婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス

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第46話 婚約破棄の夜 ― 聖女エリシア視点

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婚約破棄の夜 ― 聖女エリシア視点

 煌びやかなシャンデリアが、大広間を昼のように照らし出していた。
 春の祝宴。色とりどりのドレスと宝石が舞い、笑い声と楽の音が絶え間なく溢れている――はずだった。

 私はその中央、背伸びをしても人の肩越しに全体を見渡せないくらい小柄な体で、周囲の空気が一変するのを肌で感じていた。

「――ローゼ・フォン・エルンスト公爵令嬢! おまえとの婚約は、この場をもって破棄する!」

 響き渡った王子の声。
 瞬間、私の心臓は胸の奥で跳ねた。

 ――殿下、なにを……。

 黄金色の髪を揺らすアルベルト殿下が、舞台役者のように堂々と腕を広げている。
 その宣言を受けたローゼ様は、信じられないとばかりに小さな声を漏らした。

「……は?」

 空気が凍る。
 そして、ざわめきが雪崩のように広がった。

 私は思わず足元をすり寄せて、自分のドレスの裾をぎゅっと握った。
 ローゼ様。
 私が尊敬する、大人びた公爵令嬢。少し近寄りがたい雰囲気はあるけれど、その気高さに惹かれる人は多い。

 それなのに――。

「おれは、この清らかな天使を選ぶ!」

 殿下が隣に差し伸べた手。
 前へ出たのは、淡いピンクの髪を揺らすミーア嬢だった。

「わ、わたし……でも、そんな……」

 小さく首を振り、涙を浮かべて抗う姿。
 それが「選ばれた少女」の演技なのだと、私は理解してしまった。

 ――なぜなら、彼女を殿下の側近に紹介したのは私だから。

 地方で知り合ったときの彼女は、確かにおっとりしていて頼りなげで。私が王都へ呼んだのだ。
 マッスルも、アーサーのこともミーアに頼まれて紹介した。
 彼らの真面目さや力を買って、ミーアが都会で暮らしやすくなるようにと紹介したのだった。

 その結果が――これ。

「そうだ! ローゼ様はミーア様をいじめていたのだ!」

 アーサー様の声が鋭く響く。
 涼しい青髪、端整な顔立ち。その声に広間の空気は傾いていく。

 マッスル様が前に出て吠えた。
「許せねぇ! 弱き者を虐げるような女が、王妃だと? 笑わせるな!」

 私の胸は、ずきん、と痛んだ。
 だって――二人をローゼ様に近づけたのは、他でもない私だから。
 知らなかった、こんな風に利用されるなんて。
 あわあわと視線を揺らし、私は必死に出口を探す小動物みたいに震えてしまった。

「ローゼ! おまえは自分の罪を否定するつもりか!」

「殿下。わたしは――」

「黙れ!」

 広間を揺るがす王子の怒号。
 ローゼ様は苦しげに唇を噛み、必死に弁解を口にしようとするけれど、誰も耳を貸さない。

 ――違う。ローゼ様はそんなことしない。
 私は知っている。彼女は何でも完璧にこなす、理想高き素敵な女性、決して人を虐げるような方じゃない。

 なのに、どうして。

 気づけば私は、誰かを探していた。
 第二王子、エリオット殿下――。

 彼こそが私の憧れであり、恋の人。
 誠実で、いつも人の痛みに寄り添ってくださる。
 今こそ殿下が声を上げてくだされば、流れは変わるはず。

 ……でも。

 彼は動かなかった。
 群衆の中で、静かに唇を結び、じっと事の成り行きを見ていた。

 その姿を見て、私の足は床に縫い付けられたみたいに動かなくなる。
 殿下が動かないのなら、私が出るわけには――。
 胸が苦しい。けれど、信じるしかなかった。

「おまえは今日をもって、公爵令嬢としての身分を剥奪される! 地下牢に収監されるのだ!」

 アルベルト殿下の高らかな声が、決定を告げる。
 ――地下牢。
 思わず私は口元を手で覆った。そこは反逆者が収監される場所。

「な……っ、そんな――」

 崩れ落ちるローゼ様。
 近衛兵が荒々しく腕を掴み、引きずっていく。

「離して! わたしは何もしていない!」

 必死の叫び。
 けれど広間を埋め尽くすのは、殿下を讃える喝采と、ローゼ様を哀れむ視線。

 私の手の中に残るのは、自分の爪で傷つけてしまった裾の布切れだけだった。

 ――これは間違っている。
 でも、私は……何もできない。

 ただ、胸の奥で小さく祈った。
 どうか、ローゼ様が絶望の中で折れてしまいませんように、と。

 そして、私の瞳は再びエリオット殿下を追った。
 彼が動くのなら、私も声を合わせる。
 けれど――殿下はやはり、動かなかった。

 私の鼓動は早鐘のように鳴り続け、ドレスの下の足は震えっぱなし。
 小さな私には、重すぎる光景だった。

 ローゼ様が連れ去られるその時、私は小さくつぶやいた。

「……ごめんなさい」

 それは誰にも届かない謝罪。
 ミーアを王宮に紹介した自分。
 アーサーやマッスルを巻き込んでしまった自分。
 そして、何よりも――救えなかった自分。

 私はただ、恋する殿下の後ろ姿を追いながら、その夜を過ごすしかなかった。
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