婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス

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第42話 マッスル視点 マッスル断罪される!

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王の断罪 ― マッスル視点

 玉座の間に立ち尽くしていた俺は、まるで夢の中にいるようだった。
 いや、悪夢だ。これが現実であるはずがない。

 陛下――グランツ陛下の声が、重く冷たく響いた。

「アルベルトに従い、虚偽きょぎの栄誉を享受し、理不尽を広めた。ゆえに――お前たち二人にも、アルベルトと同じ刑を科す」

 アルベルト殿下に科された“去勢”という刑罰。
 それを……俺も受けるというのか。

 全身から血の気が引いた。指先が震える。膝が笑い、今にも崩れ落ちそうだ。
 「去勢」――それはただの処罰ではない。男である誇り、未来、血を残す権利、そのすべてを奪う究極の断罪だ。

 俺は目の前が暗くなりかけた。
 だが、その瞬間――横で父が動いた。



「父上……!」

 思わず掠れた声が漏れた。
 騎士団長――ドルフ。王国最強と名高い男であり、俺にとっては誇り高き父だ。
 その父が、一歩前に出た瞬間、何かが救われる気がした。きっと父が取りなしてくれる。陛下に頭を下げて、俺の罪を軽くしてくれるはずだ――。

 そう信じた。信じていた。

 だが次の瞬間、轟音が響いた。

 ごしゃり、と重たい衝撃が頬を砕き、俺の視界がぐるりと回転する。
 大地が迫り、床石に叩きつけられた。衝撃で息が詰まり、口の中に血が広がる。

 ……父に、殴られた。
 信じられなかった。俺を助けに来たのではない。王の御前で、父は……我が子を殴ったのだ。

「ぐ、はぁっ……!」
 巨体が転がる。玉座の間の全員が、息を呑んで見ていた。
 その視線は、俺を憐れむものでも、庇うものでもなかった。
 ただ……軽蔑と嫌悪が混じった冷たい眼差しだった。

「……王の御前ゆえ、今日のところはこれで済ます」
 父は血に濡れた拳を振り払い、陛下へと頭を垂れた。

 その姿を見た時、胸の奥がずたずたに裂けた。
 父は俺を――見捨てたのだ。



 後のことは、よく覚えていない。
 衛兵に取り押さえられ、縄で縛られ、手術室へと連れて行かれた。
 俺は暴れた。怒鳴った。許しを乞うた。
「やめてくれ」
「俺は殿下に従っただけだ」
「忠義を尽くしただけだ」
 ――必死に叫んだ。

 だが誰も耳を貸さなかった。
 冷たい石壁が反響するだけ。

 そして、あの処刑台に似た木製の台に押し付けられたとき、俺はようやく理解した。
 本当に終わるのだと。



 ――目を覚ますと、そこは白い天井の下だった。
 ぼやけた意識。下腹部に、鈍く重たい痛み。
 最初は夢だと思った。悪い夢を見ているのだと。

 だが、手を伸ばして触れた瞬間、現実だと知った。
 そこには、何もなかった。

「……っ、あ、あぁぁぁぁぁっ!」
 獣のような叫びが漏れる。
 ベッドを揺らし、拳で床を叩き、涙を垂れ流した。
 騎士として鍛え上げたこの肉体に必要な象徴。
 それが奪われたのだ。

 俺はもう、男ではない。
 いや、正確に言えば――王国の命令で、男であることを否定された存在だ。



 その夜、父が牢を訪れた。
 扉越しに立つ影を見ただけで、怒りが込み上げた。

「なぜだ! なぜ助けてくれなかった!」
 叫ぶ俺に、父はしばし沈黙し――低く答えた。

「お前はやりすぎたのだ。あれだけのことをやらかしておいて……命があったことを、ありがたく思え」

「ありがたく思えだと!? 俺は……俺はもう……!」
 言葉が途切れ、声が震えた。
 涙で顔を濡らしながら、俺は父を睨んだ。
 だが父は、それ以上何も言わなかった。ただ背を向けて去っていった。

 その背中は、英雄のそれではなかった。
 ただの卑怯者。
 そう思った。



 日が経つごとに、痛みよりも虚しさが大きくなった。
 アーサーも同じ刑を受けたと聞いた。
 かつて殿下の傍らで誇りを分かち合った友は、今や俺と同じ絶望の底に沈んでいる。

 そして――ミーア。
 あの女は、今も肥え太った姿で王宮に取り残されているという。
 かつて愛らしかった彼女。俺は確かに心を寄せていた。だが、その想いはただ利用され、最後には破滅の道へと誘われた。
 彼女と罪を重ね、アルベルト殿下の横暴に加担した結果が、これだ。

 愛も、忠義も、意味をなさなかった。
 残ったのはただ、男としての未来を奪われた惨めな姿だけ。



 夜ごとに夢を見る。
 かつての俺。剣を振るい、仲間を鼓舞し、王子の傍らで胸を張る騎士。
 その夢から目覚めるたび、下腹部の喪失感に涙を流す。

 もう二度と戻れない。
 俺は騎士としての人生を捨て、父にも見捨てられ、そして己の愚かさゆえに……男を失った。



 王の断罪の日。
 あの冷たい笑みを浮かべた陛下の顔が、今も焼き付いて離れない。

 アルベルト殿下は去勢され、王位を奪われた。
 アーサーもまた同じ罰を受けた。
 そして俺も――。

 それはただ一人を裁くための断罪ではなく、共に歩んだ全員を根こそぎ潰す裁きだった。

 あの日を境に、俺たちの未来はすべて終わった。

 ――もう二度と、俺は男として笑うことはできないだろう。
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