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第29話 第二王子エリオット視点 調査編と膨らむ令嬢
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調査編と膨らむ令嬢(エリオット視点)
王城の図書館は、日が落ちると静寂に沈む。
灯火に照らされる中、僕とレオナルドは積み上げた古文書に向かっていた。
――姉の牢で見た、数々の不可思議な道具。
宙に浮かぶ板、ひとりでに現れる食卓、音楽を奏でる石。
あれらが何であるかを突き止めねばならない。
「殿下、やはり記録にはございません」
レオナルドは羊皮紙を閉じ、低い声で告げた。
「既知の魔道具は七系統に大別されますが……いずれにも合致しません」
「つまり、未知の存在……」
「はい。存在が確認されていない以上、発言次第で“異端”と糾弾されかねません。アルベルト殿下に利用されれば――」
僕は唇を噛んだ。
姉を守るためには、正体を突き止め、先んじて理解せねばならない。
◆
翌日、調査に没頭していた僕のもとへ、レオナルドが新しい記録を持ってきた。
「殿下、この写本に“自己完結型の魔力供給装置”とあります。数百年前の遺物ですが……実用化に至らず失われた、と」
「姉さんの牢の中では、食事すら自動的に現れていた。……それが事実なら、完全に機能していたということか」
「むしろ神代の遺産に近いでしょう」
僕は背筋に冷たいものを感じた。
姉は自覚なく、禁忌級の遺産に触れているのかもしれない。
「徹底的に記録を洗おう。たとえ千年前の伝承でも」
「御意」
◆
夜更け。
調査を続ける中で、王宮内の噂が僕の耳に届いた。
「……殿下、妙な話が。ミーア嬢が急激に肥え太っている、と」
「……何?」
レオナルドは声を潜める。
「新しいドレスが次々と着られなくなり、断食を始めてもなお体重が増えるとか。
侍女たちが“呪い”ではと騒いでいるようです」
思わず眉間を押さえた。
断食しても太るなど、常識ではあり得ない。
だが同時に、妙な既視感が胸をかすめた。
――牢の中で、姉は毎日ご馳走を大量に食べていて、なお健康に輝いていた。
一方、その反動を誰かが受け取っている“肥え太る罰”が与えられるのでは……?
「レオナルド。もし噂が真なら……“箱庭”が逆に働いているのかもしれない」
「理想郷の箱庭、ですか」
◆
幾つかの伝承を辿るうちに、一つの言葉が浮かび上がった。
「理想郷の箱庭」――。
使用者の望みに応じて食事や住居を生成し、完全な安息を与える、という古代技術。
しかしその記述は寓話とされ、実在は否定されてきた。
「……ローゼ姉さんの牢は、まさに理想の部屋に変わっていた」
僕は呟いた。
「ならば……姉さんの望みが、そのまま形になっていたということか」
絶望の中で、なお笑みを失わなかった理由。
彼女が自らの心で築いた“楽園”がそこにあったのだ。
胸が熱くなり、同時に強い決意が芽生える。
「これが真実なら……僕は守る。たとえ禁忌とされようとも、姉さんの笑顔を守るために」
◆
だが、外の世界では異なる現象が起きていた。
ミーア嬢の肥満は日に日に加速し、断食も水断ちも効かぬまま、屋敷を揺るがすほどの絶叫を繰り返しているという。
やがて彼女自身が言い始めたらしい。
「これはローゼの呪いだ。牢から私に祟っているのだ」と。
僕は冷ややかに記録を閉じた。
「己の強欲を“呪い”にすり替えるとは……滑稽だな」
ミーア嬢はローゼ姉様を貶め、冤罪を仕掛けた張本人。
だが今、その報いを受けつつある。
“箱庭”は持ち主の心を映す。
ならば、彼女の歪んだ望みが膨張という形で現れているに違いなかった。
◆
最後の文献を机に広げながら、僕は深く息を吐いた。
姉を取り巻く奇跡の正体は、おそらく「理想郷の箱庭」。
未知の遺産であり、同時に最大の希望。
しかし、それを悪意で触れようとする者は、容赦なく呑み込まれる。
――膨らむ令嬢の噂は、その最初の警告に過ぎない。
「レオナルド。覚悟を決めよう。
姉を守るため、真実を掴み出す。たとえ王国全体を敵に回すことになろうとも」
「御意」
静かな図書館に、僕の誓いだけが響いた。
その裏で、王宮内のどこかではまたひときわ大きな悲鳴があがり、窓硝子を震わせていた――。
王城の図書館は、日が落ちると静寂に沈む。
灯火に照らされる中、僕とレオナルドは積み上げた古文書に向かっていた。
――姉の牢で見た、数々の不可思議な道具。
宙に浮かぶ板、ひとりでに現れる食卓、音楽を奏でる石。
あれらが何であるかを突き止めねばならない。
「殿下、やはり記録にはございません」
レオナルドは羊皮紙を閉じ、低い声で告げた。
「既知の魔道具は七系統に大別されますが……いずれにも合致しません」
「つまり、未知の存在……」
「はい。存在が確認されていない以上、発言次第で“異端”と糾弾されかねません。アルベルト殿下に利用されれば――」
僕は唇を噛んだ。
姉を守るためには、正体を突き止め、先んじて理解せねばならない。
◆
翌日、調査に没頭していた僕のもとへ、レオナルドが新しい記録を持ってきた。
「殿下、この写本に“自己完結型の魔力供給装置”とあります。数百年前の遺物ですが……実用化に至らず失われた、と」
「姉さんの牢の中では、食事すら自動的に現れていた。……それが事実なら、完全に機能していたということか」
「むしろ神代の遺産に近いでしょう」
僕は背筋に冷たいものを感じた。
姉は自覚なく、禁忌級の遺産に触れているのかもしれない。
「徹底的に記録を洗おう。たとえ千年前の伝承でも」
「御意」
◆
夜更け。
調査を続ける中で、王宮内の噂が僕の耳に届いた。
「……殿下、妙な話が。ミーア嬢が急激に肥え太っている、と」
「……何?」
レオナルドは声を潜める。
「新しいドレスが次々と着られなくなり、断食を始めてもなお体重が増えるとか。
侍女たちが“呪い”ではと騒いでいるようです」
思わず眉間を押さえた。
断食しても太るなど、常識ではあり得ない。
だが同時に、妙な既視感が胸をかすめた。
――牢の中で、姉は毎日ご馳走を大量に食べていて、なお健康に輝いていた。
一方、その反動を誰かが受け取っている“肥え太る罰”が与えられるのでは……?
「レオナルド。もし噂が真なら……“箱庭”が逆に働いているのかもしれない」
「理想郷の箱庭、ですか」
◆
幾つかの伝承を辿るうちに、一つの言葉が浮かび上がった。
「理想郷の箱庭」――。
使用者の望みに応じて食事や住居を生成し、完全な安息を与える、という古代技術。
しかしその記述は寓話とされ、実在は否定されてきた。
「……ローゼ姉さんの牢は、まさに理想の部屋に変わっていた」
僕は呟いた。
「ならば……姉さんの望みが、そのまま形になっていたということか」
絶望の中で、なお笑みを失わなかった理由。
彼女が自らの心で築いた“楽園”がそこにあったのだ。
胸が熱くなり、同時に強い決意が芽生える。
「これが真実なら……僕は守る。たとえ禁忌とされようとも、姉さんの笑顔を守るために」
◆
だが、外の世界では異なる現象が起きていた。
ミーア嬢の肥満は日に日に加速し、断食も水断ちも効かぬまま、屋敷を揺るがすほどの絶叫を繰り返しているという。
やがて彼女自身が言い始めたらしい。
「これはローゼの呪いだ。牢から私に祟っているのだ」と。
僕は冷ややかに記録を閉じた。
「己の強欲を“呪い”にすり替えるとは……滑稽だな」
ミーア嬢はローゼ姉様を貶め、冤罪を仕掛けた張本人。
だが今、その報いを受けつつある。
“箱庭”は持ち主の心を映す。
ならば、彼女の歪んだ望みが膨張という形で現れているに違いなかった。
◆
最後の文献を机に広げながら、僕は深く息を吐いた。
姉を取り巻く奇跡の正体は、おそらく「理想郷の箱庭」。
未知の遺産であり、同時に最大の希望。
しかし、それを悪意で触れようとする者は、容赦なく呑み込まれる。
――膨らむ令嬢の噂は、その最初の警告に過ぎない。
「レオナルド。覚悟を決めよう。
姉を守るため、真実を掴み出す。たとえ王国全体を敵に回すことになろうとも」
「御意」
静かな図書館に、僕の誓いだけが響いた。
その裏で、王宮内のどこかではまたひときわ大きな悲鳴があがり、窓硝子を震わせていた――。
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