのはずだった。わたしにとって、それは未来の王妃としての務め。誰よりも優雅に、誰よりも美しくあらねばならぬ時間。
けれど――その日は違った。
「ミーア」
アルベルト殿下は、冷徹な表情でわたしの名を呼んだ。
その声は氷の刃のように鋭く、いつもの甘さは一切含まれていなかった。
「……殿下?」
わたしは戸惑いながら微笑みを浮かべた。
だが、殿下の次の言葉が、わたしを突き刺す。
「さすがに……太りすぎだ」
「……え?」
一瞬、意味が理解できなかった。
太りすぎ? わたしが? このわたしが?
殿下は視線を逸らさず、淡々と続けた。
「顔も輪郭が変わっている。衣装も苦しげだ。……このままでは人々の前に立てぬ」
「そ……そんな……」
足元が崩れるような衝撃だった。
あのアルベルト殿下から、わたしが直接「太りすぎ」と言われるなんて。
周囲の貴族たちも、口元を押さえてひそひそと囁いている。
――「ふくよか令嬢」
――「肉付きがよろしいこと」
――「幸せ太り、いや油断では?」
陰口が耳に刺さる。
わたしの背中を、刃物で切り刻まれるようだった。
「そ……そんなこと……」
わたしは必死に言葉を探そうとしたが、何も出てこなかった。
笑顔も作れず、ただその場から逃げ出すように王子の前を去った。
◆
部屋に戻ったわたしは、息を切らして鏡の前に立つ。
震える指で、カーテンを開き、光を差し込む。
「……っ」
そこに映ったのは――もはや、わたしが知る「ミーア」ではなかった。
頬は大福のように丸く、顎のラインはどこにもなく、首元に溶け込んでいる。
二重あごどころか三重に折り重なり、笑えば頬肉がぷるぷると揺れた。
胸も腹も腰回りも、全てが膨れ上がり、絹のドレスを圧迫している。
「……ひ……っ……」
声にならない悲鳴が漏れる。
わたしは断食したのだ。
水しか飲んでいない。食べ物には一切手をつけなかった。
それなのに――どうして太っているの?
どうして、日ごとに膨らんでいくの?
「おかしい……おかしいわ……」
頭を抱えてうずくまる。
断食しているのに太るなんて、常識ではありえない。
誰かが……誰かが仕組んでいるに違いない。
「……ローゼ……」
あの女の顔が脳裏に浮かぶ。
牢屋で贅沢三昧をして、痩せたままの彼女。
そしてわたしは、何も食べていないのに醜く太っていく。
これは、彼女の呪いだ。
そうとしか思えなかった。
◆
その日の朝、わたしは部屋から出られなかった。
ドレスがどれも入らない。
歩けば、太ももと太ももが擦れて音を立てる。
階段を登れば、息が切れ、胸が苦しくなる。
こんな姿を見られたら、もう終わりだ。
アルベルト殿下に、再び「太りすぎだ」と冷たく告げられたら――わたしはきっと、その場で死んでしまう。
「いや……いやあああああ……!」
鏡を背にしてベッドに倒れ込み、シーツを頭からかぶった。
見たくない。
この体も、この顔も、この現実も。
けれど、目を閉じれば閉じるほど、王子の冷ややかな声がよみがえる。
『さすがに……太りすぎだ』
「いや……いやあ……っ!」
涙が止まらなかった。
断食しても、祈っても、痩せない。
むしろ太っていく。
わたしは世界で最も理不尽な罰を受けている。
なぜ? なぜわたしがこんな目に……!
胸の奥に黒い憎しみが渦巻く。
ローゼ。
きっとあの女が――牢屋の中から、わたしを呪っている。
「絶対に……負けない……」
シーツの中で、震える手を握りしめた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、それでもわたしは心の奥で叫ぶ。
「このままじゃ終わらない……必ず、この呪いを打ち破ってみせる……!」
◆
けれどその決意すら、次の朝、鏡の前で砕け散ることになるのだった。
体重計の針は、また五キロ増えていた。
「……もう……やだ……」
わたしの声は、嗚咽に飲み込まれていった。
その日、わたしは王宮の舞踏室に呼ばれた。
理由は簡単――王子殿下との朝の顔合わせである。
いつものことのはずだった。わたしにとって、それは未来の王妃としての務め。誰よりも優雅に、誰よりも美しくあらねばならぬ時間。
けれど――その日は違った。
「ミーア」
アルベルト殿下は、冷徹な表情でわたしの名を呼んだ。
その声は氷の刃のように鋭く、いつもの甘さは一切含まれていなかった。
「……殿下?」
わたしは戸惑いながら微笑みを浮かべた。
だが、殿下の次の言葉が、わたしを突き刺す。
「さすがに……太りすぎだ」
「……え?」
一瞬、意味が理解できなかった。
太りすぎ? わたしが? このわたしが?
殿下は視線を逸らさず、淡々と続けた。
「顔も輪郭が変わっている。衣装も苦しげだ。……このままでは人々の前に立てぬ」
「そ……そんな……」
足元が崩れるような衝撃だった。
あのアルベルト殿下から、わたしが直接「太りすぎ」と言われるなんて。
周囲の貴族たちも、口元を押さえてひそひそと囁いている。
――「ふくよか令嬢」
――「肉付きがよろしいこと」
――「幸せ太り、いや油断では?」
陰口が耳に刺さる。
わたしの背中を、刃物で切り刻まれるようだった。
「そ……そんなこと……」
わたしは必死に言葉を探そうとしたが、何も出てこなかった。
笑顔も作れず、ただその場から逃げ出すように王子の前を去った。
◆
部屋に戻ったわたしは、息を切らして鏡の前に立つ。
震える指で、カーテンを開き、光を差し込む。
「……っ」
そこに映ったのは――もはや、わたしが知る「ミーア」ではなかった。
頬は大福のように丸く、顎のラインはどこにもなく、首元に溶け込んでいる。
二重あごどころか三重に折り重なり、笑えば頬肉がぷるぷると揺れた。
胸も腹も腰回りも、全てが膨れ上がり、絹のドレスを圧迫している。
「……ひ……っ……」
声にならない悲鳴が漏れる。
わたしは断食したのだ。
水しか飲んでいない。食べ物には一切手をつけなかった。
それなのに――どうして太っているの?
どうして、日ごとに膨らんでいくの?
「おかしい……おかしいわ……」
頭を抱えてうずくまる。
断食しているのに太るなんて、常識ではありえない。
誰かが……誰かが仕組んでいるに違いない。
「……ローゼ……」
あの女の顔が脳裏に浮かぶ。
牢屋で贅沢三昧をして、痩せたままの彼女。
そしてわたしは、何も食べていないのに醜く太っていく。
これは、彼女の呪いだ。
そうとしか思えなかった。
◆
その日の朝、わたしは部屋から出られなかった。
ドレスがどれも入らない。
歩けば、太ももと太ももが擦れて音を立てる。
階段を登れば、息が切れ、胸が苦しくなる。
こんな姿を見られたら、もう終わりだ。
アルベルト殿下に、再び「太りすぎだ」と冷たく告げられたら――わたしはきっと、その場で死んでしまう。
「いや……いやあああああ……!」
鏡を背にしてベッドに倒れ込み、シーツを頭からかぶった。
見たくない。
この体も、この顔も、この現実も。
けれど、目を閉じれば閉じるほど、王子の冷ややかな声がよみがえる。
『さすがに……太りすぎだ』
「いや……いやあ……っ!」
涙が止まらなかった。
断食しても、祈っても、痩せない。
むしろ太っていく。
わたしは世界で最も理不尽な罰を受けている。
なぜ? なぜわたしがこんな目に……!
胸の奥に黒い憎しみが渦巻く。
ローゼ。
きっとあの女が――牢屋の中から、わたしを呪っている。
「絶対に……負けない……」
シーツの中で、震える手を握りしめた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、それでもわたしは心の奥で叫ぶ。
「このままじゃ終わらない……必ず、この呪いを打ち破ってみせる……!」
◆
けれどその決意すら、次の朝、鏡の前で砕け散ることになるのだった。
体重計の針は、また五キロ増えていた。
「……もう……やだ……」
わたしの声は、嗚咽に飲み込まれていった。
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