婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス

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第50話 ルーレット帝国の工作員アーケン

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教会の夕暮れにて ― 続き

 誓いを立てたその夜、わたしは胸の中に渦巻く怒りと決意を抱えたまま眠りについた。
 だが、知らぬ間に教会の奥深くでは、別の思惑がひそかに動いていたのだった。

***

 夜更け。
 人々が祈りを終え、教会が静寂に包まれる頃。

 セミーナは足早に廊下を抜け、古びた礼拝堂の裏手へと向かっていた。蝋燭の明かりがちらちらと揺れる中、彼女の表情は昼間とは打って変わって、冷ややかな笑みを浮かべていた。

「来たわね」

 奥にいたのは、一人の男。
 紫の長髪を後ろで束ね、切れ長の瞳に鋭い光を宿した神官姿の男――アーケン。
 教会に仕える神官を名乗ってはいるが、その正体はルーレット帝国の工作員であった。二十八歳。若さを残しつつも、人を計算高く操る冷徹さを身にまとっている。

「例の聖女、すっかり乗せられちまったぜ。あたいの言った通り、ローゼ様とエリオット様の婚約話を吹き込んだら、顔を真っ青にして誓ってやんの」

 セミーナは得意げに笑った。

「そうか。あの第一聖女エリシアが、ついに牙を剥くか……」

 アーケンは満足げに目を細める。

「これで奴は、自らの清廉な立場を汚すだろう。『聖女は慈愛の象徴でなければならぬ』……それが王国の民の信仰心の拠り所だ。そのエリシアが嫉妬に狂い、ローゼ嬢に敵対すれば……あとは転落あるのみ」

 その声には、氷のような冷ややかさが滲んでいた。

「でもさ、ほんとに大丈夫? あたいがエリシア様に嘘を吹き込んでるって、バレたりしない?」

「案ずるな」
 アーケンは薄く笑った。

「お前はただ、友のように振る舞っていればいい。エリシアは純真すぎる。人を疑うことを知らぬ。だからこそ、利用しやすいのだ」

 その目は獲物を追い詰める獣のように光っていた。

***

 思えば、この計画は随分前から練られていた。
 アーケンは教会に潜り込み、第二聖女セミーナに目をつけた。彼女は野心家で、第一聖女の座を羨望し続けていたからだ。

「エリシアを支えている人脈を壊すのが一番手っ取り早い」
 そう考えたアーケンは、セミーナを通じてミーアをエリシアに紹介させた。

 ――あの日、エリシアが純粋な心でミーアを受け入れたこと。
 それが第一王子アルベルトの転落へと繋がったのだ。

「結果的にアルベルト殿下は失脚した。よくやったぞ、セミーナ」

 アーケンの声に、セミーナはにやりと笑う。

「へへ、あたいだって利用されてばっかじゃないからね。エリシア様がコケれば、第一聖女の座はあたいのもんだ」

「そうだ。そのために手を貸してやっている」

 二人の利害は一致していた。
 エリシアを失脚させたいセミーナ。王国を内側から揺るがしたいアーケン。

 ただ、計画はすべてが順調ではなかった。

 ローゼ嬢が生き残ったこと。
 そして、彼女と第二王子エリオットが婚約したこと。

 本来なら、アルベルト王子とミーアの失脚で王国の後継は混乱し、帝国が付け入る隙が生まれるはずだった。
 だが、予想外にもローゼ嬢が支持を集め、王国は逆に安定しつつある。

「計画が狂った……そう思っているだろう?」
 アーケンは自嘲気味に笑う。

「だが構わん。どんな盤面も、いくらでも軌道修正できる。エリシアが暴走すれば、それだけで王国は再び揺らぐ」

「へぇ、帝国のやつらってのは、本当に諦めが悪いね」

「当然だ。王国を内側から腐らせる――それこそが我らの使命だからな」

 紫の髪が蝋燭の明かりに揺れる。アーケンの瞳には冷たい野望が燃えていた。

***

 そのころ、わたしは夢の中で、エリオット様の笑顔を思い描いていた。
 わたしを優しく包み込んでくれたあの眼差し。あれが嘘だとは、どうしても思えない。

(エリオット様は本当は……わたしを選んでくださるはず……)

 信じたい気持ちが、胸を締めつける。
 だが同時に、不穏な影が背後に迫っていることを、わたしはまだ知らなかった。

 第二聖女セミーナの笑顔の裏に潜む企みを。
 そして、教会に紛れ込んだ帝国の工作員、アーケンの存在を。

 嵐の前触れは、すでに鳴り始めていた。
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